長内那由多のMovie Note

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『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』

2023-07-07 | 映画レビュー(す)

 ありとあらゆる言葉を尽くしてもシリーズ第2弾『スパイダーマン アクロス・ザ・スパイダーバース』の斬新さ、自由奔放さ、解放感を表現することはできない。クリス・ミラー、フィル・ロードのコンビに率いられた製作チームは前作の手法をさらに押し拡げ、既に斜陽となりつつあるスーパーヒーロー映画が至高のアニメーションを生み出せることを証明した。早くも今年のアカデミー賞では長編アニメーション賞のみならず、作品賞候補にこそ相応しいとの絶賛が相次いでおり、壊滅的なサマーシーズンのボックスオフィスにおいて孤軍奮闘の大ヒットを上げていることを考えれば、到底ありえない話ではないだろう。

 奇しくも日本では同日公開となったDC映画『ザ・フラッシュ』とほぼ同じ映画であることに驚かされた。主人公は親を死の運命から救うべく次空を超える。マルチバースには原作コミックからかつての実写映画、果ては実現しなかった企画までもが姿を成し、なんと『アクロス・ザ・スパイダーバース』にはマイルズ・モラレスのモデルと言われ、“黒人初のスパイダーマン”としてファンダムが盛り上がったドナルド・グローバーその人が実写でカメオ出演している。自己言及的で、アメコミ映画を総括するような立ち位置も同じなら、オスカー受賞作『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』が無限の可能性を謳ったマルチバースをある意味、否定すらしている。各次元の均衡を保つためには“ベンおじさんの死”に相当する正史(カノン)イベントが必ず起こらなくてはならない。マルチバースとは緻密なアルゴリズムによって構築された“システム”であり、それを管理するのは“スパイダーソサエティ”なる組織に属する各次元のスパイダーマン自身なのだ。自由意志によってシステムから逸脱しようとするマイルズをソサエティのリーダー、ミゲルは「異常値(アノマリー)」と呼ぶ(おおシーズン4にして打ち切られた『ウエストワールド』も全く同じテーマだった)。スパイダーバースを駆け、父を救おうとするマイルズを止めるべく、ありとあらゆるユニバースのスパイダーマンが襲いかかってくる。

 振り返れば2023年の上半期はそんな“システム”との闘いだった。MCUが映画(=スーパーヒーロー)を交錯させることだけに腐心し、2時間の単発作品では成立しなくなったアメコミ映画が市場を寡占する中、ベン・アフレック監督は80年代のエアジョーダン開発秘話『AIR』を通じて新のクリエイティブとは既存システムの外にあることを描いた。方や辛辣なダークコメディ『サクセッション』は悪しき既存システムが崩壊しても、さらに低劣な資本主義の論理がそれを継承し、持続させると批評した。そんな折に頑迷な老人が非力にも「踏みとどまる」と呟いたのを聞き逃してはならないだろう。『アクロス・ザ・スパイダーバース』は未来を生きる子どもたちに宛てられた映画だ。収拾のつかなくなったアメコミ映画というジャンルは「自分の物語を語りなさい」と言われたマイルズによって個人の物語へと収束していく。『ソウルフル・ワールド』でピクサー映画に黒人文化のリプレゼンテーションを施した劇作家ケンプ・パワーズ(レジーナ・キングの監督デビュー作『あの夜、マイアミで』の作者でもある)が監督陣の1人に参加。プエルトリコ系であるマイルズの母親のルーツに触れ、大人たちはままならない子育てと子どもたちの可能性に目を細め、その巣立ちの背中を押す。いかなるバジェットの映画も根源は作家個人のパーソナルな物語であり、それが時に観客個人の物語にもなり得たのが映画ではなかっただろうか。

 果たしてマイルズはシステムを超越することができるのか?グウェンの“バンド”が遥かユニバースを臨む姿に、おぉこれは2023年に『帝国の逆襲』のクリフハンガーが甦ったのだと心躍った。完結編『ビヨンド・ザ・スパイダース』は2024年公開だ。


『スパイダーマン アクロス・ザ・スパイダーバース』23・米
監督 ホアキン・ドス・サントス、ケンプ・パワーズ、ジャスティン・K・トンプソン
出演 シャメイク・ムーア、ヘイリー・スタインフェルド、ブライアン・タイリー・ヘンリー、ジェイソン・シュワルツマン、イッサ・レイ、ダニエル・カルーヤ、オスカー・アイザック、ルナ・ローレン・ベレス、カラン・ソーニ

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