長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『アムステルダム』

2023-04-14 | 映画レビュー(あ)

 『世界にひとつのプレイブック』『アメリカン・ハッスル』の2作連続でアカデミー賞演技4部門ノミネートという記録を達成したデヴィッド・O・ラッセル監督のもとに、ハリウッド中の俳優が列を成しているのは大いに想像がつく。若手(アニャ・テイラー=ジョイ)から大ベテラン(ラッセル作品によって活力を取り戻したロバート・デ・ニーロ)まで、豪華オールスターキャストがありとあらゆる場面に登場する本作は、しかし化学反応どころか1+1の数学すら成立していない。ラッセル監督は自ら脚本も手掛け、実に5年もの月日をかけて企画開発を行ったというが、その間に本作のトーンを見失ってしまったようだ。1930年代のNYで令嬢殺人の容疑をかけられた医者と弁護士が真相を探る物語は、トマス・ピンチョンやレイモンド・チャンドラー、それらの影響下にあるコーエン兄弟の『ビッグ・リボウスキ』等のパルプノワールを目指していたと思われる飄々とした語り口だが、シークエンスは何度も酩酊し、『ザ・ファイター』『世界にひとつのプレイブック』そして『アメリカン・ハッスル』で見せた爆発的駆動力には達していない。そんな本作のトーン&マナーを正確に把握しているのはおそらくクリスチャン・ベールただ1人だろう。今回もストイックな痩身を作り上げながらいつにないユーモアと優しさを漂わせ、これはベール流の“デュード”を目指したのかも知れない。ジョン・デヴィッド・ワシントンは明らかに父デンゼルの後を追うかのように『グローリー』よろしく戦場に降り立つが、まだまだ発展途上だろう。

 そんなハリウッド(男性)スター達を差し置いてスクリーンを占拠しているのがDCコミック映画のハーレー・クイン役や、プロデューサーとしても活躍するマーゴット・ロビーと、Netflixドラマ『クイーンズ・ギャンビット』で大ブレイクを果たしたアニャ・テイラー=ジョイだ。ロビーはクラシカルな1930年代ファッションと黒髪がバッチリ決まり、スクリーンに映る彼女から目を逸らすことができない。アニャ・テイラー=ジョイは助演の扱いだが、その異貌は映画を乗っ取らんばかりの存在感で、ラッセルもそんな彼女の大きな瞳の潤みを撮らえ、見事な“死化粧”まで施すフェチズムを喚起させられている。元々、女優の扱いにも定評のある監督だったが、本作ではむしろ彼女らに“撮らされている”感すらあるではないか。今、ハリウッドでテッペンを取っている女優が誰か一目瞭然だろう。

 一本調子のラッセル演出が俄然、熱を帯びるのはクライマックスである。ここで映画は偉大なロバート・デ・ニーロの力を借りてアメリカの軍産複合政治や、トランプが生み出された社会構造に対し激しい怒りをぶつけていく。明らかに中間選挙の年に狙いを定めたメッセージが込められている本作は、なんと実際の事件をモデルにしているという。第一次大戦で軍最高位の名誉勲章を授賞した伝説的軍人スメドレー・バトラー(沖縄のキャンプバトラーの名は彼に由来している)は退役後、反戦論者に転向し、アメリカの破綻を声高に糾弾した。ラッセルはこの事実に虚実を織り交ぜ、はみだし者達が世界を救うクライムドラマへと仕立てたかったのだろう。ベール、ロビー、ワシントンらが駆け出すスイートなラストショットは主人公3人にとって華やかで夢見心地なアムステルダム時代の再現であり、『アムステルダム』はもっと心躍る映画になったのではと思わずにいられない。


『アムステルダム』22・米
監督 デヴィッド・O・ラッセル
出演 クリスチャン・ベール、マーゴット・ロビー、ジョン・デヴィッド・ワシントン、アニャ・テイラー=ジョイ、ラミ・マレック、クリス・ロック、ゾーイ・サルダナ、マイク・マイヤーズ、マイケル・シャノン、ティモシー・オリファント、アンドレア・ライズボロー、テイラー・スウィフト、マティアス・スーナールツ、アレッサンドロ・ニヴォラ、ロバート・デ・ニーロ

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