長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『17歳の瞳に映る世界』

2021-07-22 | 映画レビュー(し)

 望まぬ妊娠をした17歳のオータムは、中絶手術のためペンシルバニアの片田舎からNYを目指す。台詞も感傷も排し、寝食もままならないオータムの2日間を追うエリザ・ヒットマン監督の筆致は社会派映画の巨匠ダルデンヌ兄弟を彷彿とさせる。ベルリン国際映画祭銀熊賞を皮切りに、2020年の全米賞レースでは主演シドニー・フラニガンの新人賞をはじめ、各賞に輝いた。

 『私というパズル』『スワロウ』そして本作と、身体と選択の自由を奪われた女性の物語が相次ぐ。映画の冒頭、妊娠を知ったオータムは自宅に戻るとおもむろに鼻にピアスを開け始める。安全ピンを焼き、鼻を氷で冷やしてマヒさせる。手際よくピンを通すと、彼女は微かに満足げな笑みを浮かべる。ペンシルバニア州が親の同意なしでは中絶を認めない今、彼女が自身の肉体に下せる決断はピアスの穴を開けることくらいなのだ。

 ヒットマンは今を生きる少女たちの過酷な現実を浮かび上がらせていく。地元のクリニックは貧困層に開かれたボランティアのように見えるが、その実態は妊娠中絶反対のプロライフだ。家庭から学校、バイト先にまで女性蔑視と差別はつきまとい、オータムは心を閉ざして口をつぐみ、方や彼女の守護者とも言える従姉妹スカイラーは機転が利き、人当たりが良い美少女なばかりに好色な男たちから声をかけられ、彼女もまたそれを諦めているような節がある。オータム役のフラニガンが映画初出演の素人であるのに対し、スカイラー役タリア・ライダーは既にスピルバーグ監督作『ウエスト・サイド・ストーリー』にも出演するプロの俳優であり、タイプの異なる2女優の配置が効果を上げている。
 ここでも『プロミシング・ヤング・ウーマン』に登場した“いい人”が少女達にとって如何に有害であるかが描かれており、ジョックスではなく文化系が独りよがりなロマンスを求める醜悪さを直視しておくべきだろう。男子は2本立てで見るように。

 創意工夫の欠片も見られない邦題だが、原題は“Never Rarely Sometimes Always”=“1度もない、めったにない、時々、いつも”。その言葉の意味がわかる中盤に胸が詰まった。妊娠から中絶までのプロセスをつぶさに描く本作のドキュドラマタッチはオータム同様、不安を抱え、路頭に迷った少女たちの指針になるかも知れない。女性達に宛てられた物語がいくつも登場する時代の潮流を見逃してはならない。


『17歳の瞳に映る世界』20・米
監督 エリザ・ヒットマン
出演 シドニー・フラニガン、タリア・ライダー

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