磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

鱧男の小説などをUP。環境問題に戦争・原発を!環境問題解決に民主主義は不可欠!

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A004献血と人類

2005年07月31日 | 【小説】 レインボー...
I.衛星放送?

A004献血と人類





 看護婦さんは、石井さんの前腕の血管が浮き出たところを消毒している。
「それじゃ、針をさします」

「あっ、はい。わかりました」
 チクッと痛みが走るが、たいしたことではない。血液が流れていくのが見える。

 自分の体の中に赤い血が流れているなんて、いつもは思わないことである。自分の体の中にも赤い血、人間の血が流れているのか。それを採りだし、必要としている人の体の中で、生きるというわけだ。

 血をわけた兄弟なんて言葉があるけど、兄弟でも血液型は違うものだ。

 そういえば、ライシャワーという在日のアメリカ大使が暴漢に襲われて入院し輸血をした。ライシャワー大使は「これで、私の体の中に日本人の血が流れています」とユーモアをまじえたコメントを発表したのを思い出す。

 ずいぶん古い時代のことだけど、いい言葉だと思い覚えていた。ライシャワーは白人であるが、日本人の血が白人の中で流れて役目を果たすなどということがあるのかと思って驚きもした。

 猿の血では、こういうことはいかないのだ。やはり、白人も黒人も黄色人種もみな人類なのである。アメリカ人は日本人のことを差別してイエロー・モンキーだなんて言うけれど、猿なら輸血はできないのである。

 血液センターには、テレビなどがついていたが、石井は考えごとをしたいので、断っていた。少しあいた時間なのである。のんびりしたいのである。




閑話休題

若いとき、夏場に献血をしたことがあります。
看護婦のおばちゃんが、とても褒めてくれました。
その思い出があるから、思いついたんだと思います。

おもしろい献血マニアのおじさんもいて、
盛り上がりました。

看護婦のおばちゃんが
喜んでくれたらいいなあーと思いました。
他意はありません。

ここに出てくるライシャワー事件によって、
献血制度が生まれたようです。

それまでは売血であり、
ライシャワーは命をとりとめたけれど、
肝炎にかかったようです。


献血のことでリンクした赤十字にメールをしました。
ふーちゃんみたいに書き込みをしていただければ
ありがたいのですが……。









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A003.薬と血液

2005年07月30日 | 【小説】 レインボー...
I.衛星放送?

A003.薬と血液





「夏は血液が足りない時期なんです。それで、今どき、献血して下さるのはたいへん有りがたいことです。感謝しております」

「いいえ、そんなことはありません。たいした血液ではありませんけど……。お役に立てれば、嬉しいです」
 石井はいつも通り謙虚である。

 夏バテという言葉がある。この時期は疲れるものである。そして、献血したくとも、できない人もいるのだろうと石井は思った。

 問診表は、献血する人のことを配慮してくれるためのものである。

 愛想のよい看護婦さんであり、平日の昼間ということもあり、その血液センターは閑古鳥が鳴いていた。

「あのー、外国旅行に最近行ったかどうかというのは、どうして質問されるのですか。きっとエイズと関連していると思うのですが」

 石井は質問した。献血をする人が少ないということは、看護婦の仕事も少なく、優しそうな看護婦さんは説明してくれる。
「そうですよ、大切なことですから、念を押しているのですよ」

「感染してしまうということもあるってことですか」
「それを防ぐためにも、アンケート調査のような問診票は大切なことです」

「最近、風邪薬を飲んでいても、なぜいけないんでしょう?」

「風邪薬というのは、血液に溶け込んでいて、体内で作用するんですよ。輸血を要するような人たちは、決して健康な体というわけではないのです。手術を受けている患者さんの体力を考えたら、当然のことでしょう」

「そうでしょうね。健康なら、輸血する必要がないでしょう」

 看護婦さんは、微笑み、石井の腕にゴムのチューブのようなものを播まいた。血管が浮き出てくるまで、時間はさほどかからない。

「たとえば、手術中の患者さんに、輸血するとします。風邪薬くらいと思っていても、実は風邪薬くらいというわけには、いかないのです。弱った体には、風邪薬の混ざった血液は、どんなふうに作用するか、わからないのです。患者さんにも、大量の薬物を投与していることでしょうしね。体の中でどんな化学作用が起きるかわからないんです。ですから、問診票だけでなく、口頭で確認しなければならない重要事項なんですよ」

「そうですか。わかりました」
 石井は頭の中で、物質どうしが作用して変化するということを思い浮かべた。酸素と水素で水になる小学校の理科の実験を思い出した。物質が混ざれば違う物質になり、性質も変化するということは、場合によっては人間にとって困ることにもなるのだろうと考えた。




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A002.問診表

2005年07月29日 | 【小説】 レインボー...
I.衛星放送?

A002.問診表






「外国に行ったことはありません」
 今年も仕事ばかりをしていて、海外旅行になんてでられなかったと過去を振り返っている。

「最近、風邪薬を飲まれたことなどはありませんか」
「ありません」

 注射器で石井は血液を少し採(と)られた。そして看護婦は何か検査をした。たぶん、それは血液の比重を計っているのであろう。比重が軽ければ献血に適さないのである。
「献血できますか?」
 真剣な看護婦の顔をみながら、石井はそう質問した。

「ええ。じゃ、こちらへ来て下さい」
 と誘導され、ベッドのある部屋に入る。

 ベッドといっても、眠るためのものではない。散髪屋の椅子を横にしたようなものである。これは血液をとるとき寝ころぶ、そのためのものでしかない。

「ここに寝てください」
 石井は靴をぬいだ。

「靴はいいんですよ」
 と看護婦さんは笑った。

「ああー、そうですか」
 頭をかいて、照れている石井は、しどろもどろである。

「献血は初めてですか?」
「いいえ、初めてではありません。でも、この献血センターは初めてです」

 石井は巡回バスで何度か献血をしたことがある。たまたま、赤十字病院のあるこの地区に仕事でやってきて空きの時間があったから、ここに入ったのである。

「そうですか。ここはどうですか?」
「どうですか? とは、どういう意味ですか」
 堅物といわれる石井らしいことを質問した。

「あの、この建物の感想なんですけど」
「なかなか、近代的でいいですね」

 近代的という評価が何か、可笑しいような気もする石井だった。現代的といえばよかったのかなあーと思った。

「ここはできたところなんですよ。どうして、献血されようと思われたのですか」
 女性はうれしそうに話した。

「ちょっと他の会社に行ってきたんですが。この駅前に『現在O型の血液が足らないので、ご協力お願いします』と書いてあったので、私の血液型はO型なので協力しようと思ったのです」

「ご苦労様です」
 看護婦さんは微笑んだ。




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A001.夏まっ盛り、献血を求める街頭での声

2005年07月28日 | 【小説】 レインボー...
レインボー・ループ

--魔法の粉--




はじめに

この作品は食物をテーマにして書こうとしました。
いつのまにか、環境問題に波及していきます。

私は子どものころからアレルギーとつきあってもきました。
「子どものときの病気やから大人になったら治る」
と間違った観念をもっている方も、
昔はいましたが、高齢になって発病される方も大勢おられます。

僕の子ども時代には、「花粉症」といえば、
そんな病気きいたことないと言われたものです。
今では国民病とまでいわれています。

食品に関係ない問題ではないし、
環境は大きく影響していると思います。

birdが環境のBlogをつくったのを知り、
本日(10月23日)
「はじめに」を追加しました。






I.衛星放送?

A001.夏まっ盛り、献血を求める街頭での声





 真夏、献血センターの人たちは、献血をする人がいないので困っている。それは、真夏は多くの人たちが体力をなくす時でもあるからだ。

 人間は食べなければ、そのままでは死にいたる。食することもできない状態になったとき、輸血という医療技術は多くの人の命を救ったし、今も救っていることだろう。点滴だけでは、命をつなぐことはできない人もいる。

 また、人工血液の研究もすすんでいるが、まだ実用化はされていない。輸血だけでなく、献血によって薬剤もつくられてもいる。

 人間は霊長類とか、神の形にまねられて作られたなどというけれど、植物の恩恵を受けなければ誰も生きていくことはできない。

 駅前で大きな声で呼びかけている。白い服を着た人も焼け焦げそうな気分になっている。本日の予想気温は37.2℃、アスファルトの上では40℃以上あることだろう。それでも、ハンド・マイクで叫び続けている。

献血のお願いをしております。現在、血液がたりません。みなさまご協力のほどをお願いいたします」

 心やさしい人たちで、健康な人たちは人命を救うという尊い信念のもとに、献血することに同意する。健康であれば、献血をすることで何の問題もないが、献血基準というものがある。

 献血センターの受付で名前をかく男がいる。その書類の氏名欄に石井幸夫と書きこまれた。

 受付の人は石井の書類をうけとり、それに判子を押している。そして、担当看護婦を呼んだ。

 看護婦は書類の欄に目を通している。石井はいくらか緊張気味である。
「最近、外国に行かれたことがありますか」

 看護婦は口頭で質問してきた。石井は、書類のアンケート調査のようなものにも書かれてあったことだと思った。

 それはアンケート調査ではなく問診表というもので、とても重要なことを質問しているのである。

 血液は人工的につくられた薬ではない。その血のなかには病原菌やウィルスなどもすくっていることもある。献血をするということは、その病原菌やウィルスなども、輸血された人の体に移動することになる。場合によっては、その人だけでなく多くの人を苦しめることもになる。

 それを防ぐためにも、問診票は重要なものである。人命がかかっているといっても過言ではない。




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50.送り火

2005年07月27日 | 【作成中】小説・メリー!地蔵盆
お知らせ

明日から、五日間(7月28日~8月1日)は
「レインボー・ループ」の
第1回から第5回めをUpしたいと思っております。

それは、献血の話を今よんでいただきたいからです。
8月2日からは『メリー!地蔵盆』がさらに続きます。






五、盂蘭盆(うらぼん)

50.送り火


下の写真をクリックすれば、ダンチョさんの五山の送り火の写真が見られます。

カメラマン ダンチョさん (加工 鱧男)




 いよいよ大文字の日である。

 ジョンさんは文献をまとめたものを読みなおして、どきどきしている。

 午後七時、山上の弘法大師堂で般若心経がよまれ、午後八時に点火される。午後八時、市中の寺院が撞き鳴らす鐘と同時に、東山如意岳に一点の火がつく。

 最初は小さな炎である。炎は松明を覆い、最初は横棒が描かれ、大という字の一番上にも炎がつき、書き順どおりついていき、炎は「大」という文字として現れる。

 吹き上がる煙はゆっくりと空に流れ、やがて鮮やかに「大」の字が浮かび上がる。市中で、人は思い思いの場所でその火を眺める。

 続いて松ヶ崎の妙法、西加茂の船形、金閣寺裏の左大文字、北嵯峨の鳥居形と火がともされてゆく。それらは紛れもなく魂送りの火である。激しく燃えさかるその時よりも、天翔ける魂が名のこりを惜しむようにチロチロと消えかかる時のはかない美しさが心に残るという。

 雄二らは、八時前にはアパートにいる。
「混んでいると思うけど、吉田山の頂上に行こうよ」
 幸江が提案した。

「そうしょう、そうしょう。右大文字が本家やからなあー」
 と池山。四人は行くことにした。吉坊たちは、混雑しているので、行かないという。

「右大文字が本家って本当なんか?」
 幸江たちの後ろを行く雄二は池山にきいた。

「知らん、えへへ」
 池山は笑ってごまかした。学者でもわからないことだろう。

「人いっぱい」
 夜店が出ている。

「綿菓子、買ってこう」
 雄二は綿菓子屋の前に並ぶ。

「おっちゃん、もうかってまっか」
 池山が気安く声をかけた。

「もうかるかいな、貧乏ひまなしや」
 綿菓子屋のおっちゃんは面倒そう。

「ジョンさんにも、おごってやろうよ」
 雄二と池山は四つ綿菓子を買った。

「四つも買ってもったいないな。一人で一個も食べるのたいへんよ」
 綿菓子を受け取った幸江は文句をつけた。綿菓子をほうばりながら右大文字を見る。

 吉田山からは、五つの大文字が見ることができた。でも右大文字だけは、見る側は山の反対側だった。如意岳の大文字が最初に火を灯す。

「おう、火がついて行く」
「やっぱ、ぽつぽつ、ついていくな」
 池山は大文字山に登ったときのことを思い出している。

 ジョンさんはうっとりして、
「夢のようです」
 とつぶいた。

 毎年、この8月16日の夜には京都市内の街の灯火は規制されている。それは大文字を奇麗に見るためだ。それだから、こんなにきれいに見えるのだ。
 暗闇に、大の字が真紅に浮かびだす。

「そうです。今日登ったのは右大文字です」
 ジョンさんは、ぽつりと話した。

「大文字に登ったの?」
「ええ、その、三人で……」
「ずるい」
 と、幸江はすねる。

「この美しさテレビじゃ映しだせないよ」
「オゥ、ビューティフル」
 ジョンさんはため息をついた。

「ほんま、きれいやで、ビューティフルやな」
 池山が英語をつかった。

「雄二、肩車してあげましょう」
 ちびの雄二はジョンさんに肩車された。それだけ、混雑しているのだ。

「次、ぼくね」
 池山の声が下の方でした。

 ジョンさんは頭まででっかいし、金髪は猫の毛よりもやわらかい。
「ええこと、思いついた」
 池山がずいぶん下から話しかけた。
 雄二は肩車からおりた。

「こっち、こっち」
 畑のあぜ道を行く。やぶを通りぬける。また、畑がある。
 自分たち四人以外は誰もいない。

「きれいな大文字や」
「大きな文字や」

「そら、同じ左京区にあるんやもん」
「これなら、天国まで見えます」
 ジョンさんが、にんまりとしていた。
 でも、アメリカまでは見えないと雄二は思った。

「雄二、アメリカまでは見えないけれど、思い出あります。きれいな思い出、目をつぶるとまぶたに映ります。いつも、いつまでもいっしょね」

 雄二は自分の心が見透かされたように思った。でも、素敵なことだなと思った。本当ならいいなと思った。

「蚊がいるわ」
「やぶ、近いからなあー」
 池山が自身の太股を叩いた。

「だんだん、消えていくわね」
「なんか、線香花火みたいね」

「それよりは、豪快だよ」
「どちらもいいものです」
 と、ジョンさんは嬉しそうだ。

 午後8時から右大文字、8時10分に妙法、8時15分に船形と左大文字、8時20分に鳥居形の順に点火されるという。

「反対側の大文字、見に行こうよ」
 雄二らは、反対側へ行く。そこも人でいっぱいである。

「きれーやわねえー」
 と女の人が感嘆している。

「ご先祖様の霊が飛んで行かはるのんやろ」
「そうや。ここより、アパートの方が、西側の大文字はよく見えるよ」
 昨年みたアパートでの大文字の送り火を思い出しのだろう。

「アパートに帰ろう」
「うん」
「早くしないと、消えるわよ」

 アパートのベランダには、恭子や曽我のおばあさんがいた。

 大文字のキャンドル・ライトは教会にある蝋燭の灯火よりも、ずっと奇麗で壮大で素晴らしいものだった。いや、雄二らのキャンドル・ライトだった。それは、日本の伝統に培われた、人々の心の優しさを映しだした文化である。

 ここまで書いて思うのだが。川端康成が監修した本では、“大文字の火祭り”と書いてあった。まさに、ただの送り火ではないのだから、大文字の火祭りとは適切な表現のような気がする。それも一つの神社や寺院で行われるお祭りではない、大きなお祭りなのである。しかし、優雅で静かさをも兼ね備えた、日本の伝統、日本人の心なのである。

「混んでいるのに、わざわざ、吉田山まで見にいっていたんかい?」
 曽我のおばあさんが語りかけてきた。

「うん、混んでいたで」
「ここなら、すいとるのに……」
「西瓜もあるよ」

「いいですね。大文字は」
「ほんまやな」
「これで、京都の夏は終わりを告げていくという人もいますねん」
 ぼつぼつと消えていく。明るく浮き出た京都の街も、暗やみになっていく。

 おじいちゃんの霊が、空を飛んでいくのか。それにしても、今年のおじいちゃん、ぜんぜん存在感がなかったなあー。寂しい気持ちがした。去年まではおじいちゃんとこに行って、ごちそうを食べて楽しかったのになあ。

 母に話すと、
「思い出してあげるだけで、おじいちゃん、幸せなのよ」
 と涙を流していた。

 ご先祖様の一年生のおじいちゃんは、子どもか赤ちゃんなのかなあーと思っていると、笑えてくる。あのおじいちゃんが一年生かいな。


閑話休題

大文字の送り火。
これは病気の人も楽しむことができるし、
これを考えた人は、すごい人だと大文字の送り火を
鑑賞した人は思うことでしょう。

最初にかかげた大文字の画像は、
ダンチョさんの写真を加工し使用させていただきました。

ダンチョさんの
ホームページは↓クリック。





ダンチョさんがここのBBSに掲載してくださった、
写真と文も紹介させてください。



『毎日町内の人が、お地蔵さんのお守りをしています。
花や飾り付けにも気が配られ、いつも綺麗にしてあります。
京都の町中には、沢山のお地蔵さんがあります。』








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もくじ[メリー!地蔵盆]


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