中央アルプスの峰々
牧閉ざす 閑日月を ほくそ笑み 丼子〈どんぶりこ)
本日をもって、一応牧を閉ざすと決めて山を下りてきた。ただし、だからと言ってこれで上との縁が切れたわけではない。まだまだ行く用事は出てくるから、とりあえず、ということになる。
これからの暮らしは里が中心になるため、まず食料と酒類を買い込んだ。その足で本屋を覗き、これから始まる無聊な里の日々に備えることにした。留守の間のわが家の主に対しては、殺鼠剤を買うことも忘れなかった。
取り敢えず本は歴史関係、もう1冊は獣害についての本が目に付き、仕事柄、一応買ってみた。何冊もこの手の本は読んだが、あまり期待は持たない。せいぜい批判的に読ませてもらう。
最近は、新しい本ばかりでなく、以前に読んだ本を読み返すことも多い。書き込みや、傍線などを読めば、以前の読者である自分とは全く異なる意見、感想を持つこともあって、それも面白い。
風呂も身を入れて掃除をし、新しい湯を張り、入れるようになる前に少し落ち葉焚きをした。落ち葉はモミジだが、その下に雑草が隠れていて、むしろボロを隠すにはそのままにしておいた方が良いような気がして、途中で止めた。
まあ、あれは小手調べのようなもので、雑草ばかりではなく、長い間放置しておいた雑多を本格的に片付けるとなったら、とても一日や二日では終わらない、というのがわが陋屋の現状である。
本を読みながら湯に浸かりたいのか、湯上りの冷えたビールを飲むためなのか、どちらとも言えないまま風呂に入る。ムー、こんなことさえ上ではなかなかできなかった贅沢である。
当たり前の生活が戻りつつある。里へ暮らしを移したことを知った友人、知人らがあんぽ柿、米、大根などの野菜を持ってきてくれた。里は便利だと話すと、それが当たり前の暮らしだと言われて返す言葉がなかった。確かに、もう外まで行って、流れ出る「有難い」冷水で米を研いだり、食器を洗うことはもうしなくても済む。
しかしそれにもかかわらず、上での不自由な暮らしを懐かしむ気持ちがないわけではなく、その思いが少しづつ湧いてきている。
小屋からいつも眺めていた権兵衛山、囲い罠やその背後の落葉松の国有林の風景。第1牧区から眺めていた霧ケ峰、そして美しが原、地平に代わるさらに遠くの峰々。特に夕暮れの迫るころ、大きな空が赫奕たる黄金の残照に染まるころ、さらに静寂を意識させる遠くから聞こえる鹿の泣く声・・・、早くも呼ばれている。
本日はこの辺で。