そよかぜから-映画

見てきた映画の記録です
ネタばれあるかも、気をつけて

ソウ4

2008年10月18日 | ホラー

2007年 アメリカ 93分
■原題「SAW IV」
■2008.10.10 DVD
■監督 ダーレン・リン・バウズマン
■出演
   トビン・ベル(ジグソウ)
   スコット・パターソン(ストラム捜査官)
   ベッツィ・ラッセル(ジル)
   コスタス・マンディロア(ホフマン刑事)
   リリク・ベント(リッグ刑事)
   アシーナ・カーカニス(ペレーズ捜査官)

 《story》

「ジグゾー、死す」

解剖されるジグジーの胃の中から、密封されたマイクロカセットテープが出てくる。ホフマン刑事が呼ばれ再生された。「ゲームは始まったばかりだ」というジグゾーの声。ホフマン刑事とリック刑事が無惨な死体を発見し、アマンダに続く新たなジグゾーの協力者を想像する。帰宅したリックは何者かに襲われ、目覚めたときに浴槽の中にいた。そして、部屋には機械に縛られた女がいた。テレビには失踪した仲間が縛られていた。「救う」とはどういうことか。リックはゲームで試される。仲間を救うために、目の前の人間が死んでいく。一方、ホフマンは、ジグゾーの元妻のリンダの尋問を始める。お腹の子どもが死ぬまでは、ジグゾーも普通の男だった。しかし、彼のゲームは始まった。リックが縛られた仲間を救うために、部屋に行き着いたとき・・・すべてが終わった。

 よく考えるものだよ

さまざまな拷問の道具と方法をよく考える者だ。結局、人間はすべて悪だ。殺されて当然、殺して当然。自分を棚の上に置いて、殺される人間と殺す人間を戦わせる。そして、いかにして残酷に苦痛を大きくして殺すか、その方法を練る。殺したくなくても殺させる、非人間的なゲーム。これは戦争だ。権力者がやろうとしていることと同じかもしれない。前作に出ていた人なんて覚えていないから、だれとだれが結びつくのかよくわからないし、ただいかに残酷に殺すかしか見えてこない。
最初の解剖のシーンはすごかった。あんなにリアルに作れるんだと驚いた。実際の解剖もそうなんだろうな。きっと数人で確認しながらするはずだ。いくついもの目でみながらしなければ、密室でいかようにも変えられる。あんなカセットをどうやって胃の中に入れたのか不思議だ。動き出す操り人形もおかしなものだ。一瞬にセットされる拷問道具。いつ誰がどうやって、あんな道具を作りセットできたのか。道具の失敗はないのか。などと映画にケチをつける。できるわけないことをやるから映画はおもしろいのだ。

金閣はだれのものか。そんな疑問がふと浮かぶ。お金を払って金閣を見る。そのお金はだれかのものになるのだろうか。街の収入、国の収入。それとも足利義政の子孫が経営しているの。京都のたくさんの大きな寺。お金をはらって入る。寺は税金免除だとか。どこにお金は行くの。お寺も個人の物なのだろうか。観光地に行くと、それは町や県や国が経営していて、維持資金のために入場料なるものを得ていると思っていたけど、そうではないところがけっこうあるようだ。だれか個人の儲けのために、自然や歴史文化なども使われているのだろうか。お寺って、貧しい庶民のために、心を豊かにさせるためにあるものだと思っていたけど、いばる坊さんが、高価な衣装で高級車に乗って、料亭に・・・。なんて聞くんだけど。ホント?

 公式サイト「ソウ4」

奈緒子

2008年10月18日 | ラブロマンス/青春

2008年 日本 120分
■2008.10.10 DVD
■監督 古厩智之
■出演
  上野樹里(篠宮奈緒子)  三浦春馬(壱岐雄介)
  笑福亭鶴瓶(西浦天宣)  佐津川愛美(吉澤結希)
  柄本時生(奥田公靖)  綾野剛(黒田晋)
  富川一人(宮崎親)  タモト清嵐(吉崎悟)
  結城洋平(藤本卓治)  五十嵐山人(佐々木黙然)
  佐藤タケシ(五島伸幸)  兼子舜(上原高次)
  藤本七海(12才の奈緒子)  境大輝(10才の雄介)
  奥貫薫(壱岐和子)  嶋尾康史(壱岐健介)
  山下容莉枝(篠宮加奈子)  光石研(篠宮隆文)

 《story》

「君のために、走る」

長崎県波切島。12才の奈緒子は喘息の治療のためにここに来た。波切島に向かう船の上で、島で走る雄介を見る。奈緒子は船から落ちて、その船を操縦している船長の雄介の父に助けられるが、雄介の父は大きな波に飲まれ行方不明になる。雄介の父を奪った奈緒子。葬儀で雄介は奈緒子を罵る。それから6年。高校生になった奈緒子は、陸上の大会で雄介に出会う。もう恨んでないという雄介だったが。駅伝に転向した雄介を見たくて、奈緒子は熊本に行く。そこで偶然水分補給の担当を任され、水の入ったペットボトルを雄介に差し出すが、驚いた雄介はそれを取ることができず、途中で倒れてしまう。二人の時間が止まっていると思った、雄介の陸上の監督西浦は、奈緒子を合宿に呼び、駅伝練習のマネージャーとして向かえる。地獄のような練習。反目し合う仲間。倒れる監督。バラバラのまま駅伝当日を迎える。

走ること

駅伝というものが少しわかった。みんなで練習する中で、さまざまな心の葛藤がある。ちょっとした言動に揺れる。早い人間が一人いるだけでは成立しない。お互いを信じ、お互いができるだけの力を引き出す存在でなければいけない。自分ひとりでできるわけがない。走ることのさわやかさから、次に迫る大きな苦しみ、そしてそれを乗り越えたときの感動へと、駅伝の道は進む。
他人を傷つけてしまった苦しみ。奈緒子には、それよりも雄介への憧れの方が大きいと思った。それは走ることへの憧れでもあった。彼に近づきたい。走る雄介を見たい。雄介の父親を死なせてしまったという良心の呵責より、彼と走りたいという夢が、奈緒子を動かしている。よく分からないのは。題が「奈緒子」であること。それは駅伝を見ている奈緒子ということなのだろうか。たとえ走らなくとも、選手の心と寄り添って走っている奈緒子ということか。もしそうならそこには迫っていない。奈緒子を思うのは雄介だけだから違和感を感じてしまう。他の選手は雄介のことしか考えていない。

大きなイベントが終わった。心配した出張も、いまのとことろ無事終了。あとから失敗、ミス、ほころびが見えてくるだろう。今の気持ちからしたら、安心。ずっとそんな気持ちでいたいけど。帰ると不安。荒んでくる。映画を見よう。

 公式サイト「奈緒子」

サイドカーに犬

2008年10月13日 | 人間/社会派ドラマ

2007年 日本 94分
■2008.10.9 DVD
■監督 根岸吉太郎
■出演
  竹内結子(ヨーコ)  古田新太(近藤誠)
  松本花奈(近藤薫=20年前)
  谷山毅(近藤透=20年前)
  ミムラ(近藤薫=現在)  鈴木砂羽(近藤良子)
  トミーズ雅(浜口)  山本浩司(渡辺寿男)
  寺田農(釣堀の主人)  
  松永京子 (部屋の下見をする客)

 《story》

「あの夏、私の隣にはヨーコさんがいた」
「コーラと清志郎と思い切り笑うこと」


30才になった薫の元に、弟の透から結婚式への招待状が届いた。離婚した母と父も来るという。薫は両親が離婚するきっかけとなった10才の出来事を思い出していた。それは、母が家を出た日、、「ごはんを作りに来ただけだから」と言って、ヨーコが家にやってきた。颯爽と自転車に乗り、自由奔放に振る舞うヨーコに、薫は惹かれていく。歯が溶けると言われたコーラを飲み、大好きな麦チョコを何袋も買い、夜、山口百恵の家を探しに歩く。帰りは夢に見たサイドカーーに乗った。ある日、やばい仕事に父がはまっているのを見たヨーコさんが、お金を工面して出過ぎたことをしたと父が腹を立て、「飯はもいい」と言ってしまう。ヨーコさんは家を飛び出すが、薫もいっしょに家を出る。二人の旅。浜辺でカメノテを捕り、民宿に泊まる。最後の思い出。家に帰ると母が戻ってきた。ヨーコさんは家を飛び出す。あれから20年。

 あこがれだな

今の生活から抜け出したいというあこがれだと思う。表に出せない気持ちが、やってはいけないと思いこんでいたことが、実はやってみたくて、顔をもたげてきたのだ。自由に、自分を押さえることなく生きてみたい。それがあこがれ。当のの本人はつらいことがいっぱい。ただのいい加減な生き方だったのかもしれない。結局、どんな生き方にもいいところと悪いところがある。自分ができないことをやている人の生き方には魅力がある。自分を引っ張ってくれる人がいたら、きっと頼もしく思えるだろう。薫が大人になった今、ヨーコに出会ったら、違った見方をしていたかもしれない。サイドカーは、乗っているだけで、どこかに連れて行ってくれるから。自分が運転したいなんて思わない年齢だから、ただの憧れで、深い思い出になったのだろう。
月曜日なのに、映画を見に行く気力がなくなった。いい天気なのに外に出る気力もない。家にはいたくない。どうすればいいのだろうか。だれかサイドカーでやってきて、どこかに連れていってよ。

 公式サイト「サイドカーに犬」

魍魎の匣

2008年10月12日 | サスペンス/ミステリー

2007年 日本 133分
■2008.10.5 DVD
■監督 原田眞人
■出演
   堤真一(中禅寺秋彦=京極堂)
   阿部寛(榎木津礼二郎)  椎名桔平(関口巽)
   宮迫博之(木場修太郎)  田中麗奈(中禅寺敦子)
   黒木瞳(柚木陽子)  マギー(鳥口守彦)
   堀部圭亮(青木文蔵)  荒川良々(安和寅吉)
   笹野高史(今出川欣一)  大森博史(寺田兵衛)
   大沢樹生(増岡則之)  右近健一(雨宮典匡)
   寺島咲(柚木加菜子)  谷村美月(楠本頼子)
   清水美砂(中禅寺千鶴子)  篠原涼子(関口雪絵)
   宮藤官九郎(久保竣公)  柄本明(美馬坂幸四郎)

 《story》

「箱の中には、何がある?」

1945年戦場で榎木と久保は出会っっていた。戦後7年経ち、連続少女殺人事件は起こった。榎木は、敦子とともに、事件と関わりがあると思われる新興宗教に取材に行く。同じ頃、元女優の柚木から失踪した娘の捜査以来を受ける。ところが、その娘の加菜子が列車に飛び込み重傷になって発見。柚木は、その娘を美馬坂医学教授の研究所へ転院させてしまう。その研究所は崖の上に建つ、箱形の異様な雰囲気の建物だった。箱形の研究所、少女のバラバラ殺人事件、そして怪しげな新興宗教、この3つが結びついていく。戦時中、京極は美馬坂の研究所で仕事をしていた。そして、新興宗教に関わる人物もここにいた。さらに久保も・・・。

 ようわからんかった

何となくわかったようなわからんような。これらの事件は、戦時中の怪しげな研究から始まっているのだろう。フランケンシュタインを作りたかったのか。体のパーツを変えられる不死身人間を作りたかったのか。かわいそうなのは手足を奪われた少女たちだ。そう言えば、乙一の「暗黒童話」だったかな。だるまのような人間が出てきたのは。ようわからんかったのでもう一度見てもいいかな。機会があれば。

この三連休は借りた映画ばかり見ている。ホラーものから韓国映画。映画館に行きたいけど気力がない。やらなければ行けないことがあるのに、そこに向かえない。だらだらと映画を見続けている。映画はいいけど、なんだかすっきりしない。東野圭吾の「幻夜」を読み始めた。700ページ以上ある分厚い文庫だ。雰囲気的には「白夜行」と似ていて、落ち着かない。だれかに追われているような、ビクついて辺りをいつも気にしているような、それでいて気怠くてどうでもなれというような、堂々とお日様の下を歩けない気持ちになってしまう。

 公式サイト「魍魎の匣」

デトロイト・メタル・シティ

2008年10月12日 | コメディ


2008年 日本 104分
2008.10.4 TOHOシネマズ緑井
■監督 李闘士男
■出演
   松山ケンイチ(根岸崇一=ヨハネ・クラウザーII世)
   加藤ローサ(相川由利)
   秋山竜次(西田照道=カミュ)
   細田よしひこ(和田真幸=アレキサンダー・ジャギ)
   大倉孝二(DMCのファン)
   岡田義徳(DMCのファン)
   高橋一生(佐治秀紀)  美波(ニナ)
   大地洋輔(MC鬼刃)  大谷ノブ彦(DJライカ)

 《story》

「僕がしたかったのは・・・こんなバンドじゃない!」

根岸は、ポップ系のミュージシャンを目指して、田舎から上京。大学のサークルでは、あこがれの相川さんもみんなからも認められシンガーだったのに。卒業後、売れないミュージシャン根岸が、生活のためにやったバンドがDMC、悪魔系デスメタルバンド「デトロイト・メタル・シティ」だった。DMCは一躍有名になった。再会した相川さんは、DMCが大嫌い。POP系に戻ろうと奮闘するのだが、社長もファンも許してくれない。アメリカから、元祖悪魔系ミュージシャンが来日。DMCに挑戦状を叩きつける。しかし、根岸は黙って姿をくらまし、田舎に帰る。そこで待っていたのは、DMCのTシャツを着た母、とDMCに荒れ狂った弟。そして、自宅に送られてきたファンレターの山。根岸は、DMCとして再びステージに立った。

 おもしろいストーリー

ストレス発散。笑い転げて見ることができていいんじゃないかな。ラストはPOP系でファンを感動させて・・・なんて思ってもみたけど。やっぱり悪魔系だなんてね。人のためになっているのやら、人の心を荒れ狂わせているのやら。相川さんは、悪魔系の根岸をどう思うことか。二つの面。人の心の善と悪。戦えば悪。でも善がいい。相川さんが悪に染まるなんていやだな。遊園地のトイレで着がえ、なんておかしいけど。自宅でも変身なんて、そう簡単にできるわけないけど。仮面ライダーみたいに、「変身」って、だれかのために変身してがんばる悪魔ならそれでもよし。

二つの心。たまたま「多重人格」の映画をみたばかり。これは願望かも。今の自分が隠れて、別の人格で生きられるなら、それは幸せなことかも。悪い頭もよくなって、積極的に活動できるようになるかもしれない。まるで夢のような話だ。偽善で悩むより、悪魔として良心の呵責に苦しむことなく行動できたら、それも幸せかも。
広島のお好み焼き。子ども時代は100円もって、土曜の昼に食べに行った。久しぶりに街で家族で食べた。チーズが入ってそばWで約1000円。鉄板でヘラで切って食べる。お好みってそうだと思うんだけど、家族のみんなは箸食べる。変だなと思いながら、時代の流れなんだろうと思う。10倍近く値段も上がっているしね。メリケン粉を敷いて、先にそばだと思っていたけど、そうじゃないみたいだね。自宅の近くでは先にそばだったと思うんだけど。今はどこに行ってもそばは最後だ。

 公式サイト「デトロイト・メタル・シティ」


ヒルズ・ハブ・アイズ2

2008年10月12日 | ホラー


2007年 アメリカ 89分
■原題「THE HILLS HAVE EYES II」
■2008.10.3 DVD
■監督 マーティン・ワイズ
■出演
   マイケル・マクミリアン(ナポレオン)
   ジェシカ・ストループ(アンバー)
   ダニエラ・アロンソ(ミッシー)
   ジェイコブ・バルガス(クランク)
   フレックス・アレクサンダー (サージ)

 《story》

あの惨劇の場所で、軍事調査が行われていた。訓練生たちが到着したとき、調査にあたっていた科学者の姿がなく、通信も途絶えた状態だった。丘の上から光を出して合図する者がおり、探索にいく。しかし、一人ずつ仲間が消えていく。そして惨殺された科学者や仲間の死体を見つける。奇怪な姿の人間が彼らをねらっていた。仲間が炭坑の穴に連れ去られ、救出に向かった。彼ら奇怪な人間は、女を誘拐し子どもを産ませ生きながらえていた。

 つい見てしまったけど

ただのスプラッターだった。何の得るものもなかった。核実験で、彼らが奇怪な姿になり人間を襲うとなると、それは悲劇であり罪だ。放射能を浴びたことで、彼らのようになるなら広島の被爆者はどうなる。そう考えると腹が立ってくる。優しいモンスターがいたが、凶暴で当たり前で優しさがひときわ異常に感じ、それ故に生きている人間こそわがままで自分勝手で、あんなもの全て死んでしまえと、見ている方も凶暴になっていく。核とからめているところがひかかって仕方ない映画だ。


ヒルズ・ハブ・アイズ

2008年10月11日 | ホラー

2006年 アメリカ 107分
■原題「THE HILLS HAVE EYES」
■2008.10.1 DVD
■監督 アレクサンドル・アジャ
■出演
   アーロン・スタンフォード(ダグ・ブコウスキー)
   キャスリーン・クインラン(エセル・カーター)
   ヴィネッサ・ショウ(リン・カーター・ブコウスキー)
   エミリー・デ・レイヴィン(ブレンダ・カーター)
   ダン・バード(ボビー・カーター)
   ロバート・ジョイ(リザード)
   テッド・レヴィン(“ビッグ・ボブ”・カーター)
   トム・バウアー(ガソリンスタンド従業員)
   ビリー・ドラゴ(パパ・ジュピター)
   デズモンド・アスキュー (ビッグ・ブライアン)

 《story》

かつて軍の核実験場があった広大な砂漠。その砂漠を横断する寂れた道を走る車はなかった。しかし、元刑事のボビーの提案で、キャンピングカーでこの砂漠を横断する家族があった。ほとんど車が来ない道沿いにさびれたガソリンスタンド。そこで給油したあと、怪しげな店員が近道を教えてくれた。その道を見つけ曲がったとき、仕掛けられた罠でタイヤがパンクし、岩に激突。車は動かなくなった。携帯電話の電波は届かない。ボブは、歩いてガソリンスタンドまで出かけた。姉の夫は、丘を越えてハイウエーまで行くことにした。そこで見たものはハイウエーではなく、車の残骸だった。キャンピングカーでは、何者かに姉と母親が殺され、赤ん坊が拉致された。残された兄妹は奇怪な人間たちから身を守るために知恵を絞り準備した。戻った夫は、赤ん坊を奪い返しに再び丘を越えた。そしてその先には、奇怪な人間が住む町があった。部屋のは人間の体の部分が血まみれで放置されていた。傍らのベッドに赤ん坊が・・・・。

 奇形児の画像が・・

奇形はモンスターとイコールか。そうではない。放射能でなくとも、病気で奇形の姿になってしまうこともある。事故でなることもある。放射能が奇形を作るという誤解もある。見ていて、疑問と怒りが湧いた。核実験や核兵器への非難はわかるが、放射能と奇形、そしてモンスターが結びつくことに疑問が残る。それに、ただのスプラッターだ。心の通い合いなどない。今頃のホラーってこんなのばかりなんだろうか。割引券があったので「2」も同時に借りた。モンスター化してしまった人達への憐憫の情が湧いてくる。決してそうなりたくてなったわけではないはず。子どものモンスターまでいた。ひっそりと隠れて生きている姿だけならよかったのに、多の人間襲ってその肉を食べるとなると、因果関係に疑問を持ってしまう。

パコと魔法の絵本

2008年10月11日 | ファンタジー/アドベンチャー

2008年 日本 105分
2008.9.27 TOHOシネマズ緑井
■監督 中島哲也
■出演
   役所広司(大貫=ガマ王子)
   アヤカ・ウィルソン(パコ)
   妻夫木聡(室町=ザリガニ魔人)
   土屋アンナ(タマ子=メダカちゃん)
   阿部サダヲ(堀米=ヤゴ)
   加瀬亮(浩一=アメンボ家来)
   小池栄子(雅美=沼エビの魔女)
   劇団ひとり(滝田=サカナ)
   山内圭哉(龍門寺=ミズスマシ君)
   國村隼(木之元=ガマ姫)
   上川隆也(浅野=タニシ)

 《story》

「子どもが大人に、読んであげたい物語」

あるところに病院があり、そこには変わった患者が入院していた。元名子役、消防車に轢かれた消防士、オカマ、銃で撃たれたヤクザなど、看護士さんも先生も変わっていた。特に会社を一代で築いた大貫は超わがまま。ある日、パコと言う少女が大貫の前に現れる。大貫は一緒に絵本を読もうとしていたパコを突き飛ばし、自分が落としたライターを持っていたことに腹を立て、パコのほほをぶってしまう。パコは交通事故の後遺症で、前の日のことをすべて忘れてしまうのだった。次の日の朝、枕元に置いてある絵本を自分の誕生日プレゼントだと思って、毎日読んでいたのだった。そのことを知った大貫は反省し、謝ろうとパコのほほに触ったところ、「昨日も触ったよね」とパコはその感触を覚えているのだった。大貫は、パコのために何かをしてあげたいと思い、重い病で死ぬ前に、パコの絵本をみんなで演じようと計画を立てるのだった。楽しい劇が終盤を迎え、余命を使い果たしたと思った大貫だったが・・・。

 はちゃめちゃだけど深い

「嫌われ松子の一生」で、この監督の作品はけっこうおもいろぞと思うようになった。「下妻」ではそうは思わなかった。「嫌われ」のおもしろい中の悲哀さにひかれた。きっとはちゃめちゃの中にある悲哀さだけに印象が深まるのかもしれない。わがままな大貫という人間が、人のために必死になるということ。人が何かをきっかけに変わるということ。人は、見かけだけでなく、さまざまな見えない背景を抱えていると言うこと。けっこう深味がある。あそこまではちゃめちゃにする必要があるのかどうかはわからない。しかしながら、徐々に引き込まれていくのは確かだ。相手が少女だからこそ、大貫は立ち止まることができた。自分の姿を自分で見つめ直すことができた。可憐な少女には大きな力がある。

心配性というのか、鬱というのか、気になって仕方ない日々。家を出る前に何度もガスの元栓を確かめるような感じだ。あらゆることが自信をもって迎えられない。実際にミスもあるから、余計に自分がやっていることに不安を感じる。これってやっぱり病気なのかな。心療内科にいくべきか。疲れとストレスだと片づけ、薬局で買った薬を飲み、ドリンクを飲み、石橋をたたいて渡るように一日を過ごす。そういう時期なのかな。そういう年齢なのかな。

 公式サイト「パコと魔法の絵本」

KIDS

2008年10月05日 | ファンタジー/アドベンチャー

2007年 日本 109分
■2008.9.27 DVD
■監督 荻島達也
■出演
   小池徹平(アサト)  玉木宏(タケオ)
   栗山千明(シホ)  永岡佑(-)
   仲野茂(-)  斉藤由貴(小野響子=母)
   泉谷しげる(神田幸助)

 《story》

「純粋だから、分かち合える傷がある」

街の片隅にある、軽食の店「アメリカンダイナー」で、アサトとタケオは出会った。アサトは、テーブルの上にあった塩のビンを手を触れずに動かした。タケオは街の工場で働いていたが、過去の障害事件で保護観察になっていた。アサトがチンピラに追われていたとき、タケオが助けた。そのときにできた手の傷が、半分アサトに移った。アサトは傷を移すこともできたのだ。アサトもまた、母親を刺したことから保護観察の身だった。アサトは、街の子どもたちの傷を自分に移した。店で働いていたシホは、いじめにあい顔に傷がありいつもマスクをしていた。3人は、公園を清掃したり遊びに連れ立ったり仲良くなっていった。ある日、アサトはシホの傷を自分に移した。それから、シホは街からいなくなった。街で大きな交通事故があり、アサトは人々を救おうと、自分に傷を移した。それを知ったタケオは、半分自分に移せと言った。怪我から立ち直った人々もまた、横転した車の中から母子を救うのだった。病院で入院している二人。そこにシホが戻ってきた。

 傷がなくせるならいいのに

ただ移動させるだけ。自分にその傷がくるということは、苦痛もくるということだ。そこまでして人を救えるか。苦痛はともなうなら、そう簡単にはできないよ。どこか、迷惑にならないところに捨てられたらいいのにね。大きな怪我や病気の人を救うことができる。小さな怪我は自分で治さなければいけないと思う。子どもが転んだ傷は、痛みを知る、経験する必要があるよ。痛いからこそ、次は気をつけようとすりんだから。いろんな人の苦痛をなくすことができたらどななにすばらしいことだろう。自分が一番苦痛を取り除いてほしいのだけどね。難病や喘息や障害や、さまざまな病気や怪我を、手で触れるだけで治せたら、すごいだろうね。

久しぶりの夢。とは言っても、1ヶ月に1つくらい見てるな。6時間睡眠で、いつもは、寝たと思ったらあっと言う間に目が覚める。朝の出勤前に一仕事。その目覚める前に変な夢を見た。蛇の大量発生だ。けっこうでかい。ぞろぞろと同じ方向に進んでいる。これは一大事だとだれかに知らせなければと、どこかに向かう。しかし、入った家で思わぬ人間に襲われてしまう。心の中でこわがっている人間だった。蛇のことは忘れて、ただ悲しかった。つらかった。蛇の夢は不吉かな。その日、仕事で大失敗した。その元になったのは以前にやったことが原因で、ずっと気づかないでいた。だけど、その日になって失敗の姿が現れて見えた。言葉が出なかった。迷惑をかけてしまった。そっと手を握って、心の傷をなくしてほしいものだ。映画を見たけど、そのときはよくても、ずっと浮かない時間が積み重なっていった。

 公式サイト「KIDS」

エクソシスト/ディレクターズ・カット版

2008年10月05日 | ホラー

2000年 アメリカ 132分
■原題「THE EXORCIST: DIRECTOR'S CUT」
■2008.9.26 DVD
■監督 ウィリアム・フリードキン
■出演
   エレン・バースティン(クリス・マクニール)
   マックス・フォン・シドー(メリン神父)
   リー・J・コッブ(キンダーマン警部)
   ジェイソン・ミラー(ダミアン・カラス神父)
   リンダ・ブレア(リーガン・マクニール)
   キティ・ウィン(シャロン・スペンサー)
   マーセデス・マッケンブリッジ(悪魔(パズズ)の声)

 《story》

「この恐怖を越えた映画は いまだ存在しない」

メリン神父は、イラクの遺跡発掘現場で、悪霊バスズの偶像を発見する。そして、何か予感めいたものを感じる。一方、ロケのためワシントンに引っ越してきたクリス。家の屋根裏でおかしな物音を聞く。娘のリーガンは、何かに取り憑かれたようにおかしな行動をとるようになる。病院では、さまざまな調査をするが原因がわからない。悪魔払いが効果がある場合があるとすすめる。母親を亡くしたばかりのカラス神父がきた。そのことを知るはずもないリンダが、カラス神父に母親のことを口走る。リンダの体に、「ヘルプ、ミー」という文字が浮かび上がる。カラス神父は、メリン神父を呼び、悪魔払いの儀式に取りかかる。悪魔との壮絶な戦いが始まる。途中で、メリン神父が心臓発作で倒れる。カラス神父は、「悪魔なら自分に乗り移って見ろ」とリーガンに迫る。豹変したカラス神父は、窓ガラスに突っ込み、階段を転げ落ちる。

 この映画を乗り越えられるか

中学1年生の時に、近所のおじさんに連れて行ってもらった試写会。そのおじさんは、子ども会の会長や映画雑誌の投稿などをやっている人で、招待してもらったのだ。それまであまり映画館で映画を見たことがなかった。テレビでやる「ドラキュラ」などを指の隙間からのぞいて見るくらいの恐がりだった。それがこの映画と出会ってトラウマとなった。あのリーガンの形相を見て、顔が上がらなかった。垣間見てはいるから、どんな場面なのかは覚えている。首が回るシーンも覚えている。でも、目の隅の方でみているだけで、顔は下がったまま。怖かった。この「エクソシスト」を越える映画はない。どんな残虐な映画でも見ることができるのに、この映画だけは見れなかった。トラウマが残った。この度、ドコドキしながら見た。初めはつい顔が下がったが、だんだん慣れてきた。未公開シーンはどこかわからなかったが、最後まで見ることができた。たぶん、映画館でもスクリーンを凝視できると思う。乗り越えられたかな。でも、こんも映画はすごいと思う。私の中ではすごい。。


悪魔なのか、ただの精神的な病なのか、どちらにも当てはまる場面があった。しかし、今回のディレクターズカット版では、悪魔の仕業であることを思わせる場面が多かったと思う。もし、悪魔だけに走ったらそれほどの怖さはなかったかもしれない。自己の心の中に原因があるかもしれないということがひときわ恐怖を駆り立てる。きっと、そんな心の隙間に悪魔は巣くうのだろう。暗示は人に大きな力を与える。悪しき力も引き起こす。改めて、続編を見たくなった。