planetary days,

不惑とか嘘だよ。惑う惑う。ふらふらと。

スティーブ・ジョブズとデニス・リッチー

2011年10月14日 | (´・ω・`)
立て続けに、コンピュータの発展に貢献した偉大な先人の訃報に接することになるとは。

スティーブ・ジョブズは、ICT産業に興味がある人なら、知らない人の方が少ない有名人だ。
先進的なアイディアを商品にする事にかけては、彼ほどの手腕を持った人はいなかった。
70年代終盤、マイコンがパソコンに変わる時代、憧れのAppleIIを生み出した片割れであり、象牙の塔に収まっていたAltoをLisaとして、そしてMacintoshとして一般ユーザの手に届けた衝撃。
結局それ単体では成功とは言えなかったが、単なるOSではなく、静的オブジェクトが主流だったアプリケーションプログラムにレートバインディングを取り込み、AppBuilderによるGUIプログラミングの先鞭をつけたNeXT STEPを世に送り出し。
一度は追われたAppleに舞い戻って、MacOSを大胆に変更し、iMacからiPhoneまで時代の先端を走り続けたジョブズ。
正直、最近のapple製品はユーザに対してフレンドリーであろうとするあまりに、開発者とユーザの間の敷居が高く、いまいち感じ悪いと思ってもいたが。
それでも、ジョブズがウォズと組んでAppleIIとMacintoshを世に送り出していなければ、コンピュータは道具のままで、文化まで至らなかったのではないかとさえ思います。

彼の死とほぼ同時にリリースされたiPhone4S。前評判では5になってなくてガッカリ、という感じだったけれど
for Steve で 4S なんじゃないかという憶測を小耳にはさんでちょっと納得しかけました。

ジョブズの訃報の約一週間後、こちらは一般の人々にはあまりなじみのない人だけれど、
UNIXとC言語の生みの親の一人、デニス・リッチ-の訃報が届きました。
K&Rと略される事の多い、石田先生監訳のカーニハン&リッチー著の教科書はCを学ぶ者にとってのバイブルでした。
1980年代初頭、それまでカセットテープしかなかったマイコンの世界がフロッピーディスクやハードディスクのついたパソコンに変わる時代、ソフトウェアもBASICと機械語モニタの世界からC言語とDOSの世界に大きく変貌し、Cを知らずんば人にあらず、ぐらいの勢いでCがポピュラーなプログラミング言語として浸透して行きました。
unixの移植をするために開発されたネイティブコンパイラであり、言語の仕様と「その言語で出来ること」が完全に切り離されていたために、ありとあらゆるプラットホームにCが移植された事。もうひとつ、データ型の拡張が可能であったこと。Cの本質は、そのあたりにあるのではないかと考えたりします。
圧倒的なプログラミング人口と、柔軟な言語仕様はソフトウェア開発の世界に今なお影響を残しています。
Cにstructと*func()がなければ、今のオブジェクト指向プログラミングの潮流は生まれなかったと言っても過言じゃない。
どんなに便利になっても、カーネルレベルの操作や性能重視の局面ではCかC++でのコーディングが出てきます。

今、ソフト開発をやっている人間の多くが一度は触ったことがあるC言語の製作者の死は、ジョブズの死も相俟って、一つの時代の区切りを感じさせます。

マイクロコンピュータチップが世に出て40年。
マウスとGUIがパソコンのUIとして世に出てから30年。
NewtonやZaurusなどのPDAが世に出てから20年。
PC文化は、これからどこへ向かうのだろう。
コメント
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