谷川俊太郎詩集『虚空へ』百字感想(11)
(育んだものは)
育んだものは
胎内で
育まれていたもの
体の
自然が
心を
満たして
愛は
意味なく
優しく
あなたは
ひとり
私に
来る
*
「あなた」は私(谷川)、「私」は母、と思って読む。母の立場で谷川の誕生を書いている。そのとき、母が谷川のところへやってくる。書く、読むとき、ことばの方が谷川を読む、ということも起きる。
*
(どの一生も)
どの一生も
言葉に
尽くせない
一輪の
花と
同じく
唯一の
星の
頭上に
開き
誰の
哀しみの
理由にもならずに
宙に帰る
*
でも、誰かが「宙に帰る」とき、残された人は哀しむ。その人が「歓び」や「愛」の理由になっていたからだ。だが、谷川はなぜ「どの」一生と書いたのか。「誰の」ではない。なぞだ。「どの詩も」と読むべきか。
*
(ゆっくり)
ゆっくり
ゆっくり
老いの
道行
路傍の
花に
目を細め
動の
得より
不動の
徳
だが転ぶ
痣を
名残に
*
「動の得より不動の徳」。「より」は比べるときにつかう。「老い」も「若い」と比較しているのか。「路傍の花」も何かと比較している。「転ぶ」も。また、「より」は原因を表すときもある。転ぶことに「より」痣。