雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

猫爺のミリ・フィクション「転生」

2013-04-27 | ミリ・フィクション
   「俺は死んだのか?」

 真っ暗な部屋の中で、泰智は目を覚ました。
   「たしか俺は五階マンションの屋上から身を投げた」
 一瞬だったが、自分が墜落していくときの感覚を記憶している。どうやら、命だけは取り留めたようだ。
   「ここは病院なのか?」
 それにしては暗過ぎる。視力を失ったのか。何も聞こえない。身体を動かそうとしても、瞼さえ動かない。完全閉じ込め状態なのか。
 いや違う。先程から、泰智の近くにいるらしい人々の心情が読める。頻繁に近付くのは、父母に違いない。息子がこのような状態になっているのに、悲しみは伝わってこない。 寧ろ、安堵さえ覚えているようだ。
 小、中、高の学生時代は虐められっ子だった。 虐めっ子に囲まれると、下を向いて黙り込んでしまう。 それが「腑抜け者」だと言って馬鹿にされ、偶に顔を上げて睨みつけると「生意気だ」と殴り倒され蹴飛ばされる。 しかし、そんな痛みは苦にはならなかった。 ただ、
  「お前のようなクズは、死んでしまえ」
  「社会の役立たず」
 などと罵られるのが辛かった。言われるままに、虐めのその場で死んで見せたかっが、そんな勇気があろう筈もなく、重苦しく長い12年間が過ぎて職に就いても、上司やまわりの人々とのコミュニケーションがうまくとれず、すぐに辞めてしまうのだった

 家族の中にあっても、四面楚歌だった。大学生の兄と高校生の弟がいるが、頭がよくてしっかり者の彼らは親の受けもいい。仕事もせずに、家の中でゴロゴロしている泰智には絶望しているらしく、邪魔者扱いだった。母親は泰智の顔をみると、グジグジと小言ばかりで、父親は、「自衛隊にでも入れ」と口癖のように言う。泰智の脆弱な体力では、自衛隊に志願しろということは「死ね」と言うに等しい。要は、長男が嫁をとるまでに出て行けということだろうと泰智は思っている。泰智とても、将来の事を考えると夜も眠れないのだ。   暗闇の中で「おや?」と思った。泰智に近づく人が、次々と代わるのだ。    「これは、焼香に違いない」と気付いた。
   「俺はやはり死んだのだ」

 その癖、泰智の死を悼むものは居ない。ただ、無感情に儀式に従っている人の群れだ。悲しくは無かった。寂しくもない。この後に起きることを考えても、恐ろしくはない。やがてこの身は、火葬炉の中で焼かれてしまうのだろう。
 それから、どれ程の時が流れたのであろうか。再び、更に三度、人々に囲まれた。最初のそれは、最後の「お別れ」の儀式で、次のそれは「骨あげ」だったのだろう。今の自分は、闇の中を漂っているに違いないと泰智は思った。

 ヒッグス粒子の影響を受けない質量ゼロの「魂」が、宇宙の中を「思い出」を伴に漂うのだ。やがてその思い出すらも、少しずつ、少しずつ薄らいで跡形もなく消えてしまう。なんだか、夢と知りつつ夢をみているような、そんな気がする。

   ゆったりと、どれ程の時がながれたのであろうか。思い出がすっかり消え去った魂は、眩い光を見た。そんな気がしたのではない。確かに見ているのだ。魂は親を認識し本能のままに四本足で大地を踏みしめて立ち上がり、親の乳首を探した。

   (修正再投稿)  (原稿用紙4枚) 

猫爺のミリ・フィクション「骨釣り」

2013-04-27 | ミリ・フィクション
 長屋暮らしの独身もの八兵衛が、昼近くになって釣竿を持ってぶらり大川の堤へやってきます。今夜の酒肴(しゅこう)に、鰻でも釣るつもりでしょう。時間が時間です、釣れそうな場所には早くから来た太公望たちがびっしり。僅かな隙間に腰を下ろした八兵衛、黙って糸を垂らせばよいものを、あたりの人に大声で話しかけます。

   「あんさん、もっと静かにしなはれ、魚が皆にげてしまいますがな」
   「えらいすんまへん」

 注意されて、少しの間はおとなしくしていました八兵衛、魚に餌を取られると、根が苛らち(せっかち) ですから、もう、大騒ぎ。竿で水を叩くやら、喚(わめ)くやら八兵衛の近くにいた釣り人達は、一人去り、二人去り、誰も居なくなり、竿の方もピクリともしなくなりましたので、場所を替えようと他人の入らない葦の繁る川べりに入っていきます。
   「おーい、そんなところへ入りなさったら、危のおまっせ」
   「大丈夫だす。こう見えても、泥鰌すくいの八っあんでとおった男でおます」
   「そんなこと、関係あらへんがな」
 八兵衛、奥へ奥へと入っていき、場所を定めて糸を垂らしたとたんに、ガツンとあたりがきます。
   「ほら来た、大物や、今夜は鰻の蒲焼で一杯に有り付けそうやで」
 釣り上げて腰を抜かさんばかりに驚きます。なんと、これが人間の骸骨です。
   「わあーっ、えらいものを釣り上げてしもた、なんまいだー、なんまいだー」
 祟りがあってはいけないと、八兵衛は釣りどころではない。早々に引き揚げて旦那寺の和尚さんに持っていた有り金を渡し供養を頼みます。和尚は有難いお経をあげて、無縁仏の墓に埋葬してやります。
   「これでよろしいかな」
   「へえ、和尚さん有難うさんでござります。これで、祟りはおませんでっしゃろか?」
   「何が祟りなぞあるものか、お前さんは良いことをなすったのじゃから」
 その夜、文無しになった八兵衛、空き腹を抱えて早い目に寝てしまいます。真夜中過ぎになって、表の戸を叩く音が…。
   「もし、八兵衛さん、ちょっとここをお開け」
 艶めかしい女の声がした。
   「この夜更けに、どなたさんでござりますかいな」
   「へえ、わたしでおます、昼間お逢いしました」
 戸を開けると、そこに芸者姿の超美人が様子よく佇んでおります。
   「昼間は結構な供養をありがとうさんでおました。お蔭さんで成仏出来ることになりました」
   「えーっ、あんたおゆうさんでおますか?なんと奇麗な幽霊」
   「へえ、 この通り、足がおませんでっしゃろ」
   「わあ、ほんまや、祟やったら堪忍しておくなはれ、態と釣ったのやおまへん」
   「違いますがな、浄土へ行く前にせめてお礼と思いまして、お酒と肴を持って来ました、どうぞ、今夜はゆっくりと夜伽なと…」

 差しつ差されて、しっぽりと時を過ごしているかと思えば、唄をうたい始める、隣の熊五郎すっかり目が覚めてしまい、壁の穴から八兵衛の部屋を覗くと、美人芸者を連れ込んでいちゃいちゃしているではありませんか。
   「どないなってんのや、しけた八兵衛のところへ、あんな美人芸者が来ているなんて」
 そのうち、八兵衛の部屋では灯かりを消して、何やらもぞもぞ」
   「えーっ、そんな殺生な!」
 翌朝、熊五郎は八兵衛を捉まえで訳を訊くと、実はかくかくしかじかと、骸骨の話を聞きます。 熊五郎は「俺も」と、八兵衛から釣竿を借りると、川辺の芦原へ向かいます。

   「たしか、この辺りやと言うとったなァ」
 釣り糸を垂れると、早速、ガツンと当りがあります。
   「おっ、来たぞ、美人のお骨さんが」
 竿を上げてみると案の定、骸骨がひっかかっています。
   「大きい骸骨やなァ、そうか、ぽっちゃり型の年増芸者というところかな」
 八兵衛がやったように、旦那寺の和尚さんにお金を渡して供養してもらいます。家に帰りまだ明るい内から布団を敷いて待ち、あれこれ空想して独り言を言っています。

   「あら、兄さん、昼間はありがとうさんでおました。お蔭で極楽浄土へ行けることになりました」
   「お礼に、お酒と肴、それに、川の底に小判がありましたのでお土産に持ってきました」
   「今夜はゆっくりと、夜伽なと…、あらっ、気が速い、もう布団を敷いていますのか」
   「ささ、早うこっちへ…」
   「その前に、耳掃除でもしてあげましょうか、横になってわたいの膝枕に…」
   「あっ、そうや、わたい足無かったのや…」
 熊五郎の独り言が八五郎に聞こえたらしく、壁穴から覗いています。
   「まだ明るいうちから布団に入って、何をぶつぶつ言うとるのや」
   「今夜、ぽっちゃり年増の芸者が来るもので、うれしゅうて…」

 ようやく真夜中になりますと、八兵衛の話にたがわず、表の戸を「ドンドン」
   「それ、お骨さんがお出でになりなすった。お越しやす。今開けますさかい」
 熊五郎、喜び勇んで戸を開けますと、鎧姿の荒武者がすっく。
   「拙者、昼間そなたに供養してもらった骸骨でござる」
   「えーっ、男でしたんかいな、どうりで大きい骸骨やなあと思いましたわ」
   「お蔭で、極楽浄土へいけることになりもうした」
   「それはようございましたな」
   「そこで、お別れの前に礼をと参じた、なにも無いが夜伽なと…」
   「わーっ、要らん、要らん、男の夜伽なんか」
   「そう言わずともよかろうが、折角こうして来たのじゃから」
   「夜伽は要らんから、川底に沈んでいた小判でもあれば頂きます」
   「そんな物は無い。そのかわり…」
   「あっ、布団の中に入ってこないでくれーっ、そんなとこ、触るなっ!」

 わあわあ騒いでおりましたが、その後、熊五郎兄さん疲れて眠ってしまったというか、気絶してしまったというか、大人しくなります。翌朝になって八兵衛がやってきた。
   「よかったなァ、ぽっちゃり年増芸者と一夜過ごせて」
 熊五郎、死んだフリ。

    (上方落語「骨釣り」より)   (原稿用紙9枚)

猫爺のミリ・フィクション「大きな桃」

2013-04-21 | ミリ・フィクション
   「この島の平和はどこへ行ってしまったのでしょう」
 荒らされた田畑を眺めて、女の鬼が呟いた。 彼女の視線は、空(くう)を彷徨っている。
京の都に出没して、人を喰い財宝を奪ったと噂された鬼たちだが、財宝は先祖が身を粉にして働き、蓄え残したもので、子孫が慎ましく護り通してきたものであった。

   その、たった一つの安住の地が「鬼が島」である。
   「男ばかりか女と子供の命を奪い、先祖から引き継いできた財宝を盗み、揚々と引き揚げていったあの軍団が憎い」
   都に流れたあの噂は全くの嘘である。都の人々を殺し、財宝を奪い取ったのは人間の盗賊である。それを鬼の仕業に転嫁し、あの少年を焚き付けたのは、紛れもない「桃太郎」を育てたお爺さんとお婆さんなのだ。

 脳みそは空っぽで、ただ正義感だけが全身に詰まった桃から生まれた桃太郎こそが、いとも簡単に洗脳されてロボット化した殺人鬼なのだ。
   「先祖の墓が荒らされて、装飾品まで根こそぎだ」
   「わしらのひ弱な戦力では、財宝を取り返すことは出来ない」
   「仕方がない、わしらのボスに訴えて、お導きを給わろう」

 鬼たちは、屈強な男ばかり三人を選出して旅支度をさせ、地獄に向かわせた。山を越え、川を越え、賽の河原、そして地獄に渡り、極寒地獄、阿鼻地獄、叫喚地獄、針地獄、火焔地獄などを周り、閻魔大王のおいでになる法廷に到着するまでに49日のときが流れた。

 三人の鬼たちは閻魔大王の御前に進み出て平伏した。
   「このような遠方までよく来たな」
 閻魔大王は三人の鬼を優しく労った。
   「何も申さずとも判っておる、実はあの桃太郎なる者は、儂が荒れた人間社会に遣わした救世の使者だったのだが…」

 あの子を託した老夫婦が失敗だった。物欲の塊のような奴らで、桃太郎を自分たちの欲望を満たす道具にしてしまったのだと大王は三人の鬼たちに詫びた。
   「それで、私たちはどのようにすれば良いのでしょうか?」
   「そうだなァ、時を戻そうと思う」
 お婆さんが川で洗濯をしていると、「川上から大きな桃がドンブラコ」の時点に戻そうというのだ。
   「さすれば閻魔大王さま、死んだ者たちも生き返るのでございますか?」
   「さよう、すべて元のままだ」
   「ありがとうございます」
 鬼たちは歓喜に咽んだ。早く鬼が島に戻って皆に知らせようと、法廷を後にした。

 昔々あるところに、お爺さんとお婆さんが住まいしておりました。ある日お爺さんは山へ柴刈に、お婆さんは川へせんたくに行きました。お婆さんがせんたくをしていると、川上から大きな桃がドンブラコと流れてきました。

 お婆さんは桃を拾うと、慌てて家に持ち帰りました。お爺さんが帰ってこないうちに、一人で食べようと思ったのです。

 包丁で桃を真二つに切ろうとしたところ、桃は勝手にパカンと割れて中から可愛いらしい女の子が出てきました。

 やがてお爺さんも山から戻り、二人で相談をして、かねてから子供を欲しがっていた長者の屋敷に売りに行きました。
   「将来は美しい姫になって、玉の輿に乗ったかも知れないなぁ」
   「そうかも知れませんが、将来の富よりも目先の金子(きんす)ですよ」
   「そうだなァ、わしらも歳だからいつお迎えが来るかも知れん」

 お爺さんとお婆さんは、夜更けてそんなヒソヒソ話をしていた。門口まで、お迎えがきているとも知らずに…

(改稿)  (原稿用紙5枚)

猫爺のミリ・フィクション「まだ生きている」

2013-04-20 | ミリ・フィクション
 自分の生涯に、このような恐ろしい世界が待ち受けていようとは想像さえしなかった。  いや、これは生涯ではなく、死後の世界かも知れない。亡骸から離脱した魂が、宇宙の闇を漂っているのだろうか。
 私はダムの点検作業中に突風に煽られて、迂闊にも堤防から放水口側の滝壺に墜落した。滝壺の底に激突したまでは、はっきりと記憶にあるのだが、その後のことは闇に包まれている。  やがて記憶だけがありありと蘇り、子供の頃のことなど、事故の前よりも鮮明に思い出す。やはり、自分は死んだのだろう。しかし、「自分は生きている」と思う気持ちもある。根拠はないが、その確信が徐々に強くなってくる。これは、ただの生への未練かも知れない。

 五感の総てが無くなって、外界からの通信は、すべて途絶えている。自分が外界へ呼びかける術もない。ただ「俺は生きているぞ」と、心の中で叫び続けるだけだ。
 もし、生きているとすれば、自分は病院の白い壁に囲まれたベッドの上で、たくさんのカテーテルを体に差し込まれて、微動もせずに眠りこけているのだろう。そして、自分のことを医療関係者は「植物状態人間」と呼んでいるのだろう。
 自分は断じて「植物人間」ではない。こうして学習も成長も無いながらも、記憶や思考は働いているではないか。

 時折、記憶にない場面を考えていることがある。例えば、火葬炉の中で目を開けて、「まだ生きているぞ」と叫ぶ悪夢である。それは、脳が眠っている時に違いない。そんなおりに、自分は生きているのだと確信する。とは言え、このままの状態が続けば、やがて家族も諦めてしまうのだろう。どうかその前に気付いてくれ。多分、既に脳死と宣告されているのだろう。それを、おふくろと嫁が必死に生命維持装置の取り外しを拒んでいるのだろう。

 おふくろよ、妻よ、もう少し頑張ってくれ。きっと自分は目を覚ますだろう。目を覚まして、医師の質問に答えるだろう。自分の名を、おふくろの名を、妻の名を、二人の子供達の名を。俺はすべて答えることができる。生年月日は1986年10月24日だとはっきり言える。

 届くことのない言葉で、声にならない声で懸命に叫んでいて、ふいに不安が込み上げて来た。自分は、臓器提供意思表示カードを持っている。しかも、脳死状態での提供を望んでいる。今に角膜が、腎臓が、肝臓が、肺、心臓と移植可能な臓器が取り外されてしまうかも知れない。

 もう、あの事故からどれくらいの時間が経ったのだろう。まだほんの数日か、それとも数年だろうか。今の自分には時間の観念というものがない。恐怖に打ちひしがれながら、「まだ生きているぞ」と叫びながら、いつまで頑張ればよいのだろうか。
 そんな地獄の喘ぎのなかで、微かに子供の声を聞いたような気がした。続いて、妻の嗚咽を聞いた。間もなく自分は意識を取り戻すかも知れない予感に魂は震えた。聞こえる声は段々に大きく、意味すら分かるようになってきた。
   「パパは死じゃうの?」
 あれは息子の声だ。
   「このままでは、パパはきっと辛いのよ、もう楽にさせてあげましょう」
 妻の声。
   「これ以上生命維持装置で生きさせるのが可哀想で…」
 母の声も聞こえる。
   「それでは、取り外させていただいてよろしいでしょうか」
 これは医療関係者の声だろう。
   「はい、お願いします」
 妻は、はっきりと答えている。
   「臓器提供にご承諾いただけますか?」
   「その決心はつきません、本人の意志に逆らいますが、拒否いたします」
   「そうですか、残念ですがご家族の悲しみを思いますと無理にお願いできません」
   「申し訳ございません」
   「では、取り外します、どうぞお別れをなさって下さい」
 母がすすり泣いている。自分の周りで話している言葉の意味が、はっきりと理解できた。
   「待ってくれ、殺さないでくれ」
 叫びながら突然自分の意識が遠退いていくのを感じた。

  (添削)   (原稿用紙5枚)

猫爺のミリ・フィクション「蟠り」

2013-02-02 | ミリ・フィクション
 先生は、「ロボトミー手術」をご存知でしょうか。 これは、脳やその他の臓器の一塊を切除することを意味し、癌に冒された胃を切除することを指す場合もあります。 今、ここでお話しさせていただきますのは、大脳の前頭葉を切除する外科手術であります。 

 戦後間もない、まだ私が幼いころです。私の父は、もともと粗暴でしたが、そのうえにアルコール依存症で精神に異状をきたし、夜昼構わずに暴れ、大声で喚くために近所からの苦情が絶えず、母は悩んでおりました。
 とは言え当時の「精神病院」といえば監獄の独房のような病室に監禁状態にされて、悶え苦しむ父の姿を母は思い浮かべ、入院させるかどうかを思い悩んでおりました。たまたま見つけた「精神外科病院」で、母は思い切って相談してみました。病院の医師は脳の外科手術で大人しい性格になることを説明して、「ロボトミー」という手術を薦めてくれました。 

 母は、「家庭で介護が可能になる」という医師の言葉をなによりも有難たく思い、内容もよく理解できないまま手術の承諾書にハンコを押しました。入院中は完全看護で、しかも面会謝絶であり、退院の日まで母は病院に足を運ぶことは有りませんでした。 
 手術を終え、父は数週間後に退院が許され、我が家に一人で帰ってきました。 家の近くまで病院の車で送ってもらったようです。

 手術が功を奏してか、父は騒ぐことも暴れることもなく、ただ部屋の隅にしゃがみ込んだまま虚ろな視線を移動させているばかりでした。手術後の、父は無気力で抑制もきかず、食事は有ればあるだけ食べ続けます。時には散歩と称して外出しますが、戻ることが出来ません。母は度々警察に捜索願を出しましたが、思いもよらない遠方で補導されることもありました。

 時が経つうちに、無知な母も「何かが変だ」と気が付きました。母は、病院に相談に出かけました。ところが不可解なことに、病院が無いのです。付近の人に尋ねても「昔からこの辺りに病院などなかった」と、口々に答えます。 

 その父が亡くなり、母も間もなく父を追うようにポックリと亡くなりました。死亡診断書には、父の時も、母の時も「心臓麻痺」と記載されていました。現在にいう「心筋梗塞」でしょうか。
 私は父の手術を「人体実験」ではなったかと疑い続けています。父は医大かどこかの「実験室」に運び込まれたものではないでしょうか。このことは私の心の蟠り(わだかまり)となって、歳を取った今もこの胸にあります。
 
 先日、宇宙真理学の講演会で、先生のご講演を拝聴させて頂きました。今まで長年の疑問だった父の手術への疑いが、先生のお話しでくつがえりました。医学的人体実験ではなく、父の脳の一部が、地球外知的生物により持ち去られたのではないかと危惧するように変ったのです。もしや近い将来、アルコール好きで粗暴な知的宇宙人の軍団が、地球の略奪にやってくるのではないでしょうか。
 先生のご意見を賜ることを切にお願いします。 

 私はこの内容を手紙にしたため、宇宙真理学の講演会で貰ったパンフレットに記載された宛先に送りました。一週間ほど経って、手紙は付箋を付けて戻ってきました。

 「宛先が存在しないため、配達出来ませんでした…」

   (再掲)  (原稿用紙4枚)
 

猫爺のミリ・フィクション「どっちも、どっち」

2013-02-01 | ミリ・フィクション
 霊界での八五郎とご隠居の会話。

   「おや?八つぁん、今年の盆は家に帰らなかったのかい」
   「これは、これはご隠居、そうなのですよ」
   「それはまた、どうしたことじゃな」
   「いえね、ご隠居もご存知のように、今年は盆と霊界の運動会が重なりまして、帰るか運動会か迷ったのですが…」
   「それで、運動会をとったのか、子供達の元気な姿を見るよりも運動会が良かったのじゃな」
   「楽しかったのもそうですが、ご先祖さまとのお付き合いも大事かと思いまして」
   「ほお、感心というべきか、馬鹿というべきか… 」
   「馬鹿とは酷い」
   「ところで、運動会っての言うのは、どんなことをするのじゃな?」
   「霊(たま)入れとか、大霊(おおたま)転がしとか、ボートレースとか…」
   「ボートレース? それはまたどうして?」
   「精霊流しの舟に乗って、スピードを競うのです」
   「なるほど、他には?」
   「競歩もありますが、これが難しくて」 
   「儂らは足がないからな」
   「それだけじゃないのです、必ず体が地に着いていなければならないのです」
   「そうか、そうか、儂らはすぐに浮きあがってしまうからな」
  
 と、話しておりますと、お盆が終わって現世からゾロゾロと帰って来ました霊たちの喋る声の賑やかなこと、まるで幼稚園児の遠足帰りのようでございます。

   「あの中に八つあんの隣に住んでいた男がいるじゃろ、女房や子供の様子を聞いてはどうかね」
   「さすがご隠居、良いことを仰います、ちょっと行って聞いてまいりしょう」
 
 八五郎、男となにやらひそひそと話をしていたと思うと、ご隠居の元に戻ってまいりました。

   「どうだ、みんな元気であったか?」
   「それが、お盆の前からずっと留守だそうで…」
   「仏壇にお供えもなしか?」
   「覗いてみたら、それは有ったそうです、セットした時間が来るとお供え物がコロンと一つ」
   「水はあったか?」
   「舌で球を押すと、水が滲み出てくるのだそうです」
   「お灯明は?」
   「LEDで点きっぱなし」
   「お線香は?」
   「一時間に一度、プシュッと自動でお線香の香りが…」
   「仏花は?」
   「造花」
   「家族は皆どうしたのじゃな」
   「盆休みを利用して、韓国旅行をしているそうで… 有名俳優と逢えるのだとか」
   「八つあん、落ち着きなされや、そんな思いつめた顔をして、どうする積もりじゃ?」
   「来年の盆は…」
   「来年は…?」
   「安心して運動会に打ち込んで、競歩で優勝して見せます!」
  ご隠居「…」
   

   (修正)  (原稿用紙4枚)

猫爺のミリ・フィクション「托卵王子」

2013-01-25 | ミリ・フィクション
 閑静な住宅街を、学校帰りの少年が近道を通るために緑地公園に入り込んだ。その時、突然4人の男が近付いてきたので、少年は「カツアゲか?」と身構えたが、男たちは恭(うやうやし)く、跪(ひざま)づいた。その 中の侍従らしき男が、少年に言葉をかけた。 
  「王子様にはご機嫌宜しく、恐悦至極に存じ上げます」
  「え、王子様? 俺はハンカチ王子でも、ハニカミ王子でもないぞ」
  「そうではなくて、貴方様は本物の王子様です」
  「俺は遠藤聯(えんどう・れん)という高校生だが、父はサラリーマンだ、王ではない」
  「よく存じて上げております、ですが、貴方様はこの星のお方ではありません」
  「どこの星の王子だというのだ」
  「ここ地球から1億光年離れた、地球ほどの小さな星の王子様です、まだ地球の学者達には発見されていません」
  「そうか、それで俺をどうしょうと言うのだい」
  「訳を申し上げますが、私達の星ではどうしても男の子が育ちません、そこで、光速の1億倍の速度が出る宇宙艇で地球に飛来して地球で生まれた子供と取替ます」
  「なんだか、カッコウの托卵のようだな」
  「そうです。取り換えた地球の子供の細胞を採取して、その遺伝子を我が星の子供に植えつけます、その子供は、やがて地球の子供となって育つのです」
  「それで、その細胞を採取された地球の子供はどうなるのだ?」
  「大丈夫です、地球の男の子は、私たちの星でも育つのです」
  「そのまま、地球人として育つのだな」
  「はい、王子様の場合は、王子様そっくりな地球人として立派な成人になられました」
  「そうか、だが俺はまだ16才だぞ」
  「地球の16才は、我が星では立派な成人です」
  「それと、俺には好き合った恋人がいる。俺は彼女に恋をしているのだ」
  「それは私どもにお任せ下さい、決して悪いようにはしません、我が星には、美しい女がごまんといます。その女は、王子様の思いのままです」
  「嫌だ、そんな女は、戻りたくないよ」
 王子の言葉を無視して、それでは5日後にお迎えに上がりますと言うと、男たちはさっさと立ち去った。 
 聯は彼女を置いて地球を去る気はない。彼女と愛を確かめ合って、迎えの男たちにきっぱりと他の星などに行く気がないことを伝えよう。そう決心して、愛し合っていることを男たちに知らしめるために、彼女とデートの約束をした。
 約束の日、街角で彼女が来るのを待っていると、彼女は聯にそっくりな男と腕を組んで、楽しげに語らいながら聯の前を通り過ぎて行った。

 再び迎えの男たちが聯の前に姿を現した。 男たちは暴れる聯を優しく宥(なだ)め、抱きかかえると、聯は急に温和しくなった。持ってきたカプセルに丁寧に聯を入れ、どこへともなくカプセルを運んでいった。カプセルの窓が開かれたのは、それから間もなくのことであった。宇宙艇の中らしく、眩い光がカプセルの窓から差し込んだ。

  「お前たち、俺の彼女に何をしたんだ。あの俺とそっくりな男は誰なのだ」
  「我が星で育った聯さんです、彼には地球での王子様の記憶を総てコピーしてあります」
  「俺の記憶はどうなるのだ」
  「王子様には、これから1年間カプセルの中で眠っていただきます、1年経つと、王子様はご自分でカプセルを破って出てこられます、その時は、身も心もすっかり我が星の王子様になっておられるのです」
  「嫌だ、いやだ! 俺は毛虫ではない、繭を破って蛾にはなるものか」
 聯は、暫くは騒いでいたが、やがて静かになった。そして、1年後…

  「王子様は、すっかりこの星の人間になられましたな」
  「はい、あれ程嫌がっていた、この星の女を追いかけまわして子作りに励んでいらっしゃる」
  「ちょっとスケベすぎるところは、地球の男が少し残っていらっしゃるようですね」
  「地球から連れてきた他の子供達も皆あの調子ですよ」
  「時が経てば、落ち着きましょうか」
  「このままでは、我々の仲間は忙しくなる一方ですからな」 
  「王様に言って出張手当を上げて頂きましょうよ、何しろ片道でも1年かかるのですから」

 この星もまた青かった。
  
   (改稿)  (原稿用紙6枚)

  

猫爺のミリ・フィクション「オレオレ強盗」

2013-01-25 | ミリ・フィクション
   「ピンポーン」と、インタホンのチャイムがなった。
   「お婆ちゃん、ボクです」
   「え?あの韓国の朴さんですか?」
   「なんでやねん、違う、オレだよ、オレオレ」
   「あ、はい、サッカーの?」
   「サポーターじゃないよ、お婆ちゃんの孫だよ」
   「は? 正男かい? 正男どうしたんだい、随分顔を見せなかったね」
   「そうそう、その正男だよ、悪いやつらに追われているのだよ、匿ってくれよ」
   「はいはい、今開けるからね、ちょっと待っておくれよ」
   「早くしてよ、悪いやつらが来てしまうよ」
   「年をとると動きが鈍っていけないよ、ところで正男」
   「まだインタホンのところにいるのか、なんだよ」
   「よく考えると、わたしには正男っていう孫はいなかったよ。ワサ男じゃないかえ」
   「そうだよ、ワサ男だよ。早くしてくれよ」
   「バカだねえ、お前、ワサ男は、ブスカワの犬だよ」
   「クソババア、俺をなめとるのか、なめたらあかんぜ!」
   「わかった、あんたVC3000喉アメですやろ」
   「そうそう、♪なめたらあかん…♪ 違うやろ、喉アメが服を着てドアを叩くのか!」
   「おや、あんた服を着ているのかい?」
   「当たり前だろ!」
   「わたしゃまた、ドアを開けたら裸の男が立っていればどうしょうかとドキドキしたよ」
   「なんだよ、この色気ばばあ!」
   「色気ばばあなんてひどい。乙女の恥じらいと言っておくれよ」
   「どうでもいいから、早くここを開けてくれよ。ねえ、お婆ちゃん」
   「(ガチャ)はい、開けましたよ」
   「このくそばばあ、よくも俺をバカにしてくれたな。ブッ殺してやる!」
   「そ、そんな興奮しないで、ナイフは仕舞っておくれよ」
  
 そこへ、裏口から入ってきていた警官が

   「只今午後8時24分、強盗並びに殺人未遂の現行犯で逮捕する(ガチャ・手錠をかける音)」
   「な、なんでここに警官がいるのだよ」
   「ボタンを押せば、婆の声が全部吉田沙保里さんに届き、警察に連絡してくれるのだよ。便利な世の中だねえ」

   (改稿)  (原稿用紙3)

猫爺のミリ・フィクション「因幡の白兎」

2013-01-24 | ミリ・フィクション
 隠岐の島から本州に渡りたいが、その術がわからない。 白兎のびょん吉は考えた。 思い付いたのは、ワニザメを騙して隠岐から本州まで並ばせて、その背中をピョンピョンと渡ることだった。 
   「鮫さん、君の仲間はメッチャ多いけど、僕ら兎族の方がもっと多いよ」
   「バカめ、俺たちは海の中だからお前には見えないだけさ」
   「うっそー、それじゃあ、数えてあげるから並んでみて」
   「うむ、皆を集めてくる」
鮫は、キュンとターンして潜って行った。
   「うわっ、集まったねェ。それでは、ここから本州に向けて並んで」
   「OK! オレらの背中の上を跳んで数えるのだな」

 これは、因幡の白兎の噺である。そして、これは単なる「童話」ではなく、日本の神でである。 ようやく本州に後一跳びのところで、兎は自分の頭の良さに陶酔して、つい叫んでしまった。
   「君たちはこのボクの計略にまんまと引っかかったのだよ」
   「ん?」
   「ボクはただ島からここへ渡りたかっただけなんだ」
 鮫の最後の一頭が怒って、兎を海に引きずり込み、毛皮を剥いでしまった。鮫が兎を食べなかったのは、鮫の好みの問題だと思う。

 皮を剥がれた兎が、因幡(今の鳥取)のとある海岸でシクシク泣いていたら、まず、七福神の一人「大黒様」の兄貴(八十神)たちが通りかかり「なぜ泣いている?」と尋ねた。
   「はい、それは…」
訳を話すと…
   「ワハハハ、それなら海の水で身を洗い、陽に干せば良い」
 そう教えて、行ってしまった。兎はその通りにすると、ヒリヒリ、チクチク悶え苦しんでいると、かなり兄貴たちから遅れて、兄貴達の大きな荷物を持たされた「大黒様」がやって来た。
  「どうして苦しんでいるのだ」
  「実は…」と隠岐からの経緯と、八十神たちの教えてくれたことを話した。
   「それはいけない、すぐに真水で身を洗い、ガマの穂綿に包まりなさい」
 その通りやってみると、全身に綿毛がくっついたものの、なんだか白いスーパーミリオ○ヘアーみたい。雨が降ると流れるし、風が吹くと綿毛は飛んでいってしまうし…。
 兎は、もう神様を頼るのを止めて、自分で考えて創業以来発毛専門のアノ会社に行ってみた。だが、まだ一向に生えてこないのであった。


  (修正)  (原稿用紙4枚)

猫爺のミリ・フィクション「運命」

2013-01-23 | ミリ・フィクション
 真夜中に浩太は目が覚めた。起き上がって水を飲んでこようと思うのだが、体を動かすことが出来ない。
   「これが金縛りってやつかな?」
 尚も動こうとしてみるが、どうにも動けない。そのうち、酒の酔いが回ってきた気分になって、ふわふわと浮かび上がるように思えた。
   「ははあん、これは夢なのだな」
 それなら、夢の中で楽しんでやれと開き直る。身体から心だけが離れて、本当にふんわりと浮んだ。
   「おっ!幽体離脱か、あははは、双子のタッチみたいだ」
 面白がってはみたが、少し心配になってきた。
   「もしや? 俺は死んだのか?」
 ベッドに横たわる自分を見ると、安らかな寝息を立てている。浩太は安心して浮遊を楽しむことにした。
 しばらくは、寝室の中で天井に張り付いたり、壁にぶつかったりしていたが屋外に出てみたくなり、少し開いていた窓の隙間から外へ飛び出した。 
  「幽体っていうやつは、自分の思う通りに動けるのだ」
 真夏の星空を背にして、浩太は妖精になっていた。その時、どこからともなく浩太を呼ぶ声が聞こえてきた。
   「誰だい、俺をよぶのは」
 声の主は「ボクは天使だよ」と言った。子どもの天使が近付いてきた。
   「君と友達になりたくて、天国を抜け出して来たのだ」
   「俺と? それはまた何故」
   「君に頼みたいことがあるのだ」
 天使は語った。自分が9才の時に父と共に交通事故で亡くなったこと、母と一人の妹が居ること。妹は浩太と同じ大学の同じ学部に学ぶ同期生であることなどを。
   「妹に、ボクの愛を届けて欲しいのだ」
   「具体的に、俺は何をすればいいんだ?」
   「君が僕と出会い、僕が妹の幸せを願い続けていることを伝えて欲しい」
   「それを聞いた妹さんは、信じるだろうか、ださいナンパだと思うよ」
 浩太は不満だった。態々俺を介さなくとも、俺を呼び出したように直接妹を呼び出して言えばいいじゃないか。
   「それは無理なのだ」 
 今、訳を話せないが、いつかきっと判ってもらえる時が来ると言った。
   「妹は信じないかも知れないが、ぜひ話してほしい」
 そう言い残して、天使は空の彼方へ帰っていった。


 少年の天使と出会ってから、五年の年月が流れた。
   「ただいま」
   「あなた、お帰りなさい、私、今日病院へ行って来たの」
   「風邪を引いたのか?」
   「違うわよ、三ヶ月だって」
   「おっ、子供が出来たのか」
   「男の子だって」

 夫婦で食後のワインを楽しみながら、出会ったときの話になった。
   「キャンパスであなたに初めて声をかけられたとき驚いたわ」
   「そのようだったね」
   「あなたったら、知っているはずのない私の兄の話をしたりして」
   「なんてダサい手できっかけを作るのかと思っただろ」
   「その通りよ、でも運命を感じたわ」
   「運命を?」
   「わたし、きっとこの人と結婚するのだわって」
   「そうなっちゃったね、きっと天使のお導きだと思う」
 妻はクスッと笑って、
   「ロマンティックだけど、やっぱりダサいわ」
 浩太は立ち上がると
   「少し酔ったかな?」
 言いつつ窓辺に寄り、そして窓を開けた。五年前に出会った子供の天使が微笑んで消えた。
  
    (改稿)  (原稿用紙5枚)