「老いて新鮮」 （松ひさし）

憧れは消えて


少年には夢があった
夢を見るから青春だった　青春だから夢を見た
夢を見るのは縁のない遠い別世界
夢の世界には憧れの人がいた
偉人や大家や巨匠ではなく
兄貴のような青年や仲間のような若者たち

夢の世界で輝いて見えたヒーロー　スター　アイドル
たとえば文学の世界では
まぶしい陽光を背にして海辺に立つスマートなA青年
学究の雰囲気が漂う部屋で机に向かう理知的なB青年
たとえば野球の世界では
大観衆が注視する期待の場面で華麗にプレイするC選手
晴れた日も曇った日も一貫し知略で攻め守るD選手
たとえば音楽の世界では
やさしい笑顔で甘い声をふるわせるEくん
ひとなつっこく隣に住んでいそうなFちゃん

あれから半世紀　五十年余が流れて過ぎた
少年はいまシニアでシルバー・ボーイ　いやグランド・パパか
憧れた人の多くが別世界で光っている
ヒーローは有力者　スターは名士　アイドルは円熟の人となって光る
けれど　その光を見てもまぶしくはない
シルバー・ボーイのハートはドキドキ感じない　ワクワク弾まない
憧れた人たちの才知と元気さにただ敬服するばかり
ときめいた少年の感動は消えてどこへいったか
「戯れ言」