そよかぜから-映画

見てきた映画の記録です
ネタばれあるかも、気をつけて

12人の優しい日本人

2008年06月28日 | コメディ


1991年 日本 116分
■2008.6.16 日本映画専門チャンネル
■監督 中原俊
■出演
   塩見三省(1号)  相島一之(2号)
   上田耕一(3号)  二瓶鮫一(4号)
   中村まり子(5号)  大河内浩(6号)
   梶原善(7号)  山下容莉枝(8号)
   村松克己(9号)  林美智子(10号)
   豊川悦司(11号)  加藤善博(12号)
   久保晶(守衛)  近藤芳正(ピザ配達員)

 《story》

「陪審員全員が“無罪” しかしその部屋からは 誰も出られなかった」

ある事件のために、12人の陪審員が集められた。男性、女性、若い人、年輩の人、さまざまな職業の人が集まった。若く美しい女性が、口論の末、夫を走ってきたトラックの目に押し倒し死なせたという。殺意もないし、酒癖の悪い夫に追いかけられ、偶然の出来事とされ、全員一致で無罪。だれもが帰ろうとしていたとき、討論好きの男が有罪ではないかと自分の意見好感を求める。自宅から離れた道、帰りを予想していないピザの注文から女性の殺意を感じ、みんなの気持ちが有罪へと傾いていく。全員一致でないと陪審員を交代して新たな審議となる。無罪にこだわる3人。さらに話を進めていくと、子どもだけでは食べきれないピザ、すぐに帰ろうとしていた母親。ちぐはぐな証言者の姿が見えてくる。再び無罪に・・・討論好きの男が有罪にこだわる理由は・・・。

 何を見るかによって変わる

これはこわいことだなと思った。外見や雰囲気だけでは決められない。でも、それだけで人を判断してしまいがちだ。美しい人だから、悪いことをしそうにない人だから。反対に、いかにもいかつい顔の一癖もふた癖もありそうな人だから。たとえ悪いことをしたとはいえ、そんなことで審判されてはたまらない。冤罪が増える。たとえ、一生懸命に考えても、無罪と有罪は紙一重。一つの物事でもどう見るかによって変わってしまう。目撃証言一つとっても、それを信じるか、そうでないかによって変わる。真実は一つだとはいえ、それを紐解くことはそう簡単なことではない。時間が必要だし、さまざまな資料が必要だ。意図的に資料を捜査すれば、判断も変わってしまう。これはこわいことだ。

見間違うこと、聞き間違い、ただの感、なんとなく・・・そんなことで白黒判断してはいけない。話をしっかり聞かなければいけない。そしてさまざまな角度から考えなければいけない。一つボタンを掛け間違うと大変なことになってしまう。そのためには時間をかけ、冷静な心と、考えようとする気持ちが必要だ。勝手に決めつけるのではなく、気持ちを聞くことが大切だ。相手にどう思うかの判断をさせることも、反省の気持ちを出させることも。たとえ過失であったとしても、一つの命が消えてしまったことは事実なのだから。


遠くの空に消えた

2008年06月22日 | ラブロマンス/青春

2007年 日本 144分
■2008.6.15 DVD
■監督 行定勲
■出演
   神木隆之介(楠木亮介)
   大後寿々花(柏手ヒハル)
   ささの友間(土田公平)
   小日向文世(土田信平)
   鈴木砂羽(土田スミ)  伊藤歩(サワコ先生)
   長塚圭史(赤星)  田中哲司(トバ)
   柏原崇(大人になった亮介)
   チャン・チェン(スミス提督)  石橋蓮司(天童)
   大竹しのぶ(BAR花園ママ)
   三浦友和 (楠木雄一郎)

 《story》

「きみのためなら、ぼくらは、UFOだって呼べるんだ」
「100人の子どもたち 場所は空港予定地の麦畑 
             満月の夜一晩でやる  史上最大のいたずらを」

麦畑の広がる馬酔村(まよいむら)。亮介は父と一緒にやってきた。父はこの麦畑に空港を建設するためにきたのだ。牛乳配達の公平と一騎打ち。糞まみれになった二人は、UFOを呼んでいるという不思議な少女ハヒルと出会う。星が取れるという望遠鏡で美しい夜空を見る。大人たちは、地元の空港建設反対の青年団と亮介の父の会社の人たちがぶつかる。そして事件は起きた。ハヒルたちの秘密の場所が荒らされ、ハヒルがけがをする。そして、父が撃たれた。もう大人だけに任せてはいられない。亮介と公平は大きな計画を立てる。その夜、子ども達が麦畑に集合。一夜で作ったミステリーサークル。村は大騒ぎ。

 子どもたちが団結するっていいよね

大人は利権がからむからもめるばかり。ああだこうだと理由をつけて、本当に大切なことを見ない。理想と建前は違うと言って正当化する。空港はだれのためのもの。地元の人はだれものぞんでいなかった。でも空港をくるという。だれがのぞんでいるの。もちろん亮介の父ではない。亮介の父親は仕事で交渉にきているだけ。本当に作りたい人は見えない。工事でお金を儲ける人たちかもしれない。ただ作りたいだけかもしれない。

そういえば子どもだけで大きな穴をほって、その中に入って遊んだことがある。現代ならすぐに学校に通報されしかられるだろうなあ。爆竹を使ったり、畑や田んぼでいろんな虫を捕まえたり、基地をつくったり・・・現代では絶対に許されない遊び。アイデアいっぱいで、自然の中でさまざまな工夫をして遊んでいた。だれかがすごいアイデアを出して、みんなうきうきして準備して行動した。ミステリーサークルもその一つだと思う。知恵と行動は、団結と人々のために、やさしく使うもの。そう聞こえてくる。

自然と空港、生活・・何が大事か。今を考えるか未来を考えるか。自分を考えるか人類を考えるか。道は必要だが空港はいらない。自分の身の回りにふりかかれば必要だが、そうでなければいらない。単純には考えられないから、悪くなるばかり。結論は先送り。時間がたって、そこから関心がなくなったとき、いつのまにか空港はできている。そして、自分もその空港を使う。ジレンマに襲われる。あきらめの境地、もうどうでもいいと思ってしまう。子ども達の奇跡のイタズラ。それも流れに記念の印を押しただけなのかもしれない。感動と同時に絶望感におおわれてしまう。

 公式サイト「遠くの空に消えた」

山のあなた 徳市の恋

2008年06月17日 | 人間/社会派ドラマ


2008年 日本 94分
2008.6.15 TOHOシネマズ緑井
■監督 石井克人
■出演
   草なぎ剛(徳市)  加瀬亮(福市)
   マイコ(三沢美千穂)  広田亮平(大村研一)
   宮永リサ(お春)  黒川芽以(お菊)
   津田寛治(鯨屋番頭)  三木俊一郎(喜太郎)
   田中要次(亀吉)  森下能幸(サワ金造)
   三浦友和(鯨屋主人)  渡辺えり子(お秋)
   松金よね子(按摩宿泊所女将)
   洞口依子(お凛)  堤真一(大村真太郎)

 《story》

「見えない目で、あなたを見つめていた」

目の不自由な按摩の二人。勘が鋭い徳市と仲のいい福市。二人は、冬は海の温泉場で働き、春になると山の温泉場で働いた。春先、二人は山の温泉場に向けて、目明きに負けまいと歩いていた。そこに馬車が通りかかった。東京からやてきた少年と叔父、そして美千穂という女性が乗っていた。美千穂は、徳市に按摩を頼み、次の日の朝も徳市を指名して按摩を頼んだ。しかし、徳市をからかうようにどこかに行ってしまう。徳市はそんな彼女に密かに惹かれ始める。しかし、美千穂は少年やその叔父と親しくなっていく。そんなとき盗難事件が起きる。徳市は、美千穂の近くで起こる事件に、彼女を怪しんでいた。そして警察が温泉場にやってくるという情報を聞いた徳市は、美千穂を連れて逃げる。犯人は彼女か。徳一の恋の行方は。

 のんびり、ゆったり><

確かに温泉に入ってくつろいでいるような雰囲気に包まれる映画だった。ただ、もっと胸を熱くしたいという欲求不満は残った。劇場の中は、おじいさんやおばあさんばかりだった。映画が終わり、劇場を出ながら、おばさんが「感動がなかったね」と言いながら歩いていた。ほのぼとして好きだけど、今ひとつ盛り上がる場面がほしいのは確かだと思った。どこにでもありそうな話題の中で、「へー」と感心させられたり、「そうだったのか」と驚いたり、人への深い思いに心を動かされたり、高くなくてもいいけど、小高い山ぐらいには登りたかった。なんだかあまりに平坦すぎるのかもしれない。でもまあ、のんびりゆったり、リラックスしながら見ることができたから満足としよう。

あんな開放的な宿って今はないよね。障子一枚で、となりの部屋と仕切られ、昼間はすべて開けっぴろげで、お互いが見える。今では考えられないよね。旅の楽しみに、いろんな人と出会い、会話を広げることがある。その場を提供してくれるのが宿。会話が苦手だったり、人見知りする人にしてみたら、苦痛かもしれない。プライバシーも何もない。

按摩は今はマッサージかな。頼んだらいくらくらいでやってくれるのだろうか。1000円くらいなら頼むかな。4000円もしたら我慢する。でも、4000円も出して次の日体中が痛いのなら、そりゃあマッサージじゃないよ。訴えてやる、と言われても仕方ないよね。

 公式サイト「山のあなた 徳市の恋」


キリング・フィールド

2008年06月16日 | 人間/社会派ドラマ

1984年 イギリス 141分
■原題「THE KILLING FIELDS」
■2008.6.13 ANX
■監督 ローランド・ジョフィ
■出演
   サム・ウォーターストン(シドニー・シャンバーグ)
   ハイン・S・ニョール(ディス・プラン)
   ジョン・マルコヴィッチ(アラン)
   ジュリアン・サンズ(ジョン・スウェイン)
   クレイグ・T・ネルソン(リーヴス)
   ビル・パターソン(マッケンタイア)

 《story》

「生きていることは美しい」

1973年、ニューヨーク・タイムズの記者シドニーは、特派員としてカンボジアに入る。通訳兼ガイドとして現地のプランと共に行動する。1974年、革命派の勢力の赤のクメールは、首都プノンペンに迫っていた。プランの家族をアメリカに避難させたものの、シドニーとプランは残って取材を続けた。カメラマンのロックオフ、記者のジョンと4人で、病院に取材に入った。しあkし、そこでクメールの兵士に連行される。プランの必死の説得で釈放され、フランス大使館に逃げ込む。しかし、カンボジア人であるプランは出国できず、クメール軍に引っ張られる。ニューヨークにもどったシドニーは、カンボジアの取材記事でピューリツッア賞を受賞。その間も、カンボジア国境付近の難民救済組織などに、プランの捜索を請う手紙を送り続ける。

 戦争の現実が迫る

かっこいい戦いではない。死と生の境を歩く、綱渡りのようなものだ。真実を伝えるために使命感でこの細い綱をわたる。それでも、戦争の悲惨さを伝えたい。こんなにも人は残酷で無情になれるのだと。正義だとか敵だとか味方だとか、そんなものはどこにもないのだと。戦争をしてしまう人間は、人間以下の動物になってしまう。子どもも老人も殺され、そして子どもが大人を殺す。優しさはすぐにつぶされる。プランが生きた人生はすさまじいもので、シドニーとの出会いは感動的だった。でも、カンボジアの人たちは言葉にできないくらいひどいものだった。これが現実なのだと、これが戦争なのだとあらためて思った。私には何もできないけど、戦争が悲惨で残酷で、正義なんてこれぽっちもないことを叫び続けることはできる。広島の平和な地から、声だけは出せる。

2008年06月15日 | ファンタジー/アドベンチャー


2005年 韓国 90分
■原題「THE BOW」
■2008.6.7 movie plus
■監督 キム・ギドク
■出演
   チョン・ソンファン(老人)  ハン・ヨルム(少女)
   ソ・ジソク(青年)  チョン・グクァン(青年の父親)

 《story》

「あなたに、魂、つながれて。」

広い海の上の船で、老人と少女は二人だけで暮らしていた。どこからか少女を連れてきて10年。老人は少女が17才になったら結婚することを夢見て生きてきた。老人も少女も言葉を発しなかった。ボートで釣り客を連れてきて商売し生計を立てていた。時に、「弓占い」というものをした。少女をブランコに乗せて揺らせ、その向こうの仏の絵に弓を放つのだった。釣り客が少女をからかうと弓で威嚇した。ある時、青年がやってきて、少女は恋をした。青年は、少女の親を捜し出すと老人に言った。青年のことが頭から離れない少女は、老人とぎくしゃくし始めた。あせった老人は、無理に結婚を迫った。少女を探ししている親を見つけた青年は、少女を船から降ろそうとするが、老人は自殺を図る。少女は老人との結婚を承諾する。結婚の儀式で、老人は弓を空に放つ。海に消える老人。眠りに落ちる少女。二人は・・・・。

 ファンタジーの世界か禁断の世界か

これはまさしく誘拐、監禁だ。確かにエロじじいと言われても仕方ない。やってはいけないことをただ幻想的に表現しているだけだ。どこかに捨てられていた子どもを立派に育てたとか、身よりのない子どもの将来を考えてきたとか、そんなことではない。嫉妬をあからさまに出し、カレンダーに印を付けて結婚を楽しみに待ち。毎日たらいで少女の肌を洗う。眠るときは手をつなぎ・・・いくら幻想的に表現してもそれを美しいと言っていいのだろうか。少女は犠牲になっただけのような気がしてならない。6才7才の子を愛おしいと思うことと少しちがっている。もし、このカレンダーが、この少女が6才7才くらいのころからつけられているとしたら、それはまさしく変態だと思う。幻想的な部分だけ、会話なくして表現する変わった趣向を評価。少女の未来は、これからどうなるのか不安いっぱいのエンドだった。


四年三組のはた

2008年06月15日 | 人間/社会派ドラマ

1976年 日本 88分
■2008.6.7 日本映画専門チャンネル
■監督 藤井克彦
■出演
   立石涼子(木村先生)  南美江(横山先生)
   桑山正一(校長先生)  樋浦勉(京子の父)
   前田昌明(ゆう子の父)  八木昌子(ゆう子の母)
   絵沢萠子(京子の母)  真屋順子(敏夫の母)
   柿崎澄子(本間ゆう子)  岩本和弘(八木敏夫)
   沢木由里子(宮崎京子)

 《story》

4年3組の担任の先生は木村先生。みんなを笑わせすぐに仲良しになった。木村先生のお腹には赤ちゃんがいた。先生は、みんながお腹の中にいたときのことを聞いてみることを提案。でも、ゆう子のお母さんは継母で、聞けない。京子は嫌われていたが、ふとしことからゆう子と仲良しになった。そして、京子が臭うのは、家が小さな工場で印刷のインクの臭いだということがわかった。しかも、京子は弟妹がたくさんいて世話をしながら家事もしていた。ゆう子はクラスのみんなにそのことを伝え誤解を解いた。木村先生が産休に入り、代わりに横山先生がやってきた。初めは厳しい横山先生を敬遠していたが、楽しい授業に惹かれ、団結力が育ってきたクラスの仲間は、木村先生のためにお参りをしたり、先生へのプレゼントをみんなで作った。木村先生の赤ちゃんが生まれ、横山先生が学校を去る日も、みんなでお別れの式を催した。4年3組は、二人の先生から大切なことを学び、成長し心をつなぎ団結していく。

 つながる感動

臭うから、変だから、おかしいから、ちがうことでつながることを嫌がり、心を見ようとしない。そんなクラスが、少しずつ理解しあい、心を結んでいく。その様子をみていくことは何よりうれしいことだ。だれだっていがみ合ったり、どなりあったり、けんかする姿なんて見たくはない。ぶつかってもいいから、お互いに向き合って、そのちがいを理解しあいたいものだ。ちがいを認め合う中で、心がつながり気持ちがひとつになる。みんなで行儀良く安産のお参りに行く姿は感動だ。つながって気持ちがひとつになったことがわかる。堂々と学校に戻ってくるところもいい。ルールを守って新年を持って進む姿だ。

生まれたときの様子を聞くこと。もし母親がいなければ・・両親がいなければ・・愛情を注がれていなければ・・現代ではさまざまな家庭環境があり、そう簡単にはできないこと。父の日、母の日なんて行事に合わせて何かをするとも難しくなってきている。つながれない家庭。教室の中だけでもつながることができたら、人を信じ助け合うこともできるかもしれない。

ミスト

2008年06月08日 | ホラー


2007年 アメリカ 125分
■原題「THE MIST」
2008.6.6 TOHOシネマズ緑井
■監督 フランク・ダラボン
■出演
   トーマス・ジェーン(デヴィッド・ドレイトン)
   マーシャ・ゲイ・ハーデン(ミセス・カーモディ)
   ローリー・ホールデン(アマンダ・ダンフリー)
   アンドレ・ブラウアー(ブレント・ノートン)
   トビー・ジョーンズ(オリー・ウィークス)
   ウィリアム・サドラー(ジム・グロンディン)
   ジェフリー・デマン(ダン・ミラー)
   フランシス・スターンハーゲン(アイリーン・レプラー)
    アレクサ・ダヴァロス(サリー)
   ネイサン・ギャンブル(ビリー・ドレイトン)  クリス・オーウェン(ノーム)
   サム・ウィットワー(ウェイン・ジェサップ)
   ロバート・トレヴァイラー(バド・ブラウン)  デヴィッド・ジェンセン(マイロン)
   ケリー・コリンズ・リンツ(ステファニー・ドレイトン)

 《story》

「この子と約束した。必ず守ると-」
「霧の中には“何”が待っていたのか。
          映画史上かつてない、震撼のラスト15分」


風雨と雷鳴、嵐が町を襲った。一夜明けた朝、祖父が植えた木が倒れていた。辺りは折れた枝葉が散乱し、ボート小屋は隣の家の倒れた木で潰されていた。湖の向こう岸に怪しい霧が出ていた。デヴィッドは息子と町に買い出しに出かけた。スパーマーケットで買い物をしていると、店は怪しい霧に包まれる。何者かに襲われたと血を流しながら男が飛び込んできた。携帯電話も不通になった。店内にいた人々は閉じこめられてしまった。毛布を取りに倉庫に行ったデヴィッドは、シャッターの向こうで変な音を聞く。店内の男達がシャッターを開けると、大きな触手が若者を連れ去る。夜になると、大きな蚊のような昆虫がガラスに集まる。その蚊を求めて大きなコウモリがやってきて、ガラスを割り店内入り、パニックになる。神の怒りだと人々を洗脳する女、何かを知っているような若い軍人。デヴィッドたちは、薬を求めて、隣の薬局に行く。そこで見たものは、人間に寄生する怪しげな怪物。店内では女が生け贄を捧げよと煽動。デヴィッドたちはここにいては殺されると思い、駐車場に停めてあった車に乗り込み、行けるところまで行くことにした。何十メートルもの大きな怪物が通る。霧の中でガソリンが切れ車が止まる。ピストルに弾は4発。車の中は5人。自分は何とかすると、4人がピストルで自殺。デヴィッドが自分も死のうと車から降りたとき・・・。

 いたたまれないラスト

店内で、女に煽動される人々。誰かの責任にしてその誰かを痛めつける。人間の醜い場面。私も窮地に陥ったらきっと誰かのせいにして責めるだろう。そうならない冷静な判断ができればうれしいが。デヴィッドたちはそれができた。だからこそ、みんなのために命をかけて行動した。女は煽動するだけで何もしない。誰が見ても、この女の口をふさいでみんなを冷静にさせたいと思うだろう。そこから脱出して、自ら行動することが未来を切り開くと思うはず。「ポセイドン・アドベンチャー」の牧師は、船底に向けて進んだ。そうすることで助かった。デヴィッドたちだって、きっと・・・・しかし、唖然とするラストだった。やめてほしいと思った。何にもしなかった店内に残った人々はきっと助かったにちがいない。自分の子を殺してしまったデヴィッドは、これからどうやって生きていくのだろうか。あんなにみんなのことを思い、行動したのに、彼の人生はどん底に落ちた。これが神のすることなのか。悪魔の支配する現代。

どうしても見たかった映画だった。ラスト15分どうなるのか、知りたかった。スティーブン・キング原作だから、ハッピーエンドになることはないと思っていたけど、霧から出ることなく闇に包まれるラストだ。一生懸命な人間はいつか報われる。そんな人を最期に神が崖からたたき落とす。悪いのはあの女ではない、実験をした軍でもない、神だった。映画は最悪な終わり方だったけど、見に行ってよかった。こんな衝撃もあるんだ。映画だけがそれでも寄り添ってくれる。エンドロールが始まり、音楽が途絶えたとき、車が通りすぎる音、ヘリコプターが通り過ぎる音、延々と続く。空しさが大きくふくれあがる。しかし、空しさだけでなく、惨劇が終わったあとの復興への兆しが絡む。新たな霧の発生。それは怪物ではなく、人間の心の霧。

 公式サイト「ミスト」


7月24日通りのクリスマス

2008年06月08日 | ラブロマンス/青春


2006年 日本 108分
■2008.6.4 日本映画専門チャンネル
■監督 村上正典
■出演
   大沢たかお(奥田聡史)
   中谷美紀(本田サユリ)  佐藤隆太(森山芳男)
   上野樹里(神林メグミ)  阿部力(本田耕治)
   劇団ひとり(真木勇太)  沢村一樹(安藤譲)
   川原亜矢子(安藤亜希子)  YOU(海原和子)
   小日向文世(本田五郎)

 《story》

「クリスマスには、告白しよう。」
「妄想のリスボン(実は長崎)を舞台に、ダメな私の恋が始まる!」


サユリは、地味で平凡で自分に自信のない女の子。長崎の町をあこがれのリスボンにたとえ妄想にふける。愛読書のマンガの世界に入っていく。私の王子様を思いながら。一番のあこがれの王子様は、大学時代の演劇部の先輩本田さん。電車の中で再会。本田さんに近づいていく。しかし、イケメンの弟に自分と同じようなタイプの彼女ができて自分と重ねて見てしまう。現実は、いつか彼女は捨てられる。自分も本田さんから捨てられる。本田さんから離れ、弟の結婚式で、「お姉さんの言う通りだ」という彼女に、「まちがってもいいじゃないか」と言う。そう、まちがってもいい。式場の前まで来ていた本田さんを追いかける。

 まちがってもいい

そうだと思う。まちがうことを恐れていては何もできない。自分の妄想の世界の中だけで生きるなんてさみし過ぎるよ。外に顔を向けて歩き始めたら、自信がついて、自分にもこんな力があったのだと発見できる。新しい自分が生まれる。まちがってもいい・・・まちがいに気づかなければ何でもない。気づき過ぎるからつらくなる。見えなかったらまちがっていないのと同じだよ。自信を持って生きていける。まちがいだとわかったときが大切。そのまちがいにおぼれてもがいて沈んでいくなら、まちがいをおそれて何もできなくなってしまうだろう。まちがいに気づいたら、迷惑をかけたら素直に謝って、今度はそんなまちがいをおこさないようにがんばればいい。まちがいをおかしたあなたがすべてではない。

中谷さんは演技がうまい。私に演技の素晴らしさが見えているわけではないが、彼女が出てくる映画を見て、すべてちがうイメージになる。「電車男」「嫌われ松子・・」地味なサユリ、自信をもったサユリ、すべてちがう。演技をしている・・という感じ方ではなく、そこにその人がいるという自然なイメージだ。

長崎の町もいい。路面電車が走っている広島だとどうだろうか。広島は「原爆」から離れられない。広島のちがったイメージを発見できるような映画をだれか作ってくれないだろうか。そういえば、新藤兼人の新しい映画は近くの広島の石内が舞台だ。とは言っても、昔の石内だけど。現代の広島は何かの映画の題材にはならないだろうか。ヤクザではなく、感動を与えられるような題材はないかなあ。


ランボー 最後の戦場

2008年06月07日 | アクション

2008年 アメリカ 90分
■原題「RAMBO」
2008.6.2 TOHOシネマズ緑井
■監督 シルヴェスター・スタローン
■出演
   シルヴェスター・スタローン(ジョン・ランボー)
   ジュリー・ベンツ(サラ・ミラー)
   ポール・シュルツ(マイケル・バーネット医師)
   マシュー・マースデン(スクール・ボーイ)
   グレアム・マクタヴィッシュ(ルイス)
   レイ・ガイエゴス(ディアス)
   ティム・カン(エン・ジョー)
   ジェイク・ラ・ボッツ(リース)
   マウン・マウン・キン
   ケン・ハワード(アーサー・マーシュ)

 《story》

「ムダに生きるか 何かのために死ぬか お前が決めろ。」

ジョン・ランボーは、アメリカを離れ、タイ北部の奥深い町で、蛇を捕獲して売ったり船で荷物を運んだりしながら、ひっそりと暮らしていた。ミャンマーとの国境付近は内戦が続く危険な場所だった。ミャンマーの軍事政権は、キリスト教の村を虐殺していた。そこにアメリカからボランティアの一行が訪れる。その村に医療や援助物資を送りたいという。案内を頼まれたランボーは一度は断るが、その一行にいたサラという女性の一途な思いに動かされ、船を出す。数日後、その一行の村が襲われ、彼らが拉致されたという情報が届く。そしてランボーの元にやってきた5人のやとわれ戦士とともに、救出に向かう。村を襲ったのは、殺戮軍と呼ばれた100人以上の軍団。救出には成功したものの、殺戮軍が背後に迫る。

 あんまり戦争映画は好きではないけど

結局殺し合いだけど、映画としておもしろくて見てしまう。ただの殺し合いで、目を覆いたくなるような場面がいっぱいあった。敵か味方かはっきりしているし、多分ランボーたちが正義でミャンマー軍が悪なのだろう。戦争とはそんなものじゃないと思う。ミャンマー軍だって、好きで兵士になっている人ばかりじゃない。いやいやながら人殺しをしている者もいる。誰も殺していいわけじゃない。だから戦争を美化する映画は好きではない。でも、この映画を見ると戦争の悲惨さはわかる。殺す方だっていい気持ちはしない。ランボーだってすっきりしないからこそ、こんな奥地でひっそり生活していたんだ。殺される方はひどい。悲惨さがあふれている。

60才を過ぎたシルベスター・スタローンがどんな演技をするのかを見たかった。すごい人だと思った。40代くらいに見える。体の鍛え方がちがう。でも、もうアクションは終わりだよ。これからは感動できるすばらしい作品を作ってほしいなあ。

 公式サイト「ランボー 最後の戦場」

うん、何?

2008年06月07日 | ラブロマンス/青春

2007年 日本 130分
2008.6.1 TOHOシネマズ緑井
■監督 錦織良成
■出演
   橋爪遼(須賀鉄郎) 柳沢なな(稲田多賀子)
   松澤傑(西尾裕二) 平田薫(神在久美子)
   岡太一(宇都宮国彦) 加藤侑紀(玉串圭子)
   菅田俊(鉄郎の父) 宮崎美子(鉄郎の母)
   
   
 《story》

「うん、なん? やまたのおろちでんせつ~」
「いよいよお披露目!」


鉄郎は高校三年生。神話の里、棚田が広がえう自然豊かな町に住んでいる。母が入院していて、毎朝父が努める会社の新鮮な牛乳を病院に届けてから登校していた。母のことも気がかりだが、進路のこと、幼なじみの多賀子のことも頭から離れなかった。ある日、七夕祭りに、多賀子が先輩に誘われた。鉄郎たちは、ヤマタノオロチ伝説伝承地の一つ「印瀬の壺神」に足を踏み入れ、多賀子のデートをぶち壊そうとするが、見つかってしまった。龍頭が淵に呼び出すが、ここでもうまくいいかず。目をつむって渡りきれば願いがかなうという橋をわたる多賀子。多賀子の願いは鉄郎だった。一度は失敗した鉄郎も、橋を渡りきり、多賀子に告白。同じ頃、母の病状が急変し亡くなってしまう。葬儀のとき、鉄郎は家を飛び出し、「印瀬の壺神」の石を動かす。雷鳴とどろき大雨となる。神社の下では、追いかけてきた多賀子がいた。

 この風景が好き

最近島根県でのロケ映画をよく見る。「天然コケッコー」「砂時計」「白い船」隣の県で、三瓶山などよく行くけど、映画でこうして改めて見ると、この風景は当たり前のように感じていたが、すばらしいものだと実感する。映画というのは、見えているようで実は認識していない町や自然の素晴らしさを今更のように教えてくれる。
都会では荒れた子どもが多い。不登校、いじめ、暴力・・・でも、ここではそんなものがあるのだろうかとさえ思わせてくれる風景。きっとここでも現代の問題はある。情報化社会だから、共通した情報が入り込む。でも、自然の風景や昔からの町並みは、入り込んでくる病魔を消し去ろうとしてくれる。ファッションや異性の目を惹くことだけに努力する世界。しかしここでは、人間本来の無邪気さを呼びもどしてくれる。

ひがみ根性で、「神様なんて権力の象徴だ」なんて毛嫌いしている自分。でも、実は歴史の中の輝きに心惹かれている。人に頭を下げることがいやなだけで、権力に対抗しているわけではないことはよくわかっている。いつのまにすべてを受け入れてしまうことがこわいだけ。頭をさげることが負けで、「どうだ」と思われることがいやなだけ。神秘的なことにどっぷりつかって洗脳される自信のない自分に不安なだけ。でも、それでもいいじゃないか。もっと自分の心に素直に動いてみよう。頭を下げることは負けではない。むしろ心の強さを表している。一歩踏みだそう。

 公式ホームページ「うん、何?」