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ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

肉体を盗んだ魂(30)

2016-09-06 23:08:11 | 小説
4限目、僕と麻理は、いつものように大講義室の後方の席に座った。前期テストが近いこともあり、普段より席が埋まっている。

「あの、麻理。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「えっ、何?」

「さっき一緒に話してた男の子って誰?私、目が悪いからよく見えなかったんだけど」

「あの人?ああ、美由も知ってると思うけど、同じサークルの加藤君」

「やっぱりそうなんだ」

「私たち、つき合い始めるつもりなんだ」

「えっ」

「いろいろな人と合コンもしたけど、結局、手近なところに収まりそうなの」

「本当に加藤君とつき合うつもりなの?」

「嘘ついたって仕方ないでしょ。美由は応援してくれるよね」

終始、穏やかな表情だった麻理の瞳に、一瞬、不安が浮かんだ。僕の動揺に気付いたのかもしれない。



「勿論だよ。応援する。私は麻理の味方だから」

「ああ、よかった。私が決める事だけど、美由には賛成してもらいたかったから」

「だって、反対する理由なんて見つからないし」

「そうだよね。美由はこれからも変わらず、私の大切な友達でいてよね」

「うん、わかった」



僕は蔭を隠すように、努めて声を張って答えた。浮かび上がる絶望を、とりあえず押さえ付けなければならなかった。女にもなれない。男でもない。もはや、どこにも居場所はなかった。





肉体を盗んだ魂(29)

2016-09-06 23:04:54 | 小説

僕と麻理の幸せな関係は長く続かなかった。

「いま、麻理と話してる男、誰?」

「加藤じゃない?」

「ああ、加藤君みたいだね、美由どう思う?」

「私、目が悪いからよく分からない」

「でも、あの二人、いい感じじゃない?」

「付き合い始めたのかなあ?」

「そうかもしれないよ。美由どうする?」

友達の一人が僕をからかう。

「どうって。どうもしないよ、別に」

麻理の笑顔がいちいち気に障る。一刻も早く真意を確かめたい。今日の4限目の授業で、麻理と二人きりになる時間がある。そこで聞いてみることにしよう。

肉体を盗んだ魂(28)

2016-09-06 22:39:02 | 小説
「そろそろ帰るね」

すでに外は薄暗くなっていた。

「送っていくよ、チャリで」

階段を降り、玄関の前で二人の足が止まった。麻理が僕の肩にそっと触れ、頬に軽くキスをした。

「今日は楽しかった。ありがとう。じゃあね」

僕は一瞬、立ち尽くしたが、正気を取り戻し、「駅まで送らせて」といいながら、麻理についていく。



麻理の重みを感じながら、僕はペダルをこいだ。しばらく互いに無言だった。街に夜が色づいていく。風が少し冷たい。

「私、今日、麻理が来てから、沈黙が怖かった。でも今はぜんぜん、怖くない」

「私はそんなの最初から怖くなかったよ。美由といる時は不思議と怖くない。むしろ心地がいいぐらい。この風みたいに。ちょっとチャリ止めてくれる?」

「何で?」

「歩いたほうが麻理と長くいられるからだよ」

僕たちは暮れていく街並みを、折り重なるようにして、ゆっくり歩いた。

肉体を盗んだ魂(27)

2016-09-06 22:30:16 | 小説
「うわ、嬉しい。おいしそうなケーキ」

「食べてみないと分からないよ」

「でも美由は幸せだね」

「えっ、幸せ?」

「そうだよ。だって、私の部屋だったら、ベッドが置いてあって、テーブルなんて広げちゃったら、ぜんぜんスペースなくなっちゃうけど、美由の部屋は余裕じゃない。こういうの、憧れるなあ」

「そんなこと、幸せのうちに入るのかなあ?」

「そりゃあ入るわよ。誰だってリラックスできる広い空間が欲しいんじゃないの。美由はそれをすでに手に入れてる」

「ふうん。まあ、確かに贅沢かもね。でも幸せとは違う気がする」

「幸せだよ。このケーキ、本当においしいね」

「私の部屋、面白そうなもの何もないでしょ。もっとコミックとかいっぱいあったら、漫画喫茶代わりにもなるのにね」

すると麻理がやや真顔になった。

「それだったら、漫画喫茶に行ったほうが話し早いじゃん。ただ、今日は美由と話がしたかっただけなの、二人きりで」

「あ、ありがとう」

僕は思わず麻理を抱きしめたくなった。でも、それは出来ない。