詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

秋亜綺羅「H氏賞選評」

2021-06-21 10:15:54 | 詩(雑誌・同人誌)

 

秋亜綺羅「H氏賞選評」(「現代詩」2021、2021年06月15日発行)

 秋亜綺羅「H氏賞選評」に、こういう部分がある。

 『針葉樹林』には、わたしは最初から票を入れることはなかった。あまりにも古い手法だからだ。直喩の意味を成さない直喩の連発も、若い詩人たちに真似をしてほしくない。文法を齧って食べてしまった分は、自分で補わなければ詩ではない。五十年前にはこういった模索は氾濫していた。それでもロジックはあった。


 私は、秋亜綺羅の考え方には反発を感じることが多いのだが、同時に共感することも多い。
 この『針葉樹林』に関する批評については、完全に共感する。
 けちをつけるような詩集ではない。でも「あまりにも古い手法」である。この「古い」は、私の年代にはなじみがある、ということである。そして、私の年代になじみがあるからといって、いま活躍している多くの若い人になじみがあるとはかぎらない。若い人には「新しい手法」に見えるかもしれない。ここに、おおきな問題がある。
 ぼんやりとした記憶で言うのだが、H氏賞の作品には「新しい手法」の詩集もあるにはあるが、「古い手法」「あまりにも古い手法」の詩集が選ばれることが頻繁にある。
 たぶん「古い手法」「あまりにも古い手法」の作品を選んだ方が、「選考基準」を「他人」にまかせることができるからだと思う。自分で、なぜこの作品を選んだかを説明するのは「新しい手法」の場合、とても手間がかかる。「古い手法」「あまりに古い手法」の場合、「安定している」「完成している」と言えば、半分以上説明したことになる。「安定している」「完成している」は「私にはよくわかる」(私が読んできたもの、愛読してきたものに近い)ということである。そこには作品の「肯定」(支持)以上に、自分自身への「肯定(支持)」がある。つまり、その作品を選ぶことによって、自分が自分でなくなってしまうという危険性が少ないのである。「古い手法」「あまりにも古い手法」の作品を選んでいる限りは。
 それでは、おもしろくない。
 「文学」というのは恋愛と同じで、このままこのことばについていったらどうなってしまうのかなあと不安を抱えながら、そのことばについていくことである。自分が自分でなくなってもかまわない、という覚悟で、目の前にあらわれてことばの運動についていくことである。
 「古い作品」「あまりにも古い作品」を選ぶ限りは、それは恋愛ではなく、父母への寄りかかりのようなものである。父母というのはどういうときも最終的に「よく帰って来たね」と受け入れてくれる存在である。それに寄りかかっていては、せっかく身体をわけて生んでくれた父母に対して、私なんかは、何か申し訳ない気がする。やっぱり、生まれたら最後、あとは「帰らない」という覚悟が必要だと思う。
 「古い手法」「あまりに古い手法」と「文法」のくだりは、一見、矛盾するように見えるかもしれないが、私はそうは思わない。「文法」を破壊したという自覚があるなら、破壊しているという批判に対して答えられるだけの「文法」を明示しないといけない。ロジックということばが象徴的だが(私から見ると、秋亜綺羅はあくまでもロジックの詩人である。言いなおすと「文法」の詩人である)、五十年前のことばの運動の背後には、それぞれに「文法意識」が感じられた。その「文法」に与するかどうかは別問題として。一番わかりやすい例に鈴木志郎康の「プアプア」があげられるが。「プアプア」というのは、それだけでは何の意味もなさない。しかし、それをさまざまなことばのなかで展開していくとき、「プアプア語(文法)」が構築されてくる。それを理解する(翻訳する?)には読者は苦労しなければならない。でも、「翻訳」しなくても、そのことばに接し続ければ、当然のことながら「プアプア語(鈴木文法)」と「日本語」の「バイリンガル」になることができる。詩は、いわば「プアプア語(鈴木文法)」のような独自の言語の確立なのである。多くの詩人は、それぞれに「〇〇語」を生きているのであって、「日本語」で詩を書いているのではない。「日本語」に見えるが、それは「日本語」ではない。詩をつかむためには「マルチリンガル」ならないといけないのである。「マルチリンガル」になる過程で、ときどき「母国語」を喪失するときもある。他人の言語に(たとえば鈴木の言語に)自分の言語が乗っ取られるのである。つまり、「自己喪失」の危険性と向き合いながら、ことばと向き合うのが「詩を読む」ということである。「詩を読む」のは、だから、じぶんのことばの肉体を鍛えなおすということでもある。乗っ取られたら、乗っ取りかえせ、ということだ。
 『針葉樹林』を否定するわけではないが、『針葉樹林』には、そういう「危険な罠/罠にはまってしまう」という誘惑がない、と私は思う。闘う喜びがない、と私は感じる。

 秋亜綺羅の言いたいこととは違うかもしれないが、秋亜綺羅のことばに誘われて、私はそう考えた。

 

 

**********************************************************************

★「詩はどこにあるか」オンライン講座★

メール、skypeを使っての「現代詩オンライン講座」です。
メール(宛て先=yachisyuso@gmail.com)で作品を送ってください。
詩への感想、推敲のヒントをメール、skypeでお伝えします。

★メール講座★
随時受け付け。
週1篇、月4篇以内。
料金は1篇(40字×20行以内、1000円)
(20行を超える場合は、40行まで2000円、60行まで3000円、20行ごとに1000円追加)
1週間以内に、講評を返信します。
講評後の、質問などのやりとりは、1回につき500円。
(郵便でも受け付けます。郵便の場合は、返信用の封筒を同封してください。)

★skype講座★
随時受け付け。ただし、予約制(午後10時-11時が基本)。
週1篇40行以内、月4篇以内。
1回30分、1000円。
メール送信の際、対話希望日、希望時間をお書きください。折り返し、対話可能日をお知らせします。

費用は月末に 1か月分を指定口座(返信の際、お知らせします)に振り込んでください。
作品は、A判サイズのワード文書でお送りください。
少なくとも月1篇は送信してください。


お申し込み・問い合わせは、
yachisyuso@gmail.com


また朝日カルチャーセンター福岡でも、講座を開いています。
毎月第1、第3月曜日13時-14時30分。
〒812-0011 福岡県福岡市博多区博多駅前2-1-1
電話 092-431-7751 / FAX 092-412-8571

**********************************************************************

「詩はどこにあるか」2021年5月号を発売中です。
137ページ、1750円(税、送料別)
オンデマンド出版です。発注から1週間-10日ほどでお手許に届きます。
リンク先をクリックして、「製本のご注文はこちら」のボタンを押すと、購入フォームが開きます。

https://www.seichoku.com/item/DS2001411


オンデマンドで以下の本を発売中です。

(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料別)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072512

(2)評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料別)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073009

(3)評論『高橋睦郎「深きより」を読む』76ページ。1100円(送料別)
詩集の全編について批評しています。
https://www.seichoku.com/item/DS2000349

(4)評論『高橋睦郎「つい昨日のこと」を読む』314ページ。2500円(送料別)
2018年の話題の詩集の全編を批評しています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168074804


(5)評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』190ページ。2000円(送料別)
『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073455

(6)評論『天皇の悲鳴』72ページ。1000円(送料別)
2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072977

 

 

問い合わせ先 yachisyuso@gmail.com

 


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 高柳誠『フランチェスカのス... | トップ | 読売新聞は問題点を隠している。 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

詩(雑誌・同人誌)」カテゴリの最新記事