超人少年伝説

源氏物語千年 紫式部が突然現れ 紫式部氏思想を書くことになった

感動小説はピカレスクである

2009-04-29 07:30:43 | Weblog
アメリカを破壊したのはハリウッドとディズニーランドである。
大統領は、国民に選ばれその代行をしたに過ぎない。

人をいい気持ちにして、金をむしり取り、
脳みそ壊して、
現世を悪党に丸投げさせ、
社会を破壊した。

その犯人は感動物語である。

*。
日本では秀吉の草履伝説により、
すっかりいい気持ちにさせられ、
かくして悪党に現実を丸投げし、
人々は悪党から金を貰って生き、
かくして現実は悪の世界となった。

*。
感動小説はピカレスクでなく、
ピカレスクそのものであった。

悪漢や悪党は、
人をいい気持ちにして、
脳みそ壊し、
悪党に現実を支配させ、
人と社会は悪党の餌食とした。

和歌は何故一人称詩なのか

2009-04-29 07:00:30 | Weblog
源氏物語などに何故主語がないか。

それはイマジネーションの世界だから。

西欧は真理の世界を求めた。

*。
イマジネーションはホログラフィーであり、
それは現実の事実をホログラムとし、
人はその実現装置となり、
主語は消え、一人称となる。

*。
その結果、一人称衝動の世界に留まる人と、
それをイマジネーションに展開する文化とに分かれた。

前者が人情世間体のお上日本で、
後者がクールジャパンの世界だ。

合わせて日本となった。

*。
西欧は三人称客観の世界に展開した。
国家と国民を同一化した。

その文明は自然に外在する。

日本は自然に内在していた。

日本の西欧が入って、
西欧文明をモノとして扱い、
その統合性を失った。

   *。
日本の西欧化産業は、
西欧をモノ化し、モノを記号化し、
西欧の箱庭を作った。

ここの西欧と自然の境界は消滅し、
現実そのものをシミュラークルし、
自然と西欧から、
モノを記号化したコピペ文明が成立した。

これが西欧の箱庭化文明だ。

      *。
日本の西欧の箱庭化文明は、
部分と全体の差異を消去し、
文明を国家の機能に変えることに成功した。

日本の西欧化産業は、
最早葛藤を覚えることなく、
日本と自然の破壊を西欧化とし、
楽しく消費する。

ここに日本でも西欧でもなく、
人間でも人類でもない、
サイケデリックで、インターナショナルな、
アブストラクト文明が成立した。

*。
一体これはなんだろうか。

日本柔道忍者の仕業だ。

この文明こそ、世界の悪をリセットする機能を持つ。

西欧文明に日本文明を衝突させると、
そこの幽霊文明が発生し、
それが人類真実の文明となる!

閉塞感と心の理論

2009-04-29 06:19:43 | Weblog
外部に閉じた自己や組織には、心はない。
だが衝動や感情はある。
これを日本精神とか大和魂と上書きできる。

だが心は自分と他人といった違うものの世界の共通部分として成立する。
即ち、自己オンリー部分と自他相互作用の二つの部分がある。

*。
友人や恋人関係、夫婦や家族関係は、閉じた関係だ。

そこには心はないか。

極端な話、一夫一婦制には心はないか。

恋人が浮気することは認めないことが一般だ。
この関係に心はないか。

  *。
今恋人DVが話題だ。
相手を所有することは暴力である。

お互いが相手を所有することが恋人関係でなくなった。

所有は自己と相手を同一化することだ。
するとそれ以外の他者も入って来る。

*。
かっては結婚するまでは、純潔と童貞を要求された。

今でも結婚したら浮気は離婚原因となる。

ここに心はあるか。

*。
結婚しない男女同棲も行われている。
これを制度として認めた国もある。

*。
異性間の一体化と所有感情の関係が、整理されていない。

整理できる問題でもないのかも知れない。

あいまいや不確定性関係を生きることになったのかも知れない。

すると心はどうなるのか。

       *。
あいまい系の生き方こそは、能であろう。

制度というシテ世界と心のワキ世界があり、
その間に幽霊劇を演じる。

それが真実の世界だ。
これが現実だ。

即ち、心の深層に、真実があった。

      *。
制度は地上の世界で、心は地下世界で、
その更に根底に真実世界があった。

地上は舞台で、地下が楽屋で、
そこに真実の世界を作る。

これが幽霊の世界であり、
即ち、生きることは幽霊劇をやることとなった。

*。
自己実現とか、自己責任とかは、妄想になった!

ウソの中の真実が妄想にならないことが、まともとなった。

判断は信念となった。
ここに誤信の問題が現れた。

信念が誤信かどうかのチェックが必要になった。
これがメタ判断だ。
それは幽霊として現れる。

国家や文明に心がないことの証明

2009-04-29 05:15:30 | Weblog
心の理論で心とは、
1.自分と他人の違いを認める能力を持つ。
2.他人は自分と違う信念を持つことを認めることだ。

心の理論を使うと、
教科書問題は、
他人は自分と同じでなければならないとすることであり、
他人はすべて自分と同じ信念を持たなければならないとすることだ。

即ち、自分と同じ信念を持たないことは誤りであり、
自分を冒涜するとすることだ。

*。
アメリカは自由と正義を言い、
日本は美しい日本を言う。

あらゆる人や国がこれと同じでなければならない。

同じでないものは、
神の立場に立って、こっちを断罪リンチするとして、
神の立場に立って、あっちを断罪リンチする。

自分たちだけが相手を断罪リンチ出来る。

*。
即ち、自分と他人の違いを認めず、
他人は自分と同じでなければならない。

即ち、心がない。

    *。
日本人は皆同じでなければならない。

違うものを、神の立場に立って断罪リンチする。

これがいじめ殺しであり、
犯罪者やタレントの問題行動を、
日本人皆でいじめ殺す。

こうしないものは非国民であり、
彼らにも断罪リンチする。

こうしないと美しい日本は成り立たない。

これを成り立たせようとした総理大臣は精神障害を起した。
元気を無くすか、チョー元気になるかどっちかだ。

*。
これが美しい日本であり、
自由と正義のアメリカである。

即ち、日本とアメリカには心がない。

 *。
もともと国家や文明には心がない。

人がやるのだから、人の心が継承されるはずだ。

だが現実は人の心の最悪部分が継承されている。
即ち、死の本能が強盗殺人として継承された。

*。
国家や文明は強盗殺人である。

国家や文明は、それに反対するとみなすものを、
異物排除しないと成立しない。

かくして反対者を、悪と暴力をもって排除する。

かくして国家や文明は、
悪と暴力を強化し、
その使用を正当化し、
国家と文明は悪と暴力となる。

*。
国家と文明、自由と正義、美しい国は、
悪と暴力そのものであり、
それ以外の何物でもない。

*。
即ち、国家と文明、自由と正義、美しい国は悪魔のお菓子であった。

これを食って、人は畜生・鬼畜・餓鬼となり、
悪魔地獄を作り、そこに幸福と感動を求めるのだ。

即ち、ここには心がない。