明くる日、リアンは仕事を終えると、ヴァナディースの指定した住所へと向かった。
重工業地帯特有の臭気を含んだ風が海からの湿った空気を運び、茹だるような暑さが相まって、心地良いドライブとはほど遠い重苦しさ。
スタジアムの横目にハイウェイを降り、煌びやかな繁華街を抜けると、ロームで覆われた起伏の激しい台地と狭小な削剥谷地形が点在する別の世界へと変貌する。
車一台がやっと通れるような道を左右に折れながら指定された住所あたりにつくと、木造モルタル二階建ての古びたアパートの前で車を止めた。
たぶんここだろう。土地と建物はある種独特の感情を放つ。
近づけば近づくほどに臭気を発する。廃棄物処分場に居たことのある人間なら理解できる独特の臭いというものが、あちらこちらから漏れ溢れて周囲を浸食している。
アパート名『グラズヘイム829』
極ありふれた外観の古アパートの共有廊下に目をやると、一部屋だけ壊れた家電製品を野積みしている部屋がリアンの視野に入った。
扉の前に立ってみると、臭気の発生源であることは誰でも分かるであろうくらいの臭いを発生させていた。
このような場所には表札はない。ノックをしてみたが返事は帰ってこない。
待ち合わせ時間は過ぎているが仕方なく暫く周囲の様子を窺っていると、闇苅に明滅する蛍光外灯の先に、犬を連れた細身の女性の姿がゆっくりと近づいてくる。
外出には不似合いな垢ぎれたシャツにハーフパンツ。
着衣の選択、衣類の皺、洗剤の香り...
社会とそのヒトの接点の持ち方は、そういうものからもにじみ出てくる。
彼女の着衣からは、洗濯という言葉の連想は描き出されない。
微笑みながらこちらに近づいてくる女性。
ミニチュアダックスを連れたこの女性がヴァナディース。
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