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DIARY yuutu

yuuutunna toki no nikki

室生犀星(1889 -1962)「埃(ホコリ)の中」『鶴』(1928年):この世界は、《光であって闇》、《「埃」であって「虹」》。人間は、「虹」を追って、この両価的世界のうちで、たくましく生きる。

2018-05-22 20:50:30 | 日記
 埃(ホコリ)の中 In the dust

或日(アルヒ)通りを眺(ナガ)めてゐたりしに One day, when I saw a street,
一列の楽隊の過ぎ行けり。 a line of music band passed by.
そのあとに群れたる子供ら尾(ツ)き行き At the back of its, many children followed.
我が子の姿も打交りたり、 Among them, there was my daughter.
かくて彼女は埃の中を行き Therefore she went in the dust,
自(オノズカ)ら時の過ぐるを知らず、 and naturally didn't know that time passed.
その虹の燃ゆるがごとき In the strong dust that was like a burning rainbow,
逞(タクマ)しき埃の中に成人す。 she became a mature woman.

《感想》
「埃(ホコリ)」とは、基本的に、この世のあらゆる出来事、またそれらを経験することだ。
それは、まるで楽隊のように子供たちを魅了し、彼らはその楽隊についていく。
私の娘も、その中にいた。
精神を高揚させ、たくましくさせる《燃え上がる虹》のようなこの世界、そしてその中での経験。
時の経つことに気づかない。
だが魅惑的なその「虹」の世界は、同時に「埃」だ。この世は汚辱でもある。
この世界は、《光であって闇》、《「埃」であって「虹」》、《色(シキ)であって空(クウ)》だ。
だが詩人は、人間の強さに期待をかける。彼女の娘は、この両価的世界のうちで、「虹」を追って生き、たくましく成人した。
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