午後、見回りを終えて帰ってくる途中、北アルプスが一番よく見えるコーナーで車を降りた。高曇りの空に、雪を被った穂高の峰がいつになく堂々として立派に見えていたからだ。雲が絡んで山容が全て見えていたわけではなかったが、それがかえって山の風格を高め、より雄大さを感じさせてくれた。もうあの峰に立つことはないと決めた穂高でも、ああやって眺めていると遠い昔の山のことが甦ってきて、自分の人生もそんなに短いものではなかったのだと教えてくれた。
さて、また鹿の話になる。今朝も誘引場所に行ってみると、昨日の日没時に残置したヘイキューブは、またしてもなくなっていた。二日続けて同じ結果だ。やはり昨日書いたように、鹿は音をそれほど怖れないのか、あるいは短期に馴化するものなのか、またも考えてしまう。そうしたら、このことに関連して面白いことを思い付いた。
やはり午後のことだが、第2牧区から何気なく眺めたら、谷の遙か向こうの大沢山に鹿らしい黒い点が幾つか見えた。そこで、この鹿たちが爆音機の音にどう反応するかを調べてみたくなったのだ。爆音機の音は5分間隔で、牧場のどの場所にいても届く。こうして管理棟にいても聞こえる。
管理棟からカールツアイスの双眼鏡を持ち出し、まず第1検査場で黒い点が4頭の鹿であることを確認した。そして爆音機の音を待つことにした。すると、1キロ以上も離れているはずなのに、先頭の鹿の行動が止まり、こちらの方を見ているようだった。そして、再び草を食べ出したところで、破裂音。しかし、全く行動に変化はない。
もう少し近くで見ようと、先程の「人生が云々」(笑)のコーナーで待機することにした。初の沢の谷を挟んで直線で700から800メートルくらいか。爆音機と鹿の距離よりは短いが大差はない。鹿、爆音機、観察者の位置が、ほぼ正三角形に近いことになる。
そこからは、先頭が雄で、もう1頭同じように草を食べている鹿の他に2頭いて、草の上に反芻でもしているのか腹ばいになっている姿が確認できた。神経質な雄がしばらくこちらを気にしている様子だったが、大事ないと判断したのかまた元の行動に戻った。それにしてもこれだけの距離がありながら、この注意深さには驚く。
「ドカーン」貴婦人の丘の裏手に設置した爆音機の音がした。(つづく)
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