HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

不易流行のアイテム。

2021-09-08 06:42:17 | Weblog
 アパレル時代からデスク周りのアイテムは必需品だ。ペンや紙、消しゴム、定規やテンプレート、テープやクリップ、カッターやハサミ、メモ用紙や便箋、封筒等々。それらはブランドや価格というよりも、自分が使いやすいものという条件で選んできた。

 特にデザインの仕事をする上では、ペンと紙類は使いやすいものでないと、作業効率はもちろん、出来栄えを左右すると感じる。ただ、ペンについてはサムネイルやラフを描いたり、打ち合わせ時にメモをする上で「コレだ」というのは、10本に1本あるかないかだ。だから、使いながら自分にあったものを選択し、リピートするようにしている。

 かの松本隆は作詞をするときには、ドイツ製のボールペンと大学ノートでないとうまくできないと語っていた。同じ作詞家でも売野雅勇は、原稿用紙と3Bの鉛筆とステッドラーの消しゴムが必須アイテムとか。コピーライター出身だけに3Bの鉛筆は、芯が柔らかく手の負担が少なくて済むという実務的な理由からだろう。ただ、ボールペンも鉛筆も、プロとして同じものをあえて好んで使うのは、書く文字一つ一つに個性が宿るからだと思う。

 筆者もステッドラーはシャープペンシルを持っているが、芯が1.3mmと太くシャープナーで研ぐ手間が面倒なので、だんだん使わなくなった。その後は、デザイン資材の商社いづみや(現:Too)が業界の定番として扱う「PRESS MAN 0.9mm」を使っている。ボディカラーはてっきり黒しかないと思っていたら、銀座の伊東屋で白があるのを見つけ、思わず買ってしまった。ただ、PRESS MANも可もなく不可もないという感じだ。

 ボールペンは、打ち合わせ用で黒と赤のダブル芯の「クロマチック」タイプを使ってきた。最初は米国製のシェーファーだったが、途中から日本メーカーの製品が登場したので切り替えた。こちらも特に書きやすいというより、単色のペンを2本もつ必要がないからだ。

 クロマチックは80年代に大流行したシステム手帳との親和性も良かった。その後、NAVAのダイアリーを使い始めると、自分で革のオリジナルカバーを作りペン差しもつけた。だいぶ前、三井住友銀行のATMにダイアリーごと忘れてしまい、窓口に取りに行くとクロマチックだけが抜き取られていた。価格は1000円程度と高価ではないのだが、ATMの列に並んで見つけた人間にとっては、光沢あるシルバーのペンは瞬時に心惹かれたのだろうか。

 このペンはメモ魔だった父親にプレゼントするために2本購入し、他界後はその1本を形見として残しているので、それは使えない。抜き取った人間はそんなことは知る由もないだろうが、できれば一緒にままで銀行のスタッフに落とし物として預けてほしかった。



 それ以来、打ち合わせ用には無印良品のノック式(黒)とBICボールペンの黒赤2色タイプを使い始めた。無印のノック式は軽くて手に馴染むので書きやすいのだが、芯が短くインクの量も少ない。替え芯は店舗でも欠品が多く、取り寄せにも時間がかかる。東京出張の時、わざわざ銀座店で受け取ったくらいだ。一方、BICは日本メーカーのゼブラや三菱鉛筆よりもペン先が柔らかく太字だ。安価なので、失くしてもそれほど負担ではない。

 フランスブランドでもあるBICの歴史を紐解くと、同社が初めてボールペンを世に出したのは1947年。特に透明軸のクリスタルは、インクの残量が見える画期的な商品だった。それから半世紀以上が経過し、世界中で1日に1200万本以上を販売するまでになったという。

 BIC自体は学生の頃から知っていたが、それほど身近な存在ではなかった。ステーショナリーというより消耗品という感じで、持ち物にしようという気にもならなかった。アパレルのワールドが開発した雑貨&靴業態「ITS’DEMO」が、BICの多色ボールペンを取り扱っていたが、その時も特に惹かれることはなかった。


round stic fine USAは字が綺麗に見える
 


 しかし、15年くらい前だったか、福岡・天神のアクロス1階にある文具店「ジュリエットレターズ」で、たまたまBICシリーズの「round stic fine USA」を見つけた。白のボディに黒のキャップというスタイリッシュなデザイン。試し書きをすると、すごく書きやすかったので、3本まとめて購入した。

 使い始めると、書きやすさと同時に字が綺麗に見える。ペン先のボールと紙の摩擦が程よいというか、硬過ぎず滑らか過ぎない。一筆一筆がすっと動くので、ぶれずに文字のバランスが良くなるのだ。ビジネス文書はワープロ書きが当たり前になった中、手紙やメッセージはあえてこのペンを使って手書きした。それほど自分にとっては最高のペンだった。

 名前にUSAが入るので多分米国製だったと思うが、ここまでの製品を送り出せるmade in USAもなかなか侮れない。ただ、大量生産には変わりないから、在庫がダブついたのか、その後は100円ショップにも置かれていた。そちらでも10本ほどまとめ買いして使っていた。自宅にも数本常備すると、家族にも「書きやすい」と好評だった。それも数年で使い果たすと、同じタイプはもう店舗には出回らなくなった。



 その後、BICではオレンジタイプの「Easy Glide Fine(0.7mm)」や同「Medium(1.0mm)」を使うようになった。こちらは中国生産で、Fineにしても線はやや太め。書き味は滑らかな反面、一筆一筆がぶれるので文字はround stic fine USAのように綺麗には見えない。



 中国製だからではないと思うが、round sticシリーズでは「Ultra round stic Grip」がメキシコで生産され、米国で販売されていた。フランスブランドと言えどペンのような消耗品ほど、ローコスト生産のグローバリズムには抗えなかったようだ。

 ところで、BICを販売する仏の筆記具メーカー「Société Bic S.A.」の日本法人BICジャパンは7月末、「Easy Glideを全世界で廃盤とすることが決定した」と発表した。ただ、この話には続きがあり、フラッグシップモデルのBICクリスタルシリーズから、「Crystal Original Fine 0.8mm」を、Easy Glideの後継モデルとして順次発売するという。

 個人的にはEasy Glideが廃盤になったところで、消耗品のボールペンはアジア産や南米産などが豊富に出回り、それらの中から書きやすいものを探せばいいので、特に困ることはない。しかし、BICが後継モデルを出すのなら、試しに使ってみてもいいと思う。Crystal Original FineはBICの原点に回帰したフランスメイド。しかも、価格は110円と値ごろだ。

 筆記距離はEasy Glideの2kmに対し、その1.75倍の3.5km分に拡大。400字詰めの原稿用紙で175枚もかけると言うから、コストパフォーマンスはすこぶる良い。まさにフランスらしい合理主義の産物にリファインされたというわけだ。

 文書作成がワープロ全盛の時代にあって、手書き用のボールペンをわざわざMade in Franceでリニューアルしようという考えには惹かれるところがある。というか、筆記具のように日々の生活で必要なものこそ、不易流行が必要なのかもしれない。変える分と、変えてはいけない分。その絶妙なバランスで商品を作り出す。アパレルの商品企画でも、BICの手法は大いに参考になるのではないかと思う。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする