長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『チェルノブイリ』

2019-11-14 | 海外ドラマ(ち)

1986年、旧ソ連プリピャチで発生したチェルノブイリ原発事故を描く全5話のミニシリーズ。今年のエミー賞ではリミテッドシリーズ作品賞、監督賞他計10部門を獲得し、ユーザーレビューサイトIMDBでは歴代最高点を更新。まさに2019年最重要と言える作品だ。

徹底して感傷を排除し、事故発生からディテールを積み重ねていくドキュメンタリータッチが放射能の恐怖を克明に浮かび上がらせていく。巻頭早々に事故が発生する第1話はほとんど“ディザスター・ホラー”と呼びたくなる緊迫感だ。職員達は次々と吐血し、原子炉を構成する黒鉛を拾ってしまった手は即座に焼け爛れ、プリピャチ市民は原発上空に浮かぶ光の柱に目を凝らし、空から舞い降りる季節外れの雪に歓喜する。ヒロシマ、ナガサキ、そしてフクシマを経ている僕達にとってそれが死の灰である事は言うまでもなく、当時の彼らが原発を抱えながら放射能について全くの無知であった事に戦慄する。


さらに事件を悪化させるのが旧ソ連による支配体制が招いた“思考停止”だ。原発職員は事実を直視せず、党重役は「レーニンの名を冠した原発が壊れるわけがない」という無意味な精神論に依って事故対策の初動を遅らせる。
第2話になってようやく主人公である科学者レガソフ博士が登場し、ゴルバチョフら党最高幹部へ危機を訴えるが、それもすぐには受け入れられない。知性への軽視は事態を刻一刻と悪化させ、ようやく事故処理に動けば熟練職員や炭鉱夫達を使い捨て同然で現場へ送り込む冷酷さだ。高濃度の放射能によって代謝活動をやめた人体がまるで溶けていくかのように腐る描写には言葉を失った。原発とはアンダーコントロールはおろか、甚だしく人権を軽視した代物であり、このドラマを当事者意識で見る事ができるのはロシア人と僕たち日本人しかいないのである。この30年前の光景は哀しいかな、今僕らが見ているものと何ら変わりなく思えた。


そして悲惨はついに第4話でピークを迎える。原発をコンクリートの建造物「石棺」に閉じ込める作業が本格化するが、放射能濃度があまりに高く、90秒以上の連続作業ができない。ロシア中から作業員が集められる中、バリー・コーガン演じる若者が従事させられるのは市内に置き去りにされ、野生化したペットたちの“粛清”だ。放射能を他地域へ拡散させないための処理とはいえ、生き物をただただ無造作に殺していく様に青年の顔も曇る。それはかつて旧ソ連が大戦時に行ってきた所業も彷彿とさせ、誰もが決して無傷ではいられないのだと思い知らされた。

だが、本作の主題は原発事故ではない。
番組ポスターにも掲げられたコピー「嘘の代償とは?」は最終回第5話、レガソフ博士の口から語られる。原子炉が重大欠陥を抱えたまま運用されていた事を関係機関は把握しており、事故の可能性を想定外と言う事で無視し続けたのだ。それは国家元首が造作もなく嘘をつき、抵抗勢力の発言を「フェイクだ」と決めつけ、愚にもつかない歴史修正主義が跋扈する嘘にまみれた現在に向けられた警鐘である。嘘の代償はいつか、とてつもない形となって僕たちに跳ね返ってくるのだ。


『ブレイキング・バッド』出身の監督ヨハン・レンクの圧倒的な演出力、ジャレッド・ハリス、ステラン・スカルスガルド、エミリー・ワトソンらベテラン陣の重厚な名演もさることながら、注目したいのはショーランナーを務めるクレイグ・メイジンである。彼の代表作が今秋『ジョーカー』を大ヒットさせているトッド・フィリップス監督『ハングオーバー!』の脚本であり、この『ジョーカー』にも登板したヒドゥル・グドナドッティルが本作でも音楽を担当している。低く唸るノイズや、まるで現場職員の緊迫した呼吸のような空気音、そして僕たちを神経衰弱ギリギリまで追い詰めるガイガーカウンターなど独創的なアプローチが本作の並々ならぬ緊迫感に貢献しており、また最終回エンドロールの鎮魂歌には名伏し難い荘厳さがあった。

そして『ジョーカー』も本作同様、80年代を背景とした設定がされており、ジョーダン・ピール監督の『アス』と合わせ、この時代こそ僕たちが“代償”を負った時なのだと思い知らされるのである。ソ連崩壊は事故からわずか5年後の1991年である事も改めて記しておきたい。


『チェルノブイリ』19・米
監督 ヨハン・レンク
出演 ジャレッド・ハリス、ステラン・スカルスガルド、エミリー・ワトソン、バリー・コーガン、他


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