※浮世博史(ウキヨヒロシ)「もう一つ上の日本史、『日本国紀』読書ノート、近代~現代篇」(2020年)「敗戦と戦争」の章(315-384頁)
(84)百田氏の誤り①:幣原喜重郎内閣は「改正の草案」を作ったわけでない!松本蒸治国務大臣が「ほとんど一人で起草」した「松本試案」があっただけだ! (325頁)
C 百田尚樹『日本国紀』は次のように述べる。「1945年10月、GHQは日本政府に対し、大日本国憲法を改正して新憲法を作るように指示した。・・・・幣原幣原喜重郎内閣は改正の草案を作ったが、発表前に毎日新聞社に内容をスクープされてしまう。草案のなかに『天皇の統治権』を認める条文があるのを見たマッカーサーは不快感を示し、GHQの民政局に独自の憲法草案の作成を命じた。」(百田411頁)
C-2 百田氏の誤り①:幣原喜重郎内閣は「改正の草案」を作ったわけでない。幣原喜重郎内閣のもとに憲法問題調査委員会(委員長・松本蒸治国務)が設置され、松本蒸治国務大臣が「ほとんど一人で起草」した「松本試案」があっただけだ!(325頁)
C-2-2 「松本試案」は「明治憲法とほぼ同じ内容」だった。「日本政府が自ら民主的憲法の草案を作ることを期待したマッカーサーは失望した」。(325頁)
(84)百田氏の誤り①:幣原喜重郎内閣は「改正の草案」を作ったわけでない!松本蒸治国務大臣が「ほとんど一人で起草」した「松本試案」があっただけだ! (325頁)
C 百田尚樹『日本国紀』は次のように述べる。「1945年10月、GHQは日本政府に対し、大日本国憲法を改正して新憲法を作るように指示した。・・・・幣原幣原喜重郎内閣は改正の草案を作ったが、発表前に毎日新聞社に内容をスクープされてしまう。草案のなかに『天皇の統治権』を認める条文があるのを見たマッカーサーは不快感を示し、GHQの民政局に独自の憲法草案の作成を命じた。」(百田411頁)
C-2 百田氏の誤り①:幣原喜重郎内閣は「改正の草案」を作ったわけでない。幣原喜重郎内閣のもとに憲法問題調査委員会(委員長・松本蒸治国務)が設置され、松本蒸治国務大臣が「ほとんど一人で起草」した「松本試案」があっただけだ!(325頁)
C-2-2 「松本試案」は「明治憲法とほぼ同じ内容」だった。「日本政府が自ら民主的憲法の草案を作ることを期待したマッカーサーは失望した」。(325頁)