ワインバーでのひととき

フィクションのワインのテイスティング対決のストーリーとワインバーでの女性ソムリエとの会話の楽しいワイン実用書

ワインバーでのひととき セカンド(改訂) 89ページ目 タブレットを操るソムリエ  ラストー

2013-05-08 23:22:59 | ワインバーでのひととき2改訂三話まで完
【89ページ】


 横浜のフレンチレストラン マリーナタウンでは、仕事を終えたソムリエ達が

ワインのテイスティング&試飲会を行なっていた。


 マリーナタウンの常連客は、ワインをボトルで注文して飲んだ後、少し残すのを

常としていた。それはこの店のソムリエにワインの味の確認や新人ソムリエの勉強

に役立ててもらいたいとの意図からであった。


 マリーナタウンへのワイン納入業者は、新たに扱ってもらいたいワインを試飲

して下さいと言ってよく新規のワインを持ってくる。


 秋月は、左手でタブレットを操作しながら、ワインを試飲している。

彼の試飲しているワインは『ラストー』、2010年ACコート・デュ・ローヌ・ヴィラージュ

から単独アペラシオンに昇格したばかりの実力派のラストー村のワインである。


 秋月のグラスには少量のラストーしか注がれていなかった。

しかし、今の彼には、それで十分である。

彼は少量のラストーでテイスティングを行ない、天才的な味覚でそれを評価する。

それと同時に左手でもラストーで検索して、味覚コメントを画面に写し出している。

彼の味覚評価とタブレットの味覚コメントが合致していれば、それで良し。

合致していない場合のみ、グラスに再度ワインを注ぎ、じっくりテイスティングを行なう。


 秋月は酒が弱いというソムリエとしては大きな弱点を持っていた。

その為、他のソムリエと比べて、ワインのテイスティング数は極端に少なかったのだ。

しかし、タブレットを操るようになってから少ないワインの量で、より多くのワイン評価

をできるようになったのである。

ワインバーでのひととき セカンド(改訂) 88ページ目 タブレットを操るソムリエ 

2013-05-07 20:44:38 | ワインバーでのひととき2改訂三話まで完
【88ページ】


 秋月は横浜のフレンチレストランマリーナタウンでソムリエとして働いている。

彼がマリーナタウンで採用されたとき、先輩ソムリエからすごい新人が来たと

驚きを持って迎えられた。


 秋月は長原ソムリエ養成スクールをトップの成績で卒業し、一発でソムリエ試験に

合格している。


 彼の逸話としては、長原ソムリエ養成スクールでは卒業式のイベントとして、卒業生に

よるワインの勝ち抜きテイスティング大会が実施され、彼が勝ち上がって卒業生の

中での優勝者となった。


 優勝者は、長原ソムリエ養成スクールの長原校長とのテイスティング対決の権利が

与えられる。

長原校長は盲目であるが、ワインのテイスティング力はトップソムリエに劣らないと

評判である。


 そして秋月と長原校長とのテイスティング対決は、長原ソムリエ養成スクールの伝説

として今でも伝えられている。

二人のテイスティング対決の決着は9回までつかず、10回目にして秋月が間違え、

長原校長が正解して勝敗が決した。


 長原校長は卒業生の祝辞で「近い将来、世界最優秀ソムリエが我がスクール卒業生

から生まれる可能性がある」と言ったのである。


 しかし、秋月はマリーナタウンに勤め始めて数年は飛躍的なテイスティング力の

向上がなかった。 彼にはソムリエとして大きな弱点があった。
 

ワインバーでのひととき セカンド(改訂) 87ページ目 ロワール川巡り③ 

2013-05-06 23:00:22 | ワインバーでのひととき2改訂三話まで完
【87ページ】


「ブルグイユおいしいわ!」


 良子の機嫌が直った。といっても本気で拗ねていたわけではないが。


「シノンににているけど、もう少し厚みとコクがある気がする。

さいぼしに添えられているのはバナナチップかしら?」



 良子はバナナチップのようなものを手でつまみ、口に入れた。


「あっ!」

「どうしたの?」

「和さんも食べてみて!」


 和音は首を傾げながら、良子が驚きの声をあげたチップを一枚食べた。


「うむ・・・」


 和音も一言発した後、黙り込んでしまった。

二人の驚きの表情を見て、マスターは笑っている。


「マスター、これバナナチップに見えるけどアップルチップ?」

「いいえ、バナップルチップです。

バナナなのにアップルの味のする珍品を入手したので、それを自家製のチップに

して出しているのです。」

「生のバナップルも食べてみたいわ!」

「ええ、いいですよ! 帰りに一房用意しましょう。 和さんのお支払でいいですね?」

「ええ。」


 もちろん和音は了承した。


ワインバーでのひととき セカンド(改訂) 86ページ目 ロワール川巡り③ 

2013-05-04 21:24:57 | ワインバーでのひととき2改訂三話まで完
【86ページ】


 マスターはスライスされた乾燥肉のようなものを皿に盛って、二人に

出した。


「どうぞ食べてみてください」


和音と良子はフォークで刺して、口に入れた。


「美味しいわ! ビーフジャッキーかしら?」

「うまいが・・・。このまま食べるよりお酒のあてにしたいね!

マスター、ブルグイユの赤をお願いします。」


 ロワールのトゥーレーヌ地区の赤ワインはシノンが有名である。

ブルグイユもトゥーレーヌの赤ワインだが、シノンのような歴史的

逸話がないのであまり知られていない。


「和さんはこれ何の肉か判ったの?」

「さいぼし」

「ええ? さい干し? サイの肉を干したもの?」


 和音は笑っているだけで、否定も肯定もしなかった。


「和さんのいじわる! マスター、さいぼしって何?」

「馬肉を天日干しか燻製にしたものです。

馬肉の代わりに獣肉の場合もあるので、サイの肉でも間違いではないかも。」

「和さんと違って、マスターはやさしいわ!」


 良子はほっぺを膨らませてちょっとすねて見せた。


「さあ、さいぼしでブルグイユを飲んでみよう」と和音が言った。

ワインバーでのひととき セカンド(改訂) 85ページ目 ロワール川巡り③ 

2013-05-01 22:47:00 | ワインバーでのひととき2改訂三話まで完
【85ページ】


「和さんはワインをおいしそうに飲んで、『おいしいワインだ!』か『いいワインだ!』しか

いつもは言わないのにソムリエのようなコメントをしたから不思議に思って・・・・」


「私も本気になればソムリエのようなコメントもできるのだよ!」


 和音は笑いながら答えた。


「ほんと?」


 良子は和音の仕事を打ち明けられているので、ワインに関しては良子以上の

実力を持っているのを知っている。

だから聞き返してもそれを疑ってのことではない。


「いや、良子さんとロワール川巡りをするので、ワイン本で、シノンやヴーヴレーの

テイスティングコメントを事前に調べていたのだよ」


「なーんだ!」


 良子は、少しほっとした表情を見せた。

和音が「おいしいワインだ!」と一言発するだけのワイン通ぶらないところが

好きなのだ。


「珍しい食べ物が手に入ったのですが」


 マスターが二人に話しかけた。


「何?」


 良子が訊いた。


「今お出ししますから何か当ててみてください」


 マスターは乾いた肉の塊のような物を取り出し、包丁でカットした。