日本語の「は」と「が」について。

象は鼻が長い=∀x{象x→∃y(鼻yx&長y)&∀z(~鼻zx→~長z)}。
とりあえず「三上文法」を「批判」します。

(224)「括弧」の方が「返り点」よりも「簡単」で「優れてゐる」。

2019-05-16 22:17:14 | 返り点、括弧。

(01)
① ∀x{人x→∃y[(己y&~知xy&~患y)&(~知yx→患y)]}
といふ「述語論理」を、
① すべてのxについて、xが人であるならば、あるyは己(自分)であって、xがyを知らなくとも、yは患へず、yがxを知らないならば、yは患ふ。
といふ「語順」で「読む」といふことを、
① ∀x{人x→∃y[(己y&~知xy&~患y)&(~知yx→患y)]}
といふ「述語論理」を、「からへ」は、読んではゐない
といふことに、他ならない、
然るに、
(02)
白話文(中国語)」のあるものには、「返り点」を付けることは、出来ないものの、
① ∀x{人x→∃y[(己y&~知xy&~患y)&(~知yx→患y)]}
といふ「述語論理」を、
① すべてのxについて、xが人であるならば、あるyは己であって、xがyを知らなくとも、yは患へず、yがxを知らないならば、yは患ふ。
といふ「語順」で「読む」のであれば、
① レ、レ、レ 二 一、レ レ、レ 二 一、レ
といふ、「返り点」が、付くことになる。
然るに、
(03)
① ∀x{人x→∃y[(己y&~知xy&~患y)&(~知yx→患y)]}
から、「括弧」を除き、
① ∀x人x→∃y己y&~知xy&~患y&~知yx→患y
とした上で、
① ∀x人(x)→∃y己(y)&~〔知(xy)〕&~〔患(y)〕&~〔知(yx)〕→患(y)
とするならば、
① すべてのxについて、xが人であるならば、あるyは己であって、xがyを知らなくとも、yは患へず、yがxを知らないならば、yは患ふ。
といふ、「語順」で読むことが、出来る。
然るに、
(04)
そこで述語論理では「人間」と「動物」のAのような関係を表わすのに、
 動物(人間)
と表示する。そしてこれを記号化して、
 F(a) または( )を省略して、Fa
というように書く(沢田允茂、現代論理学入門、1962年、116頁)。
従って、
(03)(04)により、
(05)
 人x=人(x)=人間(x)
といふ「3つ」は、「述語論理学」として、「三つ」とも、「正しい」。
然るに、
(06)
「~」=「¬」 であるため、
「~」=「不」 でも、構はない。
従って、
(06)により、
(07)
① ~〔知(yx)〕 は、
② 不〔知(yx)〕  であっても、構はない。
然るに、
(08)
② 不〔知(yx)〕 を、
② 不〔知(我彼)〕 に換へた上で、更に、
③ 我不〔知(彼)〕 とすならば、そのまま、「漢文」になる。
然るに、
(09)
③ 我不〔知(彼)〕。
に於いて、
③ 不〔 〕⇒〔 〕不
③ 知( )⇒( )知
といふ「移動」を行ふと、
③ 我不〔知(彼)〕⇒
③ 我〔(彼)知〕不=
③ 我〔(彼を)知ら〕ず=
③ 私は、彼を知らない。
といふ「漢文訓読」が、成立する。
然るに、
(10)
漢語における語順は、国語と大きく違っているところがある。すなわち、その補足構造における語順は、国語とは全く反対である。しかし、訓読は、国語の語順に置きかえて読むことが、その大きな原則となっている。それでその補足構造によっている文も、返り点によって、国語としての語順が示されている(鈴木直治、中国語と漢文、1975年、296頁)。
従って、
(09)(10)により、
(11)
③ 我不知彼=
③ 我不〔知(彼)〕⇒
③ 我〔(彼)知〕不=
③ 我〔(彼を)知ら〕ず。
といふ「漢文訓読」に於ける。
③ 〔 ( ) 〕
といふ「括弧」は、ただ単に、「訓読語順」を表してゐるのではなく、
③ 我不知彼。
といふ「漢文の、補足構造」を、表してゐる。
従って、
(11)により、
(12)
④ 我不知彼等=
④ 我不〔知(彼等)〕⇒
④ 我〔(彼等)知〕不=
④ 我〔(彼等を)知ら〕ず。
といふ「漢文訓読」に於ける。
④ 〔 ( ) 〕
といふ「括弧」は、ただ単に、「訓読の語順」を表してゐるのではなく、
④ 我不知彼等。
といふ「漢文の、補足構造」を、表してゐる。
然るに、
(13)
③ 我不〔知(彼)〕。
④ 我不〔知(彼等)〕。
に於いて、「返り点」は、
③ レ レ
③ レ 二 一
である。
然るに、
(14)
【彼】ヒ ① か。かれ。(イ)三人称の代名詞。あの人。あの人々
(大修館、デジタル漢和辞典、2019年)
従って、
(12)(13)(14)により、
(15)
③ 我不〔知(彼)〕。
④ 我不〔知(彼等)〕。
に於いて、「補足構造」だけでなく、「意味」も「同じ」である場合であっても、
③ レ レ
③ レ 二 一
といふ「返り点」は、「同じ」ではない
従って、
(11)~(15)により、
(16)
③ 我不〔知(彼)〕。
④ 我不〔知(彼等)〕。
に於ける、
③ 〔 ( ) 〕
④ 〔 ( ) 〕
といふ「括弧」は、「補足構造」を表してゐる一方で、
③ 我不彼。
④ 我不彼等
 に於ける、
③ レ レ
③ レ 二 一
といふ「返り点」は、「補足構造」を、「不十分」にしか、表してゐない
然るに、
(17)
しかし、これは簡単に解決できる。すべて一二点に変換すればいいのである。一二点は無限にあるから、どんなに複雑な構文が出現しても対応できる。実際、一二点しか施していないものも過去にはあった。
といふ風に、述べる人(漢文の、女性の先生?)がゐる。
然るに、
(18)
一二点しか施していないものも過去にはあった。
といふことは、本当かだうか、分からないものの、「一二点」だけでは、「読みにくい」。
(19)
例へば、
⑤ 十 八 二 一 七 五 四 三 六 九
⑥ 十 八 二 一 九 五 四 三 七 六
に於いて、
⑤ の「順番」は、「漢文訓読」の「語順」であっても、
⑥ の「順番」は、「漢文訓読」の「語順」では、有り得ない
(20)
(ⅰ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・・・・・
(ⅱ)上 中 下
(ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(ⅳ)天 地 人
に於いて、
(ⅳ)の中に、(ⅲ)が入り、
(ⅲ)の中に、(ⅱ)が入り、
(ⅱ)の中に、(ⅰ)が入る。
然るに、
(21)
⑤ 十 八 二 一 七 五 四 三 六 九
⑥ 十 八 二 一 九 五 四 三 七 六
は、それぞれ、
⑤ 乙 下 二 一 中 三 二 一 上 甲
⑥ 乙 下 二 一 甲 三 二 一 中 上
であるものの、
⑤ 乙 下     中       上 甲
に対して、
⑥ 乙 下     甲       中 上
の場合は、
(ⅲ)の中に、()が入ると、同時に
)の中に、(ⅲ)が入ってゐる。
従って、
(21)により、
(22)
⑤ 乙  二 一  三 二 一  甲
  二 一  三 二 一  上
を見れば、
⑥ が、ヲカシイことは、「一目瞭然」であるものの、
⑤ 十 八 二 一 七 五 四 三 六 九
⑥ 十 八 二 一 九 五 四 三 七 六
を見ても、
⑥ が、ヲカシイことは、「一目瞭然」ではない
然るに、
(23)
ヲカシナの順番」と「さうでない順番」を、「直ぐに見分ける」ことが出来る
といふことは、
⑤ 十 八 二 一 七 五 四 三 六 九
⑥ 十 八 二 一 九 五 四 三 七 六
よりも、
⑤ 乙 下 二 一 中 三 二 一 上 甲
⑥ 乙 下 二 一 甲 三 二 一 中 上
の方が、「読み易い」といふことに、他ならない
然るに、
(24)
ここでは、「説明」は、控へるものの、
⑤ 乙〈下{二(一)中[三〔二(一)〕上]}甲〉
⑥ 乙{下[二(一)甲}三〔二(一)〕中(上)]
に於いて、
⑤ は、「返り点」と「括弧」であるものの、
⑥ は、「返り点」ではないし、「括弧」でもない
然るに、
(25)
通常の包含関係に従って甲乙点を打った後、その外側で四つの返り点が必要になったら、どうするのでしょうか。天地人点(の三つ)では足りません。その場合も、やはり、次のやうに、甲乙点と天地人点の順序逆転させるしかないのです。そのような例を一つ示しましょう。根気のよい方は、訓読に従って字を逐ってみてください。あまりの複雑さゆえに嫌気のさす方は、読み飛ばしても結構です
何ぞ人をして韓の公叔に謂ひて秦の敢へて周を絶つて韓を伐たんとするは、東周を信ずればなり、公何ぞ周に地を与へ、質使を発して楚に之かしめざる、秦必ず楚を疑ひ、周を信ぜざらん、是れ韓伐たれざらん曰ひ、又秦に謂ひて韓彊ひて周に地を与ふるは、将に以て周を秦に疑はしめんとするなり、周敢へて受けずんばあらず曰は令めざる
何不人謂韓公叔秦之敢絶周而伐韓者、信東周也、公何不周地質使上レ楚、秦必疑楚、不周、是韓不伐也、又謂秦曰、韓彊与周地、将以疑周於秦也、周不敢不受。
(これならわかる返り点、古田島洋介、九一頁改)
然るに、
(26)
何不〈令{人謂(韓公叔)曰[秦之敢絶(周)而伐(韓)者、信(東周)也、公何不〔与(周地)発(質使)之(楚)、秦必疑(楚)、不〔信(周)〕、是韓不(伐)也、又謂(秦)曰、[韓彊与(周地)、将〔以疑(周於秦)〕也、周不〔敢不(受)〕
〈{人(韓公叔)謂秦之敢(周)絶而(韓)伐者、(東周)信也、公何〔(周地)与(質使)発(楚)之〕不、秦必(楚)疑、〔(周)信〕不、是韓(伐)不也曰、又(秦)謂、韓彊(周地)与、将〔以(周於秦)疑〕也、周〔敢(受)不〕不曰}令〉
何ぞ〈{人をして(韓の公叔に)謂ひて秦之敢へて(周を)絶つ而(韓を)伐んとする者、(東周を)信ずれば也、公何ぞ〔(周に地を)与へ(質使を)発して(楚に)之かしめ〕不る、秦必ず(楚を)疑ひ、〔(周を)信ぜ〕不らん、是れ韓(伐たれ)不らん也と曰ひ、又(秦に)謂ひて、韓彊ひて(周に地を)与ふるは、将に〔以て(周を於秦に)疑はしめんとする〕也、周〔敢へて(受け)不んば〕不ずと曰は}令め 不る
従って、
(25)(26)により、
(27)
何不令人謂韓公叔曰秦之敢絶周而伐韓者信東周也公何不与周地発質使之楚秦必疑楚不信周是韓不伐也又謂秦曰韓彊与周地将以疑周於秦也周不敢不受。
のやうに、「極端に長い、ワンセンテンスの漢文」であっても、
〈 { [ 〔 ( ) 〕 ] } 〉
といふ、「五組の、括弧」があれば、「十分」である。
然るに、
(28)
「括弧」が、
(ⅰ)〈 { [ 〔 ( ) 〕 ] } 〉
だけであるのに対して、
「返り点」は、
(ⅰ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・・・・・
(ⅱ)上 中 下
(ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(ⅳ)天 地 人
(ⅴ)レ 一レ 上レ 甲レ 天レ
といふ風に、「種類」だけで、「五種類」もあるし、
(ⅴ) は、
(ⅰ)一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 ・・・・・
(ⅱ)上 中 下
(ⅲ)甲 乙 丙 丁 戊 己 庚 辛 壬 癸
(ⅳ)天 地 人
の、それぞれの「」にも、「」にも、「現れる」。
加へて、
(29)
 漢文の返り点は大体の標準があったが、細かいところには違いがあった。
例えば、
(A) 欲捨 之
(B) 欲 捨 之
(C) 我将 彼而不一レ 吾力 焉。
(D) 我将 彼而不上レ 吾力 焉。
 これをどちらにするか協議したが、私が明治四十五年三月二十九日の
官報に掲載された「漢文の句読・返点・添仮名・読方法」に従って、(A)に
従うのがよいとし、(C)(D)はそれに記載がないが、「上・下」「上・中・下」
は「一・二・三」などをまたいで読むときに用いるものであるから(C)を用いるのがよいと決めた。
(原田種成、漢文のすすめ、一九九二年、一一二頁改)
然るに、
(30)
「括弧」の場合は、
(A)欲取‐捨之
(B)我将任彼而不用吾力焉。
であれば、固より、
(A)欲〔取‐捨(之)〕。
(B)我将[任(彼)而不〔用(吾力)〕]焉。
といふ風に、それぞれが、「一通り」しかない。
加へて、
(31)
(D)我将 彼而不上レ 吾力 焉。
(E)我将 彼等 而不上レ 吾力 焉。
(F)知小節 而恥 功名不上レ 于天下 也。
(G)使 學者皍 凡天下之物、莫上レ 其已知之理、益々極 之、以求上レ 乎其極
のやうな「返り点」は、すなはち、
(D)下 レ 上レ 二 一
(E)下 二 一 上レ 二 一
(F)下 レ 二 一 中 上レ 二 一
(G)下 二 一 上レ 下 二 一 レ 上レ 二 一
のやうな「返り点」は、「読み易い」とは、言へない。
加へて、
(32)
「ユニコード(Unicode)」にも、「一レ、上レ、甲レ、天レ」他が無い。
加へて、
(33)
「括弧」は、「横書き」だけなく、「縦書き」でも、「同じやうに、見やすい」。
従って、
(01)~(33)により、
(34)
「括弧」の方が「返り点」よりも「簡単」で「優れてゐる」。
(35)
「括弧の、唯一の弱点」は、「テストには、出ないため、漢文をいやいや学んでゐる生徒にとっては、それに習熟しようとする、インセンティブが、働かない」ことである。

(223)「不患人之不己知」の「述語論理」。

2019-05-16 16:40:30 | 漢文・述語論理

(01)
① 不患人之不己知、患不知人也=
① 不[患〔人之不(己知)〕]、患[不〔知(人)〕]也⇒
① [〔人之(己知)不〕患]不、[〔(人)知〕不]患也=
① [〔人の(己を知ら)ざる〕患へ]ず、[〔(人を)知ら〕ざるを]患ふるなり=
① 人が自分を知ってくれないことは心配せず、人を知らないことを心配する(三省堂、明解古典学習シリーズ16、論語 孟子、1973年、14頁)。
然るに、
(02)
(a)
1    (1)∀x{人x→∃y[(己y&~知xy&~患y)&(~知yx→患y)]}      A
1    (2)   人a→∃y[(己y&~知ay&~患y)&(~知ya→患y)]       1UE
 3   (3)   人a                                   A
13   (4)      ∃y[(己y&~知ay&~患y)&(~知ya→患y)]       23MPP
  5  (5)          己b&~知ab&~患b & ~知ba→患b         A
  5  (6)          己b&~知ab&~患b                   5&E
  5  (7)                        ~知ba→患b         5&E
   8 (8)                 ∃y(己y&~知ya&~患y)        A
    9(9)                    己b&~知ba&~患b         A
    9(ア)                       ~知ba             9&E
    9(イ)                            ~患b         9&E 
  5 9(ウ)                             患b         7アMPP
  5 9(エ)                         ~患b&患b         イウ&I
  58 (オ)                         ~患b&患b         89エEE
  5  (カ)                ~∃y(己y&~知ya&~患y)        8オRAA
  5  (キ)      ∃y(己y&~知xy&~患y)                   6EI
  5  (ク)      ∃y(己y&~知xy&~患y)&~∃y(己y&~知ya&~患y)  カキ&I
13   (ケ)      ∃y(己y&~知xy&~患y)&~∃y(己y&~知ya&~患y)  45クEE
1    (コ)   人a→∃y(己y&~知xy&~患y)&~∃y(己y&~知ya&~患y)  3ケCP
1    (サ)∀x{人a→∃y(己y&~知xy&~患y)&~∃y(己y&~知ya&~患y)} コUI
(b)   
1  (1)∀x{人x→∃y(己y&~知xy&~患y)&~∃y(己y&~知yx&~患y)} A
1  (2)   人a→∃y(己y&~知ay&~患y)&~∃y(己y&~知ya&~患y)  1UE
 2 (3)   人a                                   A
12 (4)      ∃y(己y&~知ay&~患y)&~∃y(己y&~知ya&~患y)  23MPP
12 (5)                      ~∃y(己y&~知ya&~患y)  4&E
12 (6)                      ∀y~(己y&~知ya&~患y)  5量化子の関係
12 (7)                        ~(己b&~知ba&~患b)  6UE
12 (8)                       ~己b∨~~知ba∨~~患b   7ド・モルガンの法則
12 (9)                      ~己b∨(~~知ba∨~~患b)  8結合法則
12 (ア)                       己b→(~~知ba∨~~患b)  9含意の定義
12 (イ)                       己b→( ~知ba→~~患b)  ア含意の定義
12 (ウ)                       己b→( ~知ba→  患b)  イDN
12 (エ)       ∃y(己y&~知ay&~患y)                  4&E
  オ(オ)          己b&~知ab&~患b                   A
  エ(カ)          己b                            オ&E
12エ(キ)                            ~知ba→  患b   ウカMPP
12エ(ク)         (己b&~知ab&~患b)&(~知ba→患b)        オキ&I
12エ(ケ)      ∃y[(己y&~知ay&~患y)&(~知ya→患y)]       クEI
12 (コ)      ∃y[(己y&~知ay&~患y)&(~知ya→患y)]       エオケEE
1  (サ)   人a→∃y[(己y&~知ay&~患y)&(~知ya→患y)]       1コCP
1  (シ)∀x{人x→∃y[(己y&~知xy&~患y)&(~知yx→患y)]}      サUI
従って、
(02)により、
(03)
② ∀x{人x→∃y[(己y&~知xy&~患y)&(~知yx→患y)]}
③ ∀x{人x→∃y(己y&~知xy&~患y)&~∃y(己y&~知yx&~患y)}
に於いて、
②=③ である。
然るに、
(04)
② ∀x{人x→∃y[(己y&~知xy&~患y)&(~知yx→患y)]}
③ ∀x{人x→∃y(己y&~知xy&~患y)&~∃y(己y&~知yx&~患y)}
は、それぞれ、
② すべてのxについて、xが人であるならば、あるyは己(自分)であって、xがyを知らなくとも、yは患へず、yがxを知らないないならば、yは患ふ。
③ すべてのxについて、xが人であるならば、あるyは己(自分)であって、xがyを知らなくとも、yは患へず、あるyは己(自分)であって、yがxを知らなくとも、yは患へない。といふことはない。
といふ、「意味」である。
然るに、
(05)
② xがyを知らなくとも、yは患へず、yがxを知らないならば、yは患ふ。
に於いて、
② x=人
② y=自分
といふ「代入(置換)」を行ふと、
② 人が自分を知らなくとも、自分は患へず、自分が人を知らないならば、自分は患ふ。
となって、このことを、「敷衍」をすると、
② 人が、自分を知ってくれないことは心配せず、自分が、人を知らないことを心配する。
といふ、「意味」になる。
従って、
(01)~(05)により、
(06)
① 不患人之不己知、患不知人也=
① 不[患〔人之不(己知)〕]、患[不〔知(人)〕]也⇒
① [〔人之(己知)不〕患]不、[〔(人)知〕不]患也=
① [〔人の(己を知ら)ざる〕患へ]ず、[〔(人を)知ら〕ざるを]患ふるなり=
① 人が自分を知ってくれないこは心配せず、人を知らないことを心配する。
といふ「漢文・訓読」は、
② ∀x{人x→∃y[(己y&~知xy&~患y)&(~知yx→患y)]}
③ ∀x{人x→∃y(己y&~知xy&~患y)&~∃y(己y&~知yx&~患y)}
といふ「述語論理」に、相当する。
然るに、
(07)
否定文で、目的語代名詞の場合、VとOの語順が逆になって、「否定+O+V」となる。
(三省堂、明解古典学習シリーズ16、論語 孟子、1973年、14頁)
従って、
(06)(07)により、
(08)
① 不知=否定++V。
であって、
① 不知=否定+V+
ではない。
従って、
(08)により、
(09)
① 不知 =否定++V。
であるため、
① 不知者=否定++V+者。
であるはずである。
従って、
(09)により、
(10)
① 不知者=否定++V+者。
であるならば、
① 不如者=否定++V+者。
である、はずであるが、何故か、「論語、学而、八」では、
① 不如者=否定++V+者。
ではなく、
② 不如者=否定+V++者。
といふ風に、なってゐる。