長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『Saltburn』

2024-01-20 | 映画レビュー(そ)

 『プロミシング・ヤング・ウーマン』で大旋風を巻き起こし、長編映画初監督にしてアカデミー作品賞はじめ5部門にノミネート、見事脚本賞に輝いたエメラルド・フェネルの第2作が登場だ。舞台は英国オックスフォード。名門大学に入学した奨学生のオリバーは、裕福な学生ばかりの学内で孤立し、なかなか周囲に馴染むことができない。そんな折、容姿端麗、名門貴族出身の人気者フェリックスと出会い、意気投合。夏休みを彼の実家、ソルトバーンの大邸宅で過ごすことになるのだが…。

 #Me too映画の決定打としても絶賛された『プロミシング・ヤング・ウーマン』がその実、男女の二項対立に留まらなかったように、『Saltburn』もまた映画を政治的正しさだけで受容する現代の観客を戸惑わせることだろう。ソルトバーンに暮らすフェリックスの家族は特権意識を持った俗物揃いで、貧しい環境で育ったオリバーをまるで慰み物のように扱う。しかし、オリバーはそんな彼らの心の弱みを掴むと、ソルトバーンの奥深くへと侵蝕していく。今日では同性愛映画の金字塔の1つに数えられるパトリシア・ハイスミス原作『太陽がいっぱい』よろしく、フェリックスに対するオリバーの愛憎を描いたピカレスクロマンである本作は、リヌス・サンドグレンの決定打とも言える映像美によってまるでジェームズ・アイヴォリー映画のようなクラシカルな格調を得ながら、かつて『聖なる鹿殺し』で中流家庭を崩壊させた不気味なバリー・コーガンをオリバー役に据えることで、卒倒するほど濃密な男の欲望を刻み込むことに成功しているのだ。2010年代後半以後、男の有害さや弱さが取り沙汰され、男性主人公の旧来的なナラティブが忌避される中、ここには貧しい主人公が他者を蹴落として成り上がるピカレスクロマンの持つ快感によって、時にグロテスクなまでの男の欲望が称揚されてすらいる。

 前述の『聖なる鹿殺し』以降、個性的なルックスといずれの映画でも“異物”として爪痕を残す存在感によって『エターナルズ』『チェルノブイリ』『グリーン・ナイト』『イニシェリン島の精霊』とキャリアを積んできたバリー・コーガン。ファンが待ち望んでいた主演作で“ベスト・オブ・バリー・コーガン”とも言うべきキャリア最高のパフォーマンスを見せている本作は、彼が『ザ・バットマン』で演じたジョーカー役の先達にも通ずる才能の持ち主であることを証明している(信じられないことにフェネルのファーストチョイスはティモシー・シャラメだったという)。

 相手役のジェイコブ・エロルディは出世作『ユーフォリア』でオリバーのような役柄を演じており、本作では高慢でいながら実は観客が最も心許せる存在フェリックスを演じている。ソルトバーンの実質的な主人に扮したロザムンド・パイクは、画面を挟んだ私たちの胃までキリキリと締め上げる冷酷さだ。俳優でもあるフェネルが演じるとすればおそらくこの役柄を選んだと思われるが、『ソルトバーン』における最も支配的な人物はこの女性である。

 『Saltburn』はグロテスクで危険な映画なのか?眉を潜める者もいるかもしれない。だが愛する人を想って無様なまでに濡れぼそり、泥に塗れるバリー・コーガンの姿には誰もが内なる欲望をそそられ、安穏とスクリーンに対峙できなくなるだろう。


『Saltburn』23・米、英
監督 エメラルド・フェネル
出演 バリー・コーガン、ジェイコブ・エロルディ、ロザムンド・パイク、リチャード・E・グラント、アリソン・オリバー

 

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