日韓関係はこじれにこじれているが…(共同通信社)

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 3・1独立運動記念日を控えて高まる反日気運の中、やはり問題は蒸し返された。徴用工裁判、レーダー照射で日韓関係がこじれたこの時に、韓国が持ち出してきたのは、またしても「慰安婦問題」という切り札だった。韓国の文喜相国会議長は「慰安婦問題の解決には天皇の謝罪が必要」と発言、日本政府の撤回要求にも「盗っ人猛々しい」とまで言い放ち、日韓両国を燃え上がらせている。だが、そもそもその要求は、当事者の気持ちを代弁しているのだろうか。元慰安婦たちの本心が記録された「秘蔵映像」からは、全く異なる真実が見えてきた。赤石晋一郎氏(ジャーナリスト)がレポートする。

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◆「総理からの手紙」に嗚咽

 数奇な運命を辿ったDVDがある。

『ふりかえれば、未来が見える ~問いかける元「慰安婦」たち~』と題されたドキュメンタリーが収録されたものだ。実はこの映像は、1998年の制作以来、20年あまりの間、公開されることなく封印されてきた。日韓関係の狭間で埋もれていたこの作品を、私はある関係者から独自に入手した。

 映像は1997年1月、ソウル・プラザホテルで行なわれたセレモニーの様子から始まる。〈7人の元「慰安婦」の方にお詫びと償いが届けられた〉と日本語のテロップが入り、チマチョゴリの正装で集まった元慰安婦らに対して橋本龍太郎・首相(当時)の署名入りの手紙が読み上げられた。

 

〈私は、日本国の内閣総理大臣として改めて、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒やし難い傷を負われたすべての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを申し上げます〉(映像より)

 沈痛な面持ちで手紙の朗読を聞いていた元慰安婦の一人はハンカチで顔を覆って激しく嗚咽した──。

 いま、慰安婦問題を巡って再び日韓が“衝突”している。火をつけたのは国会議長の「天皇謝罪要求」だが、これには伏線があった。

 契機となったのが1月30日付の米紙ニューヨークタイムスの記事だった。同紙ソウル支局長チェ・サンフン氏が、元慰安婦である金福童さん(享年92)の死亡記事で「(日本政府は元慰安婦の)女性への正式謝罪や補償を拒絶し続けてきた」などと書いたのだ。日本外務省はこれに即座に反応し、大菅岳史・報道官は「日本政府は数多くの機会において元慰安婦に対する誠実な謝罪と悔恨の念を伝えてきた」との反論を公表した。議長が米メディアで発言したのはこの直後だった。

 日本政府は正式謝罪や補償を拒絶し続けてきた──それが“嘘”であることを証明しているのが、冒頭に紹介した秘蔵映像だ。橋本首相の手紙の言葉を、元慰安婦たちが真剣な表情で聞き入るシーンは印象的だ。

 当時、日本は1995年に設立された「アジア女性基金」を通じ、慰安婦問題の解決を目指していた。償い金の支給や、首相の手紙を元慰安婦に渡す活動に取り組んできたのだ。しかし、韓国世論は冷淡だった。

「実はこのプラザホテルでのアジア女性基金のセレモニーは、参加した元慰安婦の名前も公表せず極秘裏に行なわれた。韓国では女性基金の活動に対して激しいバッシングが起き、韓国の市民活動家たちからは『日本の汚い金を受け取るな』と口汚い攻撃があったからです」(基金関係者)

 

 そんななか、慰安婦問題の記録と、基金の活動を広報することを目的に『ふりかえれば、未来が見える』の制作は行なわれた。映像には日本語の字幕がつけられており、英語、韓国語、中国語版も作られた。

「日本側は当初、映像作品を国際会議などで上映し、慰安婦問題や基金の活動を韓国及び世界に向けて発信する予定でした。作品のプレビュー(試写)には基金のスタッフだけではなく内閣府の審議官等も参加していて政府公認の作品となるはずでした」(同前)

 しかし同作品が日の目を見ることはなかった。上映されることなくお蔵入りとなってしまったのだ。

「非公開の理由は公表されていませんが、基金を所管する外務省は当時、作品を公開することで、再び韓国内でバッシングを受けることを怖れていたようです」(外務省関係者)

 日本の首相の手紙に元慰安婦たちが涙するという貴重な映像は、こうして封印された。

◆靖国神社を訪れた元慰安婦

 映像作品の元慰安婦へのインタビューで明かされているのは、日本軍の暴力や、非情な仕打ちの数々だ。その一方で、これまで語られることのなかった日本兵と慰安婦の“親交”についても明かされている。

 例えば元慰安婦のチン・ギョンベンさんは、連行された先で知り合ったタナベアキラという海兵との恋について語っている。アキラは彼女の写真を持ち歩き、結婚の約束まで交わしていたという。しかし、出撃命令が下りアキラはそのまま戦死してしまう。チンさんはお互いの腕に万年筆で名前を彫ったと、寂しそうに当時を振り返っている。

 

 元慰安婦としていち早く補償請求裁判の原告となった金田君子さん(本名非公開・軍隊名)は、戦地で看護師の役目もこなしたと語る。

〈負傷した日本兵は痛みで眠れずに、『姉さん。もう一回(モルヒネを)頼むよ』と懇願した。(中略)日本兵は死ぬときに母や子供の写真を見ながら『母さん、俺は死ぬかも知れないけど、死んだら靖国神社で会いましょう』と言って泣くのよ。私もつられて泣いた〉

 後年、金田さんは靖国神社を訪れている。戦没者の墓があると思っていたのだ。

〈(兵隊は)靖国神社の花の下に行くといっていた。(でも)靖国神社には何もない。白い鳩しかいなかった〉

 靖国神社を訪れたことで、金田さんは白い鳩に日本兵たちの思い出を投影させるようになったという。

 様々な愛憎を赤裸々に語る元慰安婦たち。これは韓国で信じられている元慰安婦を単純に「悲劇の少女」とする物語とは、一線を画すものばかりだ。こうした真実の記録が封印されてしまったことは、ある意味、慰安婦問題の宿痾を象徴しているといえる。

「基金は一人あたり計500万円を元慰安婦に支給する事業を行なったが、すぐに韓国政府が日本の支給を受けさせまいと、同額を慰安婦に支出すると公表するなど混乱が続きました。結局、アジア女性基金は2007年に解散を余儀なくされた」(外信部デスク)

 それでもアジア女性基金は“平和活動”として問題解決を目指した結果、元慰安婦61人が償い金を受け取った。映像の中でも、前出のチンさんはこう話している。

〈一人でもお金は必要でしょう。今は私が食べたいものを食べ、いい薬も買って使えるでしょう。(償い金を受け取る)前はご飯もよく食べられなかった〉

 

 別の元慰安婦もこう話す。

〈日本を悪いとは思っていない。戦争のため、その時に私たちが日本人に変えられ、つかまって行ったのだから恨んでも仕方ない。運命だから、私はそう思う〉

 そうした声は、市民運動家や韓国世論の反発の前に封じられた。日本政府にとっても韓国政府にとっても、この映像は“不都合な真実”とされてしまったのだ。しかしそれにより、問題はいっそうこじれていった。

 2015年、日韓合意のもとに設立された「和解・癒やし財団」(以下、癒やし財団)は、アジア女性基金と同じように激しいバッシングを受けた。癒やし財団では、日本政府が拠出した10億円を原資に元慰安婦に1億ウォン(約1000万円)の支援金を渡す現金支給事業を行なってきたが、韓国政府の判断で解散が決定された。

「日韓合意について市民団体は『被害者の意見を無視している』と強弁し、韓国世論も同調した。いま財団の残金は国連に寄付する案が検討されていると報じられています。さらに文在寅政権は日本に対抗するかのように政府予算から元慰安婦に対して支援金を出すと発表するなど、アジア女性基金の過ちを繰り返す状況になっているのです」(同前)

 こうした事態は、日本側が慰安婦問題について努力してきたプロセスを正しく広報できていないがために起きた、ともいえる。「総理の手紙」に元慰安婦が涙する映像を公開していれば、状況はいまとは違っていたのではないか。

 解散したアジア女性基金を管轄する外務省に公開されなかった理由について尋ねると「ビデオについては、財団法人『女性のためのアジア平和国民基金』が制作したものと承知しており、一般公開に関する当時の同基金による判断やその理由については承知していません」(報道課)と回答した。

 

◆「日本国民にも感謝している」

 元慰安婦たちの本心が伝わっていないのは、今回解散に追い込まれた「癒やし財団」も同様だ。癒やし財団の現金支給事業では、生存している元慰安婦47人のうち34人が支援金を受け取った。7割以上が受け取っている計算となる。

 私の取材に応じてくれた元慰安婦のAさん(90代)はこう話す。

「日韓合意の話を聞いたときは、『ありがとうございます』という気持ちでした。10億円は日本国民の税金だから日本国民にも感謝しています。辛い人生だったけど、支援金も貰って少しだけ心が軽くなった。

 でも、韓国政府や市民団体が反対して癒やし財団を潰そうとした。それは心が痛いこと。残金を国連に寄付するというのもおかしい。ハルモニ(元慰安婦)の血の代償をなぜ寄付するのか」

 今回も元慰安婦や遺族に対して慰安婦を支援する市民団体は「お金を受け取るな」と圧力をかけたが、Aさんは意に介さないという。

「多くのハルモニは、市民団体の外にいます。だから多くの方がお金を受け取ったのです」

 同じく支援金を受け取った、元慰安婦Bさんの家族にも話を聞いた。

「母は今回の癒やし財団から1億ウォンを受け取りましたが、高齢のため使い道がなかった。孫が対中ビジネスで負債を抱えていたので、そっくり孫にあげた。家族が助かり、支給金を受け取ったことを後悔していないし、感謝している」

 

 いずれの証言者も匿名としたのは、名前をあげて親日的な発言をすると韓国社会や市民団体から激しくバッシングを受けるためだ。

「元慰安婦の多くは『いつ死ぬかわからない。生きている間に、納得できる金額なら受け取りたい』と考えていると聞きます。実際に、戦後補償としては、世界的に見ても高水準の額を日本側は元慰安婦に支給しているのです」(ソウル特派員)

 韓国政府は元慰安婦の声に耳を傾ける「被害者中心主義」による解決を謳う。しかし、実際は彼女たちの声とは全く違う方向に、動き出そうとしている。

 2月15日、文在寅大統領は大統領府本館忠武室で行なわれた「国家情報院・検察・警察改革戦略会議」で次のように宣言した。

「今年は特別な年です。100年前の独立運動によって、正義に満ちた大韓民国が建設された。日帝強占期(植民地支配時代)、警察と検察は独立運動家を弾圧する植民地支配を補完する機関だった。いまも残る暗い影を改革し、完全に脱ぎ捨てなければならない。そのために大統領、青瓦台は常に監視、牽制する」

 韓国・権力機関への提言とも読める発言だが、自民党関係者はこう驚く。

「この文在寅発言は『時代を日帝前に戻す』と宣言しているに等しい。レーダー照射を容認し、徴用工や慰安婦問題を蒸し返すのもそのためなのでしょう。今後、彼らは反日活動のためにあらゆる権力を使ってくる可能性が高いのではないか」

 100周年となる「3・1独立運動記念日」に向けて韓国の反日ムードは国家的な盛り上がりを見せている。

 

 長く封印されてきた映像作品の終幕は金田さんの言葉で締めくくられている。

〈戦争というのは終わってみれば結局、死と貧しさしか残さない。戦争をしてはダメだ。平和の中で暮らし、死んでゆくと考えるべきです〉

 再び日韓に“災い”を巻き起こそうとする外交の駆け引きを、元慰安婦たちはどのような思いで見つめているのだろうか──。

【PROFILE】赤石晋一郎(ジャーナリスト)/『FRIDAY』『週刊文春』記者を経て今年1月よりフリーに。南アフリカ・ヨハネスブルグ出身。

※週刊ポスト2019年3月8日号