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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『シラノ』

2022-03-10 | 映画レビュー(し)

 これまで何度も舞台化、映像化されてきた『シラノ・ド・ベルジュラック』の最新映画化となる本作は、演出家エリカ・シュミットによって上演されたミュージカルが原作となっている。シラノ役にはミュージカル版から引き続き『ゲーム・オブ・スローンズ』の名優ピーター・ディンクレイジが扮し、物語の要となるシラノの容姿は長鼻から小人症ゆえの背丈に置換えられた。醜さゆえに世間から蔑まれ、しかし剣士として幾多の修羅場をくぐり、兵士たちからの信頼も厚く、そして愛する女性に一途な想いを捧げる…まさにティリオン・ラニスターなシラノはディンクレイジの当たり役だ。それもそのはず、本作の翻案を手掛けたシュミットはディンクレイジの妻であり、『ゲーム・オブ・スローンズ』が人気絶頂の2018年に上演されたディンクレイジあっての演目なのだ。深く響き渡る低音、年齢が刻まれたシワ、苦悩を背負った目尻…124分間、スクリーンを占拠するディンクレイジにつくづく「イイ顔だなぁ」と僕は見惚れてしまった。

 この偉大なる名優を堪能できるなら監督ジョー・ライトの存在の耐えられない軽さにも目を瞑るべきか。昨今、映画館ならではのシネマティックを探求する映画作家たちによってミュージカル映画復権の気運が高まっているものの、同時期に公開された『ウエスト・サイド・ストーリー』という天才の仕事の前ではあまりに凡庸だ。歌もダンスも躍動する事なく、ここにはミュージカル映画に求められる高揚が何1つない。ライト監督の妻でもあるロクサーヌ役ヘイリー・ベネット(『スワロウ』)、クリスチャン役のケルヴィン・ハリソンJr.(『WAVES』)らも近年の活躍に観られたエッジあるパフォーマンスに至っていない。ライト監督は2005年の『プライドと偏見』でデビュー以後、傑作『つぐない』や『ハンナ』、オスカーノミネート作『ウィンストン・チャーチル』と注目作を手掛けてきたが、その才能は枯渇しつつあるのか。

 ピーター・ディンクレイジがセンターを務めるポスターがあちこちに掲示され、彼の主演作が全国公開されるなんて『ゲーム・オブ・スローンズ』ファンとしては感無量である。ラニスター家の旗手たちにはぜひとも劇場に馳せ参じ、ディンクレイジをもり立ててもらいたい。


『シラノ』21・英、米
監督 ジョー・ライト
出演 ピーター・ディンクレイジ、ヘイリー・ベネット、ケルヴィン・ハリソンJr.、バシール・サラディン、ベン・メンデルソーン
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『静かなる侵蝕』

2021-12-17 | 映画レビュー(し)

 地球へと飛来する彗星のショットから映画は始まる。それが大気圏を突き抜け轟音が鳴り止めば、この緑の惑星にも再び平穏が戻る。木漏れ日の中、地表に目を凝らすとそこには昆虫たちがひしめき、ヤブ蚊は人の肌に穴を開け、幼虫を産み付ける…主人公マリクだけが知る“地球外微生物”を使ったエイリアンの地球侵略だ。

 マイケル・ピアース監督による本作は低予算映画ながらアイデアとフックを効かせたSFスリラーとして始まるが、“誰が感染しているかわからない”という今日的な恐怖はこの映画の見せかけにすぎない。マリクはある事情から軍を除隊しており、妻は他の男と結婚して幼い子どもたちに「お父さんは特殊任務で帰ってこない」と吹き込んでいた。マリクは子供達をエイリアンの地球侵略から守るため連れ出す。しかし古今東西、父権を失い、アイデンティティを保つために何かを盲信する父との旅路につきまとうのは狂気だ。リズ・アーメドはそんなマリクの躁病的な行動をミステリアスに演じ、本作をミニマルな心理ドラマへと昇華することに成功している。

 地球侵略のプロットが機能的に噛み合っていないきらいはあるものの、本作もまた男の弱さについての物語であり、正体を知った長男によって父は許され、癒やされていく(アーメドの演技を受ける子役ルシアン・リヴァー・チャウハンが素晴らしい)。ピアース監督、次作あたりでホームランを打ちそうだ。


『静かなる侵蝕』21・英
監督 マイケル・ピアース
出演 リズ・アーメド、ルシアン・リヴァー・チャウハン、オクタヴィア・スペンサー
 
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『社会から虐げられた女たち』

2021-12-01 | 映画レビュー(し)

 1作毎に演出力を上げてきたフランスの俳優監督メラニー・ロランの第9作目はヴィクトリア・マスの小説『狂女たちの舞踏会』の映画化だ。ヴィクトル・ユーゴーが亡くなった1885年から始まる本作では、精神病院に収容された女たちが筆舌に尽くしがたい虐待を受けていた事実が基にになっている。ロランは肉体と精神の自由を奪われた時代を通じて、現在を生きる女性たちの解放を描くのだ。

 主人公ウジェニーはブルジョワ家庭で生まれた育った令嬢だが、その自由な意思と明晰さが強固な父権社会に相容れるはずもなく、鬱屈した日々を送っていた。彼女には時折、発作のように霊と交信することのできる霊媒の力があり、それが家族を恐れさせ、ついには精神病院へ送られてしまう事になる。
この時代を生きる女性たちに課せられたのは男性規範の社会において“わきまえる”ことであり、そこからはみ出した者達は抑圧され、心を病み、狂気に陥る者もいた。ウジェニーもまた治療とは名ばかりの虐待を受け続けるが、誰ひとり彼女の内心の自由と反抗を挫くことはできない。ロランの監督ブレイク作『呼吸 友情と破壊』で見出されたルー・ドゥ・ラージュがウジェニーに扮し、主演女優として目覚ましい成長を遂げている事に驚かされた。彼女の持つ主演スターの華が危うくも美しいウジェニーの反骨を彩るのだ。

 他人が知るはずのない秘密を言い当てるウジェニーの霊媒に触れ、婦長のジュヌヴィエーヴも心を開いていく。システムに組み込まれ、“わきまえて”きた彼女の心の内には死別した妹とのわだかまりが遺り続けていた。自身の監督作では裏方に徹してきたロランがここでは実質上のダブル主役と言えるジュヌヴィエーヴに扮しており、女優としてのキャリアも更新している事に“俳優監督”としての充実を見る事ができる。身体の自由を持ちながら、その心を殺し続けてきたジュヌヴィエーヴの解放こそ、本作の真なるクライマックスだ。


『社会から虐げられた女たち』21・仏
監督 メラニー・ロラン
出演 ルー・ドゥ・ラージュ、メラニー・ロラン、エマニュエル・ベルコ
 
コメント (2)
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『シャン・チー テン・リングスの伝説』

2021-09-15 | 映画レビュー(し)

 さぁ、いよいよMCUフェーズ4の本格スタートだ。新ヒーロー、シャン・チーが初登場する本作は全米でレイバーデイ興収記録を塗り替える大ヒットをマーク。コロナショック以後、アジア系に対するヘイトクライムが蔓延る中、アジア系俳優たちがフロントラインを張る本作の意義は言うまでもないだろう。今や世界的ポップカルチャーへと成長したMCUには、新たなロールモデルを創出する社会性も求められている。

 そんな本作には多様な文化を包括するMCUの真骨頂がある。主人公シャン・チーの父にして本作のヴィランである名優トニー・レオンを通じて、アメリカ映画にまさかの香港電影が合流。バス内でのファイトや竹製の足場を使ったアクションにはジャッキー・チェン映画を思わせるユーモアがある。格闘ゲームの影響も色濃いガジェット"テン・リングス”の動かし方や、アクションシーンのおおらかさは何と2004年のチャウ・シンチー監督作『カンフーハッスル』から影響を受けているという(シャン・チーの部屋にはポスターが貼ってある!)。あのおバカ映画がまさか20年弱の時を経て天下を取るとは…。

 そしてトニー・レオン自身も『HERO』や『グランド・マスター』など、傑作武侠映画に出演してきたフィルモグラフィの持ち主だ。その殺陣は時に組み合う者との言葉となり、黙した時の目線、気配はこの偉大な役者の真髄である。出世作『ショート・ターム』で人物の心情をきめ細やかにすくい上げたデスティン・ダニエル・クレットン監督はまるで追い立てられるようにプロットをなぞるばかりだが、トニー・レオンは登場する全ての場面で映画のグレードを上げており、クレットンも彼の演技を損なうことなくアメリカの観客へ紹介して恥をかかせていない。マーベル映画恒例の食卓シーンでは彼の向かいに飛ぶ鳥落とす勢いのオークワフィナが座り、世代の異なるアジア系スターの邂逅は映画ファンにとって多幸である。

 『ブラックパンサー』の達成、迫力には比べるべくもなく、主演シム・リウも華には乏しい。ミシェル・ヨーとトニー・レオンが一瞬、相まみえる場面には座席から立ち上がりかけたが、ヨーにはもう少し見せ場があっても良かっただろう。しかし一連のクレットン作品に共通する"毒親の呪縛”というテーマはトニー・レオンの力を借りて強力な磁場を作り、アートハウス系作家を招いて"最もパーソナルなことが最もクリエイティブ”とするMCUヒットの方程式ますます確かなものになりつつある。シャン・チーの次回登場が楽しみだ。


『シャン・チー テン・リングスの伝説』21・米
監督 デスティン・ダニエル・クレットン
出演 シム・リウ、オークワフィナ、メンガー・チャン、ファラ・チャン、ミシェル・ヨー、ベン・キングズレー、ベネディクト・ウォン、トニー・レオン

 
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『少年の君』

2021-08-17 | 映画レビュー(し)

 中国映画は観測外ということもあって、ここまで垢抜けている事に驚いた。高度経済成長を遂げる中国だが、それが人の心をないがしろにし、弱者を切り捨てていくのは既に日本も見た光景だろう。苛烈な受験戦争に生きる少女と、暴力に明け暮れるストリートチルドレンの少年が出会い、社会の底辺で身を寄せ合っていく。美しい瞳を持つ主演の2俳優がその危ういまでのピュアネスを輝かせ、共に頭を剃り上げ、身も心も一心同体となる姿に息を呑んだ。

 中国では劇中で描かれるような陰湿なイジメが社会問題となっており、本作はその抑止を目的に作られている事がエンドロールで語られる。社会を啓蒙する重要な試みだが、過剰な受験戦争を根本的には批判しておらず、アウトローに法の制裁を課すことに相当な時間をかける終盤の展開はいささかくどく、"官製っぽさ”も感じる。アメリカのアカデミー賞は本作に国際長編映画賞のノミネートを与えているが、『ムーラン』『ゴジラvsコング』といい、わかっていない。


『少年の君』19・中
監督 デレク・ツァン
出演 チョウ・ドンユイ、イ・ヤンチェンシー
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