長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ムーラン』(2020年)

2020-12-28 | 映画レビュー(む)

 2020年、物議を醸した1本と言えるだろう。ディズニーは主力作品として強力な宣伝展開を繰り広げたが、新型コロナウィルスの影響により度重なる公開延期を余儀なくされ、ついには自社の配信サービス“ディズニープラス”での追加課金によるストリーミングに踏み切った。これは既に感染が収束していた中国での劇場公開で損益をカバーできると見込んでの事だったが、しかし結果は2000万ドル強の興収に留まっている。その背景には主演リウ・イーフェイが香港の「逃亡犯条例」に対して肯定的なコメントをしたことや、イスラム教徒への弾圧が続く新疆ウイグル自治区でロケが敢行され、エンドロールで中国政府へスペシャルサンクスが挙げられている事に批判が集まり、中国政府が国内インターネットで本作の情報をシャットアウトしたことが影響していると言われている。

 また、公開の1年以上前から予告編をリリースし、映画館でポップ展開をしながらも配信スルーした事に対して映画館側から強い批判が上がっており、ネットには映画館スタッフが『ムーラン』のポップをめちゃくちゃに破壊する映像まで流れた。ハリウッドではディズニーの行動がいわば口火を切った形で、続いてワーナーブラザースが2021年の劇場公開新作全てを公開日と同日に自社ストリーミングサービス“HBOMax”で配信すると発表。さらなる波紋が広がっている。

 そんな場外乱闘はさておいて、何より深刻なのが本作の致命的なまでのユーモアの欠如、そしてオリジナルで描かれたテーマの読み違いだ。先行した実写映画版『美女と野獣』『アラジン』とは異なり、本作はオリジナル版にあったファンタジー要素をオミットし、史劇として作り直した。ミュージカルもなければエディ・マーフィが快演したドラゴンの妖精ムーシューもなし。なんとも生真面目で堅苦しいアレンジなのだ。女性らしさという性の役割や、父権制度から脱出し、男の物差しで測られることなく自分らしさでヒーローとなるのがオリジナルの精神であり、98年の時点で既に完成された普遍性だったにもかかわらず、2020年版は家の名誉のため国家に忠義を尽くす結末を選ぶ。これでは中国共産党におもね、時代から後退したと言われても仕方ないだろう。映画オリジナルのコン・リー扮する魔女もフェミニズムの文脈から機能しているとは言い難い。近年、腕を上げていたニキ・カーロ監督の演出も冴えない。

 そうそう、ムーランを鍛える将軍役でなんとドニー・イェンが登場。1人だけ格の違う立ち回りで周囲を圧倒している。アンタ1人で敵を倒せるよ!


『ムーラン』20・米
監督 ニキ・カーロ
出演 リウ・イーフェイ、コン・リー、ドニー・イェン、ジェイソン・スコット・リー、ジェット・リー
※ディズニープラスで独占配信中※

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