入笠牧場その日その時

入笠牧場の花.星.動物

      ’24年「秋」(26)

2024年09月05日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 呟きがすべて消えてしまった。原因は不明。本日はこの写真のみで退場します。

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      ’24年「秋」(25)

2024年09月04日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など

    とろろ昆布ではなくサルオガセ、小入笠の頭付近で
 
 午前7時45分、ようやく雲間から日が射してきた。しかしすぐまた雲の中に隠れてしまった。
 2年続く異常気象だという。そのせいで過去の事実や数値などが役に立たないということなのか、予報というより、予報とは少しばかり違ってしまった天気の結果に関する解説が多くなってきている、そんな気がする。
 ただし、災害につながるような大雨や強風、竜巻などの予報を外してはいけないので、悪天候の予想は幾分か可能性の数値を高く見て、予報に使われる言葉も「命を守る行動」などとあまり科学的ではないような表現までが使われるようになったのでは、などと言えば、また誰かから叱責されるだろう。

 牛たちが囲いへ帰ってきた。仲間を呼ぶその咆哮は苛立ち、また長雨で疲れたと言っているようにも聞こえてくる。
 昨日小入笠の頭まで行けば、頂上付近の電気牧柵が支柱まで折られて、リボンワイヤーもアルミ線も切られ、久しぶりだがひどいことになっていた。近くには牛の落し物があり、彼女らの仕業の可能性もゼロではないが、それにしてはひどすぎた。最近は牛たちの行儀は向上している。
 当然ながら鹿による被害も考えられたが、それよりかここでもイノシシの出没した跡が見られ、今年はいつになくその被害が牧場内のどの牧区でも目立つ。
 修理を終えた後で電圧を計ってみれば6千ボルト以上あった。もしかすればこれだけの電圧に初めて触れたイノシシの群れが衝撃を受け、驚きのあまり暴れた結果とも想像できる。

 ブタは賢い動物で、同類のイノシシも賢ければこれに懲りてもう同じことを繰り返さないはずと、淡い期待を抱きながら山から下りてきた。
 それにしても、鹿、イノシシ、クマ、いろいろな動物にはただただ手を焼くだけで、有効な対策が打てない。今ではどこへ行っても牧場はほぼ鹿の天国になってしまっていて、大きな群れの中には複数の雄鹿が、ほぼ成長しきった見事な角を誇らしげに見せて繁殖に励んでいる。
 これこそ異常で、牧場ばかりか、山林であればいたるところにその姿が見られ、最近では人や車から逃げようとしない鹿も多い。人も金もそれなりにかけているようだが、音頭を取る人たちがあまりに実態を知らな過ぎるのではないか。
 こんなことをしていれば、鹿対策に次いでクマでも二の舞を踏むことになる、と心配している。

 相変わらずPCの調子が良くない。そのせでいもあるまいが「指示」、「交易通報」には参った。訂正しておきました。
 
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      ’24年「秋」(24)

2024年09月03日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 秋らしい空模様ながら「台風一過」の晴天とはいかぬようだ。きょうの降水確率は55㌫で、夕方からまた雨が降るらしい。
 先日、キャンプの予約をしてきた人から最近の朝夕の気温を尋ねられ、ついぞんざいな応え方をしてしまった。きょうは暑いなとか、その逆に寒いなと思えば寒暖計を見る。
 過ぎ去った夏、今年は30度を越すかと気になっていたころは結構気温に敏感で注意していたが、今は暑くもなく寒くもないから頓着しなくなってしまった。因みに、今朝7時30分の気温は20度。

 たまに用事で里に下り、車で混雑した街中を走るとイライラする。これは若いころからの不治の病のようなものだが、先を走る車の走行の仕方に腹を立てることが多い。疲れるだけだから無視しろと言い聞かせても、気が付けばまた一人で毒づいている。
 人は、自分のできることを他人ができないと怒る、という人が少なからずいる。他に取り柄はないが、運転だけは秘かな自信を持つこの牛守がまさしくそうで、特に前しか見ず、制限速度よりかかなり低速で走る年配のご婦人は一番の苦手である。

 このごろ某県の某知事の振る舞いがテレビでよく報じられてる。この人も自分でできることが、他者にできないと立腹してしまうタイプの人なのだろう。それが原因で、つまり「パワハラ」ということで、部下が1名亡くなっている。
 当然マスコミはこの事件に飛び付き、いろいろな人が知事の資質を糾弾し、中にはそれこそ人権侵害かと思われるような発言までする人もいる。水に落ちた犬は叩けというのかも知れないが、あれも「パワハラ」ではないのだろうか。
 
 亡くなった人は管理職(局長)で、年齢的に考えても知識、経験を充分積んだ人だった思うのだが、公益通報者の立場を選びながら、最後は自ら生命を絶つしかなかったというのは非常に残念なことだ。もしかすれば、分かっていること以外の理由が、もっとあったのかも知れない。
 今や何でもこの言葉「harassment」がそれこそabuseされている。いわく「パワハラ」、「セクハラ」はよく耳にするが、「カスハラ」と来た日には驚くだか呆れてしまう。

 権力者にもいろいろな人がいる。指導する人にもいろいろなやり方がある。同様に、それに従う人、受ける人にも色々な人がいる。この陳腐な片仮名語「パワハラ」があまり安易に使われたり、伝家の宝刀になったりするのは、果たして良いことなのかと考えたりするのだが、如何だろうか。

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      ’24年「秋」(23)

2024年09月01日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 入笠山の登山口を少し伊那側に歩けば、道路を挟んで駐車場の反対側、雑草の茂る草原の中にこの碑は埋もれるようにしてあった。ひと昔前ならこの先のコナシの林の中にはキャンプ場があり、今は使えないがトイレもあって、近くのこの「開道記念碑」にも足を向ける人が結構いたらしい。しかし今は、そういう人を見かけることはまずない。
 
 碑の表には「雨風に/めげず/拓きし/十余粁」とあり、裏側には高遠町が「産業開発の一拠点とする構想を実現に移さんと」自衛隊の協力を得て「開道」にこぎつけたとある。「自衛隊第一建設群」以下の隊の名前、隊長(二等陸尉)の名が記され、隊員は「六十名」とだけある。この碑の建立者、当時の高遠町々長馬場某の名前があり、一九六三年七月と記されている。

 今もそうだが、当時はもっと自衛隊の置かれた立場は複雑であった。国民の信頼や支持を得るためにはこういう地方自治体の要望も受け入れ、林道の建設作業でも協力しなければならなかったのだろう。
 その後高遠町は伊那市と合併し、入笠を「産業開発の一拠点」とする目論見は、まさしくこの碑の現在の姿が物語っているように、そうはならなかった。
「大阿原」、「御所平峠」、「仏平峠」の名称が、観光目的で恣意的に変えられても異議を唱える人は出なかった。

 先日、駐車場の草を刈っていたら、「こっちも刈ってくれ」とあの碑が言ったような気がした。以前から気にはしていたが、考えてみれば、この林道の恩恵を最も受けている者の一人として、彼らのしてくれたことに敬意と感謝を込めてそれくらいはやらなければ申し訳ないと思った。草刈りを終えた後、ついでに腰を下ろせる丸太も置いた。
 それでも、この古いパンフレットのような入笠はもう戻ってこないだろう。



 まるで野分のような風が吹いている。台風はどうなったか、入笠には大きな被害はなかったようで、昨日上ってくる時には林道の崩落も見なかった。この10号台風で季節はまた一歩も二歩も進んだようだ。里ではそろそろ稲刈りが始まるだろう。
 牛たちは全頭が無事。今月の終わりには山を下りる。 
 
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