長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ある女流作家の罪と罰』

2020-09-06 | 映画レビュー(あ)

 作家リー・イスラエルが有名人の手紙を捏造し、ついにはFBIまで動いた実際の事件をマリエル・ヘラー監督は驚くべきことに誰もの心に刺さる物語へと仕上げた。1991年、NY。リーはたった1度のベストセラーを書いて以後、スランプに陥っていた。酒に溺れ、周囲に悪態をつき、身なりも全く気にしない。唯一、心を許しているのは年老いた猫だけだ。演じるメリッサ・マッカーシーは本作で2度目のアカデミー賞にノミネートされた。なりたかった自分になれず、肥大したエゴを抱えて都会の隅に生きる孤独を体現し、絶品である。

 そんな彼女にも友達ができる。老境のゲイ、ジャックはどうやら過去にパーティーで一緒だったらしいが、そんな事はどうでもいい。年老いたゲイに居場所はない時代である。肩をすぼめて生きる者同士、酒を酌み交わす。恋愛を超え、リーの文書偽造も受け入れるジャックはまさに無二の友人だ。同じく本作でオスカー候補に上がったリチャード・E・グラントの肩ひじ張らない茶目っ気あふれる演技はベテランの味である。リーと仲を深める書店員ドリー・ウェルズの上品な佇まいも忘れ難い。

 リーは有名人の知られざるプライベートを機知に富んだ文章で創作していくが、やがて他人に成り済ます事が自身の芸術へとすり替わってしまう。FBIまで巻き込んだ一大文書偽造事件に発展しても、彼女の虚栄心を満たすような世間の注目は得られなかった。やがて彼女は事件のあらましを綴った最後のベストセラーを上梓する。ここでも“最もパーソナルなことが最もクリエイティブ”になる。彼女の数奇な物語は、生きづらさを抱えた全ての“マイノリティ”に小さな小さな一歩を踏み出す勇気を与えてくれるのだ。


『ある女流作家の罪と罰』18・米
監督 マリエル・ヘラー
出演 メリッサ・マッカーシー、リチャード・E・グラント、ドリー・ウェルズ

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