長内那由多のMovie Note

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『ファーゴ シーズン4』

2021-08-12 | 海外ドラマ(ふ)
※このレビューは物語の結末に触れています※

 96年に公開されたコーエン兄弟による傑作『ファーゴ』を原作とした本シリーズは、シーズンを追う毎に兄弟の作風から離れ、ショーランナーであるノア・ホーリーの独自色を強めていった。このシーズン4は1950年代のカンザスシティを舞台にしており、もはやファーゴ地方の話ですらないのだが、そんなことはどうでもいい。今や"ファーゴ”とはコーエン兄弟に始まり、ノア・ホーリーによって深化した神話世界を指すのだ。

 シーズン3が終了した2017年当初、ホーリーは次シーズンの製作について「然るべきアイデアがまとまったら」といった旨の発言をし、これまでよりもブランクが開くことを示唆していたように記憶している。ホーリーは17〜19年に『レギオン』シーズン2、3も掛け持ちしていたが、思いの外早く2020年にシーズン4は実現した。この"速さ”にこそ今シーズンの意味がある。

 ドラマはカンザスシティのギャング抗争の歴史を紐解くところから始まる。アイルランド系とイタリア系による対立は互いの息子を交換する政略養子によって和平を保つが、そこには裏切りもつきまとった。アイリッシュの養子ラバイは転じて内通者となり、抗争はイタリア系の勝利に終わる。時は移ろい1949年、ジムクロウ法を逃れたアフリカ系組織の台頭によって再びカンザスシティに暗雲が立ち込め始める。

 シーズン3がコーエン兄弟のオリジナル映画とほぼ同じ舞台設定を用意しながらトランプ時代のオルタナファクトを背景にした難解作であったのに対し、シーズン4は驚くほど明朗なストーリーテリングだ。ポーラ・ウィドブロらによる撮影はついにコーエン兄弟の常連、巨匠ロジャー・ディーキンス撮影監督に肉薄し、ホーリー組はいよいよ完成された感がある(常連ジェフ・ルッソの音楽も楽しい)。そしてイタリア系とアフリカ系の対立という構図は当然、Black Lives Matterに代表される2010年代の人権運動、人種対立を映し出す。シーズン4がこれだけ早く登場した理由はノア・ホーリーが時代と大統領選挙に反応した結果なのだ。


【シリーズ史上最多のキャスト】
 そんな本シーズンにはシリーズ史上最多のオールスターキャストが揃った。アフリカ系組織のボスには意外なことにコメディアンのクリス・ロック、イタリア系にはウェス・アンダーソン作品の常連でもあるジェイソン・シュワルツマンがキャスティングされている。いわゆる“ギャングもの”のゴッドファーザーにイマイチ軽い彼らが配置されている事からも、主眼が人種対立ドラマにある事は明らかだろう。組織の“叔父貴”役に『マ・レイニーのブラックボトム』でも名演を披露していた老優グリン・ターマン、保安官役にいつの間にかすっかり貫禄が出てきたティモシー・オリファント、またイタリア系マフィアと内通する刑事にジャック・ヒューストン(ジョン・ヒューストンの孫!)と役者が揃った。

 事件の外側で暗躍する謎の看護婦役には近年『チェルノブイリ』『ワイルド・ローズ』『もう終わりにしよう。』など絶好調の個性派ジェシー・バックリーが扮した。彼女のトレードマークとも言えるクイと上がった口角に本作では邪悪が宿る。シーズン1のビリー・ボブ・ソーントン、シーズン2のザーン・マクノーラン、シーズン3のデヴィッド・シューリスらに並ぶ悪魔的キャラクターと言えるだろう。シーズン4はコーエン兄弟の『ファーゴ』よりも同じ96年に公開されたロバート・アルトマン監督作『カンザス・シティ』のフィーリングに近く、バックリーの演技はさながら当時、怪優道を突き進んでいたジェニファー・ジェイソン・リーを思わせるものがある。


【円環が閉じるが、物語は終わらない】
 第9話『東か西か』は今シーズンのベスト回だ。ベン・ウィショー扮するラバイは組織を裏切り、アフリカ系組織の養子サッチェルを連れて逃亡する。彼らが辿り着いたのはリベラルという名の田舎町で、身を寄せた宿は対立するオーナーによって右と左に客室が分かれており…ノア・ホーリーらしい寓意に満ちたセッティングだ。大人たちが血で血を洗う抗争を繰り広げる中、ただ一人、子供のために命をかけるアイリッシュマン、ラバイこそコーエン兄弟『ミラーズ・クロッシング』への本歌取りであり、まるで後の悲劇を察していたかのようなウィショーの仄暗さはシーズン全体の磁場となっている。

 この第9話は全編がモノクロで進行する。物語の重要なルーツへと遡るエピソードをモノクロで描く手法はPeakTVのトレンド演出だ。しかし、1950年代を舞台とする本作にとって“未来は今”である。サッチェルの正体はシーズン2で登場した“カンザスシティのギャング”マイク・ミリガンだ。ボキーム・ウッドバインが演じた哲人のようなギャングにこんな物語があったのか。しかし彼もまたシーズン2の最後で資本主義化したギャングのシステムに囚われ、埋もれていく。こうして『ファーゴ』は大きく弧を描き、一旦は円環を閉じたように見える。

 続くラスト2話で作劇的スタミナが切れているのが惜しまれるが、ホーリーがどうしても語らずにはいられなかったであろう衝動がこれまでのシリーズにはない魅力を生み出している。いずれまた新たな物語が語られることだろう。
 
 
『ファーゴ シーズン4』20・米
監督 ノア・ホーリー、他
出演 クリス・ロック、ジェシー・バックリー、ジェイソン・シュワルツマン、ベン・ウィショー、ジャック・ヒューストン、グリン・ターマン、ティモシー・オリファント


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