猫爺の連続小説「三太と亥之吉」の登場人物で、大坂(今の大阪」で生まれ育ったのは、三太と亥之吉の他、亥之吉の女房お絹である。亥之吉の息子辰吉は、江戸生まれの江戸育ちだが、両親の影響で大坂言葉気味である。
この三人の使う言葉は、江戸時代ということで誇張しているために、決して現在の子供や若者が使う言葉ではない。
「わいは、三太だす」
こんな風に喋ることはない。現代の若者は「おれは三太です」と喋る。「これのどこが大阪弁やねん」と、思われるかも知れないが、イントネーションが標準言葉とは違うのだ。
仮に言葉の音の高さを 普通のトーンを「1」 アクセントを「3」 その中間を「2」としょう。
大阪弁では、アクセントの場所が違う。
わ「1」い「1」は「1」さ「3」ん「2」た「1」だ「1」す「1」
標準言葉では、お「1」れ「2」が「2」さ「2」ん「1」た「1」で「1」す「1」と、こうなると思う。
大阪弁では、 な「1」ん「1」で「3」や「2」ね「1」ん「1」
標準言葉の人が大阪弁真似ると、アクセントの位置が違って、
な「3」ん「1」で「1」や「1」ね「1」ん「1」
ですから、文字で大阪弁を書いても、ほんとうの大阪弁ではない。そこで猫爺は、いわゆる大阪弁と船場言葉と、京都言葉、神戸言葉を混ぜこぜにして、大袈裟にすることで江戸時代の大坂言葉の雰囲気をだしているつもりである。
この三人の使う言葉は、江戸時代ということで誇張しているために、決して現在の子供や若者が使う言葉ではない。
「わいは、三太だす」
こんな風に喋ることはない。現代の若者は「おれは三太です」と喋る。「これのどこが大阪弁やねん」と、思われるかも知れないが、イントネーションが標準言葉とは違うのだ。
仮に言葉の音の高さを 普通のトーンを「1」 アクセントを「3」 その中間を「2」としょう。
大阪弁では、アクセントの場所が違う。
わ「1」い「1」は「1」さ「3」ん「2」た「1」だ「1」す「1」
標準言葉では、お「1」れ「2」が「2」さ「2」ん「1」た「1」で「1」す「1」と、こうなると思う。
大阪弁では、 な「1」ん「1」で「3」や「2」ね「1」ん「1」
標準言葉の人が大阪弁真似ると、アクセントの位置が違って、
な「3」ん「1」で「1」や「1」ね「1」ん「1」
ですから、文字で大阪弁を書いても、ほんとうの大阪弁ではない。そこで猫爺は、いわゆる大阪弁と船場言葉と、京都言葉、神戸言葉を混ぜこぜにして、大袈裟にすることで江戸時代の大坂言葉の雰囲気をだしているつもりである。