※沖田瑞穂(1977-)『すごい神話』(2022)第四章 インドの神話世界(42~52)
「ヴィシュヌ神が最も長生きで偉大である」とする前講のような神話がある一方で、「シヴァ神こそがヴィシュヌ神、さらにブラフマー神を上回り、最高である」との神話もある。ヒンドゥー教の18種のプラーナ文献のうち「リンガ・プラーナ」に次のような神話がある。
A 世界の始まりの時、原初の海にヴィシュヌ神が寝ていた。
A-2 そのヴィシュヌをブラフマー神が見て怒り、起こした。ヴィシュヌが「蛇の寝台」に腰かけ、笑いながら話しかけた。「ブラフマー神ではないか。何用か?」
A-3 ブラフマー神が答えた。「わたしこそが、世界の創造と破壊をもたらす者である。わたしこそが世界の創造主であり、永遠で誰から生まれたということもない、宇宙の起源である」
B するとヴィシュヌ神が言った。「わたしこそが世界の創造主であり、維持する者であり、破壊する者である。あなた(ブラフマー)はわたし(ヴィシュヌ)の永遠の体から生まれてきたことを覚えていないのか。あなたがわたしを忘れているのは、わたし(ヴィシュヌ)のマーヤー(幻力)によるものなのだ」
《参考1》ヒンドゥー教の宇宙観では、この世が始まる以前、宇宙が混沌の海だった時に、ヴィシュヌがアナンタ(1000の頭を持つ蛇神)を船の替わりにして、その上に寝ていたという。その「ヴィシュヌのへそから蓮の花が伸びてそこに創造神ブラフマーが生まれ」、ブラフマーの額から破壊神シヴァが生まれた。また、この世が終わる時、全ての生物が滅び去った時も、再び世界が創造されるまでの間、ヴィシュヌはアナンタの上で眠り続けるとされる。
★ヴィシュヌ神のへそから生まれるブラフマー神
C このようにヴィシュヌ神とブラフマー神が延々と言い争っているところに輝かしい柱「リンガ」が現れた。リンガは千もの炎を発している。そこには始まりも中間も終わりも見られない。比類なく、不可解で、不明瞭だった。
C-2 「これは何であろうか?正体を解き明かした方が最高神となろう。いざ勝負!」ということになった。ヴィシュヌ神は猪の姿となり、千年もの間、下へ下へと潜っていったが「リンガ」の根元に達することができなかった。ブラフマー神は白鳥の姿となり、同じ千年の間、上へ上へと高く昇っていったが、終わりは見えなかった。疲れ切ってヴィシュヌ神もブラフマー神も元の場所に戻ってきた。
C-3 そこに「リンガ」の本体であるシヴァ神が現れた。ヴィシュヌ神とブラフマー神は降参し、シヴァ神こそが、世界の始まりであり中間であり終わりである最高神ということで決着がついた。
D 「リンガ」はシヴァ神の「男性器」である。「生殖の力」が「世界創造の原動力」である。
D-2 インドでは「リンガ」は「ヨーニ」と共に祀られている。ヨーニとは女陰のことで、ヨーニを土台としてその上にリンガが屹立している。「男女の結合の内に世界が存在している」とインドの神話は語る。
《参考2》シヴァ神の本質は力であり、生命エネルギーである。シヴァ神のシンボルとして「シヴァ・リンガ」という男性根を表す像が寺院に祀られている。リンガは「恵み、豊穣、健康」を象徴する。
《参考2-2》シヴァ神は「創造と破壊の神」であり、①明るい面では「シャンカラ」(吉祥)と言われ、縁起が良く、慈悲深く、恵を与えてくれ、困っているときに助けてくれる。②暗い面では破壊を示す「バイラヴァ」(恐ろしいもの)と言われ、怒った形相をしている。口は大きく開らかれ、眉毛がつりあがり、ドクロなどの飾り物をつけている。さらに③シヴァ神は「マハーカーラ」(マハーは偉大な、カーラは時間)とも呼ばれる。シヴァ神は運命や死を支配する「時間」を操るものとしての名前を持つ。その姿は黒い肌で描かれ、マハーカーラは日本では「大黒天」である。(Cf. 「マハーカーラ」は真言宗では「護法善神」と呼ばれる。)
《参考2-3》蛇神ヴァースキは、「乳海攪拌」のとき、マンダラ山を回転させる綱の役割を果たした。しかし、あまりの苦しさに猛毒ハーラーハラを吐き出してしまい、危うく世界を滅ぼしかけた。「シヴァ神」はその毒を飲み込んで世界を救ったが、猛毒がシヴァ神ののどを焼いたため首から上が青黒くなった。
《参考3》(a)今でこそ主神となった「シヴァ神」だが、アーリア人の『リグ・ヴェーダ』の中ではモンスーンの神「ルドラ」の別称とされ、神々というよりはアスラ(悪魔)としてとらえられている。
(b)モンスーン(暴風雨)による「破壊」と「雨の恵み」というルドラ神の2面性は、後のシヴァ神に引き継がれる。
(c)アーリア人のインド進出後はルドラ神は、土着のドラヴィダ系の神を吸収しシヴァ像が形作られていく。
(d)現在の「シヴァ神」の立ち位置は、仏教やジャイナ教の勢力の拡大に対抗して行われた「ヒンドゥー教」の再編成の中で、徐々に土着信仰を吸収する中で生まれた。そのためシヴァ神は元来の破壊と創造以外にも多くの事物を司る。土着の神のヒンドゥー教化である「パールバティー」(シバ神の妃;「山に住む女神」・「ヒマラヤ山の娘」の意味;慈愛に満ちる)や「ドゥルガー」(パールバティーの凶暴な相で血なまぐさい女戦士;獅子に乗り10本の手に武器を持ち悪魔を殺す)などの女神を妻とし多くの神の領域を受け持つ。
(e)シヴァ信仰の最大の特徴が「リンガ」信仰だ。シヴァ寺院の奥の本殿には必ず「シヴァリンガ」が置かれ、礼拝者たちが香油やミルク、花、灯明などを捧げる。シヴァリンガは、男性器の象徴である「リンガ」と台座で女性器の象徴である「ヨーニ」から構成される。これは男女の合一を示し、「男女の神が一つとなって初めて完全である」というヒンドゥー教の考えを表す。シヴァリンガが置かれる寺院の内部は即ち女性の胎内である。シヴァ派のヒンドゥー教徒は自宅でも小さなシヴァリンガを祀って礼拝をすることもある。
(f)「男根崇拝」は世界各地にみられるが、本来アーリア人はそれを野蛮なものとして忌避していたことが『ヴェーダ』から読み取れる。
(f)-2しかし土地に根付いていた非アーリア的/ドラヴィダ的な宗教要素が復活してくるにつれ、「リンガ信仰」(男根崇拝)は「シヴァ信仰」と結びつき大きく発展した。いわばアーリア系とドラヴィダ系の信仰を結ぶ懸け橋のような存在として、「シヴァ信仰」は大きく広がった。
(g)「リンガ信仰」の発生を示す神話がある。「ヴィシュヌが原初の混沌の海を漂っていた時、光と共にブラフマーが生まれた。自分こそが世界の創造者であると主張して引かない2神が言い合っていると、突如閃光を放って巨大なリンガが現れた。2神はこのリンガの果てを見届けた者がより偉大な神であると認めることで合意し、ブラフマーは鳥となって空へ、ヴィシュヌは猪となって水中へ、上下それぞれの果てを目指した。しかしリンガは果てしなく続いており、2神は諦めて戻ってきた。するとリンガの中から三叉戟を手にしたシヴァが現れた。シヴァはヴィシュヌもブラフマーも自分から生まれた者であり、3神は本来同一の存在であると説いた。」
(g)-2 ヒンドゥー教では宗派によって神話の内容やその主役が入れ替わるが、シヴァが世界の創造主であるとするこの神話はもちろんシヴァ派のものである。他の宗派の神話では、それぞれの主神が世界の創造主であることを示す神話(これも様々なバリエーションがある)が存在する。
★シヴァ神と妃パールバティー(シヴァには3つの目がある;もつれた髪からガンジス川が流れ、蛇のアクセサリーに髑髏の花輪を身に着ける;体には灰ヴィブーティを塗り、虎の毛皮に座わる)
「ヴィシュヌ神が最も長生きで偉大である」とする前講のような神話がある一方で、「シヴァ神こそがヴィシュヌ神、さらにブラフマー神を上回り、最高である」との神話もある。ヒンドゥー教の18種のプラーナ文献のうち「リンガ・プラーナ」に次のような神話がある。
A 世界の始まりの時、原初の海にヴィシュヌ神が寝ていた。
A-2 そのヴィシュヌをブラフマー神が見て怒り、起こした。ヴィシュヌが「蛇の寝台」に腰かけ、笑いながら話しかけた。「ブラフマー神ではないか。何用か?」
A-3 ブラフマー神が答えた。「わたしこそが、世界の創造と破壊をもたらす者である。わたしこそが世界の創造主であり、永遠で誰から生まれたということもない、宇宙の起源である」
B するとヴィシュヌ神が言った。「わたしこそが世界の創造主であり、維持する者であり、破壊する者である。あなた(ブラフマー)はわたし(ヴィシュヌ)の永遠の体から生まれてきたことを覚えていないのか。あなたがわたしを忘れているのは、わたし(ヴィシュヌ)のマーヤー(幻力)によるものなのだ」
《参考1》ヒンドゥー教の宇宙観では、この世が始まる以前、宇宙が混沌の海だった時に、ヴィシュヌがアナンタ(1000の頭を持つ蛇神)を船の替わりにして、その上に寝ていたという。その「ヴィシュヌのへそから蓮の花が伸びてそこに創造神ブラフマーが生まれ」、ブラフマーの額から破壊神シヴァが生まれた。また、この世が終わる時、全ての生物が滅び去った時も、再び世界が創造されるまでの間、ヴィシュヌはアナンタの上で眠り続けるとされる。
★ヴィシュヌ神のへそから生まれるブラフマー神
C このようにヴィシュヌ神とブラフマー神が延々と言い争っているところに輝かしい柱「リンガ」が現れた。リンガは千もの炎を発している。そこには始まりも中間も終わりも見られない。比類なく、不可解で、不明瞭だった。
C-2 「これは何であろうか?正体を解き明かした方が最高神となろう。いざ勝負!」ということになった。ヴィシュヌ神は猪の姿となり、千年もの間、下へ下へと潜っていったが「リンガ」の根元に達することができなかった。ブラフマー神は白鳥の姿となり、同じ千年の間、上へ上へと高く昇っていったが、終わりは見えなかった。疲れ切ってヴィシュヌ神もブラフマー神も元の場所に戻ってきた。
C-3 そこに「リンガ」の本体であるシヴァ神が現れた。ヴィシュヌ神とブラフマー神は降参し、シヴァ神こそが、世界の始まりであり中間であり終わりである最高神ということで決着がついた。
D 「リンガ」はシヴァ神の「男性器」である。「生殖の力」が「世界創造の原動力」である。
D-2 インドでは「リンガ」は「ヨーニ」と共に祀られている。ヨーニとは女陰のことで、ヨーニを土台としてその上にリンガが屹立している。「男女の結合の内に世界が存在している」とインドの神話は語る。
《参考2》シヴァ神の本質は力であり、生命エネルギーである。シヴァ神のシンボルとして「シヴァ・リンガ」という男性根を表す像が寺院に祀られている。リンガは「恵み、豊穣、健康」を象徴する。
《参考2-2》シヴァ神は「創造と破壊の神」であり、①明るい面では「シャンカラ」(吉祥)と言われ、縁起が良く、慈悲深く、恵を与えてくれ、困っているときに助けてくれる。②暗い面では破壊を示す「バイラヴァ」(恐ろしいもの)と言われ、怒った形相をしている。口は大きく開らかれ、眉毛がつりあがり、ドクロなどの飾り物をつけている。さらに③シヴァ神は「マハーカーラ」(マハーは偉大な、カーラは時間)とも呼ばれる。シヴァ神は運命や死を支配する「時間」を操るものとしての名前を持つ。その姿は黒い肌で描かれ、マハーカーラは日本では「大黒天」である。(Cf. 「マハーカーラ」は真言宗では「護法善神」と呼ばれる。)
《参考2-3》蛇神ヴァースキは、「乳海攪拌」のとき、マンダラ山を回転させる綱の役割を果たした。しかし、あまりの苦しさに猛毒ハーラーハラを吐き出してしまい、危うく世界を滅ぼしかけた。「シヴァ神」はその毒を飲み込んで世界を救ったが、猛毒がシヴァ神ののどを焼いたため首から上が青黒くなった。
《参考3》(a)今でこそ主神となった「シヴァ神」だが、アーリア人の『リグ・ヴェーダ』の中ではモンスーンの神「ルドラ」の別称とされ、神々というよりはアスラ(悪魔)としてとらえられている。
(b)モンスーン(暴風雨)による「破壊」と「雨の恵み」というルドラ神の2面性は、後のシヴァ神に引き継がれる。
(c)アーリア人のインド進出後はルドラ神は、土着のドラヴィダ系の神を吸収しシヴァ像が形作られていく。
(d)現在の「シヴァ神」の立ち位置は、仏教やジャイナ教の勢力の拡大に対抗して行われた「ヒンドゥー教」の再編成の中で、徐々に土着信仰を吸収する中で生まれた。そのためシヴァ神は元来の破壊と創造以外にも多くの事物を司る。土着の神のヒンドゥー教化である「パールバティー」(シバ神の妃;「山に住む女神」・「ヒマラヤ山の娘」の意味;慈愛に満ちる)や「ドゥルガー」(パールバティーの凶暴な相で血なまぐさい女戦士;獅子に乗り10本の手に武器を持ち悪魔を殺す)などの女神を妻とし多くの神の領域を受け持つ。
(e)シヴァ信仰の最大の特徴が「リンガ」信仰だ。シヴァ寺院の奥の本殿には必ず「シヴァリンガ」が置かれ、礼拝者たちが香油やミルク、花、灯明などを捧げる。シヴァリンガは、男性器の象徴である「リンガ」と台座で女性器の象徴である「ヨーニ」から構成される。これは男女の合一を示し、「男女の神が一つとなって初めて完全である」というヒンドゥー教の考えを表す。シヴァリンガが置かれる寺院の内部は即ち女性の胎内である。シヴァ派のヒンドゥー教徒は自宅でも小さなシヴァリンガを祀って礼拝をすることもある。
(f)「男根崇拝」は世界各地にみられるが、本来アーリア人はそれを野蛮なものとして忌避していたことが『ヴェーダ』から読み取れる。
(f)-2しかし土地に根付いていた非アーリア的/ドラヴィダ的な宗教要素が復活してくるにつれ、「リンガ信仰」(男根崇拝)は「シヴァ信仰」と結びつき大きく発展した。いわばアーリア系とドラヴィダ系の信仰を結ぶ懸け橋のような存在として、「シヴァ信仰」は大きく広がった。
(g)「リンガ信仰」の発生を示す神話がある。「ヴィシュヌが原初の混沌の海を漂っていた時、光と共にブラフマーが生まれた。自分こそが世界の創造者であると主張して引かない2神が言い合っていると、突如閃光を放って巨大なリンガが現れた。2神はこのリンガの果てを見届けた者がより偉大な神であると認めることで合意し、ブラフマーは鳥となって空へ、ヴィシュヌは猪となって水中へ、上下それぞれの果てを目指した。しかしリンガは果てしなく続いており、2神は諦めて戻ってきた。するとリンガの中から三叉戟を手にしたシヴァが現れた。シヴァはヴィシュヌもブラフマーも自分から生まれた者であり、3神は本来同一の存在であると説いた。」
(g)-2 ヒンドゥー教では宗派によって神話の内容やその主役が入れ替わるが、シヴァが世界の創造主であるとするこの神話はもちろんシヴァ派のものである。他の宗派の神話では、それぞれの主神が世界の創造主であることを示す神話(これも様々なバリエーションがある)が存在する。
★シヴァ神と妃パールバティー(シヴァには3つの目がある;もつれた髪からガンジス川が流れ、蛇のアクセサリーに髑髏の花輪を身に着ける;体には灰ヴィブーティを塗り、虎の毛皮に座わる)