詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

金永郎『金永郎詩集』

2021-06-15 00:00:01 | 詩集

 

金永郎『金永郎詩集』(韓成禮・訳)(新・世界現代詩文庫)(土曜美術社出版販売、2019年10月31日発行)

 『金永郎詩集』を読み始めてすぐ気づくことがある。短い詩なのだが、繰り返しが多い。

  私は目を閉じた 閉じた                 (丘に仰向けになって)

  ウグイス たった二羽 たった二羽のようだ (だれの眼差しに射られたのでしょう)

 これはなぜなんだろう。
 よくわからない。
 ところが、「牡丹雪」。

  風の吹くままに訪ねて行くでしょう
  流れるままに契りを交わしたあなただから
  もしや! もしや! と耳を澄ましたのが
  愚かだとは酷いですね

  目張り紙の悲しみに身がしびれ
  降る牡丹雪に胸が張り裂け
  甲斐がない! 甲斐がない! 知らないはずはないのに
  私に愚かだとは酷いですね

 この「もしや! もしや!」「甲斐がない! 甲斐がない!」は痛切に迫ってくる。男がもう一度会いに来てくれることを願いながら、それを伝えることができずに、苦しんでいる。その苦しみは「声」にならずに、「胸の中での叫び」として迫ってくる。胸の中で、喉が破れるくらいの大声で「もしや! もしや!」「甲斐がない! 甲斐がない!」と叫んでいる。
 そして、その「叫び(大声)」は、「声」になることもできない思いを隠している。というか、それ以外のことばになりようがないのだ。思いはもっともっとある。しかし、ことばになるのは、それだけなのだ。だから、それを繰り返す。一度では足りない。ほんとうは、もっと言いたいことがある。
 全ての繰り返しがそうだとは言わないが、この「牡丹雪」では、そういう印象が強い。
 そのあとに繰り返される「愚かだとは酷いですね」「私に愚かだとは酷いですね」は、静かで、その静けさが、とてもつらい。
 そして。
 この最終行、

  私に愚かだとは酷いですね

 この行が、とても美しい。繰り返しのようで、繰り返しではない。「私に」ということばが付け加えられている。
 この「私に」に注目していえば、繰り返されることばは、自分から発せられるものだが、他人に向けてではなく、自分に向かって叫んでいるのだ。「私に」聞かせるためのことばなのだ。

  丘に仰向けになって
  はるかな青い空 何気なく眺めていたら
  私は忘れた 涙のにじむうたを
  あの空は気が遠くなるほどはるかだ

  この身の悲しみを 丘こそ知っているだろうが
  心惹かれる笑顔が ひとときでも無かっただろうか
  気の遠くなる空の下 愛らしい心 粘り強い心
  私は目を閉じた 閉じた                 (丘に仰向けになって)

 「目を閉じた」のは「私」である。だから、それは他人に言わなくてもわかる。自分のことだから。しかし、自分に言い聞かせるのだ。いまは目を閉じて、思い出すときだ、と。「愛らしい心」「粘り強い心」が私にはある。私の心は生きている、と。思い出し、言い聞かせるのである。
 「見て、紅葉になりそうよ」にも、そういう読み方はできるか。

  「見て、紅葉になりそうよ」
  みそ甕の置き台に膨らんだ柿の葉が舞い込み
  妹は驚いたように見つめ
  「見て、紅葉になりそうよ」

  秋夕が明後日に迫っている
  風がずい分吹くので心配なのだろう
  妹の心よ、私を見よ
  「見て、紅葉になりそうよ」

 「見て、紅葉になりそうよ」は妹のことばである。だから、自分に言い聞かせるというのは少し違うかもしれない。しかし、「妹の心よ、私を見よ」という一行に注目すれば、「見て、紅葉になりそうよ」ということばが「私の心」のなかにあることは一目瞭然だ。私は妹に呼びかけているのではなく、「妹の心」に呼びかけている。そして、「妹の心」が見るのは、私の顔ではなく、姿ではなく、「私の心」なのだ。
 私の心のなかに「見て、紅葉になりそうよ」ということばがしっかりと存在している、と詩人は書いているのだ。

 「牡丹雪」の「私に愚かだとは酷いですね」の「私に」ということばは原文にあるのかどうか、私は知らない。同じように、一連目の「愚かだとは酷いですね」に「私に」ということばがないのかどうか、私は知らない。もし原文が両方とも「私に」を持っている、あるいは持っていないけれど、韓成禮が日本語に訳すときつかいわけたのだとしたら、この訳は大変すばらしい。原文がそのまま持っているのだとしても、そこに詩のポイントがあると意識し、しっかり翻訳する意識もすばらしい。
 私は、ある作品の中で、どうしても書かれなければならないことば、なくても意味は通じるが無意識に書かずにはいられないことばを「キーワード」と読んでいるが、金永郎の詩のキーワードは「私(に)」であると感じた。「私」ということばが書かれていないときも、そこには「私」がいる。抒情の核として存在している。

 

**********************************************************************

★「詩はどこにあるか」オンライン講座★

メール、skypeを使っての「現代詩オンライン講座」です。
メール(宛て先=yachisyuso@gmail.com)で作品を送ってください。
詩への感想、推敲のヒントをメール、skypeでお伝えします。

★メール講座★
随時受け付け。
週1篇、月4篇以内。
料金は1篇(40字×20行以内、1000円)
(20行を超える場合は、40行まで2000円、60行まで3000円、20行ごとに1000円追加)
1週間以内に、講評を返信します。
講評後の、質問などのやりとりは、1回につき500円。
(郵便でも受け付けます。郵便の場合は、返信用の封筒を同封してください。)

★skype講座★
随時受け付け。ただし、予約制(午後10時-11時が基本)。
週1篇40行以内、月4篇以内。
1回30分、1000円。
メール送信の際、対話希望日、希望時間をお書きください。折り返し、対話可能日をお知らせします。

費用は月末に 1か月分を指定口座(返信の際、お知らせします)に振り込んでください。
作品は、A判サイズのワード文書でお送りください。
少なくとも月1篇は送信してください。


お申し込み・問い合わせは、
yachisyuso@gmail.com


また朝日カルチャーセンター福岡でも、講座を開いています。
毎月第1、第3月曜日13時-14時30分。
〒812-0011 福岡県福岡市博多区博多駅前2-1-1
電話 092-431-7751 / FAX 092-412-8571

**********************************************************************

「詩はどこにあるか」2021年5月号を発売中です。
137ページ、1750円(税、送料別)
オンデマンド出版です。発注から1週間-10日ほどでお手許に届きます。
リンク先をクリックして、「製本のご注文はこちら」のボタンを押すと、購入フォームが開きます。

https://www.seichoku.com/item/DS2001411


オンデマンドで以下の本を発売中です。

(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料別)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072512

(2)評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料別)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073009

(3)評論『高橋睦郎「深きより」を読む』76ページ。1100円(送料別)
詩集の全編について批評しています。
https://www.seichoku.com/item/DS2000349

(4)評論『高橋睦郎「つい昨日のこと」を読む』314ページ。2500円(送料別)
2018年の話題の詩集の全編を批評しています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168074804


(5)評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』190ページ。2000円(送料別)
『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073455

(6)評論『天皇の悲鳴』72ページ。1000円(送料別)
2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072977

 

 

問い合わせ先 yachisyuso@gmail.com

 


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« デニス・ホッパー監督「イー... | トップ | サミットへの疑問 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

詩集」カテゴリの最新記事