Sofia and Freya @goo

イギリス映画&ドラマ、英語と異文化(国際結婚の家族の話)、昔いたファッション業界のことなど雑多なほぼ日記

ブリッジ・オブ・スパイ 感想

2016-01-23 16:57:00 | その他の映画・ドラマ・舞台


日本列島に寒波が来ている時にさらに寒そうなポスターですみません!
だって日本のポスター、トム・ハンクスの険しい表情と暗い橋の写真が怖くて・・・では上の写真は怖くないのかと言うと、やっぱり鉄条網が怖いですよね。ベルリンの壁ですから。ここを越える人は銃で撃たれるのです。

実は私はこの映画を見に行くつもりは最初ぜ~んぜんありませんでした。
スパイ映画はここのとこ「U.N.C.L.E.」「M:IRN」「スペクター」「キングスマン」と豊作でしたけどこれらは基本的にイケメンが豪華な設定のもとおもしろいことしてるのを楽しむ映画でした。「ブリッジ・オブ・スパイ」?実話?トム・ハンクス?ちょこっと解説読んだら難しそうだし・・・と。

なのになぜ?

ベン・ウィショーが尊敬するマーク・ライアンスが出ていたからです。なんて健気な私。マークさんは「ブロークン・ポイント」にも出ていたのですが、私はそのキャラが陰気で好きではなかったため、何とかしてマーク・ライアンスの良さを発見せねばウィショーさんに申し訳ないと勝手に悩んでいたので、何話もあるドラマを見るより2時間で終わる作業へ向かったのでした。

感想

たいへん興味深く、見た価値がありました!
まずね、マーク・ライアンスの役はイギリス生まれのソ連スパイ。「アナザー・カントリー」を文字通りもうひとつの国から見るとこうか?!と点と点がつながったようなワクワクで始まりました。私が見るスパイものはいつも英国VSソ連で、米国というのは英国のホントには嫌いだけど無視できないやっかいな同盟国、という認識でしたので、裏から見た世界のような気がしましてね。

その裏から見たスパイの世界は、すごく見通しがよくわかりやすかったです。複雑な現実をシンプルにわかるように描いてて、暗くて難しい話にはハリウッド映画の「ていねいにわかりやすく作る」得意技が効くな~と実感。

1950年代の、
NY/ブルックリンの街、法廷、学校、家庭、
東西ベルリンの街、家、普通の宿とアメリカ系ヒルトンホテル、壁、
CIAパイロットの訓練からソ連上空での任務の現場、

と再現フィルムのように当時の様子がおもしろかったです。
冷戦下でいかにアメリカが学校で愛国心を育てているか、とか、
ベルリンの壁ができる様子、どうやって民間人が戦犯になるのかとか。

あと良かったところは、ソ連のスパイの弁護士を責めるアメリカ一般人の様子と、自国の軍も敵国と同じようにスパイ行為をし、それはスパイゆえ一般人には秘密裏に行われていたことを平等に描いていたこと。戦争ものになると偽善のセオリーが鼻につくアメリカ映画も進化してるのだな。


寒~いベルリンで(私の昔の上司が「ヨーロッパの中でも寒いのはドイツだ」と言ってたのを思い出しました^^;)つらい思いをしてた主人公ジムが、政府の人間が宿泊してたヒルトンホテルで「アメリカの朝食」なるものを大量に自分用に注文して、いろいろ料理された「朝食」がデンデン!!とテーブルに出て来てびっくりしました。アメリカの朝食がケロッグになったのはもっと後だったのですかね。

あとジムが好きなコーヒーはネスカフェなのですが、映画見てる時は、ネスレってドイツの企業じゃなかったった???敵国の飲み物???と思ってたけど、調べたら平和な中立国スイス企業だった。。。。ジムの立場の象徴のようだったのかな。

ちなみにベルリンの壁が崩れる前に私はポーランドの地を踏んだことがあります。80年代当時ポーランド航空が格安だったからロンドン行きに使ったのですが、帰路のワルシャワ乗り換えは10時間待ちだったので、市内に行っただけなんですが、「ワルシャワ」というディヴィッド・ボウイの曲もあるし、壁の向こうが見たかったんですね。そしたら空港にはでかい銃を装備した軍人はいたし、デパートにものはないし、英語は通じないし、カフェのお菓子の種類もないしで、1国の首都と言えども社会主義国家というのは確実に物資がなかったんですよ。


あ!

肝心なマーク・ライアンスですが、そうか若いころはルパート・エヴェレットだったのか・・・と見始め(違う)、台詞もあんまりないけど口を開くと映画を見終わっても心に残ることを言ってました!トム・ハンクスはファニー・フェイスのくせしてサックス・5TH・アヴェニューのいい服着てる役だったのに比べ、人生も残り少ないというのに、冒頭のあたりからお風呂場の下着姿のサービスまでしてくれました。ポーカーフェイスの地味なスパイの役がぴったりで最小の動きで最大の効果をだしてました。