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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス』

2023-05-27 | 映画レビュー(し)

 カナダの画家モード・ルイスの半生を描く本作は、幼い頃からリウマチに苦しみ、家族からは穀潰しとして厄介者扱いされてきた彼女が、同じく愛を知らずに生きてきた後の夫エベレットと出会い、生涯連れ添った人生を描いている。誰もが一度は目にしたことがある素朴な作風を生み出したモードの創作宇宙よりも、社会からつま弾きにされた2人のラブストーリーが優先される本作は、」サリー・ホーキンスとイーサン・ホークという現代の名優によって過度な美化に陥ることなく、2人の演技が映画のレベルを1つも2つも上げている。出世作となった『ハッピー・ゴー・ラッキー』以後、聖性をまとった童女を演じ続けているサリー・ホーキンスは生まれてこの方、故郷を出ることなく育ってきたモードが日々の生活と大自然に創造性を見出す純真を体現し、これはアカデミー主演女優賞にノミネートされる翌年『シェイプ・オブ・ウォーター』の直前のパフォーマンスである。一方のイーサン・ホークは『魂のゆくえ』の前年。愛を知らないが故に無骨で粗野なエベレットを年々深みを増すしわがれ声で演じ、ホーキンスとの共演は至高と呼ぶに相応しい。カナダ映画ゆえか、日本での公開が2年も遅れ、モードの画風とは似ても似つかない装飾過多な邦題が付けられてしまったが、地元カナダのアカデミー賞では作品賞をはじめ、主要部門を総ナメにしている。ホーキンス、ホークの充実期を知る意味でも見逃すには惜しい1本である。


『しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス』16・加、アイルランド
監督 アシュリング・ウォルシュ
出演 サリー・ホーキンス、イーサン・ホーク
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『SHE SAID その名を暴け』

2023-03-19 | 映画レビュー(し)

 2017年、ニューヨーク・タイムズ紙がハリウッドの大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインのセクハラ、性的暴行事件を報道するまでを描いた実録映画。これをきっかけに#Me tooが生まれ、世界的なムーブメントへ発展した事は今更説明するまでもないだろう。担当記者ジョディ・カンター、ミーガン・トゥーイーによる原作小説『その名を暴け #Me tooに火をつけたジャーナリストたちの闘い』があるとはいえ、わずか5年で実名入り、しかも告発者当人(アシュレイ・ジャッド)が出演する映画を製作できるのがアメリカの芸術表現のエッジと、ジャーナリズムに対する強い責任感である。

 『その名を暴け』という邦題は実はミスリードで、以前からワインスタインの名前は挙がっていた。それを実名で告発する証言者を見つけるのが困難だったのだ。ほとんどの被害者が示談を呑まされるか黙殺され、のうのうと加害を続けられるシステムがハリウッドには出来上がっていた。そして性暴力が長い時間をかけて被害者の心を蝕み続けることを映画は観客に突きつけていく。#Me tooと発信力を持ったのはごく一部のセレブリティに過ぎず、初期の告発者のほとんどは映画会社の名もなき従業員達だったのだ。彼女らが長年の間、人知れず抱え続けた辛苦をジェニファー・イーリー、サマンサ・モートンらが短いスクリーンタイムで体現し、名演である。

 そんな被害者たちにカンターとトゥーイーは並々ならぬエンパシーを持って接し続け、記事をモノにしていく。振り返れば“ジャーナリズム映画”というジャンルもまた男たちの専売特許だった。何日も自宅に帰らずヨレヨレの格好で奔走し、家庭を顧みないが正義の追求だけは誰にも引けを取らない…そんなメンタリティが時には“熱いブン屋魂”として称揚されてきた。しかし、『SHE SAID』の2人には家に帰れば夫と幼い子供があり、日々の生活がある。母性の礼賛などではない。職業人である前に生活者である、というごく当たり前の人間規範が彼女らのエンパシーとジャーナリスト魂を支え、この生活者である自覚を失くした男たちが、芸術活動をしながらその裏で卑劣な性犯罪に及ぶのではないか。まだ幼い娘が意味もわからず“レイプ”という単語を発し、「私の何かが1つ壊れたわ」とカンターが涙を流す場面は忘れがたい。

 クリック1つで発行されるWeb版時代のジャーナリズム映画である。スピード感あるシュラーダーの演出にカンター役ゾーイ・カザン、トゥーイー役キャリー・マリガンという絶好調の2人が配され、事実を求めて奔走する2人の間を前述のジャッド、イーリー、モートン他、パトリシア・クラークソン、アンドレ・ブラウアー、そして本作における“ディープスロート”ザック・グルニエらがバトンを繋ぐ素晴らしい演技リレーで構成されている。渋みすら感じさせるマリガンは『プロミシング・ヤング・ウーマン』との意識的な連投で、ワインスタインに鉄槌を下す姿はもはや“闘士”と呼びたくなる格好良さだ。深刻なテーマを扱いながら映画としても面白い。それがアメリカのジャーナリズム映画の矜持である。製作はブラッド・ピット。劇中、ワインスタインに脅かされていたグウィネス・パルトロウとは90年代後半に交際しており、本作でついにワインスタインへトドメを刺す格好となった。


『SHE SAID その名を暴け』22・米
監督 マリア・シュラーダー
出演 キャリー・マリガン、ゾーイ・カザン、パトリシア・クラークソン、アンドレ・ブラウアー、ジェニファー・イーリー、サマンサ・モートン、ザック・グルニエ、アシュレイ・ジャッド
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『少女バーディ 大人への階段』

2023-03-15 | 映画レビュー(し)

 リドリー・スコット監督の『最後の決闘裁判』は中世フランス時代から現在に至るまで女性が悲惨な扱いを受けていることを描いていたが、13世紀イギリスを舞台にしたレナ・ダナム監督による本作はなんとそれをコメディとしてやってのけている。没落貴族の娘キャサリンは裁縫や絵画といったお姫様教育よりも、城下で町民の子どもたちと泥だらけになって遊ぶのが好きなお転婆娘。ところが浪費癖のある父(ちゃらんぽらんさが可笑しいアンドリュー・スコット)が持参金目当てにキャサリンを嫁に出そうとしていることが明らかになる。誰かの妻に収まるなんて許せない。十字軍に入って戦に出ることを夢見るキャサリンは、初潮が来たことを隠し、ありとあらゆる手段で見合い相手を撃退していく。時代劇にもかかわらずレナ・ダナムは全編にポップソングを散りばめ、キャスティングは『ブリジャートン家』同様、時代考証を無視したカラー・ブラインド・キャスティングを決行。まるで領主にならなかったモーモント女公のようなベラ・ラムジーもダナムのユーモアセンスに呼応してなんとも溌剌だ。ラムジーは『ゲーム・オブ・スローンズ』『ダーク・マテリアルズ』と大作に出演した後、ダナムというアイコニックな作家の映画に出演し、次はなんとHBOのTVシリーズ『THE LAST OF US』に主演する絶好調ぶり。彼女らのタッグによって現在(いま)を生きる若者たちをエンパワメントするガールズムービーとして成立している。

 そんなキャサリンの憧れが十字軍に遠征した叔父サマだ。演じるジョー・アルウィンがすこぶる格好良く、かつてアダム・ドライバーも一皮剥いたダナムによってブレイク到来か。これまでも『ハリエット』『ふたりの女王 メアリーとエリザベス『女王陛下のお気に入り』でそのルックスを印象付けてきた彼だが、いずれも悪役。2010年代後半、アイデンティティポリティクスの時代は白人二枚目俳優にとって役柄が限定される厳しい時代だったかもしれない。本作と同時期にリリースされた『Conversation with Friends』は『ノーマル・ピープル』のサリー・ルーニーが手掛けた小説のTVシリーズ化で、アルウィンは作中、何度も“美しい顔”と表現されるイケメン俳優を演じている。ようやくルックスと演技力がハマる作品に巡り会えてきた様子で今後も楽しみだ。『窓際のスパイ』のジャック・ロウデンといい、90年代生まれの英国若手俳優がようやく認知できてきた筆者である。

 才人ダナムにしてはやや出遅れた感のあるネオウーマンリブ映画だが、独自のユーモアとベラ・ラムジーの快演によってポジティブなエネルギーをもらえる好編となった。


『少女バーディ 大人への階段』22・米
監督 レナ・ダナム
出演 ベラ・ラムジー、アンドリュー・スコット、ジョー・アルウィン、ソフィー・オコネド、ビリー・パイパー、レスリー・シャープ
※Prime Videoで独占配信中※
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『“Sr.”ロバート・ダウニー・シニアの生涯』

2023-01-27 | 映画レビュー(し)

 今や世界的大スターとなったトニー・スタークことロバート・ダウニーJr.も、かつてはアメリカンインディーズのパイオニア、ロバート・ダウニーの息子という枕詞が付いた時期があった。この偉大なアーティストの足跡を振り返ろうとダウニーJr.自らがプロデュースし、父の晩年の様子を撮らえたのが本作だ。ダウニーシニアは85歳。老いたりと言えど才気は衰えず、撮影中もプロデューサーである最愛の息子へのダメ出しが止まらない。父の撮影現場に置かれた揺りかごで育ったというダウニーJr.にとって、映画製作とはまさに父子のコミュニケーションそのものなのだ。ダウニーJr.はオフでもまんま“社長”で、しかもお父さんが大好きなパパっ子ぶりが伝わってくるチャーミングさ。父の影響を受けたポール・トーマス・アンダーソン監督を指して「彼が息子の方が良かった?」なんて減らず口を利く姿も楽しい(もちろん、ptaがロバート・ダウニーシニアの“後継者”であることに異論はないだろう)。

 残念ながら日本ではダウニー・シニアの映画をほとんど見ることができない(Netflixが本作に合わせてリリースすることなんて望むべくもないだろう)。2022年にようやく1969年作『パトニー・スウォープ』が上映された程度である。シニアのキャリアを振り返ることができない以上、本作はダウニーJr.による年老いた父の看取りの物語と見るのもいいだろう。パンデミックによる厳しい行動制限の中、ダウニーJr.は息子を連れて病床にある父と最期の時間を過ごしていく。それは偉大なアーティストと世界的スターである前に普遍的な父と息子の姿であり、この数年であまりに多くの別れを経験してきた私達の心を打つのである。


『“Sr.”ロバート・ダウニー・シニアの生涯』22・米
監督 クリス・スミス
出演 ロバート・ダウニー、ロバート・ダウニーJr.
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『13人の命』

2022-10-01 | 映画レビュー(し)

 2022年サマーシーズンに観るべきハリウッド映画は残念ながら劇場ではなくストリーミングにあったようだ。刺激的でユニークな『グレイマン』『プレデター ザ・プレイ』といったアクション映画、そしてひと昔前、いや少なくとも95年なら『アポロ13』同様、ヒットもあり得たかも知れない実録レスキューもの『13人の命』が自宅のTVやスマートフォンの画面でひっそりと観客に届けられた。株主のリスク回避のためにスクリーンからストリーミングへと映画のプラットフォームが移行することは、市場と観客の可能性を奪っている。記憶に新しい2018年にタイで起こった救出劇を描く本作は事件の性格からもグローバルな興行的ポテンシャルを持っていたのではないか。

 少年サッカーチームのコーチを含む13人がタムルアン洞窟を探検中、突如の豪雨によって洞窟が浸水。入口から数キロ先の地点で脱出できなくなってしまう。タイ海軍の精鋭ダイバーが救出に当たるが、浸水ヶ所は流れが早いゼロ視界状態で、さらにはせり出した鍾乳石によって大人1人が通るのもやっとな難所と化していた。タイ政府の要請により英国の洞窟探検ダイバー、リチャード・スタントンとジョン・ヴォランセンが救出作戦に加わることになる。
 事件発生から全員救出までを描くロン・ハワード監督はまさに職人芸とも言うべき手際の良さだ。余計な感傷もドラマチックな脚色も削ぎ落とし、淡々と事件の経過を積み上げるストイックな筆致で2時間半という長尺を一向に意識させない(近年のイーストウッド作品を思わせるものがある)。全編ほぼ水中シーンという製作的難度をクリアできたのもベテランのハワードならではと思われるが、この“閉所”が最大の見せ場になっていることにも驚かされる。視界ゼロの泥水の中、酸素ボンベが岩肌にこすれ続ける様は劇場の暗闇と音響で体感したら卒倒したかも知れない。

 ハワードのリアリズム演出に俳優陣も献身的なアンサンブルで応え、ヴィゴ・モーテンセン、コリン・ファレルがスターオーラを消し去っていることに驚かされた。中でもファレルは近年、作品によって全く異なる印象を残す性格演技に磨きがかかっており(なんせこの前作が『THE BATMAN』のペンギン役である)、子持ちの人情派プロダイバーを自然体で演じているのが新鮮だった。今年は盟友マーティン・マクドノー監督の新作『イニシェリン島の精霊』でヴェネチア映画祭の男優賞を受賞しており、ひょっとすると念願のオスカー候補に手が届くかも知れない。ハワード、モーテンセン、ファレルらの献身と敬意が救助に当たった人々のプロフェッショナリズムを浮かび上がらせ、清々しい読後感の映画となった。


『13人の命』22・米
監督 ロン・ハワード
出演 ヴィゴ・モーテンセン、コリン・ファレル、ジョエル・エドガートン

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