アパレル業界はコロナ禍以前から、低価格ブランドの乱立で供給過多の問題を抱えており、この解決が不振脱却のテーマになっている。大手メーカーはオフプライスストアを出店し、売れ残りの消化に躍起だ。確かに在庫を少しでも現金化するには機能するが、端から無難に売上げを取るなら、生活に不可欠なデイリーウエアを扱うしかない。
そうは言ってもアパレル市場である。上質でトレンド提案のある服を欲しがる層は、一定数いる。そこで、販売会社などを通さず小売店に直接卸すか、ECで直売するとコストをかけたもの作りができると、「DtoC」に活路を見出そうというデザイナーやメーカーがある。
ただ、直接、卸や小売りをすれば、在庫を持たなければならない。ところが、店やECの向こう側には不特定多数のお客がいるわけで、企画生産する側にその数量を確実に読める能力はない。作った商品がお客の嗜好を外せば、売れずに一気に在庫を抱えることになる。
筆者もマンションアパレルにいたからわかるのだが、取引先のバイヤーが顧客のことを熟知しているからこそ、ずいぶん助けられた面はある。バイヤーは展示会ではショップのお得意さんに「見せるもの」と、「売っていくもの」と、はっきり分けて「つけて(オーダーして)」くれるから、企画生産する側もMDに落とし込んで生産しやすかった。
DtoCであろうと、基本は変わらないと思うが、「ネット事業者」はそこにデジタルというか、ITを活用しようということらしい。商品が多くの店舗に分散せず、販売スタッフの人件費もかからない点から、DtoCがクローズアップされるのはわかる。だが、デジタルを活用すれば、そんなにうまくいくのだろうか。
ネット事業者が主導権を握るDtoCビジネス
先日、繊研PLUSが以下のような見出しで、記事を配信した。(https://senken.co.jp/posts/brandit-210412)
「DtoC支援のブランディット 大広と資本業務提携」
内容は、「DtoC(メーカー直販)支援のブランディットが、博報堂DYグループの大広とSMBCベンチャーキャピタル、DIMENSIONを引受先とする第三者割当による増資を実施した。シリーズA累計で2億3500万円を調達しており、同社独自の「ブランディットシステム」のマーケティング機能と経営体制の強化に充てる」というもの。
デザイナーやメーカーの服作り云々の前に、まずDtoCを支援するネット事業者が「広告代理店」や「ベンチャーキャピタル」に新株を引き受けてもらって資本を増強し、支援ビジネスのための資金にする狙いのようだ。いかにも昨今のデジタル社会を象徴するもので、投資する側もアパレル業界より、ネット事業者を信用している様子がよくわかる。
そこで気になるのが「ブランディット」という企業だ。同社は、動画配信のプラットフォーマー「CANDEE」でライブコマース部門を率いた鍛治良紀氏が、2019年9月にDtoCを支援するために設立した。(https://brandit.co.jp)
鍛治社長はCANDEE時代にインフルエンサーである佐野真依子氏のDtoCブランド「TRUNC 88」を軌道に乗せ、商品の生産から物流までをワンストップで提供するBtoB向けのソリューション事業を始めている。今やデザイナーやアパレルだけでなく、インフルエンサーと呼ばれる人間でも気軽にブランドを創れ、むしろECマーケットではそちらの方が共感を持たれる傾向にある。
しかし、DtoC一ブランドあたりの売上げ規模は限られる。そのため、ブランディットは一つのブランドをブレイクさせて大きく育てるより、多くの小規模ブランドに対してマーケティングから販売戦略まで、各自に合致したカスタマイズシステムを提供するソリューション事業の方が商機ありと見ているようだ。
一方、代理店の大広が増資を引き受けたのは何故か。背景には、従来のラテ(ラジオ・テレビ)、新雑(新聞・雑誌)といったマス媒体によるマーケティング手法が限界に来て、デジタルを使ったやり方に切り替えなければならなくなったことだ。親会社の博報堂はグループ内の生活総合研究所で、デジタル空間上に存在するビッグデータをエスノグラフィー(民族誌)の視点で分析する事業を進めている。
ビッグデータのメリットは、量の多さと紐つけられたデータの多様性により、多角的に分析できる点だ。アパレルビジネスの例で言えば、ファッション関連記事への年齢別のアクセスデータから、何歳がピークなのかなどの傾向が割り出せるという。大広もこうしたノウハウを活かしたマーケティングに舵を切り、今回の増資引受による業務提携で、DtoC支援を強化する考えと見て取れる。
DtoC向けソリューションは資金調達の道具か
もっとも、アパレル側の人間からすれば、DtoCにおいてクリエーションに滲み出る肝心な「素材開発」、デザインを裏打ちする「縫製加工」にカネが動くというより、ブランドを媒介にしてネット事業者が資金調達する状況が本当にいいのかは、懸念せざるを得ない。
米国の例を挙げると、アパレルのEVERLANE(エバーレーン/https://www.everlane.com)やスニーカーのALLBIRDS(オールバーズ/https://www.allbirds.com)などのDtoCブランドには、巨額の投資マネーが流れている。しかし、ECサイトに並ぶ商品を見る限りでは、マーケティングや商品作りが奏功し、画期的なブランドに成長した感じには見えない。また、世界市場で大きく伸びているとも言い難い。
すでに日本にも上陸しているオールバーズは、2018年に日本円で90億円近く売り上げているものの、資金調達が84億円という法外な額に達している。それを見ると、米国では行き場のない投資マネーがDtoCブランドに向かっていると見た方が正解だろう。
ブランディットのケースは方向性も額も違うが、第三者割当増資で2億3500万円を調達している。同社がこれまでDtoCブランド向けに開発したECシステムは日々の売上げから、消化率から割り出した1アイテムあたりの利益がひと目でわかるという。ならば、ブランドの売上高も堂々と公開しても良さそうなのだが、伸びているものはあるのだろうか。
今回、増資で調達した資金について、鍛治社長は「独自のブランディットシステムのマーケティング機能と経営体制の強化に充てる」と公言している。それでDtoCブランドのインキュベーションにつながり、本当に顧客が待ち望んでいる商品が生まれるのかだ。
大広のマーケティング支援にして然り。もともと代理店はマスマーケティングには強いが、デザイナーズアパレルのようなウォンツ、嗜好に左右されるものには弱かった。要はファッション音痴なのだ。今回はそこから脱却するためにビッグデータを活用するのだろうが、そうしたマーケティングが物作りにどこまで生かされるかはわからない。
鍛治社長を含め、ネット事業者はインフルエンサーが生み出したものをSNSとECで仕掛ければ、高くても売れるという発想なのか。増資を引き受けた他のベンチャキャピタルも、出資した以上はそれに見合うリターンが保証されなければ、意味はないはず。そのために価格が釣り上がり在庫が増えていけば、そのしわ寄せはブランド側にいく。
DtoCビジネスは間に小売店や直営店が入らず、ECとSNSで直接お客に商品を売っていくシンプルなものだ。そのためにはECとSNSで得られたデータを検証することが大前提だと、ネット事業者や代理店、ベンチャーキャピタルが介在するわけだ。だが、それがマネーゲームを生むようであるなら、利害が絡んでかえって複雑になりはしないか。
アパレルである以上、商品を企画して生産した在庫を売り減らしていくモデルは変わらない。そのフローでネット事業者が有効なソリューションを導いていくのだろうが、お客の立場からして「こんな服が欲しかったのよ」と言えるものが手に入るかどうかは、別次元のような気がする。
ネット事業者や代理店、ベンチャーキャピタルの思惑にデザイナーやメーカーが翻弄されるのであれば、本当にお客が望む服は生まれないような気がするが。果たして…
そうは言ってもアパレル市場である。上質でトレンド提案のある服を欲しがる層は、一定数いる。そこで、販売会社などを通さず小売店に直接卸すか、ECで直売するとコストをかけたもの作りができると、「DtoC」に活路を見出そうというデザイナーやメーカーがある。
ただ、直接、卸や小売りをすれば、在庫を持たなければならない。ところが、店やECの向こう側には不特定多数のお客がいるわけで、企画生産する側にその数量を確実に読める能力はない。作った商品がお客の嗜好を外せば、売れずに一気に在庫を抱えることになる。
筆者もマンションアパレルにいたからわかるのだが、取引先のバイヤーが顧客のことを熟知しているからこそ、ずいぶん助けられた面はある。バイヤーは展示会ではショップのお得意さんに「見せるもの」と、「売っていくもの」と、はっきり分けて「つけて(オーダーして)」くれるから、企画生産する側もMDに落とし込んで生産しやすかった。
DtoCであろうと、基本は変わらないと思うが、「ネット事業者」はそこにデジタルというか、ITを活用しようということらしい。商品が多くの店舗に分散せず、販売スタッフの人件費もかからない点から、DtoCがクローズアップされるのはわかる。だが、デジタルを活用すれば、そんなにうまくいくのだろうか。
ネット事業者が主導権を握るDtoCビジネス
先日、繊研PLUSが以下のような見出しで、記事を配信した。(https://senken.co.jp/posts/brandit-210412)
「DtoC支援のブランディット 大広と資本業務提携」
内容は、「DtoC(メーカー直販)支援のブランディットが、博報堂DYグループの大広とSMBCベンチャーキャピタル、DIMENSIONを引受先とする第三者割当による増資を実施した。シリーズA累計で2億3500万円を調達しており、同社独自の「ブランディットシステム」のマーケティング機能と経営体制の強化に充てる」というもの。
デザイナーやメーカーの服作り云々の前に、まずDtoCを支援するネット事業者が「広告代理店」や「ベンチャーキャピタル」に新株を引き受けてもらって資本を増強し、支援ビジネスのための資金にする狙いのようだ。いかにも昨今のデジタル社会を象徴するもので、投資する側もアパレル業界より、ネット事業者を信用している様子がよくわかる。
そこで気になるのが「ブランディット」という企業だ。同社は、動画配信のプラットフォーマー「CANDEE」でライブコマース部門を率いた鍛治良紀氏が、2019年9月にDtoCを支援するために設立した。(https://brandit.co.jp)
鍛治社長はCANDEE時代にインフルエンサーである佐野真依子氏のDtoCブランド「TRUNC 88」を軌道に乗せ、商品の生産から物流までをワンストップで提供するBtoB向けのソリューション事業を始めている。今やデザイナーやアパレルだけでなく、インフルエンサーと呼ばれる人間でも気軽にブランドを創れ、むしろECマーケットではそちらの方が共感を持たれる傾向にある。
しかし、DtoC一ブランドあたりの売上げ規模は限られる。そのため、ブランディットは一つのブランドをブレイクさせて大きく育てるより、多くの小規模ブランドに対してマーケティングから販売戦略まで、各自に合致したカスタマイズシステムを提供するソリューション事業の方が商機ありと見ているようだ。
一方、代理店の大広が増資を引き受けたのは何故か。背景には、従来のラテ(ラジオ・テレビ)、新雑(新聞・雑誌)といったマス媒体によるマーケティング手法が限界に来て、デジタルを使ったやり方に切り替えなければならなくなったことだ。親会社の博報堂はグループ内の生活総合研究所で、デジタル空間上に存在するビッグデータをエスノグラフィー(民族誌)の視点で分析する事業を進めている。
ビッグデータのメリットは、量の多さと紐つけられたデータの多様性により、多角的に分析できる点だ。アパレルビジネスの例で言えば、ファッション関連記事への年齢別のアクセスデータから、何歳がピークなのかなどの傾向が割り出せるという。大広もこうしたノウハウを活かしたマーケティングに舵を切り、今回の増資引受による業務提携で、DtoC支援を強化する考えと見て取れる。
DtoC向けソリューションは資金調達の道具か
もっとも、アパレル側の人間からすれば、DtoCにおいてクリエーションに滲み出る肝心な「素材開発」、デザインを裏打ちする「縫製加工」にカネが動くというより、ブランドを媒介にしてネット事業者が資金調達する状況が本当にいいのかは、懸念せざるを得ない。
米国の例を挙げると、アパレルのEVERLANE(エバーレーン/https://www.everlane.com)やスニーカーのALLBIRDS(オールバーズ/https://www.allbirds.com)などのDtoCブランドには、巨額の投資マネーが流れている。しかし、ECサイトに並ぶ商品を見る限りでは、マーケティングや商品作りが奏功し、画期的なブランドに成長した感じには見えない。また、世界市場で大きく伸びているとも言い難い。
すでに日本にも上陸しているオールバーズは、2018年に日本円で90億円近く売り上げているものの、資金調達が84億円という法外な額に達している。それを見ると、米国では行き場のない投資マネーがDtoCブランドに向かっていると見た方が正解だろう。
ブランディットのケースは方向性も額も違うが、第三者割当増資で2億3500万円を調達している。同社がこれまでDtoCブランド向けに開発したECシステムは日々の売上げから、消化率から割り出した1アイテムあたりの利益がひと目でわかるという。ならば、ブランドの売上高も堂々と公開しても良さそうなのだが、伸びているものはあるのだろうか。
今回、増資で調達した資金について、鍛治社長は「独自のブランディットシステムのマーケティング機能と経営体制の強化に充てる」と公言している。それでDtoCブランドのインキュベーションにつながり、本当に顧客が待ち望んでいる商品が生まれるのかだ。
大広のマーケティング支援にして然り。もともと代理店はマスマーケティングには強いが、デザイナーズアパレルのようなウォンツ、嗜好に左右されるものには弱かった。要はファッション音痴なのだ。今回はそこから脱却するためにビッグデータを活用するのだろうが、そうしたマーケティングが物作りにどこまで生かされるかはわからない。
鍛治社長を含め、ネット事業者はインフルエンサーが生み出したものをSNSとECで仕掛ければ、高くても売れるという発想なのか。増資を引き受けた他のベンチャキャピタルも、出資した以上はそれに見合うリターンが保証されなければ、意味はないはず。そのために価格が釣り上がり在庫が増えていけば、そのしわ寄せはブランド側にいく。
DtoCビジネスは間に小売店や直営店が入らず、ECとSNSで直接お客に商品を売っていくシンプルなものだ。そのためにはECとSNSで得られたデータを検証することが大前提だと、ネット事業者や代理店、ベンチャーキャピタルが介在するわけだ。だが、それがマネーゲームを生むようであるなら、利害が絡んでかえって複雑になりはしないか。
アパレルである以上、商品を企画して生産した在庫を売り減らしていくモデルは変わらない。そのフローでネット事業者が有効なソリューションを導いていくのだろうが、お客の立場からして「こんな服が欲しかったのよ」と言えるものが手に入るかどうかは、別次元のような気がする。
ネット事業者や代理店、ベンチャーキャピタルの思惑にデザイナーやメーカーが翻弄されるのであれば、本当にお客が望む服は生まれないような気がするが。果たして…