長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『もう終わりにしよう。』

2020-09-10 | 映画レビュー(も)

 主人公は恋人の実家へ向かう車中でふと思う「もう終わりにしよう。」
 演じるジェシー・バックリーのモノローグが延々と続く。この多弁さがチャーリー・カウフマン映画だ。原作はイアン・リードの同名小説でジャンルは“スリラー”に分類されている。ジャンルで映画を見る人には全く理解できない作品かも知れない。

 吹雪の中、車は田舎道を進む。辺りは納屋が点在するのみ。吹雪の間道をドライブした事がある人なら平衡感覚を失う奇妙なトリップの経験があるだろう。デヴィッド・リンチは度々“夜のハイウェイ”というモチーフを用いて深層心理への接続を表したが、『もう終わりにしよう。』の吹雪のドライブも行先は同じである。ジェシー・バックリーの役名が定かではなく、クレジットは“The Young Woman”である事にも注目してもらいたい。

 辿り着いた簡素な農家の周りには風雪で口を開く納屋、羊の死体、豚が腐乱した黒シミという不気味なモチーフが散りばめられており、そこに住むのはトニ・コレットとデヴィッド・シューリスという2大怪優である。明らかにアリ・アスター監督『ヘレディタリー』とノア・ホーリーによるTVシリーズ『ファーゴ』シーズン3の演技メソッドが継承されており、ジェイクの実家が悪夢的記憶の集合体である事がわかる。バックリーはジェイク役ジェシー・プレモンス、コレット、シューリスら3怪優を相手に見事な演技ラリーを繰り広げ、今年最上級のアンサンブルだ。

 映画の大半はジェシー・プレモンスとのドライブシーンで構成されており、『エルカミーノ』を見ていなくても2時間のドライブは緊張感でいっぱいだ。
 その光景を誰かが覗き見ている。何事も成さぬまま年老い、学校の用務員に収まった憐れな老ジェイクだ。彼の“起こり得たかも知れない”という妄想の中を恋人は駆けずり回る。恋人ができて両親に紹介したかもしれない。彼女は美人でアーティスティックで、両親は素敵な恋人だと喜んだかもしれない。2人で車中、知的な会話を楽しんだかもしれない。いや、そもそもあの日、勇気を振り絞って彼女に声をかけ、連絡先を交換して交際に発展したかもしれない。

 人生は「あったかもしれない」美しい瞬間の連続であり、「起こらなかった」事実の物悲しい残骸の山である。この人生に対する諦観と慈しみがカウフマン映画であり、本作は初めて彼の作風と原作が一致した作品ではないだろうか。『もう終わりにしよう。』は見る者を選ぶ厄介な映画だが、僕は抜け出せなくなるほど魅了されてしまった。


『もう終わりにしよう。』20・米
監督 チャーリー・カウフマン
出演 ジェシー・バックリー、ジェシー・プレモンス、トニ・コレット、デヴィッド・シューリス

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