雑文の旅

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猫爺の短編小説「コレクター」

2015-02-22 | 短編小説
 世の中には変わった趣味を持つ男が居たもので、俺の親友に自称「幽霊蒐集家」と名乗る変わったヤツがいる。別に幽霊を見世物にする訳ではなく、水槽に入った幽霊を自分の部屋に並べているだけ。水槽には捕獲した場所を克明に記したタグが貼り付けられている。彼は自称霊能者で、彼の目には幽霊が見えているらしいが、俺にはさっぱり見えない。 

   「ほら、モヤモヤっとしたものが漂っているだろう」
 そう言われても、そのモヤモヤすら見えない。一言質問でもしようものなら、延々と薀蓄を傾ける。最初は、つっこみを入れてみるのだが、すぐに厭きしてしまう。 

   「そんなことをして、祟りがあるのじゃないか?」
 俺は恐る恐る質問してみた。
   「わからないが、ここに居る幽霊は祟らない」
 彼は平然と言ってのけた。
   「なぜそんなことが言えるの?」
   「毎晩、話をしているからだ」
   「幽霊とかい?」
   「そうだ、愚痴や悩みを聞いてやってるのだ」
   「それで、どのように会話するの?」
   「霊磁波だ」
 電磁波は知っているが、霊磁波なんて聞いたことがない。
   「霊磁波って?」
   「テレパシーみたいなものだと思えばいい」
   「それで、お前には幽霊がどの様に見えているんだ」
   「様々な色や形をしているが、これなどは白色光を当てるとピンク色に輝く」
   「へえー、きっと若い女の幽霊だね」
   「爺さんだよ、孤独死の」
   「こちらの大きな水槽のは?」
 うっかり勝手に蓋を開けて気が付いた。彼が血相を変えて怒るのかと思ったが、彼は平然とした顔で答えた。
   「それは、平安時代の皇女(ひめみこ)の幽霊なんだ」
   「今、うっかり蓋を開けてしまったが、逃げなかったのか?」
   「逃げたさ」
   「すまん、許してくれ」
  彼「いいさ、あの幽霊は間もなく転活をする時期に来ている、記憶が殆ど消えかかっているんだ」
   「何? 転活って?」
   「転生輪廻(てんしょうりんね)のための活動だ」?
   「どんなことをするの?」
   「天上の神様にアピールするのだよ。後は神様が指示した妊婦のところで待つ」
   「そこの子供に生まれ変わるのだね」
   「しかし悲劇も起る、堕胎されたり死産の場合は、またそこから何百年も待たねばならない」
   「その頃は、お前も俺も幽霊になっているだろうね」
   「当然だよ、二人共蒐集家に捕らえられて水槽の中かも知れない」
   「その後、俺はどうなっているだろうか?」
 「しまった!」と思った時はもう遅い、こうなると蛇に狙われた蛙で、彼の薀蓄地獄から抜け出せなくなるのだ。後は我慢して付き合うしかない。 

   「幽霊は人の魂のことで、生きている人間は魂(たましい)と魄(肉体)から為っている」
   「以前に、猫爺のブログで読んだよ」
   「死ぬと、魂(たましい)と魄(からだ)に分離するんだ」
   「魂魄(こんぱく)この世に留まりて~ っていう四谷怪談のお岩のセリフがあるね」
   「そうそう、魂が亡骸の形を留めた状態のことなんだ」
   「もう、それ位でいいよ。だんだん恐くなってくるんだから」
   「じゃあ、幽霊の捉まえ方を話そうか」

 幽霊が出る空き家があると噂を聞きつけたら、シュラフを担いで出かける。まず一晩目は様子を見て、幽霊の出てくる場所を突き止める。壁からだとわかると、次の晩はそこにポリ袋を仕掛ける。幽霊が出てくると、袋の口を紐でギュッと閉めて捕獲成功だと彼は自慢げに話す。
   「そんな酷いことをして、幽霊はあの世に行けないじゃないか」
   「実は、あの世なんて無いんだよ。死ねば、ただ空間に漂って時をまっているだけなんだ」
   「その時とは?」
   「さっき言った転生輪廻だよ、六道即ち天道、人間道、修羅道、畜生道、飢餓道、地獄道のうち、どこかに生まれ変わるんだ」

 人間、普通の人生を送り、死んで生まれ変わるのは殆どがまた人間道だ。滅多なことで修羅道や畜生道に堕ちることはない。まして、地獄道などへ堕ちることはまず無いと言って良い程だ。 

 そんな話しを聞いていると、突然縦揺れの地震がドドド。全部の水槽の蓋が開いてしまった。 殆どの幽霊は逃げ出しもせず、水槽の中でおとなしくしていたのだが、1柱だけ逃げた幽霊が居た。

   「あれは、保険金目当てにたくさんの人を殺した凶悪犯で、警察に捕まったら直ぐに自殺した女なんだ」
   「酷い女だな」
   「死んでもなお、人を殺しかねない」
   「今夜あたり、お前を殺しに来るかも知れないぞ」
   「いや、俺は大丈夫だ。それより君が心配だ」
   「何で俺が?」
   「さっき、皇女の幽霊を逃がしただろ。嫉妬しているんだ。凶悪犯の女の幽霊は、既に地獄行きが決定していて、未来永劫人間に生まれ変われない」
   「それで、俺を恨んでいるのか。筋違いだろ」
   「凶悪犯の幽霊に、筋なんかある訳ないだろ」

 俺は彼の言うことが気にはなったが、「幽霊なんて無いさ」と嘯(うそぶ)いて独り暮らしのアパートに帰宅した。夜も更けて眠ろうとすればするほど目が冴えて眠れない。そのうち、窓の隙間から「すーっ」と何かが入ってくる気配がした。 
   「出たな、幽霊」
 身構えていると、何やら幽霊の意思が伝わってきた。 

   「お前の命を取ろうとしているのは、幽霊の私ではない。親友のあの男だよ」
   「ヤツは親友だぞ。俺の命を狙う訳がない」
   「私は生命保険に入っていない人間に興味はない」
   「ヤツにも俺の命を取る必要性がない、何の得もないじゃないか」
   「そんなことはない。水槽が二つ空になったじゃないか、その一つにお前の霊を入れたいのだ」

 その時、表の戸を叩く音がした。
   「おーい、起きてるか、眠れないだろうと思って酒を持って来たぞ」
 返事をしようとしても声が出ないので、黙って布団に潜っていると、
   「なんだ物騒だなぁ、鍵がかかっていないじゃないか、入るぞ」
   「どうした、こんな夜更けに」
 掠(かす)れてはいるが、やっと声が出せた。
   「先程の話が気になって眠れないのではないかと思ってさ」
 彼はカップ酒を2つ持ってきた。2つとも蓋を開けると、「ほれ、飲めや」と勧めてくれ、先に自分が飲んだ。幽霊の言う事を信じる訳ではないが、「もしや、毒」という思いが脳裏をかすめる。幽霊が俺を殺そうとしているのか、それとも彼が俺を殺そうとしているのか、一体どっちなんだ!
   「どうした、俺が持ってきた酒に毒でも入っていると思ったのか?」
   「そんなことは無いよ」
   「じゃあ飲めよ、眠れるよ」

 その後、何が起こったのか俺には判らない。気が付けば彼の部屋の大きな水槽の中でうずくまっている自分が居た。
   「俺は死んだのか?」
   「そうらしいな」
   「お前が殺したのだろう」
   「殺したなんて人聞きが悪い」
   「俺に何をしたのだ」
 彼は高笑いをして言った。
   「お前を魂と魄に分けてやったのさ」
   「お前を呪ってやる」
   「バカ、そんなことをしたら、修羅道に落ちるぞ、いや畜生道かも知れん」
 黙りこんでしまった俺を、あざ笑うように彼は言った。
   「念の為に、生命保険に入っておくよ」
 天井裏にとどまっていた逃げた幽霊が反応して、すーっと降りてきた。
   「ん? 生命保険?」
 
  
 (昔、書いたショートショートを添削して再投稿したものです)