「「反知性主義」といわれますが、とにかく景気さえ良ければいいんだというのがひとつ。」「もうひとつは、僕はこっちの方が重要だと思うのですが、日本がアジア唯一の先進国という座から滑り落ちたことを日本国民はまだ受け入れられない。」
どう受け止めていくのか、まだ誰も答えを出せていない。思想家も社会学者も政治学者も、もちろん政治家も。これはつらく寂しいことなんです。でも、受け入れなければならない。例えばイギリス。大英帝国が崩壊して、あの小さな島国の中で生きていこうという決意をして、いろんな試行錯誤をしたわけです。ドイツの場合も、自らが「欧州の一国に過ぎない」ということを受け入れ、今がある。それは「謝る」「謝らない」とかっていう問題より実は大事な、深いことなんです。
<日刊ゲンダイ>平田オリザ氏「意義唱えなければファシズム広がる」
歴代自民党政権には自制心があった
元経産官僚・古賀茂明氏の「報道ステーション」降板劇は、安倍政権のメディアに対する「圧力」の存在を視聴者にもまざまざと知らしめることとなった。「誰かが異議を唱えなければファシズムが広がってしまう」――。世界的に著名なこの劇作家の平田オリザ氏(52)も、こうした危機感を抱くひとりだ。「翼賛体制」に向かいかねない日本の現状を、文化的な視点と俯瞰的な目線で鋭く突いてくれた。
――「翼賛体制」に強い危機感を持たれたのは、何か契機があるんですか?
大阪(阪大教授)にいて、そういう雰囲気を実感したことが大きいですね。橋下さんが首長になる2年前くらいに赴任して、府や市の職員のみなさんと「いろんな文化政策をやりましょうね」と言っていたんです。それが橋下府政になったら、職員がみな沈黙してしまった。マスコミもそうです。記者会見で恫喝が行われて、記者たちが本当に萎縮しちゃった。普通だったら橋下さんの発言はパワハラでしょう。そういうことを目の当たりにして、「ああ、ファシズムというのは、こういうふうに広がっていくんだな」と思ったんです。
――大阪でファシズムの萌芽を体感されたのですね。
厳密に言うと、ファシズムというのは、よっぽどの偶然がない限り、広がらないんです。大抵がその前でついえて、民主主義が勝つ。でも、たまにいろんな偶然が重なると、ゴワーッと広がっていくので、そうなる前に異議申し立てをしておかないといけない。もっとも逆に言うと、大抵が大丈夫だから、頭のいい人はあまり異議を唱えない。万が一、ファシズムが広がってしまったら、異議を申し立てていた人が一番最初に(攻撃の)ターゲットにされるし、広がらなければそれでおしまい。異議を唱えるのは、どっちにしても損な役回りです。ただ「俺は言わなくても誰かが言ってくれるだろう」というのが重なった時にファシズムが成立するので、言える立場の人間が言おうということ。特に安倍政権は維新より巧妙なので、早い段階で異議申し立てをしておかないと、どんどん言いにくくなる。
■国民を「煽る」のは非情に危険な行為
――安倍政権の方が巧妙というのは?
橋下さんはわかりやすかったんです。「アンチ東京」をテコにして、東京では放送しないテレビ番組とかで東京の悪口を言う。要するに「タイガースは優勝しなくてもいいから巨人にだけ勝てばいい」みたいな大阪人の心理をうまく利用したところがあるんです。だから国政に出た途端、一気に力を失った。「アンチ東京」の論理が通用しなくなって、外に敵をつくろうとして、慰安婦発言で失敗した。ファシズムというのは、常に外敵をつくらなければ成立しないという構造があるから、永久に続けるのは無理なんです。安倍政権にとって外敵は中国や韓国。両国との関係をここまで悪化させたことは、どこまで意図的だったのかはわかりません。しかし、それが今の高い支持率の背景になっていることは間違いありません。
――鳩山政権で施政方針演説の原稿を書くスピーチライターをしていらっしゃいました。今年の安倍首相の施政方針に「列強を目指す」という趣旨の発言がありましたが、仰々しい物言いで、愛国心を煽るというか、驚きました。
対中、対韓政策と同じで、国民を「煽る」のは非常に危険な行為です。これまで歴代の自民党政権は、ある種の自制心を保ってきたわけですよね。一線を越えてしまうと、たぶん本人たちも制御できないような危険な領域に行ってしまう。安倍さんたちはただ政権維持が目的で、そこまでの意図はないのかもしれません。しかし、最終的にファシズムを推し進めるのは国民の熱狂です。それが一番危険なんです。
――今の日本では国民にそういうムードが醸成されつつあると?
「反知性主義」といわれますが、とにかく景気さえ良ければいいんだというのがひとつ。もうひとつは、僕はこっちの方が重要だと思うのですが、日本がアジア唯一の先進国という座から滑り落ちたことを日本国民はまだ受け入れられない。どう受け止めていくのか、まだ誰も答えを出せていない。思想家も社会学者も政治学者も、もちろん政治家も。これはつらく寂しいことなんです。でも、受け入れなければならない。例えばイギリス。大英帝国が崩壊して、あの小さな島国の中で生きていこうという決意をして、いろんな試行錯誤をしたわけです。ドイツの場合も、自らが「欧州の一国に過ぎない」ということを受け入れ、今がある。それは「謝る」「謝らない」とかっていう問題より実は大事な、深いことなんです。
――確かに日本はもはやアジア唯一の先進国ではありません。アジアの一国として近隣諸国との関係を築いていく必要がありますね。思い返せば鳩山政権は、そこに踏み出そうとしていました。
欧州が危険視するハンガリーと日本は酷似
そうなんです。アジアの中の一国になろうとしたんです。けれども、国民にはまだ受け入れられなかった。やっぱり島国で、のんびり豊かに暮らしてきた国ですから、よほどの外圧がかからない限り、人の気持ちは変わらない。元寇とか、黒船とか、国土が焼け野原になるとか。そうしないと、なかなか意識が変わらない国なんです。今度は国土を焼け野原にしないで、いかにしてその寂しさをみんなが受け入れるか。僕はそれが大事だと思います。
――「列強を目指す」という安倍首相には、日本がアジアの中の一国になるという思考はありません。
今の安倍政権の考え方は真逆ですね。「世界の中心で輝ける日本」と言っています。安倍さんは、アジア唯一の先進国から滑り落ちてしまったのを受け入れられない、という日本人の典型だと思います。残念ながら、日本は世界の中心では輝きませんよ。いや、どこの国だって、世界の中心になんてなってはいけない。
■ゲリラ戦で戦っていくしかありません
――先日来日したメルケル独首相から、安倍首相の対中韓外交を危惧するような異例の発言がありました。平田さんは欧州での仕事が多い。欧州で日本の現状を危惧する声が高まっているのを感じますか?
日本ではほとんど知られていないのですが、欧州ではハンガリーがすごく危険視されています。新しく制定された「ハンガリー基本法」が非常に人種差別的で排外的な要素を含んでいる。それでユーロ圏に入れてもらえず、ハンガリーの通貨フォリントの価値が下がって、ブダペストは観光客があふれているのです。どこの国かって思うでしょう(笑い)。
ハンガリーと日本はものすごく似ています。オーストリア・ハンガリー帝国が成立したのが、明治維新とほぼ同時期。その後も似たような歴史を歩んできて、ハンガリーは第2次大戦で敗戦した後、ソビエトの押し付けで憲法を変えた。そして、ソビエト崩壊で東欧が解放された時に唯一、東欧諸国で憲法を変えなかった。ソビエトが定めた憲法を部分改正して、新しい民主的な憲法にしたんです。ただ、その憲法は非常にいい憲法だったけど「自主憲法」ではなかった。そして数年前、ある民主的な政権ができたけれど、経済政策の失敗とスキャンダルで崩壊してしまって、その後にできた国家主義的な政権が、一気に新憲法をつくっちゃった。それがハンガリー基本法です。欧州の政治家はハンガリーのことが念頭にあるので、安倍政権も同様に非常に危険視しているわけです。
――最後に、エンターテインメントの仕事に関わるお立場として聞きたいのですが、サザンオールスターズの楽曲「ピースとハイライト」などが、安倍政権や安倍外交に批判的なメッセージだとネット上で騒がれ、攻撃されました。どう受け止めました?
ひとつひとつの線引きはわからないんです。だけど、それがボディーブローのように効いてくる。私も表現者のひとりなので実感するんですけど、表現者の側がなんとなくためらってしまったりする。これが一番危険なことなんですね。桑田さんは本当に根性のある方なので、今度の新しいアルバムは、またメッセージ性の強いものになさったりしています。レジスタンスの時代です。ゲリラ戦で戦っていく。みんなが、やれる場所でやれることをやるしかないですね。
▽ひらた・おりざ 劇作家。演出家。阪大教授。1962年東京生まれ。国際基督教大教養学部卒。95年「東京ノート」で第39回岸田戯曲賞。2011年、国際的な文化芸術活動に対し、仏レジオンドヌール勲章シュバリエ受章。民主党政権(鳩山・菅)で内閣官房参与に就任、スピーチライターを務めた。