長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ミッション:インポッシブル/デッドレコニングPART ONE』

2023-08-02 | 映画レビュー(み)

 「私達、どこへ向かってるの!?」黄色のフィアット500でローマを爆走するイーサン・ハントは新ヒロイン・グレースに聞かれてこう答える「僕にもわからない!」。これはその場しのぎの台詞ではなく、近年の『ミッション:インポッシブル』シリーズの作風そのものを象徴する言葉だ。トム・クルーズが望むアクションシークエンスが先で、シナリオ構築は後。断崖絶壁からのバイクジャンプにカーチェイス、列車上での肉弾戦と我が目を疑うスタントが出来上がると、クリストファー・マッカリー監督はそれらを繋ぐべくストーリーを編み出していく。尋常ではないトム・クルーズとクリストファー・マッカリーによる“ミッション:インポッシブル方式”の映画製作。この一種のインプロヴァイゼーションから生まれるケミストリーこそ第7弾『デッドレコニング』の重要なテーマだ。

 今回、イーサン・ハントが挑むミッションは暴走した万能AIを司る謎の鍵の奪取。劇中“entity”(「それ」という字幕はどうにかならなかったのか戸田奈津子よ)と呼ばれるスーパーAIはあらゆるネットワークに存在し、世界の存亡を左右する脅威となるようだが、まるで実態がわからない。激しいアクションシーンの合間に挿入される説明台詞だらけのドラマパートは、登場人物がほとんど霊的な何かについて神妙な面持ちで話し合うばかり。奇しくもハリウッドでは現在、俳優、脚本家両組合によるストライキが進行中で、AIに俳優が置き換えられ、脚本が書かれてしまうのではないかと反発が起こっている。議論されるべき重要な課題ではあるが、興行サイドにとっては別の問題もある。ストライキによってほぼ全ての作品製作がストップ、俳優のプロモーションも禁じられるため完成済みの新作映画は次々と公開延期。トム・クルーズもまた、日本への来日を前にしてプロモーションを中止せざるを得なかった。コロナ禍によってアメリカでは多くの劇場が倒産に追い込まれた。徐々に客足は戻りつつあるとはいえ、ストライキが与えるさらなる打撃の影響は図り知れず、多くの雇用を創出するプロデューサーでもあるトムは公開の決まっている映画に対してプロモーション活動を認めるよう組合側に掛け合ったという(結果的に組合側の反発により実現には至らなかった)。

 entityの真の脅威とは世界中のネットワークへの侵入はもとより、高度な計算力によって万物の可能性、未来を予測できることだ。世界の滅亡は避けようがないのか?前作『トップガン/マーヴェリック』でAIにとって代わられ、滅びゆく戦闘機パイロットの未来に「しかし今日ではない」とマーヴェリックが抗ったように、entityという見えない敵に立ち向かうイーサン・ハントの姿もまた“映画の終焉”という迫りくる運命に立ち向かうトム・クルーズそのものである。AIが決して再現できないのは究極の娯楽作を求める“ミッション:インポッシブル方式”の即興性、そして躍動する俳優の身体だ。明らかに繋がっていないカットやシーンがある突貫作劇の『デッドレコニング』だが、驚くべき事にここにはチャームがあり、ユーモアとサスペンスがある。グレースには大きな成長へと至るキャラクターアークが成立し、バイクジャンプにはイーサン・ハントの“リープ・オブ・フェイス”としてのエモーションが漲っている。『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』でマルチバースというシステムから逸脱したマイルズ・モラレスは“アノマリー=変異性”と呼ばれたが、長年の経験と才能、輝かんばかりのスターオーラでシステムに立ち向かうトムもまた究極のアノマリーかもしれない。トム・クルーズが映画を撮れば必然的に“映画”を物語ることになるのか。『マーヴェリック』に続き、またしても自己言及的な『デッドレコニング』の成り立ちに、“トム・クルーズ映画”と呼ばずにはいられない。

 そんなトムのスターオーラを反射して、キャスト全員が好投。中でも女優陣が素晴らしい。“イーサン・ハント=トム・クルーズとほぼ同等の戦闘力を持つ女キャラ”という、もはや映画史における発明といっても過言ではないイルサ役レベッカ・ファーガソンはヨーロッパ女優特有のエレガンスに今や貫禄すら漂わせ、すこぶる格好いい。前作『フォールアウト』で初登場したヴァネッサ・カービーはオスカー候補作『私というパズル』を経て、終幕に演技派ならではのアクロバティックな名演を披露(ちゃんと中身が“別人”と思えるのだ)。MCUのペギー・カーター役以来、一向に当たりが出なかったヘイリー・アトウェルのホームランは、振り返れば2010年代以後、すこぶる女優のセレクトが良いプロデューサー・トムの慧眼でもあるだろう。イーサン・ハントとの丁々発止のやり取りをセクシーに、大人の魅力で演じてこんな一面もあったのかと驚かされた。そして悪役ポム・クレメンティーフといったら!彼女をハリウッドに紹介したのがジェームズ・ガンなら(『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のマンティス役)、ポムの才能を世界に知らしめたのはトムだ。サイドキック役をパンキッシュに、しかし悲哀も滲ませて思いがけないインパクトがあった。

 ハリウッドは現在『バービー』『オッペンハイマー』という、タイプの異なる2作品の“バーベンハイマー”現象によって歴史的な賑わいを見せている。予測値を下回るオープニング興行成績となった『デッドレコニング』は後塵を拝する形となったが、自身の作品はさておき、市場全体の活況を願って2作品のチケットを手にPRするトムの姿には、ハリウッド最後のスーパースターたる品格を感じずにはいられなかった。イーサン・ハントとは世界を守るために戦うヒーローであるのと同時に、いつだって目の前の仲間のために身体を張る男である。『デッドレコニング』では劇中、ある人物が「なぜ私を助けた?」と言う。そんなのトム・クルーズだからに決まってる!


『ミッション:インポッシブル/デッドレコニングPART ONE』23・米
監督 クリストファー・マッカリー
出演 トム・クルーズ、ヘイリー・アトウェル、レベッカ・ファーガソン、サイモン・ペッグ、ヴィング・レイムス、イーサイ・モラレス、ポム・クレメンティーフ、ヴァネッサ・カービー、シェー・ウィガム、ヘンリー・ツェニー

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