磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

鱧男の小説などをUP。環境問題に戦争・原発を!環境問題解決に民主主義は不可欠!

D052.多数決は民主主義!

2005年11月09日 | 【小説】 レインボー...
IV.むらさき色の部屋(虹の世界)

D052.多数決は民主主義!





 バトラーはユリカをにらみつけて
「こやつは、過激な民主主義というものを唱える者のひとりらしい。ならば、多数決で決めようではないか」
 と凄(すご)んだ。

「わらわも、民主主義というものが好きじゃよ、ぬっははは」
 王様は高笑いした。

 裁判所の中の人たちは、口々に
「王様に賛成!」
 と言い、右手を上げ足で床をならした。

 その様子は何かにとりかつれたように見えた。こんなところで多数決なんかされちゃったら、王様の都合のよいものにしかならないに決まっているわ。色々の意見なんてきっとないんだわ。紫色だけよ。

 多数決は民主主義の一つの方法かもしれないけれど、これじゃ暴力と何らかわりがないと思えた。でも、これも王様に反対したら、殺すとでも法律で決まっているから、皆はそうするしかないと思っいこんでいるんだわとユリカは考えた。こんな世界では、黄色でさえ紫になってしまうわとユリカは思った。まさにそのとおりだわと、ユリカは思わず吹き出した。

 それから、ユリカはバトラーに負けないくらい大きな声を出して「こんな、世界なんかに来たくは、なかったわ」と意見を述べた。

「じゃ、なぜ、この世界に来たのだ。王は寛容であるから、子どもを殺したりなどはしない。慈悲深い国王が法律であり、裁くのはわたしだ」
 と、優しく笑った。

 ユリカは少しほっとして、落ち着いた口調で
「わたしはただ……」
 と述べた。

 王様は
「ただ、被告人、どうした」
 と、すっかりユリカを被告人にしていた。そして、王様はそう言うと、原告の席に走って行って
「ただ、どうしたのか?」
 と質問した。

 ユリカは、できるだけ落ちついて、
「ただ、わたしがこの部屋」
 と言いかけると、こびいる召使たちが
「部屋ではなーい」
 とコーラスのように、それもオペラの混声の大合唱のように反対意見を述べた。

 裁判官の席にもどった王様は、木づちで机をトントンとたたいて
「静粛に、勝手な発言はゆるしません。被告、続けて……」
 と命令した。

 こんな裁判じたいが無茶苦茶とユリカは思ったが、王様がいい人のように思えて、冷静になるように自分にいいきかせた。

「ただ、わたしはこの部屋か国かはわかりませんが、ここに入る前に、ドアのところに」
 と述べると、王様はつばをごくんと飲んで
「ドアのところに……」
 と、びくびくしていた。裁判官の王様は興奮して汗を流していた。それから、召使たちのつばを飲みこむ音がきこえた。

 ユリカは
「ドアのところに、ただ……」
 と話を続けた。

 王様は
「ただ、どうした」
 と言い、裁判官らしくきちんと質問した。




閑話休題


すべてのことには、理念があります。
理念を忘れたものは別のものになってしまいます。

ある意味、言葉尻りだけをとらえただけでは、
子どもじみた話だと思います。

しかし、この世界は以外に子供っぽいことを、
大人じみたように表現しているのです。

その違いは理念を大切にするか、
上辺だけとりつくろって、
意味のちがったことをするかです。

環境問題にも理念は不可欠でしょうね。
しかし、今の日本人で理念を
考える人が何人いることやら……。






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焼け跡の鐘(父ちゃんの鐘)

2005年11月09日 | 短編など
焼け跡の鐘(父ちゃんの鐘)

焼け跡から鐘をひろいだした智恵美は心が重たかった。
すっかり焼け崩れた村は跡かたさえなかった。

戦争とは何かそれを考える時、自分の一人息子の初が戦死したことを思い出さずにはいられなかった。

南に行き戦死したこと、そんな一人っ子の初がと思わず泣き崩れてみたもののどうにもならない。

燃えなかった鍋や釜をとり出している軒のあたりだろうか、鐘がひろいあげられた。

生きなければと思い、希望の光が生まれた。智恵美はすっかり昔のことを思い出していた。


日も暮れかけ始めているのに初は帰ってこない。当たり前だ、戦死した人が帰ってくることはあるまい。
前掛けで手をふきながら、軒下にゆき鐘をならす。
「チリーン、チリーン」
すると小さな初は駆けてきた。
「ごはん」
と、うれしそうに帰ってくる初の顔を見ると智恵美は一日の疲れなどとんだものだ。

「何していたの」
「ゲンジ取り」と初はかわいい笑顔とともに話してくれた。
「さあー、手を洗って」
と、夏の日はそんな感じでずーと過ぎて行った。

そして、鐘のことなど、智恵美も初も忘れたころ、初は戦争にいくことになった。

それから三年、月日のたつのは早いものだ。物干しにかけてある雨で朽ち果てている鐘のところに行き、夕暮れの中。

「チリーン、チリーン」と鐘の音がきこえた。
初が楽しそうに鐘を叩いていたことが脳裏に思い出される。

男は記憶喪失だった。
戦争で命を落とすことはなかったけれど、記憶喪失となってしまった。
病院にバスで運ばれる、その道の途中で鐘の音がきこえた。

「どこかで聴いたことのある鐘だ。ずいぶん懐かしい」

そう思っていると楽しかった子どものときを思い起こされてきた。
まるで、万華鏡のようにいろいろな場面が目まぐるしく、
男の記憶が甦ってきたのである。

「すみません。私の記憶がもどってきたようです。あの鐘が、私の記憶を呼び起こしてくれたようです」
バスは止められた。

智恵美は近所の子どもの悪戯だとわかったけれど、
純真に鐘の音を楽しむ子どもをしかる気にはなれなかった。
むしろ、息子を思い出して、うれしそうに見ていた。

そこに、初が帰ってきた。
「おかあさん、帰りました」
「えっ、初。生きていたのね……」
二人は抱きあった。

「あれはあなたのお父さんがつくった鐘です。
お父さんが私たち二人を引き合わせてくれたのかもしれません」

チリーン、チリーン。
天国のお父さんにきこえるようにと、鐘を二人でならした。









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アンネとヨーピー わが友アンネと思春期をともに生きて

2005年11月09日 | 読書日記など
『アンネとヨーピー わが友アンネと思春期をともに生きて』
  ジャクリーヌ・“ヨーピー”・ファン・マールセン・著/
            深町眞理子・訳/講談社/1994



アンネ・フランクの親友とよべる方が書かれたものです。
自分の青春時代とも比較して読めました。
ぼくも夢みる乙女ではありませんが、夢みる青少年期を
送りました。

そういうときを共有した友人というのは、
精神的なものでも結ばれているものでした。
大人になれば、そんなことを言っていられませんが……。

この著者もユダヤ人であります。
ユダヤ人ならすべて同じ扱いかといえば、
それが違うのです。
もう一人、アンネの親友というべき方もおられますが、
それぞれ立場によって、ナチスは態度をかえていたようです。


死後、アンネは世界的有名人になり、
友達も有名になりましたが、
この著者がすぐにアンネを語りたくなかった理由も
私には同感ですが、
彼女はアンネがかいた、「アンネの日記」
をもやさしい眼差しで見てきたといってもいいでしょう。

「アンネの日記」が有名になるにつれて、
アンネの友達でもないのに、
友達と名乗り注目をあびようとした人たちがいるそうです。
その一人に、アンネの父の再婚相手の娘が……。

「平和運動」もきれいごとだけではすまないとも思いました。

何よりもこの著者は自分の意志で書かれているので、
すばらしい一冊と思います。
当時の風俗なども書かれてあり、おもしろい本でもあります。


[平和のための読書]