King Diary

秩父で今日も季節を感じながら珈琲豆を焼いている

花を愛でるこころに

2017年05月15日 11時20分30秒 | 珈琲
日曜のお客様は一味違うというか色々な
人が来店されます。

ゴールデンウィークがおわり、地元の人に
やっと出かけられるといった雰囲気を持つ人や
今度は自分たちのイベントがあるという人や
はたまた未だに秩父が一面の花に覆われた地だ
という認識で来る人もいます。

ゴールデンウィーク中は当店の前の道など人通りが
絶え、実にひっそりしたものでしたが、今頃になり
芝桜の看板に誘われるまま駅から一山越えて芝桜の
丘に行ったら花はなかったと残念がる人がいました。

市がなぜもうすっかり花がなくなった芝桜の丘への
立て看板を立て続けるのか謎ですが、おもてなしの
ステッカーなどを配り観光に力を注ぐなら駅から
羊山を越えて歩いた末に花のすっかり終わった丘を
見せられ何を思うか思い至らないのでしょうか。

でも、その観光のお客様もそもそもの目的は芝桜の丘
ではないようでたまたま看板が出ていたから歩いただけ
のようで、さらに話してみると花が好きということでも
ないようでした。

平安貴族の花一輪を添えた文など現代でも授業で学ぶ
古典とは何を学ぶものだったのでしょうか。

今NHKの100分で名著は三国志を取り上げていますが、
こんなのは授業などではとりあげないものですが、
三国志好きは非常に多く、私も何度か小説の三国志は
読んでいます。

過去に学ぶということは今がどうして出来上がったを
知るとともに実は抑圧された自分の心を知ることでも
あるのです。

旅の場合は自分の解放であり、花一面の丘に立つ自分を
想像するだけでとどまらずそれを実行に移す行動であり、
直接の解放行動です。

だから別に花に対する思いは人それぞれで花に思い入れは
なくても花に詳しくなくても思いの統一は可能で人を
動かすこともできるのです。

心の解放は人との会話や一杯の珈琲からでも行えます。

天下三分の計ではありませんが、人それぞれの思いを
手段と目的でなすことは可能なのです。

まずは基本の香りからですが、珈琲の香りとして知る
ものは缶コーヒーなどに付けられた香料のもので本物の
香りは違います。

当店に入ってくると庭に立ち込める匂いに鯛焼きのような
臭いという人がいます。

この甘い香りが珈琲と知る人はかなり遠くからこれをとらえて
来店されます。

季節のブレンド『颯々』が歩いた甲斐になったといわれ
役を果たせた気分です。







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