九州・熊本県を地盤とした発行部数35万部程度のローカル紙に熊本日々新聞がある。
農業と観光が主産業の同県にあって、新規産業の成長・発展など地場経済の振興は同紙にとってもスポンサー確保する上で、至上命題である。
そのため、頭数だけは豊富な記者を県内くまなく配置し、少しでもビジネスシーズになるようなネタを拾い、大々的に報道する。
中小企業の応援キャンペーン的記事も多数掲載され、毎月第1日曜日には気鋭の起業家を紹介する「開拓者/スピリット」というコーナーがある。さる12月6日には、sitateru(シタテル)の河野秀和社長が登場した。
福岡市在住の筆者が同紙を常時購読することはできないが、過去にもシタテルの記事を読んだことがあるので、今回で2度目だと思う。
同社はインターネット上で、独自企画の商品を生産したい企業と縫製工場をつなぐ、「クラウドソーシングサービス」を提供している。
具体的な手法は、まず同社がデザイナーやパタンナーを擁して、有名ブランドなどのOEMなどを担う縫製工場と組んで、技術的な特徴をデータベース化しておく。
商品を発注したいアパレルや小売業は、同社のWebサイトに登録しておき、発注時の依頼内容によって同社が工場の稼動状況に応じて生産を委託。高品質を維持しながら、納期を1~2ヵ月に短縮するものだ。
また小ロットの受注にも対応して、流通の多重構造を解消するため、工場側には十分な工賃を確保し、原価も従来より安く抑えているそうだ。
インターネット、ベンチャーと言えばヒルズ族を想像するから、これだけを読むと読者は地方都市の熊本に凄い企業が登場したと思うだろう。一方で、ローカル紙だからこれぐらいの報道でないと地場経済へのエールにはならない。そうした意図も伝わってくる。
しかし、問題はアパレル業界が同社をどう見るかである。
日本のアパレル流通は、その起源と発展の歴史から構造が複雑だ。そのため、川上から川下までにいろんな業者が介在する流通システムを簡素化して、それぞれのマージンをカットすれば、「縫製業者が利益を最大化できる」との理屈はわかる。
商品が店頭に並ぶまでに絡み合う「商社」「卸売業者」「アパレルメーカー」の役割を、クラウドというネットワーク経由で提供することで、実体としての人力やサービスを一掃することになるからだ。
ただ、先日取り上げたファクトリエが国内工場にこだわっているのに対し、シタテルはインターネットの利点を生かし、国境を越えたシステムを構築して、海外との取引も視野に入れる。縫製工賃が安ければ、その分のコストも下がる。
さらに現物の商品を見て、触って、着てみないと発注や仕入れに二の足を踏む企画担当者やバイヤーを意識してか、「机上の空論ではなく、生身の人間の問題があって、それを解決するテクノロジーじゃないとダメだ」と、河野社長は(クラウドソーシングサービスに)含みを持たせている。
しかし、クラウドと言うと、いかにも最先端でベンチャー的だが、同社の立ち位置は所詮、アパレル商社に過ぎない。現実の中間業者が介在するか、ネットワークでスリム化するかの差があるだけだからだ。
「デザイナーやパタンナーを擁する」も、社員として抱えているのか、外注なのかは記事には書かれていない。
「服を作りたいと思う人のデザインを形にするインフラになりたい」ということなら、トップスからボトム、布帛からニット、コンサバからアドバンストまでのニーズがあるわけで、自前のデザイナーやパタンナーではとても対応できないだろう。
工場にしても、発注者のニーズに応えきれるところが同社の登録ブレーンにいれば良いのだが、もしいなければどうするのだろうか。できそうなところに無理に頼むのか、それとも発注を断るのか。
現在でもコムデギャルソンやヨウジヤマモトなど、モードライクで特殊な縫製加工を行う工場はそれほど多くなく、逆にこちらは汎用のアイテム生産は受けないだろう。
さらに工場側のキャパの問題もある。一般にアパレルの稼動状況は1年を通じて繁忙期、閑散期は似通っている。大ヒットアイテムの追加があるなどについても、忙しいのはどこも同じだ。
仕事が空いた工場があるといっても、そこが発注者側の仕様ニーズに応えられる技術をもつかどうかである。こちらにしても、できそうなところに無理に頼むのか。工場側が断ると、どうするのか。海外に発注すれば、納期はどうなのるのか。課題は尽きない。
一口に「服を作りたいと思う人のデザイン」と言っても、ニーズは様々だ。そんな人の中では、縫製が簡単なプレーンなデザインを好むのは少数派と思われる。むしろ色(染め)、素資材、デザインやシルエットにこだわり、加工、縫製にも一家言をもつ人が少なくない。
それらに対する受け手をインターネット上のネットワークに揃えたくらいで、簡単に対応できるとは思えないのである。
また服を作りたい人、発注者個々で、「感性」は異なる。その感性頼りがアパレルビジネスをダメにしたという意見もあるが、服を作りたい人間にとって譲れないのが感性でもあるのだ。
例えば、色が「黒」と言っても、墨黒、漆黒、ブラックがあり、作り手と受け手でとらえ方が違えば、全く異なった色になる。
生地の打ち込みも、番手で指示すれば問題はないが、単なる「厚手」「薄手」に対する受け取り方はデザイナーとテキスタイルメーカーでは異なる。たかが生地、されど生地なのである。
他にもステッチ糸の太さやかけ方、玉縁縫いのミリ数、パンピングの幅、まつりや刺しの処理、ダーツ、シャーリング、ギャザーなどの始末は、「クラウド仕様書」に書き込んだにしても、上がったサンプルでイメージが違うことは無きにしもあらずだ。
こうした生地から縫製までのやり取りがそれぞれ百戦錬磨でアパレルとツーカーの中間業者を介在させず、ネット上のコミュニケーションだけで簡単に解決できるとは思えない。
記事には「ネットで新たな流通基盤構築」との見出しが躍る。これが縫製工場に最大利益を提供するとの意味合いなのだろうが、本当にそうなのか。
クラウドというデジタルシステムは、1か0かだ。微妙な部分はやはり人間が入って調整していかないと、完璧な服には仕上がらない。そこにはアナログな世界も必要なわけで、その分のコストはかかってくる。
新たな流通基盤と言えば、カッコいい。しかし、バブル崩壊後にも似たような意味合いの言葉をマスメディアは流布した。
オフプライスストアやディスカウンターを盛んに取り上げ、安さや価格破壊の背景を「中間流通のカット」で成し得たと、消費者に伝えた。確かに一部はそうだったかもしれないが、大半は原価率を圧縮し、最初から安い商品を作っただけに過ぎなかった。
アウトレットモールに出店するそうした業態を見る限りでは、レアなブランドが安いを謳う割に高品質な商品にお目にかかったことがない。結局、「中間流通業者のカット」は、安さの裏側と品質の維持を錯覚させるロジックでしかなかったような気がしてならない。
だからといって、シタテルがそうだとは思わないが、クラウド頼みで品質を含めた発注者のきめ細かなニーズ、先鋭的な感性に応じきれるとは思えないのである。
同社は今年1月の本格稼動から1年弱で提携工場は約80、登録取引先は約1200社に及び、そのうち約500社から生産を受注。東京五輪の東京都知事や幹部職員用のコート数十着を生産し、関連製品の生産依頼もあるという。
依頼分の「小売り流通総額は3億円に迫る勢い」というが、アパレル商社としての純粋な売上げはいくらなのかは記されてはいない。4掛けなら1億2000万円、5掛けで1億5000万円というところだろうか。
商品の卸値や小売り価格は、発注者側のアパレルや小売りが決めるのだから、最終的な売価がいくらで、それが売れたかどうかも記事ではわからない。
アパレルは基本的に量産によって、メーカーも工場も潤う。それゆえ、クラウドソーシングサービスは、アパレルにおけるニッチビジネス、マスマーケットの隙間を狙った仕組みの域を出ない。
現状では受注生産の域を出ないから、 売上げを拡大するには、多様化するニーズにいかに即応できるかになる。そのための営業力が求められるということだ。
ただ、それはネット上にWebサイトを公開するだけでは限界があるだろう。河野社長も仰っているように、生身の人間の問題を解決できるアナログな部分もないと、クラウドだけでは多用化するニーズには対応できないと思う。
その辺のビジネスインキュベーションにまで踏み込まないと、熊本経済界、熊本日々新聞が期待するような産業振興、雇用拡大は望めないのかもしれない。新たな流通基盤は、人間産業のアパレルにとって諸刃の剣なのだから。
農業と観光が主産業の同県にあって、新規産業の成長・発展など地場経済の振興は同紙にとってもスポンサー確保する上で、至上命題である。
そのため、頭数だけは豊富な記者を県内くまなく配置し、少しでもビジネスシーズになるようなネタを拾い、大々的に報道する。
中小企業の応援キャンペーン的記事も多数掲載され、毎月第1日曜日には気鋭の起業家を紹介する「開拓者/スピリット」というコーナーがある。さる12月6日には、sitateru(シタテル)の河野秀和社長が登場した。
福岡市在住の筆者が同紙を常時購読することはできないが、過去にもシタテルの記事を読んだことがあるので、今回で2度目だと思う。
同社はインターネット上で、独自企画の商品を生産したい企業と縫製工場をつなぐ、「クラウドソーシングサービス」を提供している。
具体的な手法は、まず同社がデザイナーやパタンナーを擁して、有名ブランドなどのOEMなどを担う縫製工場と組んで、技術的な特徴をデータベース化しておく。
商品を発注したいアパレルや小売業は、同社のWebサイトに登録しておき、発注時の依頼内容によって同社が工場の稼動状況に応じて生産を委託。高品質を維持しながら、納期を1~2ヵ月に短縮するものだ。
また小ロットの受注にも対応して、流通の多重構造を解消するため、工場側には十分な工賃を確保し、原価も従来より安く抑えているそうだ。
インターネット、ベンチャーと言えばヒルズ族を想像するから、これだけを読むと読者は地方都市の熊本に凄い企業が登場したと思うだろう。一方で、ローカル紙だからこれぐらいの報道でないと地場経済へのエールにはならない。そうした意図も伝わってくる。
しかし、問題はアパレル業界が同社をどう見るかである。
日本のアパレル流通は、その起源と発展の歴史から構造が複雑だ。そのため、川上から川下までにいろんな業者が介在する流通システムを簡素化して、それぞれのマージンをカットすれば、「縫製業者が利益を最大化できる」との理屈はわかる。
商品が店頭に並ぶまでに絡み合う「商社」「卸売業者」「アパレルメーカー」の役割を、クラウドというネットワーク経由で提供することで、実体としての人力やサービスを一掃することになるからだ。
ただ、先日取り上げたファクトリエが国内工場にこだわっているのに対し、シタテルはインターネットの利点を生かし、国境を越えたシステムを構築して、海外との取引も視野に入れる。縫製工賃が安ければ、その分のコストも下がる。
さらに現物の商品を見て、触って、着てみないと発注や仕入れに二の足を踏む企画担当者やバイヤーを意識してか、「机上の空論ではなく、生身の人間の問題があって、それを解決するテクノロジーじゃないとダメだ」と、河野社長は(クラウドソーシングサービスに)含みを持たせている。
しかし、クラウドと言うと、いかにも最先端でベンチャー的だが、同社の立ち位置は所詮、アパレル商社に過ぎない。現実の中間業者が介在するか、ネットワークでスリム化するかの差があるだけだからだ。
「デザイナーやパタンナーを擁する」も、社員として抱えているのか、外注なのかは記事には書かれていない。
「服を作りたいと思う人のデザインを形にするインフラになりたい」ということなら、トップスからボトム、布帛からニット、コンサバからアドバンストまでのニーズがあるわけで、自前のデザイナーやパタンナーではとても対応できないだろう。
工場にしても、発注者のニーズに応えきれるところが同社の登録ブレーンにいれば良いのだが、もしいなければどうするのだろうか。できそうなところに無理に頼むのか、それとも発注を断るのか。
現在でもコムデギャルソンやヨウジヤマモトなど、モードライクで特殊な縫製加工を行う工場はそれほど多くなく、逆にこちらは汎用のアイテム生産は受けないだろう。
さらに工場側のキャパの問題もある。一般にアパレルの稼動状況は1年を通じて繁忙期、閑散期は似通っている。大ヒットアイテムの追加があるなどについても、忙しいのはどこも同じだ。
仕事が空いた工場があるといっても、そこが発注者側の仕様ニーズに応えられる技術をもつかどうかである。こちらにしても、できそうなところに無理に頼むのか。工場側が断ると、どうするのか。海外に発注すれば、納期はどうなのるのか。課題は尽きない。
一口に「服を作りたいと思う人のデザイン」と言っても、ニーズは様々だ。そんな人の中では、縫製が簡単なプレーンなデザインを好むのは少数派と思われる。むしろ色(染め)、素資材、デザインやシルエットにこだわり、加工、縫製にも一家言をもつ人が少なくない。
それらに対する受け手をインターネット上のネットワークに揃えたくらいで、簡単に対応できるとは思えないのである。
また服を作りたい人、発注者個々で、「感性」は異なる。その感性頼りがアパレルビジネスをダメにしたという意見もあるが、服を作りたい人間にとって譲れないのが感性でもあるのだ。
例えば、色が「黒」と言っても、墨黒、漆黒、ブラックがあり、作り手と受け手でとらえ方が違えば、全く異なった色になる。
生地の打ち込みも、番手で指示すれば問題はないが、単なる「厚手」「薄手」に対する受け取り方はデザイナーとテキスタイルメーカーでは異なる。たかが生地、されど生地なのである。
他にもステッチ糸の太さやかけ方、玉縁縫いのミリ数、パンピングの幅、まつりや刺しの処理、ダーツ、シャーリング、ギャザーなどの始末は、「クラウド仕様書」に書き込んだにしても、上がったサンプルでイメージが違うことは無きにしもあらずだ。
こうした生地から縫製までのやり取りがそれぞれ百戦錬磨でアパレルとツーカーの中間業者を介在させず、ネット上のコミュニケーションだけで簡単に解決できるとは思えない。
記事には「ネットで新たな流通基盤構築」との見出しが躍る。これが縫製工場に最大利益を提供するとの意味合いなのだろうが、本当にそうなのか。
クラウドというデジタルシステムは、1か0かだ。微妙な部分はやはり人間が入って調整していかないと、完璧な服には仕上がらない。そこにはアナログな世界も必要なわけで、その分のコストはかかってくる。
新たな流通基盤と言えば、カッコいい。しかし、バブル崩壊後にも似たような意味合いの言葉をマスメディアは流布した。
オフプライスストアやディスカウンターを盛んに取り上げ、安さや価格破壊の背景を「中間流通のカット」で成し得たと、消費者に伝えた。確かに一部はそうだったかもしれないが、大半は原価率を圧縮し、最初から安い商品を作っただけに過ぎなかった。
アウトレットモールに出店するそうした業態を見る限りでは、レアなブランドが安いを謳う割に高品質な商品にお目にかかったことがない。結局、「中間流通業者のカット」は、安さの裏側と品質の維持を錯覚させるロジックでしかなかったような気がしてならない。
だからといって、シタテルがそうだとは思わないが、クラウド頼みで品質を含めた発注者のきめ細かなニーズ、先鋭的な感性に応じきれるとは思えないのである。
同社は今年1月の本格稼動から1年弱で提携工場は約80、登録取引先は約1200社に及び、そのうち約500社から生産を受注。東京五輪の東京都知事や幹部職員用のコート数十着を生産し、関連製品の生産依頼もあるという。
依頼分の「小売り流通総額は3億円に迫る勢い」というが、アパレル商社としての純粋な売上げはいくらなのかは記されてはいない。4掛けなら1億2000万円、5掛けで1億5000万円というところだろうか。
商品の卸値や小売り価格は、発注者側のアパレルや小売りが決めるのだから、最終的な売価がいくらで、それが売れたかどうかも記事ではわからない。
アパレルは基本的に量産によって、メーカーも工場も潤う。それゆえ、クラウドソーシングサービスは、アパレルにおけるニッチビジネス、マスマーケットの隙間を狙った仕組みの域を出ない。
現状では受注生産の域を出ないから、 売上げを拡大するには、多様化するニーズにいかに即応できるかになる。そのための営業力が求められるということだ。
ただ、それはネット上にWebサイトを公開するだけでは限界があるだろう。河野社長も仰っているように、生身の人間の問題を解決できるアナログな部分もないと、クラウドだけでは多用化するニーズには対応できないと思う。
その辺のビジネスインキュベーションにまで踏み込まないと、熊本経済界、熊本日々新聞が期待するような産業振興、雇用拡大は望めないのかもしれない。新たな流通基盤は、人間産業のアパレルにとって諸刃の剣なのだから。