眠る男 | |
清岳 こう | |
思潮社 |
清岳こう『眠る男』(思潮社、2019年07月20日発行)
清岳こう『眠る男』には「こうたろう」という名前が文字(表記)を変えながら何度も出てくる。ひとりなのか、複数なのか。ひとは毎日姿を変えるものである。だからひとりであっても、複数であるとも言える。
いわゆる「引きこもり」の息子と母との日々を描いている、と読むことができる作品群だが、「枠」をつくってしまうとおもしろくない。そうではなくて、ただ単に自分の思う通りにならない人間との共同生活くらいに、どこかを「開けておいて」読むと楽しい。
「犬も喰わぬ親子げんか」には「こうたろう」は出てこないが、「こうたろう」を書いているのだろう。「死にたい、死にたい」という息子と、「生きぬいてほしい」と願う「私」がドライブしながらけんかしている。その最後の四行。
山路の曲がりくねりドライブのはて
刈りたて挽きたて打ちたて茹でたての新蕎麦のかおりにやっと停戦になり
二人前3024円也は運転手の私から出撃していき二度と戻っては来なかった
ちなみに 生きていてほしいは盛り並 死にたいは山女魚山菜の天ざる大盛り
蕎麦を食う。「二人前3024円也」とあるから、ひとり「1500円」消費税込みで「1512円」か、と思うと、そうではない。値段の詳細はわからないが、二人の食べたものが違う。「生きていてほしい(と思う私)は盛り並」「死にたい(と言っている息子)は山女魚山菜の天ざる大盛り」。この対比がおもしろい。書いてはないのだが、私は「死にたい」というくらいなら「山女魚山菜の天ざる大盛り」なんか食うな。盛りそばの並にしておけ、とこころのなかで毒づいているだろうなあ。
いやいや、親だから、そんな冷酷なことは思わない。「山女魚山菜の天ざる大盛り」で「死にたい」を忘れられるのなら、こんなに安上がりのことはない。そう思うのかもしれないが。
息子は息子で「死ぬんだから、最後くらい食いたいものを食わせろ、親だろう」と毒づくかもしれない。「盛りの並では、三途の川を渡ろうにも、力尽きて溺れ死んでしまう」とさえ言うかもしれない。
こんなことは「後出しジャンケン」のようなもので、なんとでも言える。
で、書かれていないことを勝手に「捏造」しながら思うのだが、ひとは誰でもいつでも「後出しジャンケン」を生きている。つまり「ずるい」。そこがね、たぶん「思想」なんだなと思う。どんなときでも「自己正当化」する。
この詩集の最後は「行太郎 聖黙修行中」。
黙って食事をする
黙って掃除をする
黙って谷川のささやきと響きあう
黙って時雨の匂いで全身を満たす
黙ってたあいもない日常を旅する
口を開かないと罵詈雑言誹謗中傷も出歩かない
口を開かないと不平不満不安も立ち枯れとなる
行太郎はずいぶんと真面目に生きてきたもんだ
最終行の「真面目」がいいなあ。「人間と自然との対立のうち最も重大なものは『死』である」と書いたのは三木清(「手記」)だが、「対立」はいつでも「真面目」によって成り立つ。「真面目」をつらぬいた果てに「死」がある。これを「倫理」と呼ぶ。
親から見ればこどもはみんな「真面目」に見える、といえば「親バカ」になるのかもしれないが、親がバカだから、こどもは真剣(真面目)に生きるしかないと思うのである。そういう「支えあい方(助け合い方)」がある。ひとは「助けて」と言える相手が必要なのだ。「助けて」と言うとき、ひとは「真面目」なのだ。
「真面目」に出合うと、人のなかから「真面目」が出てくる。
読みながら、清岳は「真面目だなあ」と思うのである。
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