長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』

2019-12-08 | 映画レビュー(せ)

 『女王陛下のお気に入り』でアカデミー賞10部門にノミネートされ、いよいよ世界的名監督となったヨルゴス・ランティモスだが、怪作『籠の中の乙女』で彼を知った身としては“オスカーノミネート監督”という肩書がどうもミスマッチに思えてしまう。既存の企画に後乗りしたオスカー候補作よりも、脚本も手掛けたこの2017年作の方がよっぽど彼らしい底意地の悪さではないか。

コリン・ファレル扮する主人公は心臓外科医として成功を収め、美しい妻(ニコール・キッドマン)と2人の子供に恵まれていた。しかし、彼は家族や職場の目を盗んでバリー・コーガン扮する少年と度々、面会を繰り返している。親し気な2人の秘密をランティモスは易々と観客に予想させない。隠し子?それとも愛人?コーガンの謎めいた目つきが不穏な空気を醸し出す。彼は言う「家族の1人を殺さなければ、あなた以外の全員が歩けなくなり、やがて目から血を流して死ぬ」。

 この呪いの正体は全く明らかにされない。動機だけは語られるが、いったいどうやって呪いがかけられたのか、力の源は何なのか、そんな論理的説明は一切なく、ランティモスの主眼もそこにはない。
 映画が描いているのは家族であることの呪いだ。家族の誰かを殺せば呪いは解けると聞いたファレルは子供達の学校へ行き、“1人を残すなら優秀なのはどっちか?”と教師に聞く。いよいよ進退窮まり、銃を手に取ればこの期に及んで神頼みの手段を取る始末だ。規範なき社会を象徴する家族の崩壊は翌年公開のアリ・アスター監督作『ヘレディタリー』も通じ、この流れはついに2019年、下層へと追いやられた者達が社会へ復讐する『アス』『ジョーカー』へと引き継がれていくように思えた。

 演技者としての抜群の嗅覚を取り戻し、ランティモス映画初出演となったニコール・キッドマンや、ディズニー映画『トゥモローランド』から随分とパンクなキャリア形成になったラフィー・キャシディ、そして自分を笑えるようになったコリン・ファレルと出演陣は果敢であり、今年TVドラマ『チェルノブイリ』でも眼の演技で魅せたコーガンは本作が当座の代表作となるだろう。そういえばコーガンの母親役で登場したのは懐かしのアリシア・シルヴァーストン。「昔は太っていた」と言う彼女はすっかり痩せて、ふいに現れ去っていく。こんなギョッとするキャスティングもランティモスらしい撹乱である。


『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』17・英、アイルランド
監督 ヨルゴス・ランティモス
出演 コリン・ファレル、ニコール・キッドマン、バリー・コーガン、ラフィー・キャシディ、ビル・キャンプ、アリシア・シルヴァーストン

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