HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

コストは成長の糧。

2024-01-03 07:06:09 | Weblog
 昨年はサスティナブルがすっかり定着した1年だった。ただ、SDGs(持続可能な開発目標)で言えば、12番目の「つくる責任 つかう責任」 (Responsible Consumption and Production)、「持続可能な生産消費形態を確保する」に該当するに過ぎない。

 廉価で多売するためにコストを抑え、売れるかどうかも見極めず無尽蔵にアパレルを生産すれば、実売を超えた商品量が市場に溢れるのは確かだ。結局、売れずにゴミとなって廃棄される商品が増えていく。これを何とか変えていこう。それ自体には意味があるが、持続可能な開発目標全体からすれば一部なのだ。

 だから、今年の開発目標とすれば、8番目の「働きがいも経済成長も」(Decent Work and Economic Growth)、「包括的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の安全かつ生産的な雇用と働いがいのある人間らしい雇用を促進する」。そして、9番目の「産業と技術革新の基盤を作ろう」(Industry, Innovation and Infrastructure)、「強靭なインフラ構築、包括的かつ持続可能な産業化の促進及び技術革新の推進を図る」にも踏み込んでいかなければならないだろう。

 具体的な取り組みとしては、アパレルを生産する国々が毎年少しづつでも経済成長できるようにすること。根本には技術を含めた教育もあるだろうし、一人でも多く真面目に働く人々を育成することが必要になる。そして生産性を向上させて賃金をアップし、雇用者のモチベーションを上げていくことだ。また、勤務態度や能力のレベルに沿った処遇など、雇用の安定につなげていくことが求められる。グローバルサウス諸国は経済成長ばかりがクローズアップされるが、そのベースとして国民が安定した雇用と賃金アップを実感できるかがカギになる。

 世界の工場として機能してきた中国から少しずつ脱皮する「チャイナプラスワン」が叫ばれて久しい。米国はアパレル生産を中南米などに移行し、欧州は東欧や中近東でも生産を強化している。日本も工業化が進むベトナム、団地を整備し投資を呼び込むミャンマーなどで、生産を進める動きが活発になっている。ただ、バングラデシュやインド、パキスタンになると、地政学的に欧州とアジアの中間に位置することで生産委託先として取り合いになっている。

 反面、これらの国は発電や道路、環境対策などインフラ整備が遅れていることもあり、サプライチェーンの一角に位置付けるには時間がかかる。また、インドのように「メイク・イン・インディア」を掲げてGDPに占める製造業の割合を15%から25%に引き上げる一方、生産委託する場合は素材調達率の半分程度はインド国内で行うよう義務付ける国もある。持続可能な産業化やイノベーションを進めるには、各国との利害調整などまだまだ課題はあるが、SDGsのステージも少しずつこれらに移っていくだろう。



 もちろん、グローバルサウスをはじめとした国々が自助努力として持続可能な経済成長や産業化、技術革新を進めていくことは不可欠だ。一方で、先進国がこうした国々に生産を委託するなら、ローコストの裏にある「低賃金」や「搾取」の構造にもメスを入れなければならない。コストには為替の変動も関係するから、長期に持続するのは容易ではない。ただ、過去の日本を振り返ると円高で工場を海外に展開しても、国際競争に勝ち残るために行ったのは、さらなるコスト削減に他ならなかった。それは絞った雑巾をさらに絞れと言うのかと揶揄された。

 半導体をはじめとした産業では、日本は台湾や韓国に勝てなかったわけだ。ただ、シリコンウエハー、フッ化水素、製造装置では世界シェアを確保する日本企業もある。先端技術の分野では技術力を持つ少数の企業による寡占状態が続いている。だが、ローテクのアパレルは円安による国内回帰が一部では進んでいるものの、人手不足もあり従来の工賃では仕事を断る工場も出始めている。というか、これまで工賃ベースがあまりに低すぎたのだ。

 つまり、SDGsの「働きがいも経済成長も」は、何も途上国に限った問題ではない。日本の縫製現場でも、「仕事が欲しければ、低工賃でも受けるはず」という発注側の論理で考えることから改めていかなければならない。工場が人材を確保・育成できて技術を伝承しながら、安定した経営を続けられるように旧来型のビジネスモデルから脱却する。そのためには、正当な加工賃の体系(需要連動型で幅をもたせる)を整備しながら、日本にしかできないことにアップデートしていくことが必要になる。もちろん、販売価格に反映されるのは当然だ。


人権意識があるなら工賃アップにも



 一方、日本政府は、サプライチェーンに潜む「人権デューデリジェンス(人権DD)(企業がサプライチェーン上の事業における強制労働などの人権リスクを調査し、その防止・軽減を図り、取組みの実効性や対処方法について説明・情報開示するもの)」への対応方針を策定した。それを受けてアパレル各社は、サプライチェーンにおける人権侵害がないように取り組み始めている。

 紳士服の青山を展開する青山商事は、人権DDの調査を提携するインドネシアの縫製工場で始めた。中部ジャワ州にある従業員1300人の工場で、生産ラインを管理するリーダーから縫製に携わる末端のスタッフまでに人権上で問題がないか聞き取り調査する。また、適切な業務指導がなされているか。工場側が健康診断を受診させているか。工場内で事故が発生する可能性はないか、まで踏み込んだ調査も行うという。

 もちろん、縫製スタッフからクレームがあった場合は、工場と連携していろんな言語に対応する内部通報制度を活用することで、人権問題に発展するリスクをできるだけ抑える構えだ。青山商事の一次取引先は中国、ベトナム、ミャンマーなど600社以上に及び、今後はこうした取引先工場を年に1~2箇所ピックアップするなどして、人権問題に対する聞き取り調査などを実施していく方針という。

 グローバルワークやニコアンドなど多数のブランドを抱えるアダストリアは、仕入れ商品の数量、取引年数、商品の品質を考えた監査を実施した結果、適切な運用がなされている工場をパートナーに認定。2023年度にはこうした認定工場の割合を前年比で6割増の49社まで増やしている。認定制度は取引先の工場が人権に配慮しながら操業していることに対するお墨付きで、そうした信頼できる工場と継続的な関係を築いていきたいという。

 オリジナルの企画製造などSPA型の機能も併せ持つナイテッドアローズは、すでに直接取引する国内の縫製工場6社の監査を実施した。今後は海外の工場に対しても、人権に対するヒアリングを実施していくという。工場が従業員の人権を守ることが貧困や飢餓、不平等にも繋がっていく。SDGsが目標とするのもそこだ。

 アパレルのサプライチェーンでは従来、川中のメーカーや川下の小売りは商品の製造を業者に丸投げしていた。そのため、糸や生地の製造、縫製・加工の現場ではどのような管理体制のもとに操業されているのかにまで目をむける意識を欠いていた。ところが、1997年、ナイキが製品の製造を委託するインドネシアやベトナムなどの工場で、小学生の児童を働かせていたり、劣悪な環境での長時間労働が行われているなどの問題が発覚。米国のNGOがナイキの社会的責任について追及し、世界的な不買運動につながった。

 ブランドメーカーや大手小売りがあげる高い収益は、途上国の労働者の低賃金や搾取の上に成り立っていたということだ。さらに劣悪な労働環境もある。2013年にはバングラデシュで縫製工場が倒壊し、従業員など1000人以上が死亡した。原因は世界中のアパレルがローコスト生産を求めるあまり、世界最低賃金のバングラデシュに生産が集中したこと。工場ビルのオーナーや不動産事業者は、多くの工場を入居させるためにビル自体を違法に増築し、設備の荷重に耐えきれなくなったのである。

 こうした問題を受けて、投資家をはじめ消費者までもが「アパレル企業に投資をしたり、そうした企業が商品を購入することで、知らず知らずのうちに人権侵害に加担している事は避けたい」と考えるようになった。当然、アパレル企業には川上から川下までのサプライチェーンをしっかりマネジメントすることが求められる。その判断基準としては、すでに国際NGOなどが出している認証を受けることがあるが、今回の人権DDは情報の開示も求めているため、ステーホルダーにもガラス張りにすることでは一歩踏み込んだと言える。

 もちろん、監査や調査には必ず抜け道がある。また、どこかの企業だけが収益を上げたいなら、アパレル現場における搾取の構図が変わるとは思えない。安く作って高く儲けることは誰もが考えることだから、投資家自ら配当の陰には搾取があるかもしれないことも意識しておくべきだ。それについて、アパレル時代の取引先だった企業の「社是」が記憶に残る。

 「メーカーさんが儲かり、うちも儲ける」。ショップを30店以上展開していたこの企業では、社長をはじめバイヤーやショップのマネージャーが事あるごとに口にしていた。取引メーカーの中には「そんなこと、綺麗事だろ」「できるわけがない」というものは少なくなかった。確かにビジネスとしては容易なことではない。ただ、その真意を「共存共栄」と解釈すれば、どうだろうか。同程度の規模でエリア違いの企業の中には経営破綻したところもあるが、この企業は今も存続している。

 「生産国が潤い、輸入消費国も儲かる」。コストはお互いが成長する糧だと考える。そのためにはお互いが知恵を絞り、目標として取り組んでいく。いろんな面からアプローチできるだろうし、お互いのメリットになるのなら実践には吝かではないはずだ。SDGsの次なるテーマとしても取り組むことは決して難しくないないと思う。

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