「俺は死んだのか?」
真っ暗な部屋の中で、泰智は目を覚ました。
「たしか俺は五階マンションの屋上から身を投げた」
一瞬だったが、自分が墜落していくときの感覚を記憶している。どうやら、命だけは取り留めたようだ。
「ここは病院なのか?」
それにしては暗過ぎる。視力を失ったのか。何も聞こえない。身体を動かそうとしても、瞼さえ動かない。完全閉じ込め状態なのか。
いや違う。先程から、泰智の近くにいるらしい人々の心情が読める。頻繁に近付くのは、父母に違いない。息子がこのような状態になっているのに、悲しみは伝わってこない。 寧ろ、安堵さえ覚えているようだ。
小、中、高の学生時代は虐められっ子だった。 虐めっ子に囲まれると、下を向いて黙り込んでしまう。 それが「腑抜け者」だと言って馬鹿にされ、偶に顔を上げて睨みつけると「生意気だ」と殴り倒され蹴飛ばされる。 しかし、そんな痛みは苦にはならなかった。 ただ、
「お前のようなクズは、死んでしまえ」
「社会の役立たず」
などと罵られるのが辛かった。言われるままに、虐めのその場で死んで見せたかっが、そんな勇気があろう筈もなく、重苦しく長い12年間が過ぎて職に就いても、上司やまわりの人々とのコミュニケーションがうまくとれず、すぐに辞めてしまうのだった
家族の中にあっても、四面楚歌だった。大学生の兄と高校生の弟がいるが、頭がよくてしっかり者の彼らは親の受けもいい。仕事もせずに、家の中でゴロゴロしている泰智には絶望しているらしく、邪魔者扱いだった。母親は泰智の顔をみると、グジグジと小言ばかりで、父親は、「自衛隊にでも入れ」と口癖のように言う。泰智の脆弱な体力では、自衛隊に志願しろということは「死ね」と言うに等しい。要は、長男が嫁をとるまでに出て行けということだろうと泰智は思っている。泰智とても、将来の事を考えると夜も眠れないのだ。 暗闇の中で「おや?」と思った。泰智に近づく人が、次々と代わるのだ。 「これは、焼香に違いない」と気付いた。
「俺はやはり死んだのだ」
その癖、泰智の死を悼むものは居ない。ただ、無感情に儀式に従っている人の群れだ。悲しくは無かった。寂しくもない。この後に起きることを考えても、恐ろしくはない。やがてこの身は、火葬炉の中で焼かれてしまうのだろう。
それから、どれ程の時が流れたのであろうか。再び、更に三度、人々に囲まれた。最初のそれは、最後の「お別れ」の儀式で、次のそれは「骨あげ」だったのだろう。今の自分は、闇の中を漂っているに違いないと泰智は思った。
ヒッグス粒子の影響を受けない質量ゼロの「魂」が、宇宙の中を「思い出」を伴に漂うのだ。やがてその思い出すらも、少しずつ、少しずつ薄らいで跡形もなく消えてしまう。なんだか、夢と知りつつ夢をみているような、そんな気がする。
ゆったりと、どれ程の時がながれたのであろうか。思い出がすっかり消え去った魂は、眩い光を見た。そんな気がしたのではない。確かに見ているのだ。魂は親を認識し本能のままに四本足で大地を踏みしめて立ち上がり、親の乳首を探した。
(修正再投稿) (原稿用紙4枚)
真っ暗な部屋の中で、泰智は目を覚ました。
「たしか俺は五階マンションの屋上から身を投げた」
一瞬だったが、自分が墜落していくときの感覚を記憶している。どうやら、命だけは取り留めたようだ。
「ここは病院なのか?」
それにしては暗過ぎる。視力を失ったのか。何も聞こえない。身体を動かそうとしても、瞼さえ動かない。完全閉じ込め状態なのか。
いや違う。先程から、泰智の近くにいるらしい人々の心情が読める。頻繁に近付くのは、父母に違いない。息子がこのような状態になっているのに、悲しみは伝わってこない。 寧ろ、安堵さえ覚えているようだ。
小、中、高の学生時代は虐められっ子だった。 虐めっ子に囲まれると、下を向いて黙り込んでしまう。 それが「腑抜け者」だと言って馬鹿にされ、偶に顔を上げて睨みつけると「生意気だ」と殴り倒され蹴飛ばされる。 しかし、そんな痛みは苦にはならなかった。 ただ、
「お前のようなクズは、死んでしまえ」
「社会の役立たず」
などと罵られるのが辛かった。言われるままに、虐めのその場で死んで見せたかっが、そんな勇気があろう筈もなく、重苦しく長い12年間が過ぎて職に就いても、上司やまわりの人々とのコミュニケーションがうまくとれず、すぐに辞めてしまうのだった
家族の中にあっても、四面楚歌だった。大学生の兄と高校生の弟がいるが、頭がよくてしっかり者の彼らは親の受けもいい。仕事もせずに、家の中でゴロゴロしている泰智には絶望しているらしく、邪魔者扱いだった。母親は泰智の顔をみると、グジグジと小言ばかりで、父親は、「自衛隊にでも入れ」と口癖のように言う。泰智の脆弱な体力では、自衛隊に志願しろということは「死ね」と言うに等しい。要は、長男が嫁をとるまでに出て行けということだろうと泰智は思っている。泰智とても、将来の事を考えると夜も眠れないのだ。 暗闇の中で「おや?」と思った。泰智に近づく人が、次々と代わるのだ。 「これは、焼香に違いない」と気付いた。
「俺はやはり死んだのだ」
その癖、泰智の死を悼むものは居ない。ただ、無感情に儀式に従っている人の群れだ。悲しくは無かった。寂しくもない。この後に起きることを考えても、恐ろしくはない。やがてこの身は、火葬炉の中で焼かれてしまうのだろう。
それから、どれ程の時が流れたのであろうか。再び、更に三度、人々に囲まれた。最初のそれは、最後の「お別れ」の儀式で、次のそれは「骨あげ」だったのだろう。今の自分は、闇の中を漂っているに違いないと泰智は思った。
ヒッグス粒子の影響を受けない質量ゼロの「魂」が、宇宙の中を「思い出」を伴に漂うのだ。やがてその思い出すらも、少しずつ、少しずつ薄らいで跡形もなく消えてしまう。なんだか、夢と知りつつ夢をみているような、そんな気がする。
ゆったりと、どれ程の時がながれたのであろうか。思い出がすっかり消え去った魂は、眩い光を見た。そんな気がしたのではない。確かに見ているのだ。魂は親を認識し本能のままに四本足で大地を踏みしめて立ち上がり、親の乳首を探した。
(修正再投稿) (原稿用紙4枚)