長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『アイアンクロー』

2024-06-26 | 映画レビュー(あ)

 1980年代に必殺技“アイアンクロー”で人気を博したエリック・フォン・ファミリーの伝記をショーン・ダーキンが監督するとなれば、通り一遍の実録映画になるはずがない。冒頭、寒々しいモノクロームで映し出される現役時代の父フリッツのヒールぶりに、スコセッシとデ・ニーロの傑作『レイジング・ブル』が頭をよぎるが、ダーキンが撮るリングは禍々しいまでに気味が悪い。後に“呪われた一家”と呼ばれる彼らにまるで何かが取り憑いているかのように見えるのだ。フリッツは6人の男子に恵まれるも(映画では1人省略されている)、5人が病死や自殺によって命を落としたのである。

 ダーキンは息子たち1人1人のキャラクター性よりも、フリッツを頂点とする家庭構造にこそ注目している。トレーニングから食事の管理はもちろん、プロモーターに転身したフリッツは息子たちのキャリア形成にも関与している一方、必ずしもレスリングを強要しておらず、五男のマイクはバンド活動に興じ、兄弟は互いに切磋琢磨し合いながらトップの座を目指している。自身の夢を息子たちに背負わせ、金儲けにも余念がないフリッツの悪辣さに“有害な父権”という言葉を着せるのは容易く、むしろダーキンはこの構造を成立させてしまった家族関係を一種のカルトと見なしているのではないか。2011年、エリザベス・オルセンをブレイクスルーさせたダーキンの初監督作『マーサ、あるいはマーシー・メイ』は、新興宗教団体から逃げ出したヒロインがマインドコントロールから抜け出せずに苦しむスリラーだった。

 『逆転のトライアングル』のハリス・ディキンソン、『The Bear』のジェレミー・アレン・ホワイトら旬の若手が集合する中、次兄ケビンに扮したザック・エフロンに驚かされた。凄まじい肉体改造によって創り上げられた鎧の内側に、父フリッツへの恐怖を隠した心理演技は2023年のアメリカ映画におけるベストアクトの1つと言っていいだろう。映画には此処ではない何処かで巡り会う兄弟たちの姿が美しく撮らえられ、唯1人生き残ったケビン・フォン・エリックも本作には救われたのではないだろうか。


『アイアンクロー』23・米
監督 ショーン・ダーキン
出演 ザック・エフロン、ハリス・ディキンソン、ジェレミー・アレン・ホワイト、スタンリー・シモンズ、リリー・ジェームズ、ホルト・マッキャラニー

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