住まいの安全 心の健康 住まい塾 21

住まいの安全性、食物の安全性、政治の危険性、感動の共有
心と体のリラクゼーション、誰かに秘密を話すストレス解消

ー 日曜雑感 ー

2018年05月27日 | 日記

  国際ニュースを見ていたら、メキシコ湾に低気圧が発生したと伝えている。
メキシコやカリブの海にハリケーンが発生しても、筆者にはほとんど影響は無いが、思っていたのはハリケーンと云うのは、女のヒステリー同様、とても男どもに太刀打ちできるものではなく、≪36計 逃げるに如かず≫と云う事で、女の名前しか無いと思っていた。

  あれれ・・・今朝のニュース、ハリケーンの名前『アルベルト』だって。 検索を掛けてみたら、女性、男性の名前と、特に命名に区別はなく、単に筆者の思い違いであったようである。
話をヒステリーに戻すが、ヒステリーはもちろん、現代では日本の政界を見るまでもなく、男にも時たま現れる事があることは、今では世の常識となりつつある。
欧米で有名なハリケーンの名は、あの『カトリーナ』 、日本では台風にあまり名前を付けずに番号を付けることが多い。  当然であろう、もし、日本に大きな被害をもたらした台風の名前が『芯三』だったりしたら、その名前を持っている人々に取っては、この上もなく面白くない事であろう。




  若葉に溢れるこの季節、生命力が所かまわず満ち溢れるので、筆者も『オス』の端くれ、時たま放浪癖が顔を出す。
『立てばシャクヤク、座ればボタン、歩く姿はユリの花』の言葉を思い出すまでもない、現在のシャクヤクの開花状況、咲き初め・・・もっとも瑞々しくそれらの美しい時期であろう。
コマーシャリズムに煽られて、南陽市のシャクヤク神社に、参拝に行ってきた。

  駐車場の入口に、表示が無く迷った。  道路から見えるところに有る、白線が引いてある駐車場の様な空き地には、入り口にバリケードが有り、その神社前では、車が路上で右往左往している。
受付の集金係の所へ行って、それとなく指示したのだが、筆者に命令権は無く、その後どういう措置に至ったか知らない。

  シャクヤク開花状況は、おおむね10~20%程度と云うところで、感嘆の声を上げる程ではなかった。  お花畑を息子と二人巡っていたら、うら若い女の人が近づいて来た。
「すみません、写真撮っていただけませんか・・?」
と、『シラウオ』の様な手で、カメラを差し出された。
「ああ、いいですよ!」と筆者。  
写真を、5枚ほど撮ってあげた。

その女性から少し離れてから、息子に「オイ、女の一人旅みたいだ ヨ。」とささやいた。
息子は、私より少しだけ観察眼が有った。  
「持ってるバッグに、○○テレビって、書いてあるよ。」と息子。
「俺にも言ったが、オレ断った」と息子。 「どうして、一人で居るんだべ・・?」
そんなこと、筆者に知る由は無い。



  園内散策を続けていると、テレビクルーが徐々にそろって来たようで、4~5人がマイクやら、カメラを持って、集って来ていた。  シャクヤクの映像を取ったり、売店の様子や、芸工大の学生たちへのインタビューやらで、それぞれに仕事をこなしていた。

  撮った写真を、パソコンで検索してみたら、SAYテレビの土曜日の番組であった。
≪ やまがたチョイす ≫という、お昼の番組だそうです。
筆者に声をかけてくれた感謝の気持ちの延長線上で、番組の宣伝に協力して置きました。




  失礼とは思いますが、「写真を撮ってくれませんか・・・?」なんて、あの小野文江アナウンサーから言われたのなら、握手をお願いし、家に帰って包帯で、ぐるぐる巻きにして、一週間も寝込んだと思うのですが、・・・・それにしても、良い一日でした。



   最後っ屁で、為政者の方え、・・・・・・・
≪ http://xpp.sakura.ne.jp/sub/jougan/jou005.php ≫より引用
  
  貞観初年のこと、太宗が側近の者にこう語った。「君主たる者は、なりよ
りもまず人民の生活の安定を心がけなければならない。人民を搾取して贅沢
な生活にふけるのは、あたかも自分の足の肉を切り取って食らうようなもので
、満腹したときには体のほうが参ってしまう。天下の安泰を願うなら、まずお
のれの姿勢を正す必要がある。いまだかつて、体は真っ直ぐ立っているのに
影が曲がって映り、君主が立派な政治をとっているのに人民がでたらめであ
ったという話は聞いたことがない。わたしはいつもこう考えている。身の破滅
を招くのは、ほかでもない、その者自身の欲望が原因なのだ、と。いつも山海
の珍味を食し、音楽や女色にふけるなら、欲望の対象は果てしなく広がり、
それに要する費用も莫大なものになる。そんなことをしていたのでは、肝心な
政治に身が入らなくなり、人民を苦しみに陥れるだけだ。その上、君主が道理
に合わないことを一言でも口にすれば、人民の心はばらばらになり、怨嗟の声
があがり、反乱を企てる者も現れてこよう。わたしはいつもそのことに思いを
致し、極力おのれの欲望を抑えるように努めている」

 諫議大夫の魏徽が答えた。「昔から聖天子よ明君よと称えられた人々は、み
なそのことを実践されました。ですから、理想的な政治を行なうことができた
のです。かつて楚の荘王が賢人の詹何を招いて政治の要諦を尋ねたところ、
詹河は、『まず君主がおのれの姿勢を正すことです』と答えました。荘王が重
ねて具体的な方策について尋ねましたが、それでも詹何は、『君主が姿勢を正
しているのに、国が乱れたことは未だかつてありません』と答えただけでした。
陛下のおっしゃったことは、詹何の語ったこととまったく同じであります」
  ----  以上  引用 終   ----





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≪カラオケ≫・ 生きる心柱として

2018年05月23日 | 日記

  筆者、小さいころから歌うことが大好きである。  楽しい時と悲しい時、どちらかと云えば悲しい時、言い換えればストレスが嵩じたときは歌って紛らしていた。  今でも、時たま、大きな声で歌うことにはしている。
楽しい時やうれしい時は知らず知らず鼻歌が出るので、歌いたいという気持ちが表に出てこないのかもしれない。  内緒では有るが、一人だけの美酒と云う状態は、ままある。

  得意な曲と云うのは無いが、歌いたい曲は数多くある。  青春時代のヘイジュードや悲しき天使などは、他人に聞かせて歌いたいのだが、いまだ持って、人前で歌ったことは無い。  実は発音がズーズー弁なので聞き苦しいのではないかと云う、筆者なりの忖度ではある。  職人仲間に抵抗なく、聞かせて拒否感もないのが演歌、次にあげた歌、最近こなしたという感じの歌であるが、カラオケ店のメニューに、無いところが多いのは残念である。



  はて、筆者も歌が無ければ、生きれないのだろうか・・・?  その結論は先において、生きていて、大切なもの・・、自分の一番大切なものは何なのだろうか・・・・、考えてみたら何もない!
「おくさま」が、まだご健在の時分は遠慮なく、一番大切なもの・・・何の躊躇もなく「つれあい」と答えていた。

  パソコンOSのWindowsのネーミングもさることながら、パソコンと云う機械は便利なもので、今までざっくりと生きてはきたが、いったい他人は、何を生きがいとしているのだろうか・・・?  検索を掛ければ、瞬時に数えきれないほどの、answerが表示される。


  話は、またまた飛んで最近の国内政治事情、切迫した緊迫状態と感じるのは筆者だけではないのではないだろうか・・・。
宗主国の影の指導者たちは、もはや日本の莫迦ソーリでは持ちきれないと、諦めたという状況であろう。
最近の繕い切れない、森友小学校の国有地払下げ事件、家計学園指定獣医学部利益誘導事件、TBS元社員準強姦事件、スパコン助成金詐欺事件、その他もろもろ、放っておけば国民が忘れるとでも思っているのだろう・・・。
  『国民は、・ア・ナ・タ・とは違うんですよ』 世襲口車ソーリ殿 !!!


  パソコンの検索結果、人は何を『心の拠り所として、生きるべきか・・?』  いろんな意見が検索にかかるのは、未だ、ある程度の発言の自由が、許されていると見るべきか、それとも、奇抜な現政権にとどめを刺すような意見が無いと、疑ってかかるべきなのか・・・・。


  通り一編では有るが、やはり、儒教の教えが色濃くにじむ、考え方が検索結果に多い。  それと、目に付いた意見は、現代の公教育による影響が、色濃く投影された言葉遣いや、言葉が多いと感じられた。
簡単な言葉で云えば『徳・仁・礼・義・・』、あるいは、『慈悲の心』、『自分にしたいことを、他人に施せ』等々・・・・。   いずれの場合も、必要欠くべからざる芯は、あの≪おしん≫の信 ≒ ≪信頼≫である

  現代の日本の民主主義事情、知人縁戚と云われるの政治中枢におられる方々や、その取り巻き高級官僚の意識と云うものを,その検索結果と重ね合わせると、いかにも高級官僚と云われる人々の意見が、それらの検索による意見と異なることか、際立って見える。


  代表的日本の最高学府である、東大で学問を収めた方々が、その儒教やキリストの教えと、対極に位置するほど、かけ離れていると思える現状は『ナ・ゼ・カ?』と云う、きわめて単純な疑問に突き当たる。
嘘、隠蔽、改竄、Etc.・・・ これまでの官僚トップのウソやハッタリとは、明らかに質が違うと見るべきではないだろうか・・・。

  儒教国家群、過去3千年の歴史の中には、法治主義と云う考え方もあって、みんなが決めた法律を破らなければ、刑罰には当たらない、とする継続した考え方があるには有った。  しかし、その前に『徳』、『仁』とかが、重用された考え方は、日本の近代の『福田康夫総理大臣』辺りまでは、継続されていた気がする。
そして、その社会には必ず抜け穴を見つけるモノが出て来ることも、過去には記されていた。
政治中枢に居座り続けている『タケナ力 タコ造』、住民票、日本からアメリカへ持って行ったり、又、日本に戻したりと云う事、僅かばかりの≪住民税節約≫も、記憶に新しい事である。



  さて、現在の社会世相、記憶にないほどの世界的な貧困格差、既得権益層の固着化が進んでいるのは、否定のしようもないが、それぞれの立場で、≪自分の一番大切なこと≫を聞かれたら、何と答えるだろうか・・・・?  『タケナ力 タコ造』・・・聞くまでもない。  ケイマン諸島に、幾ら隠しているか知る由もないが、まぎれもなく≪ ・オ・カ・ネ・≫と答えるだろう。

 
  写真のお三方、弊ブログご参観頂いている方々は、ご存じあろうかと思いますが、いずれも日本の最高学府『 東大・法学部、経済学部ご卒業の面面 』 詳細を書けば次の様になる。 (主にネット上の、ASAHI.COMの記事による)   

  『迫田 英典前理財局長  山口県出身 東大法学部 ’82卒業』
    八億円値引の国有地 格安払下げ事件
    発言:「本件について報告を受けたことはございません」
       「私に対して政治家あるいはその秘書の方等からの問い合わせ
        等は一切ございません」

  『佐川 宣寿前理財局長  福島県出身 東大経済学部 ’82卒業』
    発言:「答弁を差し控える」
       「私は現在、告発を受けている身でございます。刑事訴追を受
        けるおそれがございますので、その点につきましては、答弁
        を差し控えさせていただきたい」
       「刑事訴追のおそれ」「差し控える」をそれぞれ20回程度繰
        り返した
       決裁文書改竄について
       「書き換え問題で国会に大きな混乱を起こし、行政の信頼を揺
        るがしたことは申し訳ない」
       「責任はひとえに私にある」
       交渉記録の廃棄について
       「事案が終了したため、廃棄した。記録は残っていない」 
       「丁寧さを欠いた」「申し訳ない」 

  『柳瀬 唯夫元首相秘書官  静岡県出身 東大法学部 ’84卒業』
    発言:「本件は、首相案件」と述べたとされる。
       「記憶の限りでは、愛媛県や今治市の方にお会いしたことはあ
        りません」
       愛媛県や今治市職員の同席について
       「今でもわからない」、「いたのかもしれない」
       「そもそも普段から首相という言葉は使わない」
       「総理に対し報告したことも、指示を受けたことも一切ない」

  『福田 淳一財務事務次官 岡山県出身 東大法学部 ’82卒業』
    発言: 「胸、触っていい・・・?」、「手、縛っていい・・・?」


 
  語るに落ちたとはこのことで、今更コメントすることも無い。
  おりしも、アメフトで日大の選手が、関西学院の選手にタックル、けがをさせた事件が発生したが、監督、コーチ共、そんな指示をしてないと逃げ、当事者である選手だけが、監督の気持ちを≪忖度≫したという、幕引きに終わるようで、時代を反映した結論と云えそうである。  この、結論を上の方に伸ばしていけば、官僚の方の中にも、トカゲのしっぽ役を誰かに押し付けるのだろう。

  死んだ近畿財務局の方にも、決裁文書改竄の罪が着せられるのだろう・・・・?     



  筆者、云いたいことは如何に現代社会を牛耳っても、幾ら衣・食・住や乗用車で贅沢の極みを尽くしても、あの≪田中の角さん≫以上に、歴史上で取り上げられることは無かろうし、学問を究めたことも無い≪二宮尊徳翁≫と並び、称される人が出ないであろう事は、保証の限りである。

  彼ら現代の最高学府の、その卒業免状を持った人たちは、人間として最も大切なことを、学び忘れてきたか、その最高学府に入るために、人間として最も必要な≪感性≫を学ぶ暇がないほど、知識を無理して頭に詰め込んだかの、いずれかであろう。 


  尚、蛇足ですが自民党の友党として活躍中の、公明党の親分 『山口那津男公明党代表 茨木県出身 東大法学部 ’78卒業』と云う事だそうである。   その発言も、最近とみにソーリを擁護する発言となり、 平和を希求する唯一の政党の看板を、どこかに置き忘れたようである。

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≪ブッシュへの靴投げ≫ 事件

2018年05月09日 | 日記

  ’08年、イラクを訪れた米大統領『ブッシュ』の記者会見会場で、イラクの記者から2度、靴を投げられ 「かわした靴のサイズは、28センチだった」と、軽口をたたいたことが有った。

  エルサレムに、御用聞きに行った私たちのトップリーダー、デザートの容器が、靴であったという事が、ネットと一部報道で拡散されている。 イスラム社会における、靴舐め外交とは・・・?

 
           引用先URL:pic.twitter.com/jnJMruhJDV

  以下、韓国紙≪中央日報≫より  5/8付
  ****  引用  始  ****
 今月2日(現地時間)にエルサレムを訪問した安倍首相夫妻にイスラエルのネタニヤフ首相夫妻が提供した「靴のデザート」が物議をかもしている。

 8日の時事通信や米ワシントンポストによると、2日、日本とイスラエルの高官級会談が終わった後、エルサレムの首相官邸で開かれた両国首脳夫妻の夕食会に紳士靴の形をした食器に入ったチョコレートがデザートとして登場した。 イスラエルのスターシェフ、セゲブ・モシェ氏が準備したメニューだった。
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  ****  以上引用  終  ****


  以下、中国紙≪中国網 ≫ 5/8付
  ****  引用  始  ****
  日本の安倍晋三首相は2日にイスラエルを訪問した際に、「文化のタブー」を犯された。 日本人には室内で靴を脱ぐ文化があり、室内では多くの場合、土足が禁じられている。 ところが安倍夫妻と、イスラエルのネタニヤフ首相とサラ夫人の夕食会で、靴にデザートを入れた料理が出され、きまりの悪い雰囲気になった。 夕食を調理したシェフは、写真をSNSで共有した。中国日報が8日、現地メディアの報道を引用し伝えた。
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  ****  以上引用  終  ****


  トップリーダーの資質に欠けるから、気が付かなかったのか、莫迦だから≪イスラム社会≫における最大級の侮辱行為が理解できなかったのか、全てを理解の上で『忍び難きをしのび、耐えがたきをたえ・・・』現職に留まりたい為か、スルーして来た事由は、定かでないが、その前段のアメリカへの『靴舐め外交』が伏線に有ったのではないか・・・・と筆者は推測する。


  
  それを述べる前に、ウィキペディアより、靴投げ事件がどのような意味を持つのか、過去の幾つかの例を、ここに引用して置きます。
  ***  以下引用 Wikipedia より抜粋 ***
 ・2009年2月18日にインドネシアを訪問したヒラリー・クリントン国務長
  官に抗議するイスラム教徒の学生らがヒラリーの写真に約50足の靴を投
  げつけた。
 ・2009年10月1日、IMFのストロスカーン専務理事がトルコ最大の都市イ
  スタンブールのビルギ大学で講演中、学生とみられるトルコ人の男に靴
  を投げつけられるという騒動があった。 男は「IMFはトルコから出て
  行け!」と叫びながら演台に駆け寄り、理事に向かって白い運動靴を投
  げつけた。
 ・2010年10月8日、トルコのイスタンブールを訪問していた中華人民共和
  国の温家宝首相が、トルコのギュル大統領との会見に向かうため車でホ
  テルを離れる際、2009年に中国が新疆ウィグル自治区でのデモを弾圧し
  た事件に対するウィグル人の抗議に遭い、車に向かって靴が投げられた。
  靴は命中しなかった。
 ・2010年10月26日、オーストラリアの視聴者参加討論番組に出演したジ
  ョン・ハワード元首相が、参加者の一人から「イラクで死んだ人々から
  のお返しだ!」と叫びながら、靴を投げられた。
  ***  以上引用  終  ***


  ’18年4月23日に、米国を訪問したフランスのマクロン大統領の、ニュース記事ですが、その表現が≪トランプ大統領≫就任以来、初の海外からの国賓とあった。
  
  何のことは無い、安倍首相の4月17~20日は、≪靴舐め外交≫或いは≪おべっか外交≫と云う位置付けであり、英国、仏国、米国、イスラエル等の白人国家圏で、国賓として扱ってないことは、言外の了解事項と云う事なのだ。  日本語で云うなら、日本首相には、≪逆≫忖度と云う表現で解り易いのだろうか・・・?

  以下、英国BBCに拠る報道を、引用します。
  ***  以下引用  BBCネット記事4/26付  ***
 フランスのエマニュエル・マクロン大統領は25日、米議会の上下両院合同会議で演説し、国家主義と米国単独主義を非難した。

 マクロン氏は、国家主義的、米国単独主義的政策は世界的な繁栄に対する脅威だと述べた。
同氏の言葉は明示的ではないものの、ドナルド・トランプ米大統領の掲げる米国第一主義的政策に対する事実上の攻撃だと広く解釈されている。
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
同氏はこの議会演説で、3分間のスタンディングオベーションを受けた。

  マクロン大統領はトランプ大統領と緊密な関係を築いており、同氏は今回の訪米で、トランプ政権下で初めて≪・国・賓・≫として迎えられた海外指導者となった。
  ***  以上引用  終  ***


 

  一国の宰相が、自らの政治的信念も無く、単に≪立て板に水≫のごとく薄っぺらいしゃべりを続け日本の最高責任者ぶっても、その自分が話す内容の理解も甚だしく疑いがもたれ、その発した言葉を国民が検証すれば、≪嘘≫が殆ど、都合の悪い事は≪隠蔽≫!、国民を騙して何処へ連れて行こうと云うのか・・・・。
 ≪ハーメルンの笛吹き男≫ と云う称号を与えても、良識のある国民は、皆、うなずくばかりだろう・・・。  その上で、今回の様な≪侮辱・辱め≫を受けたと、自覚自認するなら、その≪靴の器≫を目にした瞬間、≪ちゃぶ台返し≫をして返って来るのが、真当なトップリーダー的行為であったと、断じても良い。


  日本で行われる、公式の晩餐会において、他国の賓客を迎えながら、最先端の料理研究家だからと、白いパン生地でパンツを形どり、真ん中にカレーを盛りつけた様な事を考えてみれば良い。
如何に、常識欠如の日本政界の総理以下要人としても、こんなことを出来るはずもなかろう。
今回のいすらえるの所業は、これと変わらぬことであるが、もちろんCIAやNSAの指示の下に、動いているであろうことは、充分窺えるし、この次に口を開くときは≪カネもて≫来いと云う事になるのだろう。


  本当の政治の役割と云うものは、人間一人一人が自覚することなしに、浴びることの出来る陽光や、胸いっぱい吸い込むことの出来る空気の様な、意識することなく平等に浴びることの出来る環境を、整える事であり、助け合い、目と目で交す屈託のない笑顔が、溢れる世の中の維持、継続であろう。
人間一個一個が、自身の微妙なバランスの上でこの世に存在していることを考えれば、地球だって絶妙なバランスを保持しなければ、継続維持が出来ないことくらい、想像の範囲ではないのか・・・・。


  ぬゑの様な、融通無碍の悪く言えば無定見な人間性を持つ人間に、歴史的な文明の流れも理解出来ぬ人間に、自分の身の周りしか見えぬ人間もどきが、日本のトップリーダー、或いは、世界のトップリーダーに、もし成ることが有れば、藁人形に五寸釘を打ってでも、各々その気持ちを表に出して戦うことが必要なのではないのか!!

  自由や平等、個人の生存の権利など、ただ闇雲に天から授かったものではない。
雑草を取り除き、時に時代を検証しなければ、自由で戦争の無い平和など、あり得ないと云う事を歴史から、我々は学んで時代を未来に、引き継がねばならない。
ただ自分の欲望の為に他人から搾取し、恐怖を与え、殲滅するなどと云う事は、本当は歴史の中だけに、押しとどめておかねばならないのだが、口から先に生まれ出たような人種が、他人に嘘をつき、騙し、脅し続ける。 トップリーダーに、必要な条件は、あの≪おしん≫の、≪信≫なのだろう・・・・・・。  
 
  自分より強そうな相手には、媚びへつらい、そのお零れに与かろうとする、現代の日本のトップに位置している方々。  政界にも経済界にも、その代表ともいえる人物の名が、幾人かは頭を過ぎるが、ここでは上げないでおきましょう。  国民を売って、米国或いは英国の金融寡頭勢力のお零れに与かろうなんて・・・・、天罰が当たるのは間違いない。  それにしても、官僚にまでその病気が蔓延し始めているのが、日本の現状と云うところか・・・?




  日々、親子仲良く、夫婦睦まじく、隣近所は助け合い、困ったことは力を出し合う、そんな世界、社会が望ましいのだが、ライフラインである飲料水供給の民営化、地場産種子の自由化、医薬品の特許権、農業労働力の多国籍化、等々、全て日本の現状、金銭に結び付けられている。

  その金銭社会の最大の、改革テーマは公共に携わる、優秀な人々の賃金形態であろう。
≪公僕≫などと、耳障りの良い言葉に騙されて、気が付けば生産性に関係が無い人たちが、お手盛りで賃金額を決め、今では世界最高水準の高給取りが、日本の公務員。
金さえあれば何とかなるではなくて、当面はカネが無くても何とかなる。  ストレス無く生きていける、社会。 そんなところが目指すユートピアなのでしょう・・・・・。



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