思いつくまま

みどりごを殺す「正義」はありや?
パレスチナ占領に反対します--住民を犠牲にして強盗の安全を守る道理がどこにあろう

任彦芳:私の見た艾未未(アイ・ウェイウェイ)(1)

2009-11-03 23:09:55 | 中国異論派選訳
任彦芳:私が見た艾未未

なぜ私の目はいつも涙をたたえているのだろう
それは私がこの土地を深く愛しているから

――艾青

私が艾未未を知ったのは、インターネットを通じてだった。彼は北京オリンピックのメインスタジアム「鳥の巣」の設計チームの中国側アドバイザーで、鳥の巣は彼のコンセプトだ。艾未未がいなければ今の世界中の注目を集める鳥の巣はなかった。そのことを私は彼の牛博のブログで知った。私はそこに彼の国のため民のための純潔な心を見た。しかしその後彼のブログは閉鎖され、彼の書いたものは見ることができなくなった。

私の艾未未に対する理解は、彼の母親の高瑛を通じてのものだ。私が何回か高瑛の家に行ったときは、いずれも硬筆書道の名家の龐中華が車で連れて行ってくれ、そのたびに高瑛から彼の息子未未についての話を聞いた。母親は息子の話になると、自慢ばなしもしたが、心配してもいた。彼女は言った「私はいつも未未に気を付けるように言っているんだけど、私の話は聞かないからどうしようもないの。未未に、教訓を忘れずに、当局が聞きたがらない話しはなるべくしないように、面倒を起こさないようにと言っているんだけど、あの子は、『俺の体に母さんと父さんの遺伝子がないと思うかい?』と云うのよ。

こうして、高瑛は未未について話し始めた。彼は1957年6月に生まれた。その頃、艾青は右派として迫害されていた。子供の出生届を出さなければならないが、名前を付けていなかった。艾青にはとても子供の名前を考えられるような余裕はかったので、高瑛に「『辞海』を持ってきてくれ」と言った。彼は『辞海』を開いて、目を閉じて、指を適当に置いた。目を開くと指は「威」の字を指していた。権威、威力、威信、威勢。艾青は威勢なんてよくない、この字はよくないと言って、同じ音で違うアクセントの字を探した。そして、「未、未、子供に未来を信じさせるために、未未と名付けよう」と言った。

高瑛は息子とともに経験した苦難を語った。正にこの苦難の大学が、彼を民衆を忘れず、いつも被害者の立場に身を置き、彼らのために発言する人に育て上げた。

高瑛の応接間の一角には、私が一番好きな詩人艾青の銅像がある。その日、私たちが記念撮影したとき、私は艾さんの近くで撮ろうと言った。まるで彼がまだ生きているようで、私は彼の生命の息吹を感じた。部屋には高瑛と彼女の子供たちの引き伸ばした写真も飾ってあった。母親の横に立っている大きなひげを蓄えている男が未未で、私は彼の性格をそこからはまだ想像できなかった。しかし、彼の体に詩人艾青の生命を見た。この写真の横には、胡錦涛と高瑛が話している写真があった。それは1996年5月5日、艾青が亡くなった次の日のものだ。彼女は想像もしていなかったし、事前の通知もなく、胡錦涛は作家協会党員グループ書記と中共中央宣伝部部長を引き連れて私たちがいま話しているこの応接間に来た。胡錦涛は艾青が亡くなったことを哀悼し、家族に体に気をつけるようねぎらった。

艾青の死からまたたく間に13年が過ぎた。しかし、今日の高瑛は平和で静かな日々を失ってしまった。彼女は心配で、しばしば不眠になり、体に気を配る余裕がない。

彼女は私に言った。「ある日突然庭がいっぱいになるほど大勢の警官が来て、艾未未を捜索すると言ったの。みんなまるで私を敵を見るように睨みつけていたわ。私は、もし未未を探しているのなら、ここには住んでいないから彼の家に行きなさいと言ったわ。警察は彼の戸籍はここだろうと聞いたから、「戸籍はここだけれど、自分の仕事があるからここには住んでいないです。彼にどんな用事があるのか私に話してもらえますか?」と聞いたら、彼らは、絶対未未に会わなければならないと言っていた。私は警察に協力しましたよ。私が住所を教えるから会いに行くか、そうでなければ私が彼に電話して彼の方からあなた方に連絡するよう伝えると言いました。

私の息子に何があったんでしょう? 警官の態度からすると、何か大問題が起きたのは確かだから、心配でたまらなかったわ。

私が息子に電話したら、息子は母さん心配しなくていいよ、人に後ろ指を指されるようなことはしていないから、怖がることはない、と言っていたわ。

私はそれで初めて知ったんだけれど、息子は地震で亡くなった子供たちの調査をしていたんです。彼は百名以上のボランティアを組織して、四川地震の被災地に行かせて、一人一人亡くなった子供たちの親を調査し、子供がいくつだったのか、何年に生まれたのか、どの学校の何年生だったのかを聞いて回っていました。彼らは親たちの語るのを聞き、録音録画した。彼はずっとこの仕事をしていました。彼は、「これは政府の代わりにやっているんだ、温家宝総理は何度も、この子供たちがどのように亡くなったのか、どれくらいの崩壊した学校の建物が手抜き工事だったのかを必ず調べると約束した。もちろん役人たちは面白くないだろうが、これは政府がはっきりと民衆に説明すべきことだ。」と言っていました。

私は息子がやっているのは正しいことだと思うから、息子を止めたりはしません。

高瑛のこの話を聞いて、私は以前より一層この民衆の権利を守る活動をしている世界的に有名な芸術家未未に会いたくなった。

9月12日、龐中華の車で高さんの家に行った。入ってすぐに、艾未未が帰っているかと聞いた。

彼は1か月前に、「国家政権転覆罪」で起訴された譚作人の8月12日の法廷証人として出廷するために11日に成都に行ったところ、予想もしなかったことに、彼が泊ったホテルで警察が彼を不法拘禁し、その上彼を殴打し、彼は負傷した。そして結局譚作人の弁護側証人全員が出廷できないという事態になっていた。この日は、未未が北京に戻ったと聞いたので、私たちは会いに行ったのだった。午前中は中華は時間がなかったので、夜行くと伝えた。しかし、私たちが高さんの家に着いたときに、彼女は「息子はさっき出発して、今はたぶん飛行機に乗っています。ドイツで個展を開くために、18個もコンテナを持って行ってしまったわ」と言った。

残念、ひげの未未に会うにはちょっと遅かった。私は高さんに「未未が殴られたと聞いたけど、大丈夫でしたか?」と聞いた。

高瑛は言った「未未は私に殴られたことは言わなかったわ。きっと大丈夫でしょう。個展のことしか言わないで、急いで飛行場に行ったわ」。

そこで私はインターネットで見たことを話した。高瑛は言った「あの子ったら、きっと私が心配すると思って、そんなことは全然言ってなかったわ。でも、私は少し嫌な感じがするの。何か不安だわ」。

私たちは彼の無事と順風満帆を祈った。

9月15日、私はインターネットで次のようなニュースを見て、びっくりした。

警察に殴られたのが原因で出血か、艾未未ドイツで手術

明報:中国の芸術家、人権活動家の艾未未が14日ドイツ・ミュンヘンで「重度打撲による頭蓋骨と脳実質の間の大面積出血」が発見されて入院しており、現地時間の14日午後もしくは15日午前に手術を行う予定である。本紙が14日夜艾未未に連絡を取ったところでは、彼の声はか細く、先月四川警察と交渉したときとは非常に違っていた。彼の話では、溢血が大脳を圧迫していることが彼の話し声に影響していると医師は言っているということだった。艾未未は先月12日に人権活動家の譚作人の事件の証人となるために成都に行っていて、未明にホテルに押し入ってきた警官に顔の右側を一撃され、現地の医者の診断では「軽度の打撲」ということだった。しかし艾未未の話では、彼はそれ以降ずっと頭痛が続いており、最初は数日でよくなると思っていたが、9月14日にミュンヘンで個展の準備をしていて、頭痛がひどくなって受診したということである。

このニュースを高さんに伝えて良いものかどうか、私は彼女が心配することを恐れて伝えないことにした。

9月16日の朝8時、私の電話が鳴った。誰がこんなに朝早くかけてきたのだろう? 受話器を取ると、聞こえてきたのは高さんの声で、彼女の声は震えていた。

「昨日の夜、ドイツから電話があって、未未が頭を警察に殴られたことが原因でドイツの病院に入院して手術を受けたそうなの。医者は頭に溢血があって、もし受診が一日遅れていたら、個展を見られなかったかもしれないって……息子が何でこんな目に会わなきゃいけないの? 彼は国のために働いていたのに、証言をしようとしたのに、どうしてなんでしょう? 彼らが一体何考えているのか本当に分からない。彼らの卑劣な無法行為を憎みます! 私は警察の盗聴なんか怖くないわ。こうやって彼らを非難しても、何も怖くありません。息子はあの日ドイツに行ったおかげで助かったけど、もし中国だったら命がなかったかもしれない。彼らは策略をめぐらして息子を殺そうとしているのよ。彼らがこんなふうに民心に背き、民衆を害し、民衆の恨みを買っていて、長く続くと思う? あなたも真っすぐな人で、いつも本当のことを言って、民衆の権利を守ろうとしているんだから、あなたも注意して。彼らはあなたにも目を付けているかもしれない。それはあなたにとっては名誉かもしれないけど、自分を守るよう注意してね。一晩中眠れなかったから、起きてすぐにこの気持ちを誰かに話したくなったのよ」。

高さんの話を聞いて、この母親の涙ながらの訴えを聞いて、私は彼女の心が血を流していると感じた。私も泣いた。私は言葉が出ず、一言あなたも体に気をつけてとだけ言った。

国慶節の翌日〔10月2日〕午後3時、中華が車を運転して、私たちは高さんに会いに行った。彼女の気持ちはだいぶ落ち着いていた。彼女は『老[女馬]蹄花』という題名のドキュメンタリー番組を持ち出して応接間で私たちに見せてくれた。この日彼女は他にも工人出版社の王さんを呼んでいて私たちに引き合わせた。このドキュメンタリーは未未に対する拘禁、暴行をその場で記録し、また、未未たちが西安路派出所、金牛公安分局、成都公安局に抗議に行った時の経過を記録している。そこに私は恐れを知らない艾未未、力強く邪悪と戦う艾未未、本当の男、詩人艾青の息子として恥ずかしくない艾未未を見た! このドキュメンタリーは、具体的な事実で中国の警察の現状を明らかにした。これは何とも恐るべき現実だった! 私はこの事実に衝撃を受けた。

ドキュメンタリーを見終って、高さんは彼女の考えを話した。胡錦涛と温家宝に手紙を書いて、艾未未の状況を伝えるという。「彼は温家宝が涙ぐみながら言った『必ず地震で倒壊した公共施設を調べつくし、人民に説明する』という約束を実行するために地震で亡くなった子供たちの調査をしているんです。彼は裁判所のために調査をし、同じように子供たちの死因調査をしていた譚作人の証人として行ったのに、一体どんな法を犯したというの? 息子にどんな罪があると言うんでしょう? こんな風に彼に暴力をふるって! 私は手紙を書いて、胡錦涛と温家宝に知らせます」。

私たちは皆彼女がそういう手紙を書くことを支持した。私たちは、彼女に息子が帰って来てから相談して、彼の同意を得たほうがいいと言った。

10月25日8時、高さんは友人に頼んで私を迎えに車をよこした。息子の艾未未が帰って来たのだった。これは本当に得難い会見だ。私は高さんの家に行って、最況を話した。私は彼女に今記録文学作品を書いていることを話し、彼女はそれに意見を述べた。私は言った。「私は精力がないけれど、もしあったら艾青と彼の息子の二世代の話、あなたという偉大な母親の話を書きたいんです。今回の地震で亡くなった子供たちの調査での経験を書くだけでも、国内国外を震撼させるルポルタージュになりますよ」。このテーマを書く作家を他に探せるだろうかしばらくして、王さんもやってきて、家で餃子を食べてから、彼女は息子に電話した。彼は家で我々を待っていると言った。午後2時、私たちの車は草場村の未未の仕事場に着いた。

その建物に入ると、まるで古代の城砦に入ったようで、四囲は高い塀で囲まれていた。中庭の柿がちょうど熟して、黄金色のランプのようだ。二つの高くて大きな磁器が中庭に据えられていて、私たちは二つの照明かと思った。未未が迎えに出てくると、すぐに彼の頭の手術跡が私の目に入った。二つの穴が、髪を剃ったところに空いていた。母親は一目見て、「息子や、今はどうだい、まだ痛むかい?」と痛々しげに言った。未未は「母さん心配しなくて大丈夫だ。なんともない」と言った。

私たちは庭で記念撮影をした。艾未未が傷跡の残る側をそらしたので、写真には傷のある側は写っていなかった。あとから高瑛がそれを見つけて、特に息子の頭の右側、警察に殴られて手術した側を写真に撮った。息子は母親が心配しないようにだろう、部屋に入ってから彼の頭部のレントゲン写真を持ち出して、言った「このクルミのようなのが脳みそで、こちら側が血で一杯になっていて、脳を圧迫していた。これは命にかかわる症状だ。母さんわかるかい、今は大丈夫だ。こちら側の溢血はみんな抜き取った。まだ少し血が染み出しているが、もう問題ない」。

息子はレントゲン写真を元に戻した。私は高さんに、レコーダーのスイッチを入れて未未の話を録音してもいいかと聞いた。高さんが、もちろんいいと言ったので、未未の語ったままを記録した。

艾未未:今はまだ集中力がないけど、良くなる。3か月もすれば良くなる。個展の準備で必要だったから、俺は入院6日で退院した。(話しをしていると、大きな爆竹の音がしてきた。未未は、これじゃあ話もできないから、彼らに注意してくると言った。私たちは大丈夫だからと彼を引きとめた。未未は、「うるさくて話もできない、これが外国だったら、電話一本すればやめるのに、そうでなければ訴えられる」と言った。)

私は、未未に彼の母親が中央の指導者に手紙を書こうと思っていると告げ、彼に何を書くべきか聞いた。

艾未未:少なくとも二つの問題をはっきり言わなければならない。一つは真相の隠ぺい。証人の出廷を妨害するなんて、ヤクザの世界だけで通じる話で、世界中どこでも通じない。政権党だったら、司法の正当な手続きを妨害できないはずだ。これで公正だなんて言えるだろうか? こんなことは法的に絶対許されない。
もう一つは違法な取り締まりのことだ。人を殴っておいて否定する。私が殴られたことは小さな問題だが、こんな状態なら全国で一体どれだけの冤罪、どれだけの民衆の不満が生まれるだろう。こんなことをしていたら信任を失うし、政府の語る政治的理想はすべて口先だけの話になってしまう。俺はやつらが何でこんなことをするのか全く理解できない。国には国の法律があるし家には家の決まりがあることは、やつらだって知っているはずだ。これ以上言っても無駄だ。胡耀邦や温家宝も末端から出世していったのに、今じゃ腐ってしまって言えなくなったんだろう。新疆ではもう2カ月もインターネットに接続できない〔実際は7月5日の事件直後から4カ月近く〕。携帯のショートメールも送れない。新疆はいつ独立国になったんだ? いくら自分たちの少数民族政策が正しいと主張しても、この2カ月間やってきたことは、全世界に知れ渡っている。やつらは万策尽きたのか、それともそうせざるを得ないのか? 他に手がないのか? 俺たちが言っても効果はないが、言うことは俺たちの責任だし、義務だ。

 
ジャンル:
ウェブログ
コメント (1)   この記事についてブログを書く
« 任彦芳:私の見た艾未未(3) | トップ | 任彦芳:私の見た艾未未(ア... »
最近の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
中国の未来に (陽子)
2011-06-23 12:41:38
私も、アイ・ウェイウェイのことを知りたいと思いました。
自分の良心に従う事は大切な物を守る為にも必要だと感じます。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

中国異論派選訳」カテゴリの最新記事

関連するみんなの記事