DIARY yuutu

yuuutunna toki no nikki

(1)運命、(2)子に従え、(3) 死後の魂、(4) 娑婆、(5)この世、(6)「見つ」、(7)未練、(8)孤独死、(8)-2死者の魂、(8)-3惨めだ、(9)憂き世かつ浮き世

2018-07-23 23:23:58 | 日記
(1)運命
困った。君は不可避的に死ぬのだ。平均的に見てあと10年で君は死ぬ。全くうんざりだ。しかし運命だ。

(2)子に従え
体も動かなくなるだろう。カネもかかるだろう。人々の世話にもなるだろう。「老いては子に従え」と言う。「亀の甲より年の功」とも言ってられない。何とかできるのか?困った。

(3)死後の心(魂)
死後のことは考えても無駄だ。生きている間は、死後のことが絶対に分からない。とはいえ身体の諸装置が消滅すれば、心も消滅することは、経験規則で知られている。多分、自分にもこの経験規則は適用可能だろう。とすれば身体の死後、心も消滅する。君(君の身体と心)はきれいさっぱり、この世限りで終わる。心(魂)の死後の生活はない。

(4)娑婆とおさらば
あーあ、かくも、きっぱりと死ぬのだ。それはそれで、潔い。おさらばだ。娑婆とおさらばだ。「死んで花実が咲くものか」とは、その通り。

(5)この世
一方で、楽しいこと、心満たすもの、慰め、赦し、美味しいもの、共感、善意、快楽、友情、堅実さ、尊敬などの肯定的なものおよび美徳は、この世にしかない。他方で、悲しいこと、心を悩ますもの、苛立ち、復讐、まずいもの、憎悪、悪意、苦痛、敵意、虚栄、侮蔑などの否定的なものおよび悪徳は、この世にしかない。かくもこの世は豊かで、面倒くさい。

(6)「見るべきほどのことは見つ」
さっさと死ぬのがいいのかもしれない。平知盛は「見るべきほどのことは見つ」と言った。

(7)未練
だがまだ未練がこの世にある、あと10年程度、生きてみてもいい。急いで虚無に向かわなくていい。

(8)孤独死
君は「孤独死」を恐れない。
(8)-2 死者の魂
死体が腐るのは、自然過程だ。生きる者が、死者の魂を幻のうちに見て、その魂の宿る肉体が腐乱していては、死者の魂が可哀そうだと思う。だから、孤独死の腐った死体は、惨めだと言われる。
(8)-3 惨めだと決めつける
しかし「孤独死」が予想される者本人に対し、「孤独死」は惨めだと決めつけるのは、行きすぎだ。

(9)憂き世かつ浮き世
死ぬのも、この世では、死ぬ前にいろいろ言われ面倒くさい。これも憂き世だ。もちろんこの世は、浮かれた浮き世でもある。
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