雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

猫爺のミリ・フィクション「美的感覚」

2015-03-14 | ミリ・フィクション
 身長165センチだった男が、三十六歳にもなっているのに短い期間に185センチと、ぐんと伸びていた。
  「桑田君、君身長が伸びたねぇ、何をやってそんなに伸びたのだ」
 友人の田澤に声をかけられた。田澤は、漫画誌の載っている広告に、身長が伸びるサプリだの、身長が伸びるストレッチのCDだの、酷いものになれば、体を引っ張って寝るゴムのロープなどもある。その中のどれかが功を奏したのかと思った訳だ。

  「田舎の実家からの帰り道、宇宙人に出会っちゃったんだ、車ごとUFOに連れ込まれたよ」
  「うわ! 生きた心地がしなかっただろ?」
  「目玉の大きな、タコみたいな宇宙人の男女が近寄ってきて、俺をジロジロ観察するんだ」
  「ありきたりの宇宙人の風体だなぁ、でもよく無事で戻れたねぇ。怖かったろう?」
  「それが、丁重に扱われてミトコンドリアのサンプルを採取されただけで、お礼に何がいいかと聞かれた」
  「わたしゃも少し背が欲しい と答えたのか」
  「そんな漫才みたいな答え方はしないよ」
  「どう言ったのだ?」
  「具体的に『背を185センチにして欲しい』と言った、ついでに3人の息子たちも頼んでやった」
  「奥さんのことは頼まなかったの?」
  「女房は、身長は今のままでいいから、美人にしてやってくれと頼んだ」
  「欲張ったねぇ、宇宙人怒ったろ」
  「いや、快く引き受けてくれた」

 翌朝、桑田が目が覚ましたら、本人と3人の男達は身長185センチになっていた」
  「それは良かった。子供たち喜んだろう」
  「バスケ部の高1の長男と、野球部の中二の二男は大喜びだった」
  「もう一人は?」
  「三男は小二なんで、背が伸びたのはよかったが、戸惑っていた」
  「何を?」
  「形は子供のまんまで、大きさはおっさんになったって」
  「何のことかな?」
 首を傾げる田澤を無視して、
  「さすがお兄ちゃんだ、長男が説得していたよ」
  「ほう?」
  「今に良かったと思うようになるよとか言って」 
  「よく解らんが、それで三男は納得したんだな」
  「うん、三男はそれでよかったのだが、女房が不服そうだった」
  「どうしてだ、美人になったんだろ」
 どうやら、桑田の頼み方が悪かったらしい。
  「美人なんだろうけど、目がギロッとして、タコみたいで宇宙人の女にそっくりなんだ」

  (添削して再投稿)

猫爺のミリ・フィクション「感情を持つロボット」

2015-03-12 | ミリ・フィクション
 大学の若きロボット博士が死んだ。彼はまだ大学院生であったが、同輩や後輩たちは「土橋さん」と名を呼ばず、尊敬と親しみを込めて、この天才大学院生を「ロボ博士」と呼んでいた。

 彼はスキルス胃がんに冒され、検査で発見された時は既にステージ4であつた。余命3ヶ月と宣告されたが、彼は半年生きて30才にならずして息を引き取った。
 遺されたものは、未完成の人型ロボットで、感情を持つロボット作りを目指して日夜研究と組み立てに没頭していた。 

  「学長、これが土橋さんを中心に制作していた感情を持つロボットです」
 まだ未完成のロボットを、大学院生が学長に指し示した。
  「それで、動けるのか? 喋れるのか? 何ができる?」
  「はあ、それがまだ未完成ですので…」
  「目指していた感情の表現はどうなのだ」
  「それもテストしてみないことには…」
  「じゃあ、やってみなさい」
  「土橋先輩が亡くなってしまったので…」
  「なにも出来ないというのか、巨額の制作費を投じたのだぞ、なんとかしろ!」
 
 ロボ博士のチームが寄り集まって色々手を尽くしてみたが、ロボットは動作しなかった。 
 
  「おかしいな、ロボ博士が亡くなる少し前に、ほぼ完成したと言っていたのに」
  「学長は、こんなガラクタロボットは今直ぐバラしてしまえと怒っていたようだ」
  「それじゃあ、せめてロボ博士に敬意を表して、明日までこのままにしておこう」

 こころなしかロボットの目が潤んだように見えたのを、誰一人気付く者はなかった。全員が部屋を出て行ったあと、ロボットは、亡きロボ博士を忍ぶかのごとく、窓の外を寂しげに見つめていた。

 翌朝、大学の庭に人だかりが出来ていた。何者かによってロボットが窓から投げ落とされたようである。
  「学長が、誰かに命じてこんなことをさせたのだろうか」
  「こんな酷いことをしなくてもいいのに、ロボ博士があの世で悔しがっているだろう」
  「俺達だけでも、動かすことぐらいは出来たのに…」
 学生たちは悔しがった。中には、悔し泣きをする学生もいた。

  「学長が来たぞ、抗議をしよう」
 学長を学生たちがとり囲んだ。
  「酷いじゃないですか、完成しないまでも俺達は頑張ってここまで仕上げたのですよ」
  「私は知らんよ、それにバラせとは言ったが、壊せとは言っていない」
  「同じようなことじゃないですか」

 学生たちは相談して犯人を突き止め、抗議をしようということになった。
  「宿直者は一人も居なかったようだが」
  「あの重いロボットを窓際まで運んだなんて、一人の仕業じゃないな」
  「しかし、外から誰かが建物の中に入った形跡も、出て行った形跡もないというじゃないか」
 学生たちは考え合ったが、どうしても犯人像が浮かんで来なかった。

 胴から離れて転がっているロボットの顔が、話し合っている学生たちを見て笑ったようであったが、これも誰一人気付くものは居なかった。

 (添削して再投稿)

猫爺のミリ・フィクション「成仏」

2015-03-10 | ミリ・フィクション
   「えーっ、これから千畳谷へ下りて行きなさるのか? 悪いことは言わない、およしなさい」
 峠の茶屋の婆さんが、顔の前で掌を振りながらいった。 
   「間もなく日が暮れます、明日の朝、出直されてはどうじゃな」
 婆さんは、最近千畳谷に幽霊が出ると噂されるようになったことを伝えた。弥八は首を横に振った。 
   「儂はどうしても行かねばならんのです」
 声を潜めて付け加えた。
   「多分、帰って来ることは無いと思うが」 
 
 弥八は6才のときに土砂崩れで両親を亡くし、村の家々をまわり畑仕事の手伝いをして、野菜屑などを貰い、池や川で魚を釣り、田圃で田螺を拾い、この年まで生き抜いてきた。弥八は今年18才になっていた。

 ある日、弥八は村の世話役の寄り合いに呼ばれた。力仕事でもさせられるのかと軽い気持ちで出向いたが、話を聞いて驚いた。最近、二人の男が幽霊に出会って、命からがら逃げ遂せたものの、二人は立て続けに死んだ。全身を震わせながら「幽霊に殺される…」と言い遺して首を吊ったのだ。
 世話役たちが話し合った結果、これは千畳谷の幽霊の祟りだという結論に落ち着いた。そこで、若い弥八に白羽の矢を立て、千畳谷へ供物を持って行き、念仏を唱えてくる役目を引き受けて欲しいと頼んだ。 
   「どうだろう、頼めるか?」 
 村の長老が弥八に訊いた。
   「承知しました」
 弥八は軽く承諾して「今夜にでも行ってまいります」と、つけ加えた。無学ではあるが、勘の鋭い弥八には判っていた。お供えとは、自分の命であろう。自分は生贄なのだと。
 弥八は「仕方がない」と思った。自分には身寄りがない。その自分をここまで世話をし、育ててくれた村人たちに恩返しをしなければならないと、健気(けなげ)にも考えたのであった。

 茶店を出て、千畳谷に向かってとぼとぼ歩きながら、優しかった母の膝や、大きかった父の背中を思い出していた。もしかしたら、死ねば父や母に逢えるかもしれないと思うと、これから起ることがちっとも恐ろしくなかった。

 千畳谷へ着いた頃には、晩秋の日はとっぷりと暮れ、冷たい風に思わず首をすくめた。滝壺に突き出た平らな岩の上にどっかと腰を下ろし、持ってきた酒を供えると、弥八は大声で念仏を唱え始めた。

 子の刻(23時)にも達したであろうか、滝壺に落ちる水音に消されていた木々の葉擦れの音が、少し高くなったように感じた。弥八は念仏を止め、幽霊に話しかけてみようと思った。 
   「私はこの近くの村に住む弥八というものです」
 耳を澄ましてみた。なんの反応もない。
   「あなたは、誰ですか?」
 何も起きない。
   「どうしてここにとどまっていなさるのですか?」
 滝の音に少し変化があったように思えた。 
   「あなたは、誰ですか?」
 もう一度問いかけたら、やはり音が今までとは違って来た。
   「あゝ、いよいよその時がきたのだなぁ」
 弥八は「ごくり」と唾を飲み込み、覚悟した。
   「儂に姿を見せて下され、儂のいるところまで来て下され。決して驚きませんから」
 耳にではなく、心に聞こえる人間の声を聞いた。弥八は少し震えながらも耳を塞いで心を研ぎ澄ました。
   「私は五年前にこの村を通りかかった旅人です」
 幽かだが、はっきりと伝わってきた。 
   「道に迷って茶屋をみつけた時は、すでに日が暮れかかっておりました」
 弥八には、幽霊がすすり泣いているかのように思えた。 
   「茶屋の婆さんに、この村には旅籠は無いが、泊めてくれる寺があると聞き、そちらに向かいましたが、その途中で三人の男に取り囲まれて、僅かな銭と命を奪われました」
 弥八は、その三人の男のうち、二人が死んだ村人だなと直感した。
   「もう一人も殺すつもりですか?」
   「いいえ、私は誰も呪っても、殺してもいません。二人は良心の呵責に苛まれたのでしょう」
   「あと一人の男はだれですか」
   「知りません、今の私にはどうでも良いことです」
   「では、どうしてこの世に留まっているのですか」 
   「私には、葬ってくれる者も、思い出してくれる者もいません、ですから成仏できないのです」
 旅人の亡骸は滝壺に投げ込まれたまま、骨になって沈んでいることを知った弥八は、夜が明けると冷たい滝壺へ飛び込み、バラバラになった骨を一つ一つ集めて村に持ち帰った。世話役に話して、共同墓地の片隅に木の墓標を立てて旅人を葬った。弥八は考えた。良心の欠片もない、あと一人の男はだれだろうと。
 勘の良い弥八は、すぐに思いあたった。最近になって、千畳谷に幽霊がでると噂を流し、いち早く被害者を装った男だ。気の弱い仲間から当時の悪事がばれるのを恐れて、幽霊話で二人を追い詰めたのだ。
 復讐することよりも、成仏への途を選択した旅人の幽霊を思い、弥八は残りの一人の秘密を暴くことなく、自分の命が有る限り旅人の冥福を祈り続けようと思った。
  

  (添削して再投稿) 

猫爺のミリ・フィクション「お化け屋敷でアルバイト」

2015-03-09 | ミリ・フィクション
 村の共同墓地を見守っている墓守の達三、今朝は少し早く目が覚めた。今は盆なので入念に墓地の見回りをして、後は檀那寺へ畑で採れた野菜を届けるつもりである。

 達三は墓の見回り中に、無縁墓石の陰に何やら動くものを見た。
  「猪かな?」
 西に傾いた三日月の薄明かりに目を凝らしてみていると、白装束の人間ようにも見える。達三は近くに寄って、幽霊だと確信した。幽霊を見るのは初めてではなかったので、落ち着いた声で語りかけてみた。 

  「もう朝なのに、どうしてそこに居るのか」
 幽霊はか細い声で、申し訳なさそうに答えた。 
  「昨夜は墓に沢山の酒が供えられていたので、仲間と一緒に飲み過ぎてしまいました」
 そういえばこの度は、もと村長の新盆(にいぼん)であったため、村中で供物を持ち寄り、慰霊と共に豊作をお願いしたのだった。
  「騒ぎ疲れてぐっすり眠り込んでしまい、ようやく目が覚めたときは仲間は居なくなっていました」
  「それで、墓の中へ逃げ込んで夜まで待とうとしていたのか」
  「いいえ、私は阿弥陀様のお怒りを買ってしまったので、夜まで待っても帰れません」
 達三は、この幽霊を可哀想に思った。 
  「それでこれからどうするつもりだ」
  「阿弥陀様のお怒りが解けるまでどこかで働きたいのですが、働き場所を紹介してくれませんか?」
  「時間は?」
  「夜8時から明け方3時ごろまでが希望なのですが」
 暫く考えていた達三が、はたと気付いた。
  「お前に打って付けの仕事がある」

 そんな遣り取りがあったその夜、達三は幽霊と墓地で待ち合わせをして知り合いの所へ車を飛ばした。「お化け屋敷」で働かせて貰ってはとの考えだ。

 興行主の善兵衛は喜んだ。まったく人気(にんき)のなくなった赤字続きの「お化け屋敷」に、本物の幽霊が出演してくれるなんて願ってもないことだ。

 宣伝効果も功を奏し、本物の幽霊がでるという噂が広がり、入場口に列ができるようになった。お化け屋敷の中は「キャー、キャー」と黄色い悲鳴が途絶えることがなくなり、「幽霊と擦れ合った時のゾーッとする冷気が堪らない」と、評判が評判を呼んだ。 

 幽霊はよく働いた。夏は見物客の肝を冷やし、冬は雪女郎に扮し、働いて得た収入は、すべてを達三の旦那寺である浄土宗のお寺に寄進した。

 仕事を終えると墓に戻り、お供え物の後始末をしたり、墓地の辺りを掃除をしたり、草毟りをした。

 夏場の昼間などは、見物客が檀那寺にお参りに来たりして、誰が言い出したか知れないが、本物の幽霊の前で手を合わせて願をかけると叶うという噂も広まった。お賽銭箱にはお札が目立つようになり、図らずも寺が繁盛して、住職が苦笑するに至った。

 それから4年も経ったであろうか、幽霊は善兵衛に深々と頭を下げ、今の仕事を止めたいと願い出た。阿弥陀様の怒りが解けて、極楽浄土へ戻れることになったという。興行師の善兵衛は思慮なくも必至に留まるよう幽霊を説得したが、それは無理というもの、幽霊は去りやがてお化け屋敷は借金を抱えて倒産した。

 借金で気に病んだ興行主は、お化け屋敷再興の夢を息子に託し、遺書を置いて首を括ってしまった。 
 達三は考えた。
  「これは善兵衛の策略かも知れない」
 自分が幽霊になって、息子の興行を盛り立てようと考えたのではないだろうか。 

 達三の考えは間違っていたようだ。翌年の盆にも、翌々年の盆にも、善兵衛の幽霊は帰ってこなかった。その次の盆に達三は意を決して真夜中に幽霊たちが集まる無縁墓石の周辺に出かけて、あの働き者の幽霊に出会った。
  「善兵衛さんがそちらに行った筈だが、知らないか?」
  「知っていますとも、あの人は極楽浄土に行く前に逃亡を企てて、今は閻魔大王の管理下にあります」
  「もう、戻れないの?」
  「はい、閻魔大王の怒りを買ったので、永遠に…」

(手直し再掲)  

猫爺のミリ・フィクション「不時着」

2014-09-12 | ミリ・フィクション
 田野慶進(けいしん)は米農家である。早朝、この家へ近所の土肥暁良(あきら)が息を切らして飛び込んできた。
   「大変だ、田野の田圃が大変な事になっている」
 慶進は、訳も分からぬまま驚いた。
   「俺の田圃がどうなっているのだ」
   「その前に、水を一杯くれんか」
 慶進は、女房に声をかけて、コップに水を入れて持ってこさせた。
   「これを飲んで、早く話してくれ」
 暁良はコップの水を飲み干すと、
   「お前の田圃に、ジェット旅客機が不時着しとる」
 慶進は、取る物も取り敢えず、田圃目指して走っていった。そこには紛れも無いホーイング747が着陸していた。だが、滑走した跡が無い。人っ子一人居ない。機内の乗客も全て死に絶えたのか静まり返っている。 
   「これはどうした事だ」
 暁良も後から追いついて、この様を落ち着いて見て、唖然としている。
   「これは上空でホバーリングして、そのまま垂直着陸したようだ」
 当然ながらホーイング747に垂直離着陸の機能は無い。直ちに警察を呼び、専門家に調査して貰う必要がある。幸い二人共携帯電話機を持っていたので、直ちに110番に連絡する者、機体や周辺の状況を写真に撮っておく者に分かれて役割を果たした。

   「暁良、機体の周りに馬糞が多いと思わないか?」
   「そうだなあ、この辺りで馬を飼っている農家は無いのに、何処から来たのだろう」
   「まさか、旅客機を馬がひいてきたのではあるまい」
   「汚いから、踏むなよ」
 警察が来る前に、家に戻っておこうと話し合って、二人は現場から去った。警察が来たら、農道に車は入れないから案内をする為だ。


 取り敢えずと、駐在所の警官がとんできてくれた。こちらは慶進が案内することになった。
   「成る程、ボーイング社の747ですなあ」
   「そうでしょう、ところが滑走の跡が無いのですよ」
   「ありませんなあ」
   「ところが、この馬糞… あれっ」
   「馬糞がどうかしましたか?」
   「初めてここへ来た時より、数が減っているのですよ」
   「馬糞の数なんて、どうでも良いのではありませんか」
   「そうですかね」
 話していたが、パトロールカーの来る様子がない。
   「一度私の家に戻って、県警のパトを待ちましょう」

 ここで引き上げたのが悪かったのか、県警の警官が来て、再びこの地へ来てみると747の機体は消えていた。
   「おや? 旅客機が着陸した形跡がないし、馬糞も消え去っている」
   「馬糞は747の乗務員が処分したのでしょうか」

 県警の警察官は、「夢でも見たのでしょう」と、一笑して帰って行ったが、慶進と、暁良と、駐在所の警察官が目撃している。
   「馬鹿なことを、三人が同時に同じ夢を見る筈がない」
 慶進は憤慨した。

 その夜、慶進は旅客機が着陸していた田圃に行ってみることにした。
   「やはりそうだ、あれはジェット旅客機ではなくて、UFOだったに違いない」
 昼間は微動せず、夜に旅客機の中でせわしく何かが動きまわっていた。
   「宇宙人の姿が見えない」
 何かが動いているのだが、何が動いているのか分からなかった。一人で近づいては危険かも知れないので、ここは一旦引き上げて週刊誌に電話をかけ、宇宙生物の研究家に見て貰おうと慶進は考えた。

 疑似科学者の矢尾純太郎、超常現象研究家の棚下吾郎などの識者と、週刊誌の記者、カメラマン、記録担当の3名が取材に来た。田野家で深夜になるまで待ち、慶進と暁良と共に七人で現場に出かけた。
   「成る程、地球上の旅客機に似せて造られた宇宙船ですなあ」と、矢尾がいうと、
   「あれはUFOではなくて、墜落事故を起こした旅客機の乗客の霊でしょう、中で霊が事故直後の機内でのように助けを求めているのです」と、棚下。
   「何としても、宇宙人の姿をカメラにおさめて頂きたい」と、矢尾。
   「いえ、霊媒師を呼んで除霊をさせましょう」

 だが、宇宙人の姿は見えないうえ、カメラにも写っていなかった。
   「この宇宙人は、人間の可視光線も紫外線も赤外線も吸収してしまうのでしょう」
   「違いますよ、霊ですから凡人の目に見えないし、写真も撮れません、霊媒師が居なければ話にならんでしょう」
 両識者が口論になりそうなので、カメラマンは勝手にフラッシュを焚いて写真を取り出した。それに気付いてか、旅客機内部の動きが止まってしまった。写真に映ったのは、旅客機と馬糞ばかりであった。

 週刊野次馬誌には、「宇宙人、田園に不時着」「宇宙人、食料調達の為の地球調査か?」「宇宙人は、肉食か草食か?」「地球人は、奴らの食料になってしまうのか?」と、田圃に旅客機が不時着している写真を乗せ、大衆の不安を煽り立てていた。


 そんなことがあって、暫くは姿を見せなかった不思議な旅客機が、再び現れたのは一ヶ月程が過ぎた日であった。野良仕事をしていた慶進の背で声がした。振り向くと、馬糞が一つ畦に落ちていた。
   「タノ ケイシンサン アナタガタハ ワタシタチヲ オソレルコトハ アリマセン」
   「誰ですか、姿を現してください」
 いきなり、馬糞から青いアンテナのような物がニョキニョキっと出てきた。
   「ワレワレハ サイショカラ スガタヲミセテイマス」
   「その馬糞がそうなのですか?」
   「バフントハ ナンデショウカ ワレワレノデータニアリマセン」
   「あ、いえ」
 宇宙人は、銀河系内にあるもう一つの太陽系ダッシュの惑星から地球探査の為に数万年以前に放たれた宇宙船の乗務スタッフであった。
 宇宙生物ではあるが、食事は摂らず、呼吸もしない。まるでロボットのような生物で、素粒子をENERGYに変えて生きている。
 アンテナには、味覚を除く四覚と超感覚的知覚が備わっていて、地球人の脳とは桁外れの記憶力と生命力を持っている。
   「チキュウノサンプルヲシュウシュウシタノデ マタ スウマンネンカケテワレワレノホシにカエリマス」
   「地球を滅ぼすために来たのではないのか?」
   「モチロンデス ナカマガ マッテイマス オサワガセシマシタ デハ サヨウナラ」
 見上げると、ホーンング747がホバーリングしている。馬糞は瞬時に消え、旅客機もワープした。
 

猫爺のミリ・フィクション「義理堅い蛸」

2014-07-22 | ミリ・フィクション
 茂九兵衛は、神戸(こうべ)は須磨の松原に掘っ立て小屋を建てて住む独身の猟師。働き者で今朝も暗いうちから漁に出かけてきた。
   「今日は不漁や、雑魚ばかりしか網にかかっておらん」
 諦めかかったとき、網の最後で大きな蛸が逃げようともがいていた。
   「これは立派な蛸や、たこ焼きにしたら百人分はある」
 茂九兵衛は、ほくほく顔で蛸を網から離すと、船底の生簀に放り込んだ。今日の漁はこれまでと、岸に向って櫓を漕いでいると、船底から女の声が聞こえた。
   「もしもし猟師さん、お願いがあります」
   「お願いて、誰やいな」
   「私です、先程網に掛かった蛸です」
   「その蛸が、何のお願いや?」
 蛸は涙ながらに事情を打ち明ける。
   「お腹が空いて、雑魚を食べようと追いかけまわしていて、猟師さんの網にかかってしまいました」
   「それが漁やから、普段通りことやけど?」
   「実は、私は巣に三百個の卵を残して来ました、私が護ってやらなくては、全部魚に食べられてしまいます」
   「それが自然の生業、食物連鎖やないか」
   「それはそうですけど、子供達が哀れで、死んでも死に切れなません」
   「逃がせと言うのか?」
   「はい、せめて子供達が巣立っていくまで、私を巣のもとへ帰していただけませんか?」
   「そう言われても、はいどうぞと逃がしていたのでは、わいの生業が立ち行きまへん」
   「子供達が巣立ちましたら、必ずあなたの元へ行きます、それまでの間、どうぞご慈悲を」
   「そう言われたら、情が湧くちゅうもんや、よし分かった逃がしてやろ」
 蛸の母親は海に戻されて、うれしそうに波間に消えていった。
 
 それから十日後の夜、茂九兵衛が眠ろうとしていると、表の戸を叩く者がいる。
   「もしもし茂九兵衛さん、ここをお開けください」
   「誰やいな、こんな夜更けに…」
   「私でございます、蛸のお墨ともうします」
   「えーっ、よく此処がわかったな」
   「砂浜に、見慣れた船がありました」
   「よくわいの名前がわかったな」
   「夕方、近所の人が来て、名前を呼んでいました」
   「早くから来て、時間待ちをしとったのかいな」
   「はい」
   「あんた、お墨さんと言うのか、何や義理堅く漁られに来てくれたのか?」
   「はい、お約束でございますから」
   「あんた殺されると分かっているのに、なにも正直に来んでもよかったのに」
   「それでは、義理が立ちません」
   「義理はかまへんから、海へ戻り」
   「それなら、今夜一晩夜伽なと…」
   「蛸の夜伽やなんて、扱いに困るわ」
   「いいえ、そんなことはありません、私のは蛸壺と言いまして、ぎゅっと吸い付きます」
   「そらまあ、蛸やからなあ」
   「蛸壺の内側は、ゴカイ千匹」
   「わあ、気持ち悪ぅ」
   「それに私、潮を吹きます」
   「へー」
   「時々、潮と間違えて墨を吹きますけど」
   「わあ、朝起きたら、腰の周り真っ黒や」
 折角の好意だが、夫婦になっても産まれてくる子供のことを思うと、ふん切りがつかないと、丁重に断って波打ち際まで送っていった。


 それから何年か経ったある日、茂九兵衛は漁に出て時化に遭ってしまった。船が傾き沈みそうになり、流石海の男の茂九兵衛も、これまでと観念をしたとき、船は真っ直ぐに起き上がり、茂九兵衛の住む松原を目指し、嵐の中をすいすいと突き進んで行った。
   「茂九兵衛さん、蛸のお墨です、子供達がこんなにたくさん大きくなって戻ってきてくれました」
 みると、船の周りに蛸だらけ。船尾には大蛸が後押しをしている。
   「あの大蛸は?」
   「わたしの父親です」
   「父親だとどうして識別できるのや?」
   「父親は、この辺りで子種を撒き散らしていますので、この辺の蛸はたいてい、この大蛸の子供です」
 船は蛸たちに護られて、無事松原へ到着した。
   「この子たち、みんな茂九兵衛さんに命を助けられたようなものです」

 困ったことに、この日から茂九兵衛は蛸が食べられなくなった。そればかりか、蛸が網にかかると、全部逃がしてしまう。その為、蛸嫌いの茂九さんと、猟師仲間から侮蔑ぎみに呼ばれるようになった。

 ある夜、
   「もしもし、茂九兵衛さん、此処をお開け」
   「誰やいな、こんな夜更けに」
   「あなたに助けられた蛸の墨太郎です、夜伽なと…」

   「逃がす度に、こんなヤツが来よったらかなわん」
 茂九兵衛、猟師をやめて、夜逃げしてしまった 。

(修正)  (原稿用紙7枚)

猫爺のミリ・フィクション「汚名返上」

2014-07-20 | ミリ・フィクション
 山から兎が下りてきて、亀の棲む池のほとりに立った。
   「もしもし、亀さん」
   「何や、揚げおかきでも売りに来たのか?」
   「それ、何です」
   「いえ、スーパーで売っているそんな名前のおかきがありますねん」
   「もしもし、亀さんと言うのですか?」
   「教えてあげましょうか、あのおかきの袋に浦島太郎の絵が描いてあるけど、浦島太郎の物語にはそんなセリフはない」
   「そんなこと、どうでも良いのです」
 この兎の先祖、亀の先祖と駆けっこをして兎が敗れたので汚名返上のために再挑戦にきたのである。
   「そんな面倒くさいこと、嫌や」
   「そうは言わずに、もう一度挑戦させてください」
   「ほんなら、鼈(すっぽん)に頼みなはれ、兎と鼈やなんて、男性用の強壮ドリンクみたいやないか、夜行性で夜はピンピン」
   「私は、ピョンピョンです」
   「ちょっとの違いぐらい、負けとけ」
 兎は土下座をして亀に頼み込んだ。
   「お願いします、この通りです」
   「しゃあないなあ、どうするのや?」
   「向こうの山の麓まで、どちらが先に駆け着くか、駆けっこです」
   「ほんなら、やってやる、スタート位置まで行こう」

 よーい、どん(太鼓の音)で走者スタートする。兎リード、兎どんどん引き離し、あっと言う間にゴールに到達する。
   「どうせ亀が来るのは晩だろう、ゴールに達しているから抜かれることもない」
 兎は寝てしまう。一眠りして目が覚めたが、亀は未だ来ない。
   「ちっ、こんな遅い亀に、私の先祖は負けたのか」
 あきれて、兎は眠り込んでしまう。

 
 一方亀はと言うと、えっちら、おっちら、歩いていたが、「こんなことをしていては、干からびてしまう」と気付き池へ戻ってしまう。
   「面倒臭いし」


 二度寝した兎は、日暮れになって目が覚めた。周りを見ると、狼の子供達に囲まれ、自分を覗き込んでいる。

   「父ちゃん、この兎生きとる」
   「そうか、ほんなら食べなさい、落ちていた兎は、よう確かめて食べないと病気になるからな」
 

猫爺のミリ・フィクション「謙太の神様」

2014-06-17 | ミリ・フィクション
 一人っ子の謙太は5才のお婆ちゃんっ子。 二階のお婆ちゃんの部屋に入り浸っては、本を読んで貰ったり、字を教えて貰ったり、時には、お婆ちゃんが祀る神棚に「なむあみだぶつ」と手を合わせたりしている。 謙太も大きくなったから、神様に手を合わせて「南無阿弥陀仏」とは言わないんだよと教えようと、お婆ちゃんは常々思っている。

 謙太のママは、お婆ちゃんの体を気遣って「一階の部屋に移って下さいな」と言うのだが、「神棚を一階には移せない」神様の上を人が歩くなんて、なんて罰当たりなと、頑として受け入れない。
 トイレは二階にもあるから良いものの、食事の度に一階のダイニングに下りてくるのは大変でしょう、そうかと言って二階に食事を運び、独りで食事をするのは寂しいでしょうに。 とママが説得しても、「まだまだ大丈夫だよ」と、お婆ちゃんは笑っている。 

   「神棚のことだけど、以前にお婆ちゃんが言っていたわね」
 ママは、お婆ちゃんに話しかける。
   「なあに?」
   「高層住宅で、上階に人がすんでいる場合、神棚の上の天井に…」
   「雲の絵か、写真を貼ればいいってことかい?」
   「そうなんでしょ」
   「あれは、仕方がない時だよ。うちには二階があるのだから」
 謙太は二人の会話を、目を輝かせて聞いていた。 
   「雲の絵、ボクが描く」
 謙太が言えば、お婆ちゃんも耳を傾ける。
   「そうかい、そうかい、じゃあ描いておくれ」
   「なによ、謙太の言うことだったらすぐに聞くのだから」
 謙太は、クレヨンで画用紙いっぱいに青空と雲の絵を描いた。真ん中に白い蝶が飛んでいる。
   「謙太は絵が上手だねえ、おや、蝶々も描いたのかい」
 お婆ちゃんは、目を細めて謙太の頭を撫でた。  
   「うん、蝶々はボクの神様だよ」

 翌年、謙太は小学校へ入学した。 お婆ちゃんに買って貰った大きなランドセルを背負い、元気に学校へ通うようになってまだ三月も経たないある日、学校から電話がかかってきた。 
 運動場で遊んでいた謙太が、突然意識を無くして病院へ運ばれたのだった。ママとお婆ちゃんが病院へ駈けつけたときには、すでに謙太は心肺停止状態で、懸命の救命処置をとられていた。
 やがてパパが駆けつけた頃には、三人は処置室に呼び込まれ臨終を告げられた。何かの原因で気を失い、倒れたときに遊具の支柱か何かに頭をぶつけ、脳内出血が起きた疑いがあると医師は言っていた。

 三人の嘆き悲しみは頂点に達し、殊にお婆ちゃんは葬儀を終え、四十九日が過ぎ、一周忌が過ぎても立ち直れず、みるみる元気を失くしていった。
 お婆ちゃんは、「私が代わってやりたかった」というのが口癖になり、神も仏もあるものかと、神仏を恨んでさえいるようである。それでも謙太の神様と位牌には、花を供えることを欠かさなかった。
 ある年の春、仏壇と謙太の神様に菜の花をいっぱい供えて、
  「ほら、謙太見ておくれ、蝶々の好きな菜の花だよ」
 と窓を開け放ったとき、一匹のモンシロ蝶が部屋に入ってきた。お婆ちゃんが仏壇の前に正座すると、蝶は膝に留まり、肩に留まり、なんだか甘えているようにも見える。
 そこへ、ママがお茶を持って入ってきた。
   「シーッ、静かに、今、謙太が蝶々になって帰ってきているよ」
 まさか、そのような事は有りえないと分かっているが、お婆ちゃんの気持ちを大切にしてあげようと、ママはお婆ちゃんの話に乗っかってやった。
   「まあ、謙太が…」
   「今まで、婆ちゃんにとまって遊んでいたが、今はそれ、菜の花に…」
   「ほんと、お食事中なのね」
 蝶々は、菜の花に飽きると、開けっぴろげの窓から外へ出ていった。 

 それからも、一年に一度だけ、菜の花が咲くころに帰ってきては、ひとしきり遊んでお婆ちゃんが供えた菜の花にとまり、出て行くのであった。 

 その頃には、お婆ちゃんの神様や仏様への恨み言はすっかり無くなり、元気を取り戻していた。
  「今年も、もうすぐ菜の花の咲く季節だわねえ」
 まだ立春の日が過ぎて間もないというのに、逸る気持ちを抑えきれないお婆ちゃんだった。だが、風邪をひき、それが元で肺炎になり、お婆ちゃんは急遽入院してしまった。

 入院して一月も経ったであろうか、その日も洗濯した寝間着を届けに来た嫁に、お婆ちゃんは願い事をした。
   「今日は、謙太が帰ってくるような予感がする、すぐに花屋で菜の花を買って帰っておくれ」
 嫁は言われた通りに家へ戻り、神棚に菜の花を活け窓を開いて待った。お婆ちゃんの予感の通り、やがて今年も紋白蝶が飛び込んできた、
 蝶は、ママの膝には止まらずに、部屋の中をぐるぐる飛び回るばかりであった。
   「謙太お帰り、お婆ちゃんは病気になって、以前にも入院したことのある中央病院の個室に入っているのだよ」
 蝶は諦めたのか、菜の花にはとまらずに窓の外へ出て行った。

 お婆ちゃんは、病室の窓の外に、紋白蝶がひらひら飛んでいるのを見つけた。ナースコールをして、飛んできた看護師に窓を開けて欲しいと頼んだ。体に良くないからと拒む看護師に手を合わせて頼み込み、ほんの少しの間だけ開けて貰った。看護師が部屋から出るのを待って、蝶は病室に入ってきた。
   「謙太かい、よくここが分かったねぇ」
 蝶は胸の上で組んだお婆ちゃんの指にとまり、羽を閉じたまま微動もしなかった。


 ものの10分も、そうしていただろうか、看護師が窓を閉めにやって来た。
   「もう、閉めますね」
 その時、紋白蝶がひらひらと窓の外へ飛び出し、導かれるように紋黄蝶が後に続いた。
   「お婆ちゃん、お婆ちゃん」
 看護師は、医者を呼ぶために病室のナースコールボタンを押した。
   「はい、どうされました?」
 天井のスピーカーが答える。
   「ナースの平沢、お婆ちゃんが呼吸停止です、先生を呼んでちょうだい」
 落ち着き払った看護師の声が、妙に冷たく響いた。
 

  (修正)  (原稿用紙8枚)

猫爺のミリ・フィクション「ミミズの予言」

2014-06-16 | ミリ・フィクション
真冬の河川敷に張られたテントに、初老の親父がカップ酒とカップヤキソバを持って帰って来た。    「うーっ、寒い、寒い」
 なにはともあれ石油ストーブに火を入れ、水の入った薬缶を乗せた。 冷え切った体を温めようと、ストーブの前にどっかと腰を下ろすと、どこからともなく「おじさん、おじさん」と呼ぶ声が聞こえた。 
 男はテントの中を見回すが、誰も居ない。 
   「どこで呼んでいるのかね」
   「ボクはテントの中にいます」
 やはり誰も居ない。 街のコロッケ屋さんで貰って来た排油を欠けた皿に入れ、木綿の太芯を乗せ、その片方の端を皿の縁から出して火を点けた。 ちょっと臭いが、ローソクの代用品だ。
   「どこに居るのだ?出ておいで」
   「ここです」
 こえのする方へ灯かりを向けると、テントシートの上でミミズがくねっていた。 
   「えーっ!君はミミズかい?」
   「そうです」
   「それにしても、ミミズは冬の間は冬眠するのではなかったかい?」
   「それはそうなのですが、このテントの中は暖かいもので」
   「それで目が覚めたのだな」
   「はい、それにおじさんがお粥とか味噌汁をこぼすもので、餌が豊富で」
   「要件は何だ? お礼に竜宮城へ招待するとか」
   「しません。昼間はいいのですが、真夜中は冷え込むので…」
   「一晩中ストーブを焚けとでも?」
   「いいえ、そこまで厚かましいことは言いません」
   「じゃあ、なんだ」
   「ワタシを抱いて寝てください」
   「お、おまえ…」
   「違いますよ。ワタシ男の子です」
   「嘘つけ! ミミズは雌雄同体だろ。それにしても冷たそう」
   「最初だけですよ。ふーっ、暖かい」
   「こらこら、パンツの中に入るな」
   「あっ、おじさん、先客のミミズがいますよ」
   「やかましい!」
 ミミズは、急に改まって、
   「ボクには未来が見えます。えーと、この近くで…」
   「何か起きるのかい?」
   「はい、そこの川べりで、ならず者が二人喧嘩をします」
   「それで?」
   「一人が逃げて、もう一人が追いかけて逃げた男を刺し<ます」
   「それは大変だ」
   「刺された男が傷を押さえて、財布を落とし去って行きます」
   「そしたら?」
   「お礼に、その財布をおじさんにあげますよ」
   「ばかばか、そんなのをのこのこ拾いに行ったら刺した犯人に間違われるよ」
   「そうかなあ」
 
 間もなく、その通りのことが起った。 丁度その時間、念の為におやじとミミズは近くのコンビニに避難していて、事件に巻き込まれなくて済んだ。 おやじは考えていた。 こいつは使えるぞ、と。
   「夜が明けたら、お馬さんを見に連れていってやるよ」
  
 夜が明けると、ミミズはおじさんの尻の下で押し潰されて’のし’のようになっていた。


  (修正)  (原稿用紙4枚)

猫爺のミリ・フィクション「心霊写真」

2014-02-28 | ミリ・フィクション
 彼は心霊写真家である。 ただし、商売上、心霊写真家と名乗る訳にいかないらしく、彼の名刺には「写真家」と印刷してある。 作品は、偶然に奇怪なもの(モップの影や壁のシミなど)が写り込んだもの、人為的に写し込んだもの、写真に手を加えたものなどが有る。 販売対象は、テレビの「恐怖体験番組」などのほか、個人の悪戯用、プログやホームページへの張り付け用にネット販売をしている。 要望があれば、UFO写真や、動画なども作成するそうだ。

 テレビ番組用には、写真や動画の販売のほか、番組で写真を公開した折に、タイミングよく悲鳴をあげる通称「キャーギャル」の斡旋もしているらしい。 キャーギャルが一人居るだけで、スタジオに招いた若い女性などがつられて叫びをあげるので、番組が盛り上がるのだと彼は言っていた。

 私は医師であるが、もう一つの肩書は「心霊現象研究家」である。 世間は私のことを「スピリチュアルカウンセラー」だと思っているようだが、それは間違いだ。 私は心療内科医として、心霊現象に悩む人の心を研究し、心理カウンセリングを行っているのだ。

 彼は人伝に聞いて「奇怪な現象に悩んでいる」と私の所へ相談に来た。 写真を撮ると、どの写真にも同じ女性の顔が映り込むのだそうである。 カメラを替えようとも、ロケーションを替えようとも、やはり写り込んでしまう。 自分は心霊など信じたことが無かったのに、これはどうしたことかと今までの女が映り込んだ写真を差し出した。 写真をみて驚いている私の表情を、心配そうに覗き見て、    「この女性が誰なのか心当たりがないのです」と付け加えた。 姉に似ているような気もしないではないが、彼女はアメリカ人の青年と結婚をして、長年日本へは帰っていないという。 母は彼が生まれて間もなく亡くなっている。 彼は自分のことを「全く女性にモテない」と語る。 付き合った彼女は全くいないのだそうだ。

   「わかりました。 暫く女性が写った写真は全て私に預からせて下さい」
 彼は写真を集めると封筒に入れ、メモリーを添えて私に手渡した。 週一のカウンセリングを予約し、彼は帰って行った。 毎週のカウンセリングに、忘れずに除霊と称して催眠術をかけた。

 二か月後に、
   「もう大丈夫です。 あなたに憑いていた霊は成仏しました」と、言って写真を返した。
   「ご覧なさい、女性の顔は消えてしまいましたよ」
 彼は頷いた。
   「確かに消えています。 有難うございました」

    彼が帰ったあと、看護師が寄ってきて尋ねた。
   「どうして、写真に写り込んだ女性の顔が消えてしまったのですか?」
   「あれは、彼の未だ見ぬ母親の顔だったと思いますよ」 さらに付け加えた。
   「始めから写真に女性の顔は写っていませんでした」
 彼の心の深層に母親への憧れと、心霊を商売にしている自分に、少し罪意識を持っていたようだ。

(原稿用紙4枚)

猫爺のミリ・フィクション「幽霊粒子」

2014-02-27 | ミリ・フィクション
 質量ゼロである素粒子が、質量を持つ矛盾を解き明かすために、ヒッグス博士がそれまでに発見・分類された16の素粒子の他に、もう一つそれらの素粒子に質量をもたせる素粒子がある筈だと仮説を立てた。 それを2012年の12月に実験により証明し、「ヒッグス粒子」と名付けられた。 質量ゼロの素粒子が質量を持つ仕組みは、素粒子はヒッグス粒子がびっしり詰まった中に存在して、ヒッグス粒子に押さえ付けられているからだ。 即ち、宇宙空間の何も無いと思われていたスペースも、ヒッグス粒子で埋められていたのだ。

 ヒッグス粒子が証明されてから約10年後に、日系のアメリカ人であるティーズウォーター博士が、ヒッグス粒子の中にちょっと変わった粒子が存在することを発見した。 後に博士はこのヒッグス粒子を「幽霊粒子」と名付けた。 「幽霊なんかないサ」、「お化けなんかないサ」 と思われていた霊は、ヒッグス粒子であったのだ。 例え、「幽霊は存在する」と信じていた人が居たとしても、それは昔からの言い伝えを盲信していたに過ぎない。 しかし、幽霊粒子の発見により、幽霊の存在は揺ぎ無いものになった。

 その仕組みはこうである。 記憶は、すべて脳細胞に蓄積されているように思われていたが、脳細胞だけでは一人の膨大なデータを記憶しきれない。 実は、脳細胞の他に外部記憶装置(外付けHDDみたいなもの)が必要で、それを担っていたのが体内にビッしりと詰まったヒッグス粒子の中の幽霊粒子であったのだ。

 人が亡くなると、霊がスーッと屍から離れて行くイメージがあったが、それは違っていた。 霊はその場に留まり、屍の方が棺などに納められ霊から離れていくものなのだ。 霊即ち幽霊粒子は、亡くなった人の形でその場に留まり、その幽霊粒子たちはそれぞれ記憶を持っている。 ティーズウォーター博士が、ちょっと変わった粒子と思ったのは、この記憶を持ったヒッグス粒子だったのだ。

 幽霊粒子は、やがて時間と共に記憶を無くして、普通のヒッグス粒子に戻る。 人間、特に仏教の信者は、霊は西方10万億土彼方の極楽浄土へ行くと思わされているようだが、そもそも西方というのがおかしい。 今朝、信心深い仏教の信者が西方の極楽浄土に向いて手を合わせたとしよう。 この信者、夕方にも西方に向いて合掌した。 朝、極楽浄土に向かい合掌したのが正しいとすれば、夕方は極楽浄土にケツを向けて合掌したことになる。 なぜなら、その間地球は180度回転したのだから。

 極楽浄土など元から無かったもので、死者の霊も極楽浄土へ向かう筈がない。 では、どこに向かうか? ここでしょう。  地球上で死んだものの霊は、暫くは地球の周辺に存在し続ける。 やがて幽霊粒子はただのヒッグス粒子に戻って、霊は消えてしまうのだ。
 博士は、まだ屍から引き離されたばかりの幽霊粒子を、これから生まれて来る胎児に入れようと企んでいた。 新婚旅行で日本へ来ていた大阪育ちの新郎新婦が乗ったタクシーが事故に巻き込まれ、新婦は新郎が咄嗟に庇ったために無傷であったが、新郎は意識不明の重体でアメリカへ帰国し、病院のべツドで息を引き取った。 新郎が偶々博士の甥っ子だったことから、甥っ子の魂をその実子である胎児に生まれ変わらせたいと新婦に話をしたところ、「愛しい夫が生まれ変わってくるなら」と、快く承諾してくれた。

 新郎が息を引き取ったベッドから、遺体は棺に納められ、博士はその空いたベッドに新婦を寝かせた。 これで24時間、博士が発見した電磁波μ線を照射し続けると、幽霊粒子が母親の体内に入り込み、やがて胎児の体内に入るというのが博士の推論である。 その間に通夜が行われ、新婦がベッドから解放されるころには葬儀が始まっていた。
 博士の思惑が的中して、約3ヶ月後、新婦の妊娠が判明した。 さらにそれから2ヶ月後の検診で、病院の産科医が超音波診断装置のモニターを覗きながら言った。 「元気な男の子です。ほら御覧なさい。ここにおちんちんが見えるでしょ」 と、ボールペンでそのあたりを指した。

  胎児は順調に育ち、臨月を迎えていた。 少々長いお産だったが、助産師が臍の緒を切って赤子を抱き上げ、お尻をペンペンとぶったところ、元来なら大声で泣く筈の赤子が、可愛い声で「あー、ビールが飲みてえ」 と、言った。 助産師は、あまりにも驚いたので、赤子を落としそうになると、「落さんといてや」 と、赤子は関西弁で言ったのであった。  (添作再投稿) (原稿用紙6枚)

猫爺のミリ・フィクション「疑惑」

2014-02-26 | ミリ・フィクション
 大川の土手沿いの道をふらふらと歩いているのは、裏山で伐採した竹を使って笊(ざる)を作り、町で売って生計を立てている孫助である。   今朝は十枚の笊を持ってきたが、全部売りさばいてほくほく顔で戻りしな、付けて来た若い男のスリに巾着を摺られてしまった。 代官所に届けようかとも思ったが、どうせ「お前がぼんやり歩いているからだ」と、嘲笑されて追い出されるのがオチだ。 諦めて帰ろうとしたが、昨日から何も食べていなかったので、眩暈がしてきた。 柳の木に凭れて休憩をしていると、なりの良いヤクザ風の男が声を掛けてきた。    「おいどうした若いの、どこか具合でもわるいのか?」   孫助は正直に訳を話した。    「掏摸に巾着を掏られ、文無しで腹が減って動けない」    「それは災難だった、すぐそこに茶店があるから何か食べ物を腹に入れなせえ」  男は肩を貸し、茶店まで孫助を連れて行った。     「団子しかないそうだが、金は儂が払ってやるから存分に食え」    「はい、ありがとうございます」 孫助は深々と頭を下げ、団子にむしゃぶりついた。    「お前が掏(す)られた金はいくらだ、気の毒だから俺が出してやろう」  孫助は驚いた。 団子を食べさせてくれた上に、掏られた金まで呉れるという。 のろまなわりには勘が鋭い孫助は、「何か裏があるぞ」と、内心「キッ」と身構えた。 妻や子が待っているのかと問われて、つい「居ません」と、本当のことを言ってしまったのも気がかりだった。    「ひとつ、儂の頼みを聞いてくれんか」  それ、おいでなすったと、自分の勘が正しかったことを自負した。     「何でございましょうか?」    「日当を出すから、わしに付いてきてほしい」  この男の魂胆が判ったぞ。 俺を人殺しの現場に連れて行き、俺はバッサリと切られて匕首を握らされ、人殺しの罪を着せられるのだ。 孫助はヘビに睨まれた蛙のように従順になっていたが、勇気を振り絞って男の隙を見て逃げようと決心していた。    「入ってくれ」と、薄汚い長屋の一軒に導かれた。 戸を開けた瞬間に、血まみれの死体が横たわっている…訳ではなかった。 家具もなにもないがらんとした部屋の隅の木箱の上に、小さな不動明王の像が置いてあった。     「あゝ、不動明王の像が気がかりか? それは恩ある姐御が、乳の横に岩のように固いしこりが出来て、医者にあと半年も持たないと言われたのだ」 それで、不動明王を祀り、朝な夕なに姐御の命が伸びるように祈願しているという。   訊きもしないのに、男はベラベラと説明した。 そうか、「これだな」と、孫助はおもった。 男が言っているしこりは、乳岩(現在の乳がん)といって不治の病だとお爺いから聞いたことがある。 乳岩には、生きた人間の肝が特効薬とも。 俺は手足を縛られて腹に短刀を突きたてられ、生きたまま肝を抜き取られるのだろうと、恐怖に体が震えた。    「どうかしたのか?」と、怪訝がる男に、    「いえ、なんでもありません」と言ったつもりだったが、多少舌が縺れて余計に不審に思われたようだった。    「それで、わたしはどうすればよいのでしょう」 孫助は度胸を据えて訊いた。    「今夜、ここに泊まってほしい」     「えっ」と孫助は驚いた。     「わたしは何をすれば良いのでしょうか?」    「何もしなくても良い、ただ儂の横で寝ていてくれれば良い」  わかったぞ、この男は世に聞く「男色」だなと、孫助は思った。 一緒に寝ていて、男の手が褌に伸びてきたら、枕元の着物を抱えて逃げ出そうと用心していた。   昨夜孫助は一睡もできなかったのに、男は手を伸ばしてくるでもなく、高いびきで寝ていた。 翌朝、男は大きな欠伸をして、「あゝ、久しぶりによく寝た」といって、背伸びをした。    「どうして、わたしを?」    「大きな声では言えんが、わしは蜘蛛が嫌いで…」  四、五日前に、寝ていたら、顔の上になにやらモソモソするものが掛かって、振り払い灯かりを点けてみたら、大きな蜘蛛が天井から下がってきたというのだ。    「あと一つ、すまんが天井裏を覗いてみてくれないか」と、男。  孫助はぞっとした。 天上裏に、しゃれこうべがごろごろしている様子を思い浮かべたのだ。 恐る恐る天上裏の蓋を開けて、ソーッと首を出し見回したが蜘蛛は居ず、骸骨もなかった。    「何も居ません」    「そうか、よかった」  男は約束の金を孫助に渡すと、    「ありがとな」と言って、帰してくれた。    (添削再投稿)  (原稿用紙6枚)

猫爺のミリ・フィクション「葛の葉」

2013-05-04 | ミリ・フィクション
 ときは村上天皇の時代、安倍保名(あべのやすな)が信太の森(しのだのもり)に出かけた折に、狐の生き肝(いきぎも)をとるために来ていた武士に追い詰められて逃げてきた白狐を、身を挺して助ける。 狐は逃げ果せるが、安名自身は傷を負わされてしまった。 森の中でうずくまっていると、そこへ偶々通りかかったという若い女しょうの手当を受ける。 陽も既に落ちかかっていたので、女しょうはすぐ近くの熊が掘ったと思われる洞穴へ保名に肩を貸して連れて行き、そこで夜明けまで手厚く看病をした。 保名が女しょうの名を訊くと、「葛の葉」と名乗った。

  保名「かたじけのうござった。おかげですっかり痛みもとれもうした」
  葛葉「それはよう御座いました。間もなく陽が昇りましょう、お屋敷までお送りいたします」
 葛の葉は、それから毎日のように屋敷を訪れては保名の世話をしてくれる。 保名の感謝の気持ちがやがて恋にかわり、葛の葉もまた保名を慕う様になる。 ある日、保名は思い切って告白するのであった。
  保名「どうだろう、私の妻になってくれないか」
  葛葉「嬉しゅうございます。どうぞお傍に置いてくださいませ」
 やがて、二人は男の子を授かり、「童子丸」と名付ける。 童子丸が五才になったおり、昼寝から覚めた童子丸は母の姿を目で探した。 いつもなら、童子丸が目を覚ますと、傍らで縫い物などしているのであるが、今日は姿が見えなかった。 風呂場で音がしたような気がしたので覗いてみると、白い狐が湯浴みをしていた。 子どもながらに、見てはならないものを見てしまったような後ろめたい気持ちになり、黙って布団に戻り寝たふりをしていると、母が何事も無かった様に戻ってきた。 童子丸は、夕刻帰宅した父保名にそのことを告げるが、父は「夢でも見ていたのであろう」大笑いをして、そのことを葛の葉に話した。 葛の葉は、いきなりその場に伏して、泣きながら正体を明かした。
  葛葉「黙っていて申し訳ありませんでした。 実は私は信太の森で貴男様に助けられた白狐でございます」
 保名は、腰も抜かさんばかりに驚いた。
  葛葉「私のために傷を負われた貴男様 に、せめてものお礼にと傷のお手当をさせて頂くうちに、愛しい気持ちに変わり、ご厚意に甘えてしまいました」
  保名「お礼を言うのは私の方だ。 よく尽くしてくれました」
  葛葉「でも、正体が知れてしまいましたからには、私はもう貴男様のお傍には居られません。お暇を頂戴して、信太の森へ帰ります」
 保名は「どうぞ行かないでくれ」と宥め、童子丸も泣いて縋ったが、「これは森の掟」と、葛の葉は泣きながら一葉の色紙に歌をしたため童子丸に手渡し、信太の森へ帰って行った。

   ◆恋しくば 尋ね来て見よ 和泉なる 信太の森の うらみ葛の葉◆

 (母が恋しくなったら、和泉(今の大阪和泉市)の信太の森へどうぞ尋ねきて、葛の葉の裏を見て下さい)

 保名は童子丸をつれて葛の葉に逢いにでかける。
  母の姿を見つけ「母上!」 と叫び、駆け寄る童子丸を葛の葉は抱き上げ、涙を流しながら、
  葛葉「よく来てくれました。母もお逢いしとうございました」
  保名「葛の葉も壮健でお暮しであったか」
 三人は再開を喜び合った。 分かれて、まだ一ヶ月しか経っておらず、ちょっと大袈裟な彼らではあったが…。 

 葛の葉は、我が子童子丸のために、金の箱に入った水晶玉を土産に持たせてくれた。
  葛葉「困ったときは、この水晶玉に祈りなさい。きっと助けてくれますよ」

 童子丸は長じて名を「晴明(せいめい)」と改め、陰陽師(おんみょうじ)となって母葛の葉に貰った水晶玉に念じ、村上天皇の病を治す。 ここからの安倍晴明(あべのせいめい)の活躍は、映画「陰陽師」「続陰陽師」で知られるところである。 

  (修正再投稿)  (原稿用紙5枚)  

猫爺のミリ・フィクション「山姥(やまんば)」

2013-05-04 | ミリ・フィクション
   「で、出ましたっ!」
 日もとっぷり暮れて、里の家々から油灯の灯りが漏れ始める頃、村の庄屋の表戸が叩かれた。 何事かと庄屋が自ら戸を開けてみると、新田(しんでん)の爺の倅の瓢助であった。
   「お庄屋さん、出ました」
 走って来たらしく、真っ赤な顔をした瓢助が息を切らしていた。
   「なにが出たのじゃ、猪か? 熊か?」
   「これ、これです」と、手の甲を垂らして芝居で見る幽霊の恰好をして見せた。
   「幽霊じゃと、なにを馬鹿なことを、お前さんまだ宵の口じゃというのに寝ぼけておるのじゃな」
   「違いますよ、本当に出たのですから」
 新田の爺の使いで隣村まで行った帰り道、日が暮れてきたので急ぎ足で独り暮らしの山家のお婆が住む北山の麓あたりに差し掛かったとき、木陰に山家のお婆が佇(た)って手招きをしていたと言うのだ。
   「お婆、どうしなすった。 近頃は村に姿を見せないじゃないか」
   お婆は、何も言わずにお婆の棲家のあばら家を指さし、スーッ宙に浮かぶように瓢助を導いて行った。 瓢助は気が急いていたが、無碍に無視することも出来ずに付いて行くと、お婆は家の中へ入っていった。 瓢助も導かれるままに家に入ると、プーンと微かな腐臭がした。 薄暗い家の中を凝らして見ると、髪の毛が乱れたほぼ白骨化した死体がそこに有った。 瓢助は、それが山家のお婆の屍であると直ぐに気付いた。
   「お婆、何処に居なさる?」
 やはり、瓢助の前に家に入った筈のお婆の姿はなかった。 表に出てみると、お婆が立っていた。 今度はお婆の家から少し離れた柿の木の根元を指さし、両手を合わせながら、お婆の姿は消えていった。 もうすっかり暗くなってはいたが、柿の木の下に薄っすらと盛り土が確認できた。
     「お婆、明日また来るからな」と、姿が見えないお婆に話しかけ、急いで村まで帰ってきたのだ。
     「明朝、お婆のところへ行って、お婆の屍を埋葬して来ようと思います」 と、瓢助が庄屋さんに告げると、
   「それなら、私も行きましょう」
 庄屋は快く埋葬に立ち会ってくれることになった。
   「賢頌寺の和尚にも行って貰いましょう」
 瓢助の父、新田の爺も「わしも行って、お前の手伝いする」と、申し出た。

 翌朝、「私は和尚と後から行く」という庄屋を残して、瓢助は穴掘り鍬を担いで、新田の爺は鋸と和釘を持って、父子はお婆の家に向かった。 家に着くと、爺は瓢助に墓穴掘りをまかせて山家のお婆の屍を確かめて掌を合せ、暫くは念仏を唱えていたが、徐に立ち上がると、「どうせ倒されて焼かれる家だから」と、家の床などを斫って、板切れを集めはじめた。
 墓穴は見晴らしの良い畑の隅を選んで掘り進めた。 爺は、器用に板切れを継ぎ合わせて棺(ひつぎ)を造った。 当時は棺桶と言って丸い桶を棺にしたが、すぐさま手に入るものではなく、爺の気転で箱を作りあげたのだ。 爺が仕事を終えて一服煙管(きせる)をくゆらせているところへ、庄屋と和尚が駆けつけた。 和尚に経を唱えて貰う傍らで、庄屋に手伝って貰い新田の爺がお婆の屍を棺に納めると、折良く瓢助が「穴が掘れたから見てくれ」と、言ってきた。
   埋葬を終え、和尚が用意してくれた戒名が書かれた卒塔婆(そとば)を取り敢えず立て、ささやかながらお婆を葬ったとき、瓢助は「あっ」と、素っ頓狂な声を上げた。 お婆が柿の木の下を指さしたことを忘れていたのだ。
    「お婆の亡霊はあの盛り土を指さした、あそこが気懸りなのでしょう」
 瓢助が言ったので、「それでは、掘ってみよう」と言うことになった。 掘り進めるまでもなく、一体一体丁寧に筵で包まれた小さな人骨がたくさん出てきた。 そのあまりにも小さいことに、一同は唖然となった。
      「なんだ、これは?」
 新田の爺が、その稀有な光景に度肝を抜かれていた。
    「生まれたばかりの子供の骨じゃろ」
 和尚が言った。
    「もしやお婆は山姥だったのでは?」と、新田の爺が言ったので、瓢助は背筋が凍るような恐怖を覚えた。 山姥は死んでもすぐに生き返ると、子供の頃に聞いたことがあるからだ。
 その場は、そっと埋め戻して村へ帰り、瓢助は近隣の村々に生まれたばかりの子供がさらわれた事実はないか訊いて回ることにした。 そんなことがあれば、必ず庄屋の耳に入っているに違いない。 瓢助は近隣の庄屋に訊いて回ったが、いずれも「知らない」という答えだった。 瓢助は、勇気を振り絞って、もう一度独りでお婆の幽霊に逢ってみようと決心したのは、それから数日が経ってからであった。

 新月の夜が更けて、瓢助は提灯の灯りを頼りにお婆の家に向かった。 やはりお婆は成仏せずに、あの木陰に佇んでいた。
      「お婆、教えてくれ、柿の木の下の子供たちは何処から連れてきたのだ」
 返答はなかった。
    「お婆は山姥か? そう思われても良いのか?」
 軽く、ゆっくりと首を横に振った。
    「では、子供は遠くの村からかっさらって来たのか?」
 やはり、首を横に振った。
    「近くの村からだというのか?」
 お婆は、こっくりと肯いた。 瓢助は暫く考え込んだが、すぐに理解できたようだった。
    「お婆、そうだったのか、俺は解ったぞ」と、手を打って叫んだ。
 庄屋から伝わったのであろう、村にはもう「山家のお婆の正体は山姥だった」と、噂されていた。 さらに、赤子を攫(さら)ってきては食っていたと、実しやかに尾鰭さえ付いていた。 瓢助は、村の主(おも)だった年寄りに集まって貰い、山家のお婆の名誉のために説明した。
    「 お婆は山姥なんかではない」と、前置きをして、自分の推理を語った。
 瓢助の住む村は、比較的地の利で肥沃な土地に恵まれているが、土地が痩せ、或いは水不足の村では生まれて来る子供をみんな育てることは出来ない。 当時は避妊や堕胎の知識は殆ど無く、4人目、五人目などは産婆に頼み込んで「死産」ということにして生まれてきた赤子を殺してもらう。 その死骸を他人に気付かれにくい山家のお婆に託していたのだ。 近隣の村々の産婆や貧しい村人たちには、山家のお婆は救いの神とも思えたに違いない。

    「どうか、山家のお婆の噂は、この村だけに納めてほしい」
 瓢助は懇願した。 その甲斐あって、噂は近隣に伝わることはなかった。 瓢助は、子供たちの亡骸をお婆の墓の傍に丁寧に改葬し、まだ俗名すらも無い赤子たちを「水子の霊」として、お婆と共に墓標に刻んだ。

 現在では水子と言えば胎児に限っているが、瓢助の生きた時代では幼児も含んだのだ。
    「お婆、野花を摘んできたぞ。 赤子たちには、団栗(どんぐり)だ」
 その瓢助が供えた団栗のひとつが、やがて芽を吹き椚(くぬぎ)の壮年樹になった。 瓢助が亡くなって、半世紀後のことである。

  (修正再投稿)  (原稿用紙8枚) 

猫爺のミリ・フィクション「剃毛」   (原稿用紙11枚)

2013-05-04 | ミリ・フィクション
  「これっ定吉、ちょっとおいなはれ(来なさい)」
 お家はん(店の主人の妻)の呼ぶ声に、蔵の荷物整理を手伝っていた丁稚定吉は、ピクンと反応して飛び出してきた。
  「お家はん、お呼びで…」
  「今からだんさん(旦那さん)がお出かけだす。お前、だんさんのお伴をしておくれ」
  「へーい、ほんなら奥で仕度をしてきます」
  「なんや?仕度て。そのままの恰好でよろしおますがな」
  「ちょっと、前垂れ(前掛け)を外すだけだす」
 この時代、電話みたいな便利なものはない。 子供を一人連れていると、店に用事ができた時に重宝する。 早く言えば、定吉は携帯電話のようなもの。
  「越後屋さんのご隠居と、将棋を指さしに行かれる」
 ちょっぴり不審げなお家はん。 将棋を指すとかなんとか言って、近頃頻繁に出かけるので、もしや妾を囲っているのではないかと疑っている。 定吉は、お家はんに手懐けられた監視役でもあるのだ。
  「越後屋さんは上得意でおますから、これもわしの仕事だす」
 だんさんは、面倒くさそうな振りをして見せて、
  「定吉、ほんなら行こうか」
  「へーい」と、定吉はご機嫌。 久しぶりに散歩に連れて行ってもらえる飼い犬のようだ。
  「だんさん、今日はどちらのお妾さんの方へ?」
  「はいはい、今日は長町の…  これ、余計なことを訊きなさんな」
 定吉、ペロッと赤い舌を出す。
 この丁稚定吉は、子供の癖に知恵が働き、お家はんと、だんさんの両方に手懐けられたふりの股座膏薬で、あっちに付いたり、こっちに付いたり。

  「まあー、だんさんお越しやす」
 長町の妾宅に着くと、若いおとよが迎えに出てきた。
  「変わりないか」
  「へえ、だんさんが暫くお越しやないので、病気でもなさっていないかと心配しとりました」
  「そうか、わしはこの通り元気だすけど、お家が勘付いたらしくて今日も定吉に伴をさせよった」
  「定吉とん、ご苦労さんだしたな」と、おとよ。
  「定吉とん、これお小遣い五十文あげますよって、いつものように半時(一時間)ほどどこぞで、おうどんでも食べて時間を潰してきておくれ」
  「へーい、心得ております」
 おとよから五十文受け取ると定吉は喜び勇んで妾宅を飛び出していく。 一方妾宅では、まだ日が高いというのに雨戸をピタッと締め切り、なにやらチンチンカモカモ。
  「おうどん十六文、飴玉二文と、後は大切に取っておいて…」
 町を見物して歩き、「そろそろ半時になるかな」 と、定吉独り言。
  「だんさん、もうご用はお済みだすか」と、妾宅の裏口から声を掛ける。
  「定吉、戻ってきたか。なんやニヤニヤして、気色悪いやつやなァ」
  「お家はんに何も喋らしません。わたいだんさんの味方だすさかい…」
  「何や、揉み手なんかして、口止め料をせしめようとしてなさるのか?」
  「そんな、大それたこと考えておまへん。ただ、お家はんに問い質されたときに内緒にする自信がなくて…」
  「こいつ悪い奴やなァ、主人を脅迫しよる。ほんなら二十文やるから」と、話しているところへおとよが来て、
  「だんさん、そろそろうちのことをお家はんに話しておくれやす」
 こそこそ隠れて暮らす妾でなくて、公然妾にして欲しいと願うのだった。
  「それが、わしは婿養子やさかい言い出しにくいのや。 それにお家は無類の焼き餅やきやでなァ」
 その内、折を見て話すから、今しばらく我慢してくれと宥めた。

  「だんさんのお戻りだす」 定吉の声に、
  「だんさん、お帰りやす」 と、 店の者たちが口々に言いながら迎えに出てきた。
  「だんさん、お疲れだした」
 お家も出てきたが、 なにやら棘のある出迎え態度。
  「定吉、ちょっとおいなはれ」
 お家は、定吉を奥の座敷に連れて行くと、
  「定吉、お前だんさんのお伴で、どこへ行ってなさった」
  「へーい、越後屋のご隠居…」
  「嘘を言いなはれ、女中を越後屋さんへやったら、越後屋のご隠居さんは四日前から有馬へ湯治に出かけて留守やそうやないか」
  「えーっ、それが…」
  「嘘ついたら、閻魔さんに舌抜かれるし」
  「そんなー」と定吉、悲鳴みたいな受答え。
  「だんさんに口止めされていますさかい、おてかけさんのところへ行っていたなんか言えまへん。それに、おうどん食べておいでと、おてかけさんが五十文くれたことも内緒だす」
  「言いたくなかったら、言わんでもええ、そやけど、一つだけ聞くけどその妾どんな女やった」
  「口止めされていますさかいに言えまへんが、若くて奇麗なお人だしたような気が…」
  「そうか、定吉は口が堅とうおますなァ」
  「へえ」
 お家さんの嫉妬の炎がメラメラ燃え上がる。 妾宅へ乗り込んでやろうか、それともだんさんを放り出してしまおうかとも考えたが他人の目が恐いし店の信用にも傷が付く。
 お家はん、はたと思いついて掌を打つ。 だんさんに晩酌を勧めて寝かしつけると、寝所に隠しておいた鋏を取り出し、よく眠っているだんさんの褌を解くと、縮れた毛をチョキチョキと五分刈りにしてしまう。 だんさん、朝目覚めると股間がチクチク、「えーっ」と、びっくり仰天。
  「誰や、こんな酷いことをしたのは」 と喚いてみたが、こんな事ができるのは女房しかいない。
  「ほんまにお家は、殺生な奴や」 と、黙り込んでしまう。
 それでも約束をしていたので、今日は埋田(うめだ)のちょい年増 おたか の妾宅へ定吉を連れてやってくる。
  「おたか、何とかしてくれ。 股がチクチク痛い」
  「だんさん、どうしはりましたん」
  「あんなー、女房の奴に、酷いことをされたのや」 と、着物の裾を開いて褌を外してみせる。
  「ひやー、だんさん門口でなにしはりますのや」 と、両手で自分の顔を隠すが、そこは百戦錬磨の元芸者。
 だんさんを座敷に上げると、奥に入りなにやら準備をしている。
  「だんさん、そこに仰向けに寝て、下帯(褌)をとりなはれ」
  「こうか? 何をするのや」
  「まあ、任しときなはれ」
 定吉は縁側に腰を掛けて、だんさんのみっともない姿をニヤニヤしながら見ている。
  「定吉をどこかに遣りなはれ、あいつ店に戻ったらお家に何を告げ口するや判らん」
  「定吉とん、そんな可愛い顔して、告げ口なんかするのでっか」
  「お家はんに脅されたら、つい喋ってしまいますねん」
  「そうでっか、定吉とんは、だんさんとお家はんの間で可哀想やなァ」
  「へえ、辛うおます」
  「わたいのことはいずれ判ることやし、てかけはだんさんの甲斐性だすから話してもかいまへん(構わない)」
  「へえ、喋らへん積もりだす」
  「ほんなら、これ五十文おます。そっち角に美味しいぜんざい屋がありますさかい、食べて来よし」 と、方角を指さす。
 定吉、表に飛び出すが、だんさんの恰好を思い出して「ぷっ」と吹き出し、お金は使わずに神社の境内へ鳩を見に行った。

  「だんさんのお帰りだす」 と、定吉。
  「だんさんお帰り」「だんさんお帰り」「だんさんお帰り」と、お店の衆。
  「今日は、お早いお帰りで…」
 例によってお家の棘のある、その上今日は含み笑いを交えたお出迎え。
  「定吉、ちょっとおいで」
  「へーい」 そら来たと身構える定吉。
  「今日はどこへ行ってきたのや?」
  「埋田のおてかけさんのお宅だす」
  「へえー、埋田にも囲っているのか。そんなことをペラペラ喋ってもええのか?」
  「わたいは、お家はんの味方だすさから」
  「あゝそうか、それは感心やな。それで何か変わったことはなかったか?」
  「へえ、いつも通りお茶を飲んでお話をして帰って来はりました」 と言ってから、
  「あゝそうや、だんさんはお髭を剃ってはりました」
  「見たんか? 髭剃るとこ」
  「いえ、音だけ聞きました」
 お家はん、おかしいなと首を捻りながら奥の座敷へ引っ込んだ。 夜更けて、だんさんを寝かしつけ点検をしてみると、五分刈がクリクリになっている。 しかも椿油を塗りこんでツルツル、テカテカ。

  「だんさん、三日と上げずに来ておくれやす。チクチクしないうちに剃ってあげます」 と、おたか。
  「なんや、わたい癖になりそうだす」 とも。

 お家はんが、こんな悪さをしたばっかりに、だんさん今までよりも頻繁にでかけるようになってしまった。